第50話 少年の過去

 王都ゼムルディアより遥か西に存在するとある国。

 その名も──ヴェルストラ帝国。

 首都である街の領土は王都と肩を並べるほど広い。

 国も豊か、国民も不自由なく暮らせている。帝国騎士団という街中を守護する兵士たちの警備のお陰で治安も良くなっているからだろう。


 ちなみにゼムルディア王立学院とも関わりがあり、年に数回行われる隣国交流戦ではヴェルストラ帝国の学院生との交流試合を行う。

 そして、数年前までは優勢だったゼムルディア王立学院が最近負け越している学院の一つでもある。

 

 学院の事情はここまでにして、ヴェルストラ帝国で暮らすには致命的な欠点がある。それが一部の国民に対して酷く影響を与えている。

 国民からの税の徴収だ。

 当然王都ゼムルディアにも税の徴収はある。それを払えなければ街からの退去や最悪奴隷落ちなんてこともある。

 ただ王都ゼムルディアは身分によって適切な税の徴収を行っているため以上のことはあまりない。これが一般的な税の徴収だと思われる。


 しかしヴェルストラ帝国は違う。

 先祖代々引き継がれる皇帝は国民の声など聞く耳を持たず平民貴族に多額の税を徴収する。

 貴族は多額の税を収めなければいけないとも財力がある分どうにかできるだろう。

 だが平民はどうだ?

 考慮して平民は貴族よりも少ない税を収めることになっているが、それでもゼムルディアの平民が収める税とは圧倒的な差がある。

 平民は毎月の税を収めるために仕事に勤しむ。ただ給料は他の国の仕事よりも多く払っているため意外に税を収めることは可能だ。まあ、その半分以上が消えるのだが。


 それでも税を収めることができない人間はどうなるか。

 その人間は拒否権もなく平民街から貧民街へと移される。

 貧民街ではまともな暮らしをすることができない。

 帝国騎士団が巡回しているとはいえ治安は酷く荒れているし、餓死や殺人等でいつ死んでもおかしくない状況だ。

 奴隷のように安い賃金で働かされてはほとんどが税として持っていかれる。貧民街に移されたらもう平民街に戻るのは諦めた方がいいと言われているほどに厳しい。

 その状況を良しとする皇帝も皇帝だがそれが帝国のルールであり反抗する者は問答無用で死罪になる。

 

 だったら帝国から去ればいい。そうすれば死ぬことなく他の土地で暮らせることができるだろう。

 なんて考えるかもしれないが、帝国の周囲には凶悪な魔物が徘徊している。

 資金もなく武装も出来ぬ人間が魔物に敵うわけがない。運良く魔物から遭遇せずに免れたとしても途中で息絶えるのが目に見えている。

 大人しく帝国にいて安い賃金だとしても働いていれば魔物に食われる心配はない。飢えか後ろから刺されて死ぬだけ、結局何も変わらないのだが。


 そんな地獄のような貧民街に一人の少年がいた。

 少年の両親は昔平民として生きていたが父親が賭け事に依存し多額の借金を背負い税を収められず貧民街へ。妻と子を見捨て帝国の外へ逃げ出したが後日遺体となって発見された。

 母親も夫の借金を肩代わりすることになったが、当然払いきれず当時お腹にいた少年と共に貧民街送りとなった。

 その後少年を産んでから体調が悪くなる一方で医者に見せるにも平民街に行くことが出来ず、なんとか繋ぎ止めてきた命も四年後には消えてしまった。

 少年はわずか四歳にして天涯孤独となってしまったのだ。

 一人孤独となってしまった少年は生きるために窃盗や暴力を繰り返した。

 時には捕まり酷い仕打ちを受けたがそれでも少年は地獄の中を足掻き続けながら生きてきた。


 そんなある日、少年は力に目覚めた。

 本当に突然のことだったのだ。 

 いつものように金目の物を持ち歩いている兵士から窃盗を行おうと近付こうとした時、少年の手のひらに吸い込まれそうな真っ黒な渦が生じた。

 最初は気味悪く思っていたがそれを兵士に向けると腰に携えていた袋があろうことか自分の手元にあった。

 異変に気付いた兵士があたふたしているのを余所にこの力──〝空間魔術〟を手にした少年は心底喜んだ。


『貧民だろうと関係ない。この力があれば何だって出来る』

 

