第49話 生存
まるで巨人に全力でぶん殴られたような衝撃が全身を駆け巡る。筋肉通り越して骨の髄までくる衝撃なんぞリオン相手でも受けたことがない。
冷えきった空間にいるようでどことなく息苦しい。身動きも体に鉛が纏わりついているようで思うようにできない。
というか俺、生きているの?。
意識は少し朦朧としているが死んだ実感がない。そもそも死んだ後でもこうやって色々考えることができるのだろうか。いや、それは死んだ人間にしかわからないか。
揺らめく景色を眺めながらだんだん沈んでいく自分の体。薄暗い場所へ引き摺り込まれていく。
本格的に意識がはっきりしてきた。
そこで気付いたのだ、自分が水の中にいることを。
わかった瞬間に急激に苦しくなった。必死に水を掻いて地上を目指す。
「─────プハァッ!!」
本当に死ぬかと思った。
周りを見渡すと洞窟の中にいる時はわからなかったが既に辺りは暗くなり始めている。そして、俺は大きな湖の真ん中に浮かんでいた。
どうやら運良く湖に落下して死を免れたらしい。それでも体への負荷と衝撃は相当なものだったらしく今でも痛みがある。
まあ、常人であれば確実に死んでいるわけだし、障壁を張って最小限のダメージに抑え込んだ【ユグドラシルの枝】には感謝しなければな。本当にありがとう。
《いえ、契約者に死なれてはこちらも困りますので》
困るならあんな作戦を実行しようとしないでほしいな、と言いたいところだが実際にあれしか他に方法は無かったから責めるつもりはない。とりあえず生きているだけで十分だ。
そういえば今更ながら思ったのだが、落下の途中で〝次元斬〟を使って亜空間領域に入って地表に着地することはできなかったのだろうか。
《可能ですが仮に実行したとしても一度の〝次元斬〟で生じる扉は出入り口が共通しています。なので亜空間領域の内部から〝次元斬〟を使用しても出るのは何千メートル上空です》
その場合、速度を落とすことが可能だが〝空間魔術〟なんて魔力消費が激しい上位の魔術をそう何度も使うわけにはいかなく無駄な魔力を使わないためにも比較的消費の少ない障壁でどうにかしたわけだ。
やっぱり【ユグドラシルの枝】の判断はいつも的確で正しい。俺なら迷わず実行しているからな。
予定よりも早く下のエリアに来てしまった。本来であれば十分な休息を取って挑もうとしていたがこうなってしまった以上切り替えなくてはいけない。
ここから陸地までは泳いでいくには距離がある。
自力でもどうにかなると思うがこの湖に魔物が生息していないとは思えない。水中戦は身動きが取りにくいから可能な限り避けたい。
《でしたら【ユグドラシルの枝】をスキルにてボートに形状変化させます。そうすれば最速で陸地にたどり着きます》
武器ならまだしもそんなことできるの? 【ユグドラシルの枝】はボートなんて見たことないよね。
《契約者の記憶を頼れば造作もないことです。契約者はまず私を水中から出してください》
言われた通りにするとここぞとばかりに頼もしい【ユグドラシルの枝】は見たこともないはずの木製ボートに形状を変えてしまった。
家の事情で外出もあまり出来なかったこともあり、ボートなんて人生で一回か二回見たことあるぐらいなのにここまで再現度の高い物が仕上げるとは。
乗っても隙間から浸水しない。というか木々の繋ぎ目はないからその心配もない。ちゃんとその辺もしっかりしている。流石は【ユグドラシルの枝】さんだ。
では早速陸地に向けて出発と行きたいところなんだがボートのオールが何処にも見当たらない。
ここまで用意しておいて手で漕ぐなんてことはないだろう。【ユグドラシルの枝】さん、出来るならオールも用意してくれると助かるんですが。
《私は一つの物から一つの物にしか形状を変化させることができません。分裂するということは私の魂を分裂させると同義です。生命の魂を二つや三つに分裂させるなど不可能な話だとは思いませんか?》
はい、そうです。なんかわがまま言ってスミマセン……。
怒っているようには見えないがとりあえず謝っておくことにした。何事も謝っておくのが大事だ。
《ですが心配する必要はありません。
身を乗り出してボートの後方を見てみると四角い箱のようなものが取り付けられていた。
合間合間に隙間があって術式も組み込まれている。
なるほど、風の魔術で湖を渡るわけだな。
隙間から風の魔術が発動して疲労することなく陸地にたどり着ける。当然魔力は消費するが湖を渡るぐらいなら問題ないだろう。
でも最速って言うのが引っ掛かるなぁ。別に最速でなくともゆっくり行けばいいじゃないか。
なんてことを考えると湖の底から何かが上がってくるような気配を感じた。
振り返ってみると水面にブクブクと泡が立ち大きな水飛沫を上げてそれは姿を現した。
サメである。正式には『アビスメガロドン』という魔物。
大きさで言えば二十メートルは軽く越えている。凶刃な牙が二重三重と生えており四つの眼を血走らせている。
そして、俺を標的として定めたのか物凄い勢いで迫ってきた。こんなのがいるのに泳いで陸地に行こうと思っていた俺は馬鹿である。
って、感想なんて抱いている場合ではない。【ユグドラシルの枝】も武器ではなくボートになっている以上戦うのは難しい。ここから早急に離脱しばければ。
《それでは最速で陸地に向かいます。振り落とされぬようしっかりと捕まっていてください》
後ろの箱の魔術が発動するや否やボートは爆速で発進した。
いや、この速度は俺の知っているボートの範疇を圧倒的に越えている。これはもうボートと呼べるものではない。
