第48話 崩落
なんだろう、あれ。
徐々に量が増えていく黒い粘液は今では俺とユリウスが立っても十分なスペースを取れるぐらい広がっている。
明らかに異質だよな。魔物……だとすればあの粘液を見るにスライム系かな。
スライム系の魔物を冒険者は軽視しがちだし実際に地上に生息しているスライムも強くはない。冒険者成り立ての者も戦闘の練習に相手することだって多々ある。
ただしそれは地上での話だ。
迷宮区画になるとわけが違ってくる。ここに来るまでにもスライムとは何回か遭遇したがあまり戦いたくない相手だな。中には酸を飛ばしてくるのもいたし。
スライム系の魔物には大きく分けて二種類存在する。
形がしっかりしているタイプとゲル状のドロドロとしたタイプだ。
比較的安全な地上に生息しているもののほとんどがぷよぷよした形ある個体だ。それでも後者が生息していないわけでもないが。
前者は形がしっかりと保たれている分、核──魔物にとっての心臓部分──が明確にわかる。基本的に半透明だから内部が見易いっていうのもあるけど。
弱点がわかっていれば脅威にはならない。性質上断ち切りにくいのもあるが核を突けば一撃で倒せる。もし戦うなら斬撃ではなく刺突がオススメだ。
しかし後者は別だ。難易度が前者よりも高くなる。
というのも後者は核の位置を常に移動させているのだ。
スライムだからこそできる芸当だがそのせいで何度手間をかけさせられたことか。
しかも核を動かしながら攻撃してくるのだ。核に集中すれば攻撃が飛んでくるし、攻撃に集中すれば核を突けずに無駄な時間が経過していく。だからスライムは好きじゃない。
黒い粘液は間違いなく後者のスライムだろう。
勿論この時点で核は見当たらない。何処かに隠しているか、もしくはまだ見せていないか。
まあ、どちらにせよ道を塞がれているから倒さなければ先へ進むことはできない。
ユリウスもいるのだから大丈夫だろうと思い、彼の方を見てみたがめんどくさそうな表情をしていた。
意外だな、ユリウスでも苦手な相手がいるのか? 真っ先に倒しに行くと思ったんだけど。
「チッ、しつけぇなぁ……」
「ユリウスはあれ、知ってるの?」
「少し前に目をつけられたんだよ。最初は邪魔だから潰そうと思ったんだがだんだん面倒になってきたから放置してきた」
で、ここまで追ってきたと。
うん、じゃあこれはユリウスが連れてきた魔物と言っても過言ではないな。まったく、なんてものを連れてきているんだよ、この男は。
でも待てよ。あのユリウスが面倒だから放置──と言うなの逃亡──をしてきた。
あの並大抵の魔物であれば一撃で粉砕できるようなパワーを持つユリウスが? 向かってくるもの全てに反抗するようなユリウスがか?
にわかには信じがたいな。ただそれだけ厄介な魔物ということだろうか。
そして、俺の予想は的中した。
黒い粘液はその場で気味悪く蠢きゆっくりと形を作っていった。その姿はどことなくユリウスに似ている。
それとは別の個体が俺に向かって襲い掛かってきた。
即座に【ユグドラシルの枝】で斬るが核は別の場所にあるのか倒すことはできない。
やっぱり駄目かと思いつつ【ユグドラシルの枝】を見ると黒い粘液は纏わりついていた。
核を突いていないスライムだからまだ生きている。だがそれとは別の違和感が俺の胸中にあった。
俺は【ユグドラシルの枝】本体に纏わせていた魔力を壁に向かって投げ飛ばした。
すると黒い粘液は魔力ごと吹き飛んで壁に衝突。討伐には至っていないが注目すべきはそこではなかった。
黒い粘液は魔力を食べているように見えたのだ。
吸収して自分の力にしているのか。それでも大した魔力を纏わせていないから自身を強化するには微力のはずだ。
そして、俺の魔力を食らった黒い粘液は予想だにしない形状へと変わった。
あの黒い粘液が持つ能力だろう。しかし、姿形を同じにしたところで俺たちに勝てるようになったわけではないだろう。
《契約者に報告。あの魔物の情報解析を終了しました》
しばらく黙って観察していた【ユグドラシルの枝】が急に話し掛けてきた。
思ったよりも時間がかかっていたな。いつもなら短時間で魔物について教えてくれるのに。
とりあえずあの魔物の説明をしてもらおう。そして【ユグドラシルの枝】は対応策も考えているだろうからそれもついでに教えてもらう。
《あれはAランクに属する魔物『ドッペルスライム』です。ドッペルスライムはより強い者の魔力を求め、それを食らい、同じ姿に変貌させる魔物です。尚、ドッペルスライムの能力値は本来持つものに加え、変貌させた個体の能力値を加算したものになります。故に場合によってはランクもSランクに相当することもあります》
さらっと【ユグドラシルの枝】はヤバいことを言っている。
つまり、あれは俺とユリウス以上に強い魔物に変わってしまったということだよね。
ユリウスもそれを感じ取って放置したわけか。俺もその場に遭遇したらそうするな。
だって【ユグドラシルの枝】の説明を聞く限りでは絶対に勝てないってことだろ。俺たちの能力値に自分の能力値を加算している。その差があるなら確実に押しきられるわけだ。
それって勝ち目あるのか?
