第29話 実技演習・一日目

「ファングウルフか。大したことない雑魚だな」


 閃光のように輝く刀身を煌めかせ、ロザリオは鮮やかな剣技を披露する。

 首を刎ねられた狼は鮮血を撒き散らし宙を舞い彼女の立ち姿と朱色が相まって一つの絵画のようだ。


「次が来るぞ。俺とロザリオは魔物の相手をする。エディはサポートしつつ隙あらば魔物の数を減らしてくれ」


 俺は即座に指示を出す。すると茂みの方から狼だけでなく他の魔物まで一斉に向かってきていた。

 ここまで大量に襲ってくるのは異常だ。本来であれば魔物はそれぞれ縄張りを持っていて侵入者が迷い込めば迎撃する習性がある。


 だが、これも予想通り。最初からこうなることはわかっていた。


 それは作戦会議の日に遡る。

 以前にも言ったようにハンデを提案したのはロザリオだった。せっかくのパーティの誘いを断ったことも理由の一つだろうが、第一は多くの魔物と戦いたいのが理由だ。

 余程の戦闘好きバトルマニアなのは短い付き合いだが俺もよく知っている。そして、その状況に陥っても十分な利点があった。


 森林を突破しようとする生徒は自ずと魔物の縄張りに入り、先駆者の怒りを買った生徒は対抗しながらその場を後にする。

 興奮状態にいる魔物たちは更なる侵入者が迷い込まないか気を立たせながら警戒するだろう。そこに次の侵入者の影があれば迎撃に向かう。

 端から見れば魔物たちの狂乱に遭遇してしまった生徒は不運でしかない。だが、そこで冷静に対処し魔物を返り討ちにすれば。後ろには採点をするために教員か上級生が控えている。


 つまり、点数を稼ぐにもってこいの状況になるのだ。いきなりのピンチを覆す劇的な光景には採点者も感銘を受け加点してしまう。人の深層心理を利用した巧妙な作戦である。


「──ハッ!」


 短く発した音で魔物を一体ずつ倒していく。

 種類も弱点も違う。中には俺も目にしたことがない魔物もいたがそこは【ユグドラシルの枝】がカバーする。完全に場を制圧するまでそう時間はかからなかった。


「まあまあだったな。予想だともう少し多く襲って来ると思っていたが」


 剣から滴る血液を振り飛ばし鞘へ収めながらロザリオは言う。不満そうな雰囲気を出していることから彼女にしたら面白みのない戦いだったのかもしれない。


「勝てないと本能が告げて逃げていった魔物もいるから見積もってたより少なかったんだろうな。けど目的も達成していると思うし無理に追いかけて戦う必要はないよ」

「そうだよ。二人は平然としてたけど私はいきなりあんなに魔物が襲ってきてビックリしたんだから。しばらくは勘弁してほしいよ……」

「残念だがそれは叶わない願いだな。他クラスはどうであれ、私たちのクラスではこの三人が最下位だ。当然今みたいな状況に何回も遭遇する」

「どぅうぇ~、やっぱりそうなるのぉ?」


 弱音を吐いて肩を落とすエディ。だが既に割り切っているのか心配するほど重症ではない。そんなエディを見て彼女の肩に手を添えて俺は告げた。


「まあ、そのうち慣れるよ。それより出来るだけ前に進もう。まだ大丈夫だけど暗くなってからだと視界も悪くなって思うように行動できなくなる」


 只でさえ木々が日の光を遮っているのだ。進めば進むだけ薄暗くなっている空間では明るい間に行動した方が賢明だと判断し俺たちは森の奥へと足を進める。



 ◆ ◆ ◆



 魔物の襲撃を何度も返り討ちにしながら進むこと4時間弱。太陽も沈み始め、周囲はだんだんと暗闇に染まりかけている。


「今日はこれ以上進むのは良くない。この辺で休もう」


 夜間は魔物の習性上、行動が活性化する。加えて視界不良の状態ではいくらロザリオでも苦労するだろう。

 なので俺たちは野営の準備を始めることにした。

 食事に関しては携帯食料を前以て日数分を配給されているため問題ない。しかし、あのロザリオの胃袋を携帯食料ごときで満たせると思うか? 俺は絶対に無理だと思う。


「こんなパサついたパンや菓子では満足できないから私は食料を調達してくる」


 そう言うとロザリオは暗がりへ消えていった。

 なんという行動力。これは見習うべきものなのかもしれない。

 焚き火の準備などをしてる際も戦闘音が聞こえてくる。そして五分もしないうちに丸々太った猪を引き摺り戻ってきた。


「これはまた随分と大物を捕まえてきたね」

「時間がかかると思ったが偶然見つけてな。早速捌くとしよう」


 ロザリオは猪の正面に立ち武器を抜くと目にも留まらぬ速さで、各種部位、内臓、骨へと切り分けた。おおっ、と声を漏らしてエディは手を叩いた。


「ロザリンはこういうのにも慣れてるの?」

「冒険者をしてた頃は野宿なんて当たり前だったからな。一人の時は自分で何とかしないといけなかったから自然と技術が身に付いた」

「ふぇ~、やっぱり何でも経験が全てか。私もアルアルやロザリンを見習って色々挑戦してみよう」


 日は完全に沈み辺りは暗黒に包まれる。唯一の光源は焚き火の光。パチパチと燃える火からは暖かみを感じる。 

 暖かみもそうだが、腹が満たされ疲労感が急に来たのかエディに猛烈な眠気が襲ってきたみたいだ。俺たちにまで移りそうなほど大きな欠伸をして目を擦っている。


「疲労を溜め込むのも良くない。見張りなら俺一人でも出来るから二人は寝ててもいいぞ。交代の時間になったら起こすよ」

「そうさせてもらうかな~。外で寝るのは初めてだけど今なら何処でも寝れる気がす──」


 途中で声が小さくなったと思えば既に寝息を立てて寝ているエディだった。

 どこでも体力を回復できるよう熟睡する。長期間の移動も考慮すればこれも見習うべき──なのかはわからないか。眠ったまま魔物に食われたら意味ないし。


「では私も少しだけ休息を取ることにしよう」


 そう言うとロザリオは近くの木に背中を預け座りながら目を瞑った。

 器用なものだな。多分身体を休める程度の眠りだ。見習うべきなのはこっちなのだろう。


 二人が眠り、森の静けさにちょっとだけ不気味さを感じつつ後方にある木の上にを気にしながら交代時間になるまで俺は火の番をしたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る