第31話

決着!!

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 砂埃にまみれた走り高跳び用のマットの上に萌々花を押し倒して風見鶏は彼女の衣服を剥ぎ取ることに夢中になっている。


「っざけるなぁ!」


 俺はドアを開けた勢いのまま風見鶏の横っ腹に思いっきり蹴りを入れる。


 奴は『ぼぐふっ』とか言いながらマットの向こう側に転がって落ちていった。




「萌々花! ごめん、遅れた。もう大丈夫、大丈夫だよ」

「漣、漣、れ~ん」


 大泣きしている萌々花をしっかりと抱きしめ安心させてやる。ぱっと見、萌々花の身体には、擦り傷等見受けられるが酷い怪我はなさそうで安心した。


 びしょ濡れだけど肌を晒すよりマシかと俺の制服のブレザーを萌々花に掛けてやる。


「怪我がなさそうでよかったよ……」

 萌々花の無事に不幸中の幸いと一瞬、気を抜いてしまった。


「漣! 後ろ! ヤツが!!!」


 萌々花を抱きかかえながら避けたが、一歩間に合わず左の側頭部に激痛が走った。



「オウオウ! 陰キャ風情が何邪魔してくれちゃってんだよ! 消えろ! シネや!」


 風見鶏は倉庫内にあったテニスラケットで殴りかかって来たようだ。



 さっき当てられたところからは出血したようで、左目に血が入ってきて視界が悪い。


「よりによってコイツ右利きかよ……」

 左目の視界が悪いのに風見鶏は右利きなので俺からすると左側からラケットを振って来ることになる。


 しかもドア側に俺と萌々花が居られたらそのまま彼女をドアから逃げさせるのに今俺達が陣取ってしまったのは倉庫の奥側。



 テニスラケットをブンブン振り回して、こっちに迫ってくる風見鶏を避けながら、反撃の機会を窺う。


 ゴンッ


 足に何か当たって転倒しそうになる。倉庫だけあってギチギチに物が詰め込んであるので自由に動けない。


 それは風見鶏も同じで振り回したラケットをあちこちにぶつけている所為せいでラケットはボロボロだし、俺達にあれから一撃も当てられていない。


 俺の右腕は、ドアを破ったときから上手く動かせないでじんじんと痺れている。そのせいで左腕だけで奴の攻撃を避け、活路を見いださなければならない。


「クソ! ボロラケットが! この役立たずめっ」

 風見鶏は自分でボロボロにしたくせにラケットに当たり散らし、今度は傘立てに差してあった金属バットを手にした。


 どこの誰だよ! 傘立てはバットスタンドじゃねぇぞ⁉


「おい、それは止めろ。マジで死ぬぞ⁉」

「っるせーな! マジで殺すんだから知ったこっちゃねえわっ!!!」


 父さんが口を酸っぱくしてよく俺に言い聞かせていた。ある系統の武器を相手が手に持った場合は最大限に注意すること。



『鉄パイプとかよりも、ゴルフクラブやバット、木刀などは人が握って振り回すことを前提で作ってあるから素人が振り回してもそれなりに威力が出る。だから絶対に避けること。身体で受け流そうなどと考えないことだ!』



 そんなもの受けて且つ流してノーダメージなのはそれなりの達人か、事前の打ち合わせがあった場合ぐらいだと父さんは力説していた。


 今、正にそのバット、それも金属バットを振り構えている阿呆が目の前にいるんだけど!