いや、無いだろ。まさしく絶対に勝てない相手だ。
一気に形成が逆転したな。困ったなぁ、どうしよう。
ん? そもそも【ユグドラシルの枝】に魔力を纏わせなかったらこんなことにはならなかったのでは?
既にユリウスの魔力が食われたいたのは仕方ないけど、俺の魔力まで食われる必要なかった。あの時だって纏った魔力を解除すれば良かったはずだ。
でもそれを【ユグドラシルの枝】はやらなかった。
《…………気色悪くて直接触れられるのは嫌でした……》
あぁ……なるほどねぇ。
声色的にも女性だし、あんなドロドロヌメヌメに触られるのは抵抗があるのだろう。人間らしい一面もあって可愛らしいじゃないか。
しかしその気持ち、俺にもわかる。男の俺ですらあれには直接触れたくない。
だがしかし、それとこれとは別だ。
結局倒すことには変わりない。でもどうやって。
要は俺自身と戦うわけで、しかも相手が確実に一枚上手の状況。どうやっても勝ち筋は見えない。
ここで俺は閃いた。この案は我ながら天才だと思う。
倒せないなら倒さなきゃいいのだ。
通路は塞がれてドッペルスライムを倒さない限り通れない。
だったら
そう、新技の〝次元斬〟である。
亜空間領域に誘い込み一時的に捕獲。その後は適当なところで解放して俺たちは逃げる。そうすればいくらでも逃げ道を見つけることができる。
どうだこの作戦。アリかナシか。
《ナシですね。仮にドッペルスライムを捕獲したところで契約者の能力を持っている以上、同じ〝次元斬〟にて亜空間領域から脱出されます。それに亜空間領域は契約者の魔力で満たされています。魔力を吸収されより強力な個体にするのは良いとは思えませんしこれまで捕獲した魔物の能力まで吸収されたら手に負えないどころの話ではありません。よって契約者の考えた作戦はナシです》
思いっきり否定された気がする。
でも確かにそうか。〝次元斬〟は亜空間領域の鍵にもなる。それは外だろうと中だろうと同じ意味を為す。
捕獲したところで【ユグドラシルの枝】が言うようにすぐに脱出されるのがオチか。
実行に移す前に立案して良かったな。危うくとんでもない化け物を生み出すところだった。
だがそうなると話は振り出しに戻るな。
もう戦って勝つしか手段はないのか? なんとか無事にこの窮地から抜け出せる方法は──
《………策が無いわけではありません。ただ、無事という点に関しては保証はできませんが》
なんと、救いの手が差し伸べられた。
この際無事とかはいい、ドッペルスライムから逃げることができるんですか。教えてください【ユグドラシルの枝】さん。
《通路は塞がれ、上に戻ることもまず不可能。だとしたら残された逃げ道はただ一つ。まさにユリウス・グロムナーガ氏も気づいたようで実行しようとしています》
ユリウス方を見てみると黒い大剣を大きく振り上げていた。
いや、いやいやいや。それは流石に無理だろう。このエリアを支えているんだぞ? 分厚いであろう
《その逃げ道とは下です。このエリアの地盤を破壊してそのまま次のエリアに向かいます》
予想通りの答え。けどそんなのは出来ないと──
待てよ。さっきユリウスと勝負していた時、一回とんでもない威力で大剣を振り下ろしてきたよな。
あの時はダメージを受けないように回避したわけだが、その威力の行き先は地盤だ。俺が受ける代わりに地盤がユリウスの一撃を受け止めた。
更にかなりの衝撃とダメージが蓄積されている。【ユグドラシルの枝】も確信して言っているのだからもしかすると……。
なんてことを考えている間にもユリウスは黒い大剣を力一杯地面に叩き付けた。
当たりどころが良かったのだろう。偶然叩き付けた場所はあの一撃を放った場所と一致していた。
地面に亀裂が入り、それは部屋一帯に広がっていく。
そして、メキメキと軋む音を上げながら俺たちの足場は一気に崩れた。
馬鹿力にも程がある。普通なら場所が一致しても分厚い地盤を破壊するなんて人間離れした行為はできないぞ。
というかこの後はどうするの?
結果的にはドッペルスライムと戦わずに済んだが、状況はむしろ悪い方向に向かっていないだろうか。
今回はAランクエリアに来たみたいに洞窟から洞窟ではない。
地面改め次のエリアの天井から落ちているのだ。
いくら何でもこれは……。今もとんでもない速度で落下しているし。無事の保証とかそれどころの話ではない。
《持てる力を使って全力で障壁等を張りますが最終的に生き残れるかは運次第です。運が悪ければ最悪死にます》
おい、うちの相棒はまたさらっとヤバいこと言っているぞ。
ここで死んだら一生【ユグドラシルの枝】を恨んでやろう。
まあ、【ユグドラシルの枝】のことだから必要以上に恐怖を与えて俺をビビらせようとしているのだろう。
だから心配することは──いや、それでも怖いな。万が一のことを考えてしまうとな。
こういう時はこの状況よりも恐ろしい実体験を思い出そう。そうすれば恐怖が和らぐかもしれない。
何か、何かないか。今以上に怖かった思い出は……。
うーん、ないッ! 今が人生で一番怖い経験をしている!
そして俺は自分の生死を運に任せ、落ちていくのであった。
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