第35話 黒と世界樹
互いが得意とする間合いに入るのは同時だった。
刀身から伝わる重みは互角。俺は最初から押し切ろうとしていたからこれは想定外の出来事だ。
けどリオンなら
………自分で言っておいてあれなんだが想定外を想定って何だよ。あらかじめ想定していなかった事が起きることを想定外と言うんだ。
《成功。失敗。必ず結果がそうなるかわからないからこそ、どんな小さな可能性もを脳内で想定して最適な解を導き出せということなのでしょう。契約者は失敗のことを考えていなかった。これは後にリオン・アルスフィーナ氏の指導が入りますね。ちなみに私のは成功後も失敗後も考えています》
要は全部俺の責任だと言いたいようだ。しかし、準備不足も考えが甘かったのもまったくその通りのため言い返すことも出来ない。
しれっと自分は出来ますよと言っているのは今言うことでもない気がするけど。
「へぇ、やっぱり剣相手でもそいつは断ち斬れないわけね。ますます興味が湧いてきたッ!」
拮抗している状態から一瞬だけ力を弱め、その緩急を利用し俺を横へ受け流した黒ローブは腹部への膝蹴りに繋ぐが、咄嗟の判断でそれを片手で受け止める。
「──ッ──!」
肉体を通り越して骨まで響くような振動。スキルによる身体強化がなければ致命傷になっていたかも。
日頃から世話になっている【ユグドラシルの枝】の恩恵に感謝しながらも黒ローブの顔目掛けて突きを放つ。
「おっと危ない。こんなのまともに受けたら俺のイケメンフェイスに穴が開いちまう」
愉快、そして余裕のある声を上げながら黒ローブは突きを躱した。
その流れでローブで隠されていたナイフを逆手に持ち、お返しと言わんばかりに今度は俺の顔面に向かって振った。
それを上半身の体勢が崩れて次の攻撃の手に支障が起きないギリギリまで逸らし紙一重で迫る一閃を回避した。
「なかなかの判断力と身体能力だな。だがそのくらいやってもらわないと面白くない。もっと俺を楽しませろ」
称賛と期待の言葉だが聞き流す。
しかしこのままでは後手に回るだけだな。【ユグドラシルの枝】有りでここまで決め手に欠けるわけだし。リオンよりかは下だがそれでも十分強い。
《契約者は一つ勘違いしています》
えっ、どういうこと? もしかしてあの黒ローブは実力を隠しているわけでリオンよりも強いってこと? それじゃあ俺の手に負える相手ではないんだけど……。
《違います。あの者は契約者の推測通りリオン・アルスフィーナ氏よりも実力は劣っています。しかしその対象はリオン・アルスフィーナ氏だけではないということです》
と言いますと──?
《契約者は現在
決定的に違うこと……戦いを楽しんでいるかどうか、とか?
ロザリオもそういう一面があるけど同時にいつになく真剣だ。敬意を払って本気で向かってくる。
けれど黒ローブはまだまだ余力を残しているみたいだし負けたことがない絶対的な自信がある。その自信があの余裕を生んでいるとか?
《違います》
なんかさっきから言ってることのほとんどが否定されているような。
《それは意識の問題です。あの者は戦闘を楽しみつつ契約者の首も狙っています。対して契約者はあの者の拘束だけを視野にいれている。つまり生死を懸けた戦いをしているかどうか》
言われてみればそうだ。
黒ローブの攻撃には迷いがない。しかも確実に殺りにきている。迷いがないからこそ成せる動きか。
じゃあ俺は? 俺も殺すつもりで向かえば勝てると?
