第30話 実技演習・二日目

 鬱蒼とした森で迎えた朝はあまり目覚めの良いものではなかった。硬い地面で寝ていたせいか身体の節々が痛い。

 早朝故、気温もそれほど高くない。清々しい朝というよりかは少し肌を震わす凍えた朝だ。

 まぶたをゆっくりと開けて身を起こし辺りを一瞥する。目に留まったのは愛剣を丁寧に手入れするロザリオだった。


「おはよう、アルク。あれからよく眠れたか……ってその表情を見れば一目瞭然だな」

「ああ、お陰さまで身体がガチガチだよ」

「向こうに小さな水辺がある。そこで顔でも洗ってこい。目が覚めるぞ」

「そうさせてもらうよ。それでエディは……」


 俺たちは今も寝息を立ててぐっすりと寝ているエディに目を移す。幸せそうな寝顔に思わず苦笑いしてしまう。

 昨晩から俺は見張りの当番をして、交代時間になったため最初に野宿に慣れているロザリオに任せた。その後仮眠を取ったわけだが、すぐに身体を揺すられ起こされたのだ。

 時間にして二時間程度だろうか。交代時間には早すぎた。何かあったのではないかとロザリオに確認したところエディが起きないと言う。

 彼女の身体に異変が起こったのでは。

 急いで確認したところ、ただただ気持ち良さそうに寝ていただけだった。俺たちは言葉が出なかった。

 まあ、大したことでもないので放置した。

 それで仕方ないからと見張りは俺とロザリオの交代制に切り替えて早朝を迎えた。これが昨夜から今朝にかけての出来事である。


「そのうち起きるだろ。どうしても駄目だったら担いででも連れていけばいい」


 そう言われると俺はロザリオから聞いた水辺へと向かう。

 朝露が緑の葉に潤いを与えている。その雑草を掻き分けて進むと神秘的な泉が視界に広がった。

 そして少し視線を右に移すと野生の鹿の親子が澄み切った水を飲みにやってきた。朝から微笑ましい光景だなと思わず口元が綻んだ。

 その光景を見つつ自分も顔を洗おうとした時、偶然にも一人の生徒が顔を洗っている場面に遭遇した。


 後ろ姿しか見えないが身に纏っている衣服はゼムルディア王立学院の制服だった。

 俺と同じ一年生とも思ったがこの辺りで同学年のいる気配はない。何より背中から伝わる雰囲気はそれとは別物。おそらくは──。

 俺は気さくな雰囲気を出して近いた。


「先輩、おはようございます。夜遅くまでご苦労様です」

「──ッ!? ああ、ビックリした」


 ビクッと身体を震わせその男子生徒が振り向いた。

 彼の顔は非常に整っている。つまりイケメンだ。学院でも特に女子生徒から人気があるだろう。というか何度かその話は耳にしていた。


「ギルファム・アンドリューズ先輩ですよね。初めまして、アルク・アルスフィーナです。先輩の噂はかねがね聞いていますよ」


 上級生に対して不快に思わせない丁寧な口調で自己紹介をする。ギルファム先輩はこの状況は良くないかもと少し表情を歪ませ頭を掻いていた。


「参ったな……監察役が新入生と接触するのは禁止されてるんだよなぁ。まあ、今回は事故みたいなものだし俺が黙っていれば問題ないか。俺は三年のギルファム・アンドリューズだ。理事長から直々に君たちの監察役として抜擢されたんだけど……この事は内密にな。バレたら俺も君たちも評価が下がっちゃうから」


 耳元で囁くギルファム先輩は焦りの表情を浮かべていた。言葉の意味を理解したのでは俺首を縦に振り、差し出された先輩の手を握り返す。


「わかりました。この事は二人の秘密ということにしましょう」

「助かるよ。それにしても君たちは新入生の中でも優秀な方に入るよ。危機的な状況に陥っても難なく対処してしまう。他の新入生だったら焦って取り返しのつかないことになってしまうかもね」


 絶賛の評価だがここは態度に表さない。そうした方が相手側に好印象を与えるからだ。


「過去の実技演習を調べてみましたが、当時のギルファム先輩が組んでいたパーティが歴代最速の記録を叩き出しているじゃないですか。それに比べて、足止めを食らって三分の一程度しか進めていない俺たちなんてまだまだですよ」

「ははは、懐かしいな。でもその頃から学院は衰退していったんだよなぁ。他の学院の生徒が強くなってこっちも大変なんだ」


 声色が少し下がって言うギルファム先輩。その辺は俺も詳しいことは聞いていない。ちょうどいい機会だし詳しいことを聞いてみるか。


「理事長が入学式の時に言ってましたね。他校との交流試合が連戦連敗だとか」

「そうなんだよ。でも俺たちの上の代まではちゃんと強かった。それ以降がなぁ……全然駄目だ。惜しいところまでは行くけどあと一歩届かない。理事長の言うように敗北が続いてそれが生徒の質を低下させていく要因にもなったな」


 要はやる気の問題だ。年々強さを増していく他校に敵わないと悟った生徒は己の研鑽を積むのを止め、それが周囲へと伝染していく。結果、ゼムルディア王立学院は衰退の一歩を辿っていた。


「でも今年は違う。君たちのような生徒以外にも優秀な生徒が学院に入学してくれた。まだ粗削りな部分がある生徒も多くいるが必ず学院を支える立派な生徒に進化する。当然上級生も負けないが君たち新入生の活躍を期待しているよ」


 そう言うとギルファム先輩は俺の肩を軽く叩いて横を通り過ぎた。そのまま背を向け片手を上げながら挨拶をする。


「じゃあ話は終わりだ。ここからは実技演習に挑む生徒とそれを監察する生徒。まあ、心配する必要は無さそうだが無理せず頑張ってくれ。またな、今度は学院で会おう」


 木々の隙間に消えていくギルファム先輩にお辞儀をして見送った。

 姿が消えたところで水辺に移る自分の顔を見て水を一掬い、そのまま顔に浴びる。水飛沫で波紋が起こった水辺を見て今一度気を引き締めた顔を確認してロザリオたちのもとへ戻った。


「本当にごめん!!」


 帰ってきて早々にエディの謝罪が飛んだ。どうやら顔を洗っている間に目覚めたらしい。


「言い訳になるけど、私、一度寝ちゃうと身体を揺すられても十時間は起きなくて。それ言うの忘れてたから二人だけに見張りを任せてたよね……」


 落ち込む姿を見せるエディだが、そんなことよりもこんな森の中でも十時間寝れるのは相当肝が据わっているなと思ってしまう。


「なら仕方ないな。今度からは私たちだけで見張りをしよう」

「……怒らないの? 私だけいっぱい休んでたのに」

「別に気にしてないし怒る必要もないよ。それでも罪悪感があるなら俺たちのサポートをしっかりやってくれればいい」

「それはもちろん! しっかり休ませてもらったんだからそこはちゃんとするよ。ゴホッ」


 エディは拳を胸に当てて誠意を見せた。が、勢いあまって噎せたエディには少々不安だな。まあそれもエディの持ち味なのだろう。

 その後、身支度や片付けを終えて俺たちは再び森の奥深くへ歩き始めたのだった。

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