第6話 武闘大会 予選

「さあさあ、いよいよ武闘大会が始まります!!」


 意気揚々とアナウンスをする司会の声が控え室にいるにもかかわらず耳に届いた。それに反応する観客の歓声も聞こえることから熱狂していることは確認せずともわかるな。

 それよりも、だ。

 俺たち……というか主に俺か、なんとも熱い視線が控え室の至る所から向けられている。悪意はないようだが敵意は激しく抱いている様子。


 原因はなんとなく予想がつく。

 おそらく先日の件が火に油を注いだのだろう。

 取り巻きとはいえ貴族の関係者に手を上げてしまったからなぁ。あとは話が広まって単純に気になっているとか。全員が立派な武器に対して俺は見た目はだから。


 理由はどうであれ、俺が注目されているのは確かだろう。

 真剣勝負を望む人だったらいいけど、不正をしたのだと暴こうとする者とか貴族の命令で俺を排除しようとする者とかもいそう。


 とか思いつつも俺はボーッとしながら天井を見上げている。何の変哲もない普通の天井だけど。

 実を言うとつい先程までリオンとの戦闘訓練を行っていたのだ。気づいた時には時間ギリギリで焦ったが何とか間に合って今に至る。

 それで疲弊した身体を少しでも癒そうとスキル〝自然回復〟で体力を回復させている。


 リオンはというと何食わぬ顔で俺の横に仕えている。品性のある最高のメイドの佇まいと言えば良いのだろうか、如何なる場合でも気品さは落ちていない。


「アルク様、もう少しで大会が始まりますよ」

「ん? それにしても参加者が多いな。どのくらいいるんだろう?」

「他の控え室にも居るみたいなので正確な人数とまではいきませんが、ここにはざっと50名ほどいます。実力がある者は一握り程度ですが」


 あーあ、まただよ。

 リオンの言葉に敏感に引っ掛かった参加者のお陰で注目が更に集まる。本人は悪気がないようだが向こうからしたら挑発と受け取ってもいい言動だ。

 こういうのは良くないと注意のためにリオンの耳に手をあてる。


「リオン、そういうのは思っても言っちゃダメだ。後々面倒事に巻き込まれる」

「失礼しました。ですが本当のことを言ったまで。ここにアルク様を倒せる者など──」


 リオンは周りを一瞥する。

 多分選別でもしているのだろう。

 リオンの思っていることはこんな感じ。

 雑魚、雑魚、マシ、雑魚、論外、辛うじてマシ、雑魚──

 ああ見えてリオンはお口が悪いからなぁ。まあを考えれば仕方ないと割り切ろう。実際大きな揉め事には発展してないわけだし。


 そして一瞬、一人だけリオンの目にとどまった感じがした。


「この控え室にはだけ良さそうな参加者がいますが、それ以外はダメですね。大会に参加せず地道に腕を磨くべきでしょう」


 ダメだこれは。頭を抱えたくなるよ。

 言わずもがなここの全員に目をつけられたはず。大会が始まれば俺たちは真っ先に狙われるな。


 というのも、今大会は人数が多すぎて人数を絞るために予選を行うことになった。

 ブロック数は8つ。A~Hまで分けられており、俺はAブロック、リオンはEブロックだ。

 ブロックのなかで生き残ったものだけが本選に出られる仕組みで仮に俺とリオンが戦うなら本選にいくしかない。


 リオンは──心配する必要もない。あのリオンが戦いにおいて負けるはずがないからな。

 問題は俺自身だが、リオンがあれだけ訓練に付き合ってくれたのに予選落ちなど恥でしかない。だが油断は禁物、再び気を引き締めよう。


「まもなく予選Aブロックが開始されます。Aブロックの参加者は速やかに会場に向かってください」


 控え室の扉が開かれ参加者に告げられた。


「それじゃあ行ってくる」

「はい。アルク様、ご武運を」



 ◆ ◆ ◆



 本会場に着くと周りは観客で埋め尽くされていた。どっと沸き上がるこの熱気は自ずと参加者に火をつける。


「それでは予選Aブロックを開始します。ルールは最後まで立っていた者が本選に勝ち上がれるという至ってシンプルなルールです。尚、契約書にも書かれていた通り、万が一死亡したとしても自己責任です。準備はよろしいでしょうか?」


 参加者は勢いある声で反応する。しかしここは冷静に場を眺めよう。うちに眠る闘志はギラギラと燃えているがな。


「ただいまより予選Aブロックを開始しますッ!」


 鐘が鳴ると同時に参加者は武器を抜く。

 そして俺の周りにいた参加者は一斉に牙を剥いた。

 わかってた。わかってたけどこうも一斉にかかって来られるとは。

 ならばこちらも真っ向から迎え撃とう。

 と思ってたんだが──

 相手の動きが遅すぎるのだ。まるで自分だけ別の空間へ切り離されたように。

 これまでリオンとだけ戦って、しかも一瞬の迷いが負けに繋がる素早い戦闘訓練を行ってたけどこれは……。


《現在、リオン=アルスフィーナ氏により鍛え上げられた身体能力と五感を【ユグドラシルの枝】が獲得したスキルによりを契約者は更に強化されています。加えて契約者の視覚から得た多量の情報を解析、処理を行っています》

 

 えっと、つまりはどういうこと? 長く難しいを説明されてもわからないと思うので俺にもわかりやすく教えてください。


《脳に不可を掛けない程度に思考だけが加速しているため対象の動きが遅く見えています。ただし、現状これは実力が伴っていない相手にのみ有効です。リオン=アルスフィーナ氏のような規格外の存在には解析と処理が追い付かずにやられます》


 なるほど。とりあえず【ユグドラシルの枝】のお陰で相手が止まっているように見えているわけだ。というか【ユグドラシルの枝】もリオンを規格外だと認識しているんだな。

 

 そうしている間にもかなり遅く参加者たちが迫ってきている。

 ちなみに今行動に移せばこの状態は解けるらしい。あくまでも思考だけが加速している世界にいるのであって身体が感じる速度は彼らと同じのよう。俺も自分の身体がゆっくり動いている感覚があるし。  

 まあ、考える時間が増えるのだからそれだけでもかなり大きい。強いて言えばリオンに通用しないのが残念なところだ。


 それで、思考が加速した世界から抜け出すには?