 無茶をしてまで窃盗する必要はない。楽して金目の物が手に入るのだから。

 時には散々馬鹿にしてきた兵士を痛め続けた。元々野蛮だったのに更なる力を得てしまった少年に手も足も出ない兵士に喜びを覚えた。


 それから十年以上の月日が経つ。

 成長した少年は貧民街だけでなく帝国全域で要注意人物となっていた。

 十年以上税を収めていないこともあり、帝国騎士団はこれ以上の悪行を許すまいと最大戦力で少年の捕縛を試みようとするも圧倒的な力で捩じ伏せられ手に負えないところまで少年は力をつけていた。

 だから、今まで負けたことない少年がにいつまでも固執しているのだろう。


 ジリジリと照り付ける日差しの中、貧民街を鼻歌交じりで歩く一人の女性がいた。

 改造したスーツを着る女性はあまりにも無防備で貧民街の人間には真っ先に狙われる対象だった。

 少年にとってその女性はいつも通りの標的でしかない。身なりも整っているから何処ぞの貴族だと感じた。

 即座に女性の前に出て〝空間魔術〟を行使し女性の首目掛けて剣を放つ。

 だがしかし、その剣は女性の右手の人差し指と中指に挟まれて首を刺すまでには至らなかった。


「うおっ! なんだ急に! 剣が飛んできたぞ。随分と汚れた剣だなぁ、ちゃんと手入れしないと駄目じゃないか。で、君かい? こんな危ないイタズラをしたのは。まったく、私じゃなかったら死んでたよ」


 命を狙われていたのにもかかわらず呑気に喋る女性に久し振りに高揚感を感じた。

 明らかに異常だ。帝国の兵士とは根本的に違う。もっと別の、人間離れした何か。


「ねぇ、聞いてる? もうっ。子供のイタズラだから大目に見るけどちゃんとごめんなさいしないと。ご両親に習わなかったのかい?」

「さぁな! 俺の親はもういねぇし覚えてねぇ!」

「あれ、なんかごめんね。聞いちゃいけないこと聞いたみたいで。って私が謝ってるや」


 女性が喋っている最中に少年は一気に距離を詰める。今度は自分の手で仕留めようと女性の首を狙ったわけだ。

 黒い渦から剣を抜き取ると再び女性の首目掛けて剣を振り上げる。

 だがこれも届かない。

 何処から出したのかわからない女性の剣に少年の不意をついた一撃は阻まれた。


「おおっ! 私に愛剣の一本である【】を抜かせるとはやるねぇ君。誇っていいよ」

「………テメェ、今何処から出した?」

「君と同じ方法だと思うよ。それより私は君と戦う気がないんだけどなぁ。この国には用事があって来ただけだし、帰ろうと思ったけど道に迷ってどうしようか観光しながら考えてただけなのに」

「残念だがそれは無理だな。たったテメェは俺に殺されるんだからよ!」


 少年は吠えた。

 しかし、凄まじい剣戟を繰り返すも欠伸をされながら悉く受け流され完全に遊ばれている様子だった。

 戦いは三時間にも及んだ。長い時間戦い続けているせいか貧民街の人間も虫のように集まってくる。

 誰もが少年の強さと恐怖を知っているはずなのに、この時だけはその対象が女性に向いていた。

 そして、決着は着く。


「どうしたどうした。私を殺すんじゃなかったの? 君は私に一度だって攻撃を当てれてないよ」

「うる……せぇ……。次は当て………」


 鋭い目付きで睨む少年に女性は悪いことをしたなと笑って答えた。


「あはは、やる気があるところごめんね。実は種明かしすると君は絶対に私に攻撃を当てることは出来ないんだ」

「は? そんなのやってみないとわからねぇだろ!」

「いや、そういう問題じゃないんだよ。私は君が絶対に攻撃を当てられない運命にしたんだ。だから何時間やっても私に攻撃は当たらない。それでも疑うなら、ほら、私の腕を斬ってみてごらん」


