第33話 悪魔と閃光

「結構、重いな……」


 すぐ側にまで迫る鉤爪を【ユグドラシルの枝】にて受け止めながら言葉が漏れる。

 気を抜けば押し潰されそうな人間を超越した腕力。【ユグドラシルの枝】の恩恵があろうと俺とバフォメットでは身体の構造が違う。そう長くは受け止めきれない。


「ロザリオ、今のうちに!」


 俺の一言で怯みが取れたのか、ハッとした表情でロザリオは【閃光剣】を片手にバフォメットの腹部へ滑るように斬りつける。しかし、バフォメットの刃は肉を軽く抉る程度で留まった。


「浅いか……。ならッ!」


 そのまま勢いを利用して黒ローブに直進する。

 そんなロザリオをバフォメットは見過ごすわけなかった。

 俺を突飛ばし無防備に背中を見せる獲物目掛けバフォメットは再び鉤爪を振り下ろす。


「二度も同じ手は食わないぞ」


 ロザリオは踵を返し、鉤爪を弾き飛ばすようタイミングよく剣を振り上げ背後からの一撃を凌いだ。

 透かさずがら空きになった胴体に全体重を乗せた渾身の突きをバフォメットの与える。


「GROOOAAAッ!」


 腹部を穿った彼女の刃は悪魔に悲痛な叫びをさせるほど強力だったみたいだ。

 その後生存本能がロザリオを危険と捉えたのか、彼女の腕を掴みそのまま俺に向かって投げ飛ばした。


「っとっと、せっかくレディがとっておきのプレゼントをあげてやったのにこの仕打ちとはな」


 空中で体勢を建て直し左腕を支えとして着地したロザリオが冗談を交えて呟いた。それだけ余裕が出てきたのだから安心した。


「その様子だとレディを心配する必要はなさそうだね」

「ああ。それよりあいつは私に任せろ。魔を滅するには光が有効。昔戦ったガルガンチュアデーモンも悪魔系統の魔物だ。あの系統には私の【閃光剣】が有効なのを思い出した」

「君……そんな重要なことを忘れてたのか?」

「仕方ないだろ、しばらくああいうのとは戦ってこなかったんだから。私があれを食い止めるからその間に黒ローブを頼む」


 俺は黒ローブを、ロザリオはバフォメットを。果たすべき役割を明確にした俺たちは同時に地を蹴る。


「行くぞッ!」


 裂帛れっぱくの気合は己の気を昂らせ引き締める。

 素早い動きで相手を翻弄させ、標的が定まらず困惑しているところを窺ったロザリオの息つく暇もない怒涛の連撃。

 相性もあってバフォメットにダメージが蓄積される。思わずたじろいだ悪魔は漆黒の翼を羽ばたかせ空中に飛び上がる。


「させるかッ!」


 俺はスキル〝四大属性魔術〟が一つ、風魔術〝風斬烈羽ウインド・カット〟を行使しバフォメットの目前まで飛翔。そのまま脳天に向かって全霊の一撃を放つ。

 高く飛翔していたであろう悪魔は今や地へと叩き付けられ醜態を晒している。

 それが悪魔の矜持を傷つけたのだろう。怒りが最高潮に達したバフォメットは荒れ狂いおぞましい咆哮をあげている。


 またあの咆哮、ロザリオの様子はどうだ?

 彼女に視線を移すが、悪魔の動きを見逃さないと細部まで見据え、口角が少し上がり恐怖など微塵も感じていない。あれはもう、自分がまた一歩強くなるための材料としか思っていないのだろう。


「負けるなよ」


 ただ一言。ロザリオにはそれだけで十分だ。そして俺はバフォメットを呼び出した元凶である黒ローブのもとへ森を駆ける。



 ◆ ◆ ◆ 



「もとより負ける気は毛頭ないのだが、私のライバルに言われてしまっては絶対に負けられなくなったな」


 わずかな沈黙。しかしそこに付け入る隙はない。間合いに入れば確実に殺されるとバフォメットの本能が電流の如く全身に伝わる。


「さて、お前は墜落させられ、私はお前の咆哮にビビって動けなかった。恥を見せた者同士仲良くしよう。私が相手になってやるからかかってこい」


 ゆるりと剣先を悪魔に向けロザリオが告げるとバフォメットは再び飛翔し彼女の頭部を鷲掴みしようと高速で向かっていく。その手を刀身で受け流し、生まれた一瞬の隙を煌めく刃が一閃する。


「──GRORA!?」 

「なぜ自分の身体に傷があるのか、そんな顔をしているな。答えは簡単だ。お前の動きは遅い、もう見切ってる。そして、お前の速さごときでは私に追い付けない。ノロマが私を捕まえられるなど百年あっても無理だな」


 脆弱な人間の挑発。

 バフォメットは相手がロザリオでなければこの場にいる人間──いや、この森にいる人間を蹂躙していただろう。無慈悲に命を刈り取り、血肉を浴びて不敵に悪魔は嗤う。そんな運命を悪魔も望んでいた。


 だがしかし、今自分が立っているのは命を刈り取る側ではなく命を刈り取られる側。

 悪魔ともあろう存在が目の前にいる脆弱な人間に恐怖じみた何かを抱いている。


 そんな邪な思考を拭い去ろうとバフォメットは拳による連撃を繰り出す。一発一発に全力を注いだその拳は一度でも当たれば肉体がひしゃげる音を奏で、骨が砕ける音をアクセントに命亡き者へと変貌させる。

 しかし悪魔の連撃にロザリオは顔色一つ変えず視線誘導のフェイントや軽やかな身のこなし、時には【閃光剣ルクスブレジオン】で弾き飛ばしたり、さながら異国の姫君が踊っているようだ。


「何度も言っているが、私に致命傷を与えるにはお前では遅すぎる。威力だけで単調な攻撃にもいい加減飽きてきたな」


 そう言うと女性の腕力とは思えないほど一段と強い力でバフォメットを吹き飛ばす。

 崩れた体勢の悪魔を見据え、大地を踏みしめた彼女は剣を中段に構える。


「特別に私が編み出した新たな技で戦いの幕を引いてやろう。アルクにもリオン教諭にも見せたことないものだ。しかとその目に焼き付けて去るがいい。──〝聖霊十字斬クロス・ブレイザー〟!!」 


 構えた剣に集結する閃光と暴風。

 やがてそれは龍の咆哮が如く熾烈さを増し、悪魔を滅する十字架がバフォメットの身体を切り裂いた。


「ふぅ……これはまだ調整が必要だな。そう何回も使えるものじゃない。アルクの加勢に行きたいがこれでは足手まといになるか。まあ、私が心配する必要もないな。それに私に負けるなと言っておいて自分が負けるような男でもないし」


 技の代償にロザリオの身体に若干の倦怠感が襲うが約束を果たせた喜びの方が大きい。

 天を見上げ、微笑む彼女は勝利をその手に掴んだのだった。

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