第32話 事態急変
「お前ら! 最悪女は傷つけても構わないが男は殺せ!! 真っ先に男を殺した奴にはあの女を一番に抱ける権利をやる」
威勢の良い男を声が反響する。それを聞いた周りに取り巻く部下たちが雄叫びを上げながら俺たちに向かってきた。
何処までも下衆な集団と思いながらも異常事態を再確認する。
部下だけでなくその周辺にいた魔物まで男の命令を聞いている。子供の頃から飼っている愛玩動物なら未だしも野生に生きた猛獣を簡単に従えられるはずがない。
やはり裏がありそうだな。
しかし、今考えても答えは見つからない。不確定要素ばかりに思考を働かせるより勢力の鎮圧を行うことを優先すべきか。
魔物の進軍は任せろと言ったので俺が責任をもって対応する。
我先にと先行しロザリオの進行を妨げないように魔物を蹴散らしていく。切り開けた道を自慢のスピードで少女は駆け抜けていった。
「──ハッ!」
空を切るような鋭い声を漏らして魔物を倒していくと閃光の少女も次々と取り巻きを地に伏せさせた。
「こ、こんな簡単に……。お前ら、寝てんじゃねぇ、さっさと起きやがれ!」
予想外の出来事に激昂したのか男は仲間に問うが反応が返ってこない。全てロザリオの峰打ちにて気を失っている。目覚めるにはしばらく時間がかかるだろう。
「本来であれば斬り刻んでいると言いたいところだが、貴様らなど命を刈り取るに値しない。下衆な人間の血が混じれば私の穢れてしまう」
「調子に乗るなよ、クソ女がッ!!」
額にははち切れんばかりの血管が浮き上がり、鋭く光るナイフを片手に男はロザリオに直進した。
憤怒に身を任せ、考え無しに向かってくるなど愚の骨頂。呆れて言葉も出ないロザリオは代わりに深く溜め息をして男など視界にも入れずに【閃光剣】を振るった。
寸分の狂いもなく磨き抜かれた動き。男が気付いた時には手に持っていたナイフは規則的な回転をしながら宙を舞い、ガラスが割れるような音を上げて打ち砕かれた。
「なっ!? 俺のナイフが……冒険者から奪い取ったA級の武器だぞッ!」
「生憎だが私の武器はS級でな。貴様の武器を破壊するなど赤子の手を捻るくらい簡単なことだ。それと、武器の性能に慢心した貴様の落ち度でもある。私であれば適当に選んだ剣でも貴様のナイフは壊せただろう」
説教じみた発言に男は苦虫を噛み潰したような表情でロザリオを睨む。だがロザリオはそんな目で睨まれたところで何も思わない。
「睨んで満足するのであれば存分に睨めば良い。そうしたところで貴様の敗北に変わりはないがな」
武器を持たぬ相手を甚振るほどロザリオの人間性は腐っていない。男も負けを認め降参してくれるだろう。
と、俺もロザリオも思いたいのだが、一つ懸念を挙げると男は何か企んでいるのか諦めていない様子だった。
武器もない。
仲間も天や地を眺め戦闘不能の状態。
怪しい動きを見せてもすぐに無力化できる距離にいる。
それでも俺たちは男を無視することはできない。
「へっ、それはどうかな。おい! いるんだろ。隠れてないで俺を助けろ! そしてこの生意気な女を完膚なきまで叩き潰せ!」
突如男が木々の方向を見ながら吼えると暗闇から一人の黒いローブを来た人間が幽霊のように現れた。
一見普通の人間に見えるが、明らかにこの男よりも強い。どこか異質な存在に思えた俺たちは気を抜かず意識を黒ローブへ集中させる。
「さっさと手を貸せ。この女はこの俺様のことを散々見下した。その報いは受けてもらう」
「しょうがないなぁ。特別だぜ、本来は契約外なんだからな」
爽やかな青年のような声色で喋った黒ローブは懐から一本の笛を取り出した。そのまま音色を奏でようと息を吹くが、そこから出る音は吐き気がするような気持ち悪い音色だった。仮に演奏会で使えば不快感を抱く者が多数いるだろう。
ロザリオも酷い音色に表情を歪ませていた。
次の瞬間、上空から何かがかなりの速度で落下してくる風切り音が耳に入った。
巻き込まれないように後ろへ飛んで回避する。
だがその時、天から落ちてきた黒い生命体がロザリオにやられたあの男の頭上ギリギリにまで迫っていた場面を目撃した。
「えっ───ぴぎゃっ!」
退く中、目にしたのは変わり果てた男の姿。理不尽にも頭部は歪に踏み潰され、上空から落ちてきた使者の重量に耐えきれなかった肉体は臓物を撒き散らせ血の池を作り出している。
「………あれは、バフォメットか……。ガルガンチュアデーモンより力は劣るが魔術は使うわ小回りが効くわ、面倒な相手なことは間違いないな」
「この森に出る魔物か?」
「どうだろうな。だがバフォメットなんて魔物が出る森を実技演習に使うとは思えない。あんなのAクラスの生徒が束になっても勝てるかどうか……Eクラスだったらまず死ぬな」
何色にも染まらない漆黒の翼。人間と同じ作りだがそれとは比べ物にならないほど逸脱した頑強な肉体。
その頭部は山羊を模したものであり、魔界からの使者とも呼ばれている悪魔は空気を震わすような雄叫びを轟かせている。
「あれま。着地場所を間違えちゃったな。でも使えない人間だったから死んでも誰も悲しまねぇか」
黒ローブの顔は見えないが、人の死をケタケタと嘲るように笑う人間という事実だけで大方の人柄は判断できる。
「学院の差し金ではないな。お前は何者だ」
「答える義理はないな。どうしても聞きたいなら力ずくで聞いてこいよ。こいつを倒してからだけど」
バフォメットは俺たちを見てロザリオに標的を定めたのか一気に距離を詰めてきた。
しかし回避できない速さではない。このまま横に回避すればバフォメットの攻撃は当たらない。
俺はバフォメットの攻撃動作よりも速く動こうとしたが、ロザリオは動く気配がなかった。
いつもの余裕か……。いや違う、ロザリオは苦悶の表情をしていた。
《おそらくバフォメットの咆哮による威圧がロザリオ・アルベルト氏の動きを封じているのかと。このままでは直撃は確実です》
それは駄目だ。ロザリオが動けないのなら俺がどうにかするしかない。
未だ硬直が続いているロザリオに悪魔の鉤爪が振り下ろされるがバフォメットの勢い付いた一撃はロザリオの顔ギリギリで止まったのだった。
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