 そう言うと女性は自分の右腕を少年に向けた。

 少年は驚きはしたが躊躇いなく剣を振る。

 すると少年の剣は確かに女性の腕を捉えていたはずなのに女性の腕を避けるよう剣が地面に着いていた。


「ね、言った通りでしょ」

「……俺は最初から遊ばれていたわけか」

「そう。本当にごめんね。悪気はなかったんだけどさ。でも君だって悪いよ。種明かししようにも鬼気迫る表情で向かってくるんだもん」


 女性の言葉に馬鹿らしくなって思わず力が抜ける少年。

 それを見て女性は微笑んだ。


「ところで、君みたいな子がどうしてこんなところにいるの?」

「んなの貧民だからに決まってるだろ。ここは貧民街だぞ、知らないのか?」

「知ってるけどさ、君ぐらいの年齢であれだけ実力があるなら学院とかに通っててもおかしくないかなって。あとは冒険者になったりとか」

「人権がほとんどねぇ貧民は好きな仕事につけねぇんだよ。安い賃金で決められた仕事しか出来ねぇからな」

「う~ん、相変わらずこの国は腐ってるね。あっ、腐ってるのは苦しんでいる国民のことなんか気にせず旨い飯を馬鹿みたいに食ってブクブク太ってる皇帝か。いい加減国民にも目を向けてほしいな、私には関係ないけど」

 

 大声で言った女性に影で見ていた周囲の人間は異常に焦っていた。

 それもそうだろう。この国のトップを侮辱してるのだから帝国騎士団にでも見つかりでもしたら厳罰ものである。

 しかし、女性はそんなどうでもいいこと気にしない。

 

「まあそれは置いておいて、君に一つ提案なんだけど良かったらうちの学院に来ない? このままここに居ても宝の持ち腐れだしね。勿論衣食住は保証するし好きな仕事をしてもいい。どうせこの国では君に人権は無いんでしょ? だったら私の提案に乗るのがオススメだ。だって君に利益しかないからね」

「………俺を誘う本当の理由はなんだ?」

「あれ、気付いてた。じゃあ正直に言うけど、それは、あのヴェルストラ帝国学院のにっっくき女理事長に一泡吹かせるためよ! ついさっきのことだけどあの女「そちらの学院は相変わらず生徒が弱いのね。でも次の交流戦も容赦なく叩き潰してあげるわ。あとそろそろいい年なんだから身を固めてはどう?」って私に言ってきたのよ」


 更に女性の愚痴は勢いを増していく。

 

「うるさいバーカッ! 毎回毎回勝ってるからって自慢するんじゃない! こっちだって一生懸命やってんのよ! そんなことも知らずに調子のいいことをベラベラと。もう耳が腐るほど聞き飽きたわッ! あと結婚の話はしなくていいでしょ!? 自分には旦那がいるからって! 私はまだ二十代、その気になれば男の一人ぐらい出来るわよッッッ!」


 辺り一帯は静寂に染まり怒涛の勢いで吠えた女性は肩で息をしている。


「はぁ、はぁ。それで、返事を聞かせてもらえる?」

「……もし言う通り学院ってところに入ったら、テメェと戦い続きは出来るのか?」

「まあ学院には基本的にいつでもいるし出来ないことはないかな。仕事が忙しい時は嫌だけど」


 少年はこの日初めて自分が敵わぬ相手と遭遇した。

 負けたままでいいのか? いや、このまま引き下がれない。引き下がるわけにはいかないのだ。

 女性がヴェルストラ帝国学院の理事長に抱く思いと同じように少年にも必ずこの女性を叩き潰すと心に決める。


「元々この国には嫌気が差してたんだ。いいぜ、乗ってやるよその提案。ただテメェの首はいつでも狙ってるから覚悟しとけよ」

「わかったよ。じゃあ交渉成立だ。そういえば名乗ってなかったね、私はカナリア・ロメロス。君の名前は?」


 少年はニヤリと笑みを溢して名を名乗る。


「ユリウス・グロムナーガ。いつかテメェを殺す男の名前だ」

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