《意識すればいつでも解除されます》


 ということなのでやってみよう。

 すると急激に参加者の動きが速くなった。いや、元に戻ったというのが正しいか。

 四方八方から迫る攻撃はかすりもせずに回避した。その回避の合間に透かさず参加者の腹部に一撃を入れていく。

 今骨が軋むような音が聞こえたが司会の人も言ってたように怪我しても自己責任だ。

 だがこれで死なれても困る。今までは全力を出さないと厳しい戦いばかりだったから終わるまでには加減を覚えよう。


「大体今ので三割ぐらい減ったか」


 そう呟くと周囲はポカンと口を開けてた。おおよそ何が起きたのか理解が追い付いていないのだろう。

 安心して欲しい。正直当事者である俺も何が起きているのか理解できていない。

 ただ【ユグドラシルの枝】が凄いことだけわかる。今はそれでいい。


 さて、次は俺から行こう。

 それにしても前々からリオンに言われてたな。『戦場では一瞬の迷いが敗北に繋がる』って。本当にその通りだ。

 こうしている間にもスキルを駆使し【ユグドラシルの枝】の指示のもと、一人、また一人と参加者が減っていく。

 会場は盛り上がるようだがその反面、何故【木の枝】を使う者がここまでの力を発揮できるのか疑問に思う観客も多いみたいだ。


 その中には爪を噛みながら苛立っている貴族も見えた。

 本当は戦いに集中した方が良いのだろうが観客席を見る余裕まで生まれるとは……人生何があるかわからないな。

 多分ああいう人たちは息子の晴れ舞台でも見に来てたのだろう。昨日絡んできた人とか俺と近しい歳の参加者もいたし。

 まあ、勝負の世界に手加減は無用だとリオンから教わってる。だから俺はこのまま突き進む。

 そして半分以上の参加者が消えていくと一人の参加者と目が合った。



「……あっ! あの時の貴族の取り巻き。えっと……貴族の名前はリーファン、だったっけ?」

「ローラン様だ! これ以上はお前の好きにはさせないぞ。ローラン様の行く手を阻む邪魔なお前を倒し、ローラン様が優勝するお姿を観客全員に見ていただく。そしてあわよくば王立学院の特待生を──」

「ごめん。ローランだろうと何だろうと俺は興味ないかな。それと、多分君は俺を止められないと思う」


 別れの言葉を告げるとローランの取り巻きは宙を舞った。

 決め手は顎への強打。【ユグドラシルの枝】が勝手にやった時と同じ結果になった。勿論トラウマを呼び起こそうとしたわけではない。


 気づけばこの場に立っているのは俺しかいなかった。

 

「け、決着ぅーッ! 勝者はアルク選手! 凄まじい連擊の末、勝利を収めました!!」


 あれ? 司会のアナウンスに歓声は上がらない。むしろ結果に不服なのかざわめきが起こっていた。

 まあ勝ちは勝ち。とりあえず本会場から去ろうと通路に向かうとリオンが待っていた。


「お疲れ様です。こちらをどうぞ」

「ありがとう」


 差し出されたタオルを受け取り汗を拭く。


「大方予想通りでしたが如何でしたか?」

「自分でも驚いてるかな。昔の俺なら勝負になってないだろうし参加すらしなかったな」

「謙遜しなくともアルク様は昔から強い御方ですよ」

「そんなことないよ。家族の中でも落ちこぼれ。努力したって家族は見てくれなかった。でも今は違う。俺がここまで出来るようになったのは【ユグドラシルの枝コイツ】とリオンの指導があったからだよ。それがなければ俺は弱いままだった」


 今の俺を見てオルガン家はどう思うのだろうか。

 認めてくれて戻ってこいとか言ってくれるのだろうか。

 いや、戻る必要はないか。どうせ武器がこんな見た目だと認められないだろうし何より兄妹たちが俺を気に食わないだろう。


 なら俺は好きに生きよう。それが一番正しい選択で平和な選択なのだ。


「そんなことよりリオンも頑張っ……てって心配する必要はないか。俺はどうやってもリオンが負ける光景が見えない」

「戦いは場数と経験が物を言いますので」


 ほんと、今までどれだけ過酷な環境で育ってきたんだか……。


「まあそれでも頑張って。応援してるから」

「はい。アルク様のご期待に答えられるよう尽力させていただきます。それよりもアルク様はお疲れでしょう。私はお飲み物を用意してくるので先に控え室に戻っていてください」

 

 リオンが心なしか嬉しそうにしている後ろ姿を見て俺は控え室へと戻っていった。

 あと予選が始まる前に手加減するようにと念を押しておいた。そうでなきゃとんでもない悲劇が起こりそうだったからな。

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