第34話 黒曜の来訪者
ロザリオにバフォメットを任せ、俺は黒ローブを追っていた。
しかし、視界には捉えているが如何せん距離が縮まらない。
というのも黒ローブは悪魔を呼び寄せた笛を吹きながら逃走を試みており、その音色を聞いた魔物は足止めしようと襲い掛かっているわけだ。
大したことないとはいえ、こうも群がられると非常に鬱陶しい。
まあ、愚痴を溢したところで状況が変わるわけではない。まずは出来ることから一つずつやっていく。
魔物を倒しながら追いかけているが、何度か黒ローブの視線がこちらに向いている。そして黒ローブは初めて足を止めた。
(へぇ、なかなかの腕だ。あれほど魔物を送り込んでいるのに汗一つ掻いてない。それに何より──)
今度は確実に観られている。だからと言って手を緩めるわけにもいかない。
まったくもって歯痒いな。観られていなければまとめて一気に倒すつもりだったがこうもじっくりと観察されていると後で困る。次の相手になるべく手の内を明かしたくない。
◆ ◆ ◆
黒ローブは敵ながらアルクの動きに感心するが、その空間にそぐわない異質な物体に視線が向かった。
本来であればアルクが持つ得物は武器として成り立っていないはず。
しかしながら、それは魔物の肉体に負けることなく折れず、ただただアルクの力になっている。
その事実が黒ローブにとって不思議で仕方ない。
刃の輝きすらない得物は殴打による攻撃でしか傷を負わせられないと思いきや、鋭い刃で切り裂いた細い傷が倒れた魔物から窺える。目を凝らして見ると流動性のある薄い膜があることを確認した。
「さてさて。この森に入ってから気付かれないように見張っていたが、あれはいったい何なのかね。見た目は普通の【木の枝】だけど、【木の枝】ごときが高ランクの武器と同等の存在を示しているなどあり得ない。これは調べる価値がありそうだな」
目深くかぶったフード越しからでもわかる不敵な笑みを浮かべた黒ローブは奇妙なその笛を一段と強く吹いた。すると魔物たちの筋肉が膨張し血走った眼を光らせながらアルクへの猛攻を仕掛ける。
「くっ──!」
突然の変貌ぶりにアルクは思わず声を漏らした。
こうなった原因は考えずともアルクの脳裏に過っていた。目を離せない応酬のなかで自分を見据える人間を一瞥する。
(やっぱりあいつか。あの笛をどうにかしない限り魔物の凶暴化は止まらない。だがあの不快な音色を阻止する余裕があるかと言われれば……)
油断など最初からしていないが一度でも隙を見せれば魔物たちにやられそう。
単体ではアルクの方に優勢ではある。しかし、数で押しきられるとなると話は変わってしまう。
これはリオンに教えられたことだ。あの規格外の彼女ですら多数からの攻撃には手を焼くという。ただそれはある程度の実力を持った者が数百に纏まって掛かってきた時の話だが。
その話を思い出したアルクだが、黒ローブによって強化された魔物は普通の魔物とは遥かに強さが違う。そう悟ったが故に黒ローブの方へ直接仕掛けることができない。
どうするべきか。いや、考えなくてもどうすればいいかなど既に明確になっているではないか。
非常に単純な話だ。
魔物が押し寄せるのであればそれを跳ね除け、その後に黒ローブの方へ向かえば良いだけのこと。
「──ふぅ」
目的をはっきりとさせ息を短く吐き、今は魔物を倒すだけに集中するアルク。
乱れるように迫る応酬を持ち前の身体にスキルで補強した身体能力と脳内に語り続ける【ユグドラシルの枝】の指示にて捌いていく。
「──これでッ──!」
最後の一体と思った刹那、後ろから少年の顔に向かって一匹の狼が飛びかかっていた。しかし、それに気づいていたアルクは踵を返してすかさず腹部に一突き。
「終わりだッ!」
そのまま突き刺した狼を黒ローブに目掛けて投げ飛ばす。
対して悠然と佇む黒ローブは腰に携えていた剣を抜くと真正面から真っ二つに斬り伏せた。
ドサッと落ちて血の海ができた現場に関心を持たず、黒ローブはアルクを見つめ拍手を送った。
「お前やるねぇ。あれだけの攻撃を傷一つ受けずに返り討ちにするなんて。何処ぞの冒険者が学生になったクチかな?」
「いいや。俺は冒険者なんて立派な人間じゃない。ろくな武器も使えず実家から追放された落ちこぼれの学生だよ」
皮肉を交えたアルクの返答に笑いを堪えきれない黒ローブの人間。
あの戦いを見て落ちこぼれなどと言い張る人間など行き過ぎた謙遜でしかない。それにもしアルクが落ちこぼれというのであればその身内はどれ程馬鹿げた強さを持っているのやら。
「落ちこぼれ? 笑える冗談はよせよ。お前が落ちこぼれなら大抵の人間はそれ以下だぞ」
「信じてもらえるなんて思ってないよ。それにお前と長話をする気もないから」
姿勢を低くし駆け出したアルクの一撃は黒ローブの胴を捉える。
──はずだったが、それはうまいこと黒ローブの剣に合わされて【ユグドラシルの枝】は惜しくも相手の身体に届かない。
「逃げやしないんだからそう急ぐなよ。それよりお前、名前は? ここで会ったのも何かの縁だ、覚えておいてやるよ」
この状況で名前を問うなど余裕がある様子だった。現にアルクの剣筋は男の剣によって阻まれている。
しかしアルクはそんな男の質問よりフードの下から見つめる紅い瞳に悪寒を感じた。具体的には表現できないが、一言で表すなら「何か危険」ということ。
確証も何もないただの憶測だが自分を信じたアルクは剣を押し返し後方へ下がった。
「今度は逃げんのかよ。まったく自分勝手だな」
「お前は何者なんだ。何が目的でここにいる……?」
アルクの質問に黒ローブは溜め息をつく。そして、両手を軽くあげながらやれやれと答えた。
「またそれか。さっきの嬢ちゃんも聞いてきたが目的を正直に話す馬鹿がいると思うか? どうしても知りたいなら俺に勝ってからにしてもらおうか」
「じゃあそうさせて貰うよ。お前を倒して目的やら色々洗いざらい吐いてもらうから」
「いいねその威勢と自信、俺は嫌いじゃない。勝った者が全てを得る。それが世界の理ってやつだからな。だが俺も結構やる方だぞ。
その先にいる敵を倒すという強い意志を抱きながら両者武器を構え、再び戦いが始まる。
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