「どりゃ!」

 さっき足をぶつけた俺の左側にあった何かを思いっきり振り上げてバットを振りかぶってがら空きになった胴体に投げつけてやった。


 その何かは、中身の石灰がたっぷり詰まった真っ赤なライン引きだったようだ。


 ライン引きは奴の身体に当たった瞬間、ぱかりと簡易な蓋が外れ、倉庫内を真っ白に烟らせた。



「ゴホゴホ……陰キャぁ!! テメエ! ゼッテー殺す! ゴホゴホッ」


 風見鶏は頭から真っ白な石灰を被って咳き込みながらもバットを振り回している。

目も開けられていないようでまるで明後日の方向に向けて攻撃している。


「萌々花……ごふ。今の隙きに奴を取り押さえるから、後ろを通ってドアから逃げてくれ」


「でも……漣は⁉」


「大丈夫、ごふ。俺がやられるわけない。そのための稽古をしたんじゃ、ごふ、か……」


「分かったよ。無理しちゃやだよ」


「勿論。じゃあ、せいので行くよ!」


「「せいの!」」


 俺は風見鶏に左腕だけでタックルをして押さえつける。


 右目の端に萌々花が無事に風見鶏の向こう側、ドアの方に抜けていくのが見えた。

 良かった。向こうには雫ちゃんもいるし、もう安心だ。


「くっそ! 邪魔だ! 離せ! クソガキがぁぁぁ! どけ! ぐぉらぁ!!!」


 風見鶏はもう半狂乱状態でバットを振り回し、グリップエンドで俺の背中をガシガシ叩いてくる。


 体制が悪いので叩かれても大してダメージはないが何時迄いつまでもこんな事をしてはいられない。




 終わりにしないと。




 石灰の煙も落ち着いてきた。風見鶏も視界が回復したようで物凄い視線で俺を睨めつけている。


 それに引き換え俺ときたら、相変わらず左頭部からの出血は止まっておらず、左目の視界は不良。


 右腕も肘から先の感覚がビリビリしてしまって動かせる状態でない。

 こんな状況を想定したシミュレートはないんですけど……


 風見鶏は既にバットを高々と上段に構えて後は俺に向けて叩きつけるだけ。こっちの考えが纏まる前に準備は整った様子。


 思いっきり振り下ろされたバットを仕方なく左腕で受けてしまう。左目が見えず、避けることが出来ずに最悪な状態で受けてしまった。

 ゴキッという嫌な音がして、バットは俺の左手前にずれていき、床のコンクリートを砕いた。


「父さん……指導、守れなかったみたいだよ――だけどなぁぁ! もらった!!!!!」


 前傾になってアホ面を俺の目の前に晒した風見鶏に向かって渾身の横蹴りを蹴込む。


「ぶふぉえ!!」

 なんとも言えない阿呆な声をあげて風見鶏が吹っ飛んでいく。


 これだけで止めない。追撃する……

 試合じゃ絶対にやらない、ストンピングでの急所攻撃を繰り返してやる。



「師匠!! もう良いです! これ以上はやりすぎです」

「煩い! 須藤っ止めるな!!!!!」

「駄目です! 師匠まで犯罪者には出来ません! 鈴原さんも泣きますよ!」


「漣!!! だめぇ!!」

 萌々花!



「うっ………すまない。さんきゅ、須藤」

 怒りに我を失っていた。


 足元を見ると気を失って失禁している風見鶏のボロ雑巾のような姿がある。


「助けられたのか? 萌々花を……俺は……」

「はい。師匠は鈴原さんをしっかりと助けられました。逃げた吉見も今頃あゆみが確保している頃です」


「? 佐藤先生が?」

「はい。北山の代わりに追いかけたそうです。連絡ありました」



「れ~ん!」

「も、萌々花!」


「ありがとう! 漣! 守ってくれて、ありがとう!」

「はは、俺。萌々花のこと守れたのか? そっか。良かった」


「わたしのことよりも漣、身体大丈夫なの? 出血も酷いし、腕が変に曲がっているようにみえるんだけど?」


 出血は……まあ、さっきからずっとだしな。流れているだけで大した量でもないだろう。


 それよりも腕って?


 右腕を見る。

 手首と肘の間が弓形に曲がってるぞ?


 ………。


 左腕を見る。

 いつも見ている腕の倍以上に腫れている気がするよ?


 ………。



「あ……」

 瞬間、両腕に信じられないような激痛が走る。


「れ、漣? どうしたの? だいじょ――」

 萌々花の言葉を最後まで聞くこと無く俺の意識は黒い沼に沈んでいった。



 ★+。。。+★+。。。+★+。。。+★+。。。+★



 目を覚ますと知らない天井。




 身体を動かそうにも両腕は拘束され、腰のあたりも何か押さえられているようだ。


「あら? 目が覚めたようね。どう? ご気分は? 気持ち悪いとかどこか痛いとか……ああ、怪我しているところは別にしてね」


「全身どこもかしこも痛いですけど、気分が悪いとかはないです。ところで、ここはどこですか?」


「ここ? あなたが救急搬送された市立総合病院のHCUよ。手術したあとで意識が戻っていなかったから、ここにいるの。OK?」


 ああOK、病院ね。倉庫で気を失ったんだな。そう言えば手術って言っていたようだけど?


