第51話

とうとうその日が。

変わらないけど変わっていく。


※※※★※※※


 二学期が始まって数日が過ぎた。


 勉強をしたりアルバイトに行ったり、徐々にだけど腕のトレーニングをしたりしている何気ない日常を過ごしていたある日、自宅に速達の封書が一通届いた。差出人を見るとうちの父さんだった。


「わざわざ速達で寄越すなんてなんだろう? ん? 宛先は……俺じゃないや。萌々花にだな」


 そういえば郵便配達の人も萌々花って言っていたような気がしなくもない。ちゃんと聞いていなかったので、今初めて萌々花宛てだって認識したんだけれども、ね。

 とうことで、父さんからの封書は萌々花宛てだった。何も見ないで封を開けたりしなくて良かった。ギリギリセーフ!


「萌々花さんやぁ~ お手紙ですよ~」

「はーい」


 ともあれ萌々花に父さんからきた封書を渡す。


 萌々花は渡した傍から封書の端を手でちぎってビリビリと開けていた。萌々花さんってばなかなかワイルドな開け方するよな。ハサミがそこにあるんだから使えばいいのに……、って思ったけど言わないけどね。


「わーい!」

「なになに? わざわざ郵便で何が届いたんだ?」


 萌々花に届いた封書にはちょっと光沢のある紙が数枚入っていた。


「見てみて! ほらっ」

「ああっ⁉ これって……」


 萌々花に見せてもらったその用紙は戸籍謄本で戸籍全部事項証明書の写しだった。

 先日弁護士事務所で打ち合わせしたことが実行されたんだな。


 その氏名の欄には『君方萌々花』とある。続柄は養女。

 父親の欄には誠治、母親の欄には佳子。ついでだけど、俺の名前も載っていたりする。

 まあ全部事項証明書なんで家族全員の氏名や続柄が載っているのは当然なんだけど。

 実親の氏名も載っているせいで若干イラッとするのはご愛嬌としといてやる。

 近々訪れるであろうことは分かっていたけど、やや呆然としながらも謄本の隅から隅までしっかりと見ていったら、あることに気づいた。


 それは、謄本への記載の日が昨日だったってこと。


「はい? ってことは昨日には既に萌々花が俺の義妹になっていたの?」

「……そうなるね」


「知ってたの? なんで言わないの」

「これを待っていたからだよ?」


「これって、謄本のこと?」

「うん。証拠。聞いただけじゃ、お父さんたちと家族になれたかどうか本当のところがわかんないじゃん。だから、わたしは目で見える証拠が欲しかったの……」


 そう言い涙を流しながら謄本を抱きしめる萌々花。


 そっか、ずっと実母にネグレクト――いない子のように育てられたというか、嫌々ながら育てられた萌々花にとってはちゃんと愛される両親の存在って言うのが、俺の思っている以上に大切だったんだな。

 言葉だけじゃなくて、公的なお墨付きで実感が湧くっていうものなのだろう。


「ねえ、漣のときはどう思った?」

 ひとしきり嬉し涙を流した後、落ち着いてきたのか鼻声ながらも笑顔を見せながら俺に聞いてくる萌々花。


「養子になった日の俺? う~ん……」


 どうだったろうな。なんかあの時はいろいろと事象が有りすぎてどれにどう対処していけばいいのか解んなくなっていた時期の最後の最後だったからなぁ。


「う~ん、申し訳ないって思っていたかも」

「申し訳ないって? 誠治お父さんと佳子お母さんに?」


 そうだね。申し訳ないって思える人はあの二人しかいないもんな。


「なんか、俺の実親のゴタゴタに巻き込まれた挙げ句、幼児なら可愛くもあるんだろうけど、高校生にもなったひねくれた甥っ子を引き取らなきゃいけないなんて、さ」


 俺が未成年なせいで保護者の役割をやりたくもないのにお願いしたということで非常に申し訳なく感じていたんだ。それでなくても裁判で散々ぐちゃぐちゃに引っ掻き回した後なので俺自身もだいぶ疲弊していたんだよね。だから俺以上に誠治父さんや佳子母さんはもっと疲れていたとおもう。まず疲れていないことはないよな。


 だからこそ、始末が終わった後は俺一人離れた土地に引っ越して一人で暮らそうと思ったんだよね。これ以上の迷惑は二人にかけられないって。でも父さんも母さんも優しくて……。


「そうなんだね。大変だったね、漣もいっぱい頑張ったね」

「そう、だから親子になったときのことは残念ながらあまり覚えていなかったりするんだ。もちろん今は感謝もしているし、あの二人が両親になってくれて嬉しいし有り難いと感じているよ」


「ごめんね。そんな大変なことがあったっていうのにわたしが転がり込んできてしまって……。嫌だったでしょ?」


 ああ、あの時な。


「嫌ではなかったぞ。びっくりはしたけどね。もし本当に嫌だと思っていたら女の子だろうと容赦なく放り出していたと思うよ? あの頃の俺ってそういうことをしていたとしても、たぶんぜんぜん気にしなかったと思うし」


「うん、そうだね。漣ってちょっと変わった子だったよね」


 ちょっとショック……。そんな風に思われていたんだ。『変わった子』を明確に否定出来ないのも悔しいけど。だから代わりに言い返してやった。


「それを萌々花には言われたくないな」

 萌々花だって相当変わった娘だったじゃん。ギャルだったじゃん? それも偽物のさ。


「うっ……もうその話やめよ、ね?」

「そ、そうだな。お互いの古傷を抉り合うのはよそう」


 そう。たった数ヶ月だけど、あの頃より俺たちは成長したんだ。だいじょうぶ。


「だからね。この謄本を心待ちにしていたんだぁ。ほんとうなら額縁に入れて飾りたいぐらいなんだけど?」


 それはやめようよ。個人情報の塊みたいなものだからね? それ飾ったら他人をうちに呼べなくなるじゃん? まあ一度も呼んだことはないけど。


「ふふふ、改めてよろしくお願いします。お兄ちゃん!」

「あ、あのさ。やっぱそのお兄ちゃんってやめてくんないかな?」


「え~ なんで? 漣のほうが二ヶ月お兄ちゃんじゃない?」

「二ヶ月なんて誤差でしかないじゃん」


 ラノベで義兄妹がお互いを想って、カレカノになるって言うのはよく見かけるけど、恋人同士が義兄妹になるって聞いたことないんですけど。ついでに言えばカレカノの状態のまま義兄妹で家族でって要素が多すぎてプロット崩壊するのではないですか?


「じゃあなんて呼べばいいのよ」

「ええ! 今まで通りでいますけど!」


「そっか。じゃあ夜のえっちのときだけ『お兄ちゃん!』って、言ってみようかな?」

「……やめようよ」


 変なトビラ開いちゃったらそれはそれで問題になりそうだからね?



※※※★※※※

トビラは開いたのか開かなかったのかについてはノーコメントでw

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