第31話 異変と邂逅
「そういえばさ、今頃他のみんなはどうしてるかな。さすがに教員や上級生が見てるから死んだりとかはしてないと思うけど」
一夜過ごしてクラスメイトが森林から与えられる恐怖の味を知ったのではないかと危惧したエディがふと呟いた。
俺たちにとって他の生徒は互いが競い合う敵である。だが、同時にこの三年間を共に過ごす仲なのだ。これからも誰一人欠けてほしくないと思っている。
「大丈夫だと思うけど、もしかすると予想以上に疲れが溜まってエディみたいに寝過ごしてるかもな。それならあり得る」
「そうだな。可愛い寝息を立てながらまだ夢の中かもな」
エディが不安をそうにしているのでそれを拭い去るように冗談混じりで言った。それにロザリオも便乗すると爆睡娘は頬を膨らませた。
「もお~、私がいっぱい頑張るからってことでその話は終わったじゃあん」
悪い悪いと謝りつつも俺とロザリオは笑う。
場所が違えば楽しくピクニックをしているようだ。だがここは魔物が住む魔境。呑気に歩いているその油断が命取りにも成り得る。
突如ロザリオが足を止めた。
俺も止まり、周りをぐるッと見渡し確認すると何処か違和感を感じる。確証はないがこれはどこか変だ。
「風の音も聞こえないほど静かだな。周囲から送られる敵意が宿った魔物の視線も感じられない」
訝しんで周囲をなお警戒する。
ほどなくして少し遠方から草木が擦れる音が鳴る。静寂な空間では些細な音も聞き逃さない。
武器を抜いた俺たちは気の緩みも感じ取れないほど集中していた。
そして、魔物の目が合った。
本能に従うのであれば所構わず襲ってくるだろう。
しかし、今回は違った。
魔物の中には戦わずして相手との力量を見極める個体がいる。勝てる戦いには挑み、勝てない戦いでは逃げに徹する。自然界で生き残るのであれば利口な判断だろう。
しかし、今回はそうとは感じなかった。
戦闘以前に魔物は俺たちと戦う意思が見られなかった。いや、敵意は向けられていたが興味を示さなかったというのが正しいだろう。
それにどことなく誰かに誘き寄せられているようにも捉えられる。いったいこの森で何が起きようとしているのか、
「今まで遭遇した魔物は全て襲い掛かってきたがあれは違ったな。野性的な判断というより目的があって行動しているみたいだった」
「偶然、にも思えるけどさ、私はなんかこう……うまく言い表せないけど胸の奥がざわざわする感じ?」
「奇遇だな。私もこれは変だと感じた。今回の実技演習、私たち以外にも何か関わってるぞ」
そう直感したロザリオ。
一先ず魔物が向かった方向へ行こうと方針を決めたその時──金属同士が激しく重なった時にしか聞こえない特有の甲高い音が響いた。
実技演習を行うにあたって禁止事項は伝えられていない。
つまり、相手の妨害をすることだって許される。監察役がいるためその行動は如何なものかと思えるが競い合いの場である以上、自分と相手の差を誇示するのには襲撃も理解できる。
しかし、そうするぐらいならクリアすることに集中した方が余計に体力を消費せずに済む。たった一日で実技演習の過酷さを知れば自然と思考がそちらに働くはずだ。
にもかかわらず金属音が聞こえるのであれば、成績に執着した生徒か
「急いだ方が良さそうだな」
互いの顔を見て頷くと魔物の行方を追うために地を蹴り駆け出した。
道中、魔物と遭遇するがこれらも俺たちには全く見向きもせず進行方向とは逆の方へ駆け抜けていった。
これはますます理解が追い付かないな。
そうしている間にも獣道を進み、数分もかからずに現場へたどり着いた。
「おっ、新しい獲物だなぁ」
「頭ァ、こいつらもやっちまいましょうよ」
その場にはこの事態に巻き込まれた生徒三名に手負いの監察役教師が一名。
手に持つ剣を光らせながら俺たちを見据える集団がざっと十名ほど。そして異常なのは彼らの後ろに多くの魔物が大人しく側にいること。
魔物が人間に懐くなどあまり聞いたことない。況してこの森の魔物はお世辞にも友好的とは言えない。普通なら魔物に背を向けている時点で襲われる。
「君たちここは危険だ! ここは私が引き受けるから彼らを連れてここから逃げなさい!」
額に汗を掻き、三人の生徒を庇いながら告げる教師だがこの状況はどう見ても逃げれるものではない。それに何より手負いの教師を見捨てて逃げるなど言語道断。
「エディ、俺とロザリオがあいつらの相手をする。その間に先生と他の生徒の手当てを頼める?」
「ぐっすり眠ったお陰で万全だからね。ここらで一つ働いておかないと。大丈夫だと思うけど二人とも気を付けてね」
エディは一度森の中に隠れた。スキル〝完全気配遮断〟の発動条件を満たすためだ。
そして俺とロザリオは一歩前に出て武器を構える。
「ほう、そこのガキんちょとおっさんよりかはマシみたいだな」
「貴様のような人間に褒められても嬉しくないな」
「そう言うなよお嬢ちゃん。王都に女探しに行くって言った馬鹿は未だ帰ってこないが、良い女ならここにいるじゃねぇか。どうだ、一晩だけでも俺たちと楽しく遊ぶ気はないか?」
ふざけた発言に鼻で笑うロザリオは一段と剣を強く握り構える。その気迫は隣にいる俺にもひしひしと伝わってくる。
「残念だが貴様のような品のない男と夜を一緒に過ごすつもりはない。それと、貴様を見て思ったがこの間貴様と似たような雰囲気の男を成敗してやったな。もしかして仲間だったか?」
「ハッハッハ、多分そうだな。だがそれは女に目が眩んだ馬鹿野郎の自業自得だ。女ならその辺にいる奴を捕まえればいくらでも楽しめるのにな。それに若い女ならこの森に沢山いる。絶好の狩場だよ、ここはッ!」
男の発言にロザリオの表情は険しくなった。
「……貴様はとことん下衆な人間だな。女は貴様らのオモチャではないぞ」
俺は初めて見るかもしれない。ロザリオは歯を強く噛み締めて怒りを露にしているところを。
しかし、俺も目の前にいる集団には不愉快極まりないと感じていた。けどここは俺の出番ではないようだ。
「ロザリオ、あいつらの相手はお前が適任だろう。俺は周りの魔物を片付けるから思う存分にやってくれ」
「ああ、私が直々にあの下衆な人間共に天誅を下してやる」
鋭い目付きで相手を見据えたロザリオに続くように俺は強く地面を蹴り駆ける。
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