「あ、あの。看護師さん、手術ってなんですか?」

「うん、今医師せんせいを呼んでくるから聞いてね。私はご家族に連絡してくるから」





「漣。大丈夫か……って大丈夫なはずはないな。すまない。私があの学校を推薦したせいで……」


「ああ、父さん。そんなのは良いよ。こんなモノ事故だし。あの学校に来なければ萌々花にも会えなかった……はっ、萌々花は無事なのか?」


「ああ、大丈夫。ももちゃんはかすり傷が幾つかあっただけで無事だよ。今は佳子とこっちに向かってきているはずだ」


「そっか。それならば良かった」

 それだけが大事だからな……


「漣はももちゃんを守った。良くやった……流石私の自慢の息子だけある」

「はは、なんだよ急に。そう言えば俺ってどのくらい意識がなかったの?」


「事件は昨日で、今一六時過ぎだからほぼ二四時間ぐらいだな」

「なんだ、そのくらいだったんだ。良かった。何ヶ月も意識が戻ってなかったなんて言ったら大変だったよ」


「はい失礼しますね、こんにちは。君方漣くんとお父さんの誠治さんでよろしいですかね? 担当医師の村山です。今回の手術等についてお話させていただきます――」



 俺の右腕の前腕は橈骨とうこつ尺骨しゃくこつとも丁度真ん中辺りの骨幹部がぽっきり折れている骨幹部骨折ってやつで、更に右手のひらの人差し指の中手骨頚部も折れているそうだ。


 左腕は橈骨だけだが2箇所折れていたそうだ。


 風見鶏と戦っている間やたらと右手が痺れた感覚だったのは骨折により血管が傷ついて手の血流が低下した、または神経が傷ついて手が痺れたり指が動きにくくなっていたりした可能性があるそうだ。

 どのみち、バキバキに折れていたので動かせはしなかっただろうということだけど。


 その様な状態なので、緊急手術が行われて、右腕にも左腕にもプレートとビスが埋め込まれたそうだ。


 頭の傷は五針縫ったそうで、その部分は毛が刈られているけどそのうち生え揃うから気にしないでと慰められた。


「CTもMRIも撮ったけど外傷以外の異常部位は見受けられなかったね。相当酷くやられた割にはラッキーだったようだね」


「そうなんですね。ありがとうございます。良かったな、漣」

「良くはないけどさ。あの先生、これって完治するまでどれくらいかかるのでしょうか?」


 怪我は仕方ないにしても治らないとそれは困る。


「左手はう~ん……一般的な生活に戻るには一~二ヶ月前後かな? 右手はもう少しかかるかもしれないな。ちょっと様子見だね。ギプスを早く外し過ぎるとまた直ぐ折れちゃうしね」


 先生……そこをなんとか、とはいくわけないな。二ヶ月以上ってことは、今年の夏休みはアウト臭いってことだな。シクシク。


「若いから結構早くくっつくとは思うのだけど、その後はリハビリあるだろうし、気長にやったほうが後々に良い結果につながるよ。あっ、頭は来週には抜糸ね。忘れないように」



 とたとたとたとた!


 小走りの足音が近づいてきて、看護師さんとの会話が聞こえた。

 病室の扉が開き、モノすっごい泣き顔の萌々花がそこにいた。


「るえん……れ……ん~ 漣! 漣が生きてる! うわぁぁぁん」

 横たわる俺に抱きついてきて何度も何度もキスをしてくる。死んでないよ?


 嬉しいんだけど、目の前に父さんもいるし、扉のところには母さんと看護師さん、先生も生暖かく見守っている。HCUなんで他の患者さんもいるわけで……


「村山先生、この患者様の容態に変化が出ています。血圧上昇、脈拍増加……脳波も乱れていますね。処置します?」

 看護師さん! 態々言うの止めてぇ~ 恥ずか死するぅ……



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最後までお読みいただきありがとう御座います。

失禁画像は拓哉と雫が高解像度で撮影していたことをお伝えしておきますwww


第一章の下書きはなんとか終わりました。

ぜひとも★を一つでもいただきますと励みになります。よろしくご支援下さい。

できれば……★★★で!


※なお、本話でHCUが出てきて父や萌々花が入室していますが普通はできないと思います。あくまで、お話なんで、突っ込まないようによろしくおねがいします。

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