呼吸をするのも一苦労。アビスメガロドンも追い付けない速度で生じる水飛沫なんか強烈で目を開けられない。
高速落下の次は高速移動かよ。もう勘弁してほしいものだ。いい加減心臓が口から飛び出ちゃうぞ。
そして、湖の中心からわずか十秒も経たずに陸地へと到着した。この時俺はブレーキの反動で身を投げ出された。もう踏んだり蹴ったりである。
なんとか陸地に到着したがアビスメガロドンはどうなったのか。追いかけてきていたら対処しないといけない。
体勢を整え、【ユグドラシルの枝】をボートから【神霊樹剣】に戻しアビスメガロドンの方に構えるが追ってくることはなかった。
それ以前に何が起こったのかわからない様子だった。魔物でも予想だにしないことが起きたらあんな風になるんだな。
とりあえずアビスメガロドンは湖の中へ戻ってしまったから今のところ敵対することはないだろう。
なんかホッとすると一気に気が抜けてしまった。
数十キロある高所からの落下なんて人生で経験することないだろ。魔物から逃げるためだからってジェット噴射で加速するボートに乗ることもない。
思い出すと笑えてくるな。勿論乾いた笑いだ。
そういえば、自分のことで精一杯だったけどユリウスはどうなったのだろうか。場所的には同じ位置だったけど……。
ユリウスのことだから死んでいるとは思えない。ただ状況が状況だったから最悪のことも考えた方がいいかもしれないか。
探しに行くにもあと一時間もしないうちに辺りは暗くなる。Aランクエリアの下──ここはおそらくSランクエリアになるから魔物も格段に強くなっているはず。
そうなると下手に行動できないな。夜に魔物と戦うのは得策とは思えない。
どうしようか悩んでいると奥の草むらから何がかこちらに向かっているのに気づいた。
「よぉ、無事だったか」
ユリウスだった。しかも俺よりも全然無事である。
「まあなんとかね。それよりどうしてここがわかったの?」
「馬鹿デケェ音が鳴ってたからな。それで来たらテメェがいたわけだ」
「そう。まあとにかく合流できて良かったけど、ユリウスはどうやってあの状況で安全に着陸できたの?」
気になったので質問してみると案外普通に答えてくれた。
話によるとユリウスは〝空間魔術〟で落下最中の場所と陸地を繋いだらしい。そしてユリウスはずぶ濡れになることなく無事に陸地にたどり着いた。
なら俺も〝空間魔術〟を使えば良かったのではないかと思ったが〝空間魔術〟を使っている歴が俺とユリウスでは全く違う。
正確な位置を繋げるのにはかなりの練習がいるそうで長い間使っているユリウスが出来ることをたかが一日と数時間しか使っていない俺が出来るわけない。
と言うと【ユグドラシルの枝】が意地になって習得しようとするはずなので任せることにした。
でもさぁ、それなら俺も一緒に連れていってくれても良かったんじゃないかな。そしたら俺も濡れたりメガロドンに襲われそうになったり爆速で湖を渡ることもなかった。
まあ終わったことをうじうじ言ったって仕方がないか。それにユリウスが俺を助ける人間とは思えないし。
さて、合流したら腹が減ってきたな。
そう思っているとユリウスは〝空間魔術〟を使って黒い渦から乾いた枝と数匹の魔物を出した。
「おい、テメェは炎系統の魔術は使えるのか?」
「えっ? 使えるには使えるけど……」
「なら火をつけろ。俺は〝空間魔術〟以外は使えねぇからな」
「いいけど……」
命令されるのはちょっと気に入らないがユリウスが乾いた枝を持ってくれたわけだしいいか。
乾いた枝に火をつけ濡れた衣服を乾かしている間ユリウスは魔物の下処理を始めていた。
意外に手際がいいんだな。いや、慣れているのか。手伝おうにもすぐに終わってしまった。
辺りはもう真っ暗になってしまい光源は焚き火のみ。でも湖を見ながら焚き火を囲んでいるのは雰囲気がある。まあいるのは男二人なんだけど。
ところでこの魔物の肉は食べていいのだろうか。
魔物の肉に抵抗はないのだがユリウスの許可無しに取って食べてしまったら後で何されるかわからない。
肉を食べるユリウスをチラッと見ると目が合った。
「んだよ、さっさと食え。腹が減ってテメェが倒れでもしたら誰が地上まで案内すんだよ」
許しが出たということでいいのだろうか。それならありがたくいただこう。
魔物の肉は種類によって美味しさが変わってくるがユリウスが持ってきたのは全然美味しいものだった。世の中には口にいれるだけで気絶するような不味さの魔物の肉もあるらしい。
食事を終え、夜も更けるといよいよ話すこともなくなった。もともと話すこともなくお互い黙っていたとも言えるけど。
でもこの際だし色々聞いてみたい。ユリウスと一対一で話すなんて機会そうそうないと思うからな。
「ユリウスは王都出身じゃないんだろ? 俺と同じでカナリアさんにスカウトされたみたいだけどどんな国にいたんだ?」
「……………なんでテメェなんかに話さなきゃいけねぇんだ」
「ちょっとした世間話だよ。でも嫌だったら別に答えなくてもいいや。一食の礼もあるし朝に備えてユリウスは休んでいいよ。火は俺が見とくし魔物への警戒もしておくから」
「……………」
沈黙を続けているユリウス。
どうやら話題の振り方に失敗してしまったか。
仲良く他人と喋るタイプでもなさそうだしな。俺なりに話を広げようとしたが俺もまだまだだ。
ユリウスはそのまま寝に入るのだと思っていたが炎を眺め続けるだけで寝ようとはしない。
そして──
「………俺が生まれた国は王都みたいにいい国じゃねぇよ」
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