だがどうしても同じ人間だからか殺すまでになると躊躇してしまう。いや、他の生き物でも躊躇しないわけではない。必ず心の何処かでは罪悪感が芽生える。
それでも戦うのは生きるため。言い分けにしか聞こえないが俺がこの道を選んだんだから最後まで貫き通す。
とすれば俺も黒ローブを殺すために躊躇いを無くせばいいのか? その覚悟を今ここで決めなければ──
《違います。早まらないでください》
……悉く否定されるのに関してはもう何も言わないよ。
けどその覚悟の有無が原因で無意識に力を制御しているんじゃないのか?【ユグドラシルの枝】もそう言ってたじゃないか。
《人を殺める覚悟はいずれ必要になるかもしれませんがそれは今ではありません。その覚悟が無くとも契約者はあの者より遥かに優っています。契約者はお忘れですか? あの者の発言を──》
黒ローブの発言とはどの部分のことだろう。
って、この状況で長々と考えている場合じゃない。一度距離を取って半身の構えで向き直った。
初撃で大体の相手の力量は把握したが改めて目の前にいる敵は今までと違った強さがある。リオンやロザリオのような真っ直ぐな強さではなく、歪にねじ曲がった不気味な強さ。
「それにしても本当に、嫌な感じだ……」
「おっ、ひどいなぁ。面と向かって嫌な感じって言われる俺の身にもなってくれよ。俺って意外に繊細だから傷付いちゃうぜ」
心にも思っていないことをベラベラと喋って集中力を乱す作戦か。そんな術中には嵌まらないぞ。
今も黒ローブの動きを見極めようと適度な距離を保ちながら観察しているが向こうも同じ。どんな動きをしても対応できるようゆったりとした自然な状態でこちらを見ている。
「そっちが来ないなら俺の方から行くぜ」
黒ローブは正面から斬り込んできた。
利き手に片手剣、逆の手に逆手持ちのナイフから繰り出される変則的な攻撃。対応は不可能ではないが今までに感じたことのないリズムに波長が乱れる。
「どうした。防戦一方だぞ」
言われなくともわかっている。
だがここで相手の言葉に乗って心まで乱せばそれは黒ローブの思うツボ。これだけの連撃であれば剣撃と剣撃の間に僅かな隙が生まれるはず。
押し切れず相手の疲労に頼るのは癪に障るが命が狙われている戦いに綺麗事は通用しない。利用できるものは全て利用しなければ勝てない。
そして好機は訪れた。
僅かだが黒ローブの動きが遅くなった。やっと一度の連撃で動ける限界がきたのだろう。これを逃せば再び連撃を受けることになる。
それだけは阻止しようと生まれた隙に枝を振り下ろすが、男が不敵な笑みを浮かべているのが視界に入った。
一瞬で理解した。
隙を見せたのは俺の方だった。戦い慣れしているであろう男が疲労なんて初歩的なミスを犯すわけがない。俺まんまと餌に釣られて判断を見誤った。これには【ユグドラシルの枝】も呆れるだろう。
「センスは良いがまだまだ甘ちゃんだな」
黒ローブは振り下ろした【ユグドラシルの枝】を難なく躱すと、俺の顔面に向かって硬く握り締めた拳を放った。
気付いた時には目前に迫っていた拳。俺は為す術なくそれを受けるしかなかった。
衝撃と痛みを伴いながら遠方の木まで飛ばされた。幸い脳や身体は正常に働いている。
「根性あるなぁ。普通ならあれで一発ダウンなんだが」
「別に……大した拳でもなかったからな。学院の生徒一人倒せないなんてお前の拳も大したことなかったんでしょ」
痛みに堪えながら息を整える姿を見れば平然しているのは痩せ我慢であることが誰から見てもわかる。当然黒ローブもそれは理解していた。
「ハハハ、大したことないか。そんなこと言われたのは同僚以外ではお前が初めてだな。だがいくら虚勢を張っても身体は正直だぞ」
鼻腔を突き抜ける鉄の臭い。わざわざ確認せずともそれが何なのかはわかるが、滴る液体を手の甲で拭う。そこに付着したのは鮮やかな赤色の一本線だった。
「鼻血が出るってことはそれなりに効いてるってことだろ。我慢しなくても良いんだぜ。俺の拳は──」
「大したことないよ。というか鼻血なんか出てない」
こんなものスキルですぐに回復できる。
そう言い切った俺を見て無駄口を叩く黒ローブが初めて黙った。そして次に出た言葉は──
「いや、出てるだろ」
ああ、そうだよ。真顔で冷静に指摘されずともわかっている。だって実際にこの目で見たからな。でもここで認めたら負けな感じがするのでそれでも言い張った。
「俺が出てないと言えば出てない。それにもう治ってるから鼻血なんて流れてない」
スキル〝自然回復〟により顔面に受けたダメージは消えている。
「わかったわかった。俺の見間違いだ。それにしてもお前は本当に面白い奴だな。実力も申し分ないし、俺にも後輩ができる。どうだ、俺たちの仲間になるっていうなら手を引いてやろう」
何を言っているんだ、この黒ローブは?
答えなんて聞くまでもなくわかっているだろう。まったく、ふざけた提案するなぁ。だから俺は鼻で笑って答えた。
「乗るわけないだろ、そんな提案」
「だよな。お前なら絶対にそう答えると思っていた。ならこれ以上時間をかけても無駄だな」
黒ローブはナイフを前に突き出すと続けて言葉を言い放つ。
「お前はこのナイフの能力で俺にやられる。残念だったよ、俺とお前は案外仲良く出来そうだと思ってたのに」
そう言い残すと目の前から黒ローブが闇へ姿を消した。
いや、正しくは違う。黒ローブが姿を消したのではない、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます