第51話 夜の談話
ユリウスの過去は思いの外壮絶だった。
興味本意だったとしても軽率だったか。噂程度でも前にロザリオは何処かのスラム街出身とか言ってたからわかっていたと言えばそうなのだが。ただ事実かどうかわからなかったし。
俺なんかよりユリウスは何倍も厳しくて苦しい人生を歩んでいる。俺が受けた不遇と比べるなんて恥ずかしくて出来ない。
でも、俺がそう感じているだけで必ずしも辛い人生だったとは言い切れないか。
当の本人はまったく気にしていない。変わらず自分勝手に暴れていたようだし、兵士をボコボコにするのは楽しかったとか言ってたしな。ある意味ユリウスは楽しい人生を送っていたのかもしれない。
まあ何はともあれユリウスのことを少しでも知れたのは良い傾向だと思う。
事実、ユリウスは性格やら態度やらで何処か近寄りがたい人間だ。だからこうして自分の話をしてくれるだけでも心を開いてくれたと考えるべきだろう。
これを他の人にも出来るかどうかってなると不安が残るけど。強い奴にはすぐ喧嘩を吹っ掛けそうだし。そういう奴は
ところでユリウスとは別でカナリアさんの話も出ていたな。
ユリウスは一度カナリアさんに敗北し、カナリアさんを倒すために学院に入学することになった。
殺すなんていうのは物騒だけどカナリアさんは結構人をからかうところがあるから一度しっかり罰を受けた方がいいと思う。けどそれはいずれそのうち誰かがやるはずなので置いておこう。
にしてもカナリアさんの強さは本物らしい。
普段だらけているあんな人でもユリウスを赤子の手を捻るように簡単に返り討ちできる実力。
以前カナリアさんはリオン相手でも「まず負けない」と言ってたのが今ではよくわかる。
確か【因果崩剣】だっけ? 能力は相手の攻撃は当たらず自分の攻撃は当てることができる。
他にも能力があるかもしれないが、それだけでもほぼ無敵と言っても過言ではないほどの強さだ。
《おそらく【因果崩剣】という武器は物事における『原因』と『結果』を破壊し作り替える能力だと思われます》
例えばの話、
『原因:攻撃を受ける』『結果:自身が怪我をする』
という因果を【因果崩剣】の能力によって
『原因:攻撃は当たらない』『結果:自身は怪我をしない』
のようになると【ユグドラシルの枝】は推測した。
なんだそれは、と俺は思った。
そんなのどうやっても敵うわけないだろう。能力を使われたらリオンどころか学院の全生徒が一斉にかかろうとカナリアさんに一撃も与えることはできない。
普段のアレを見ているからこそカナリアさんが異次元の強さを持つ武器の持ち主とは思えない。
何かの間違いではないのか? 俺はそう信じたいが実際に対峙したユリウスが言っているのだから間違いないのだろう。
であるならばユリウスではないが俺も今度カナリアさんと一騎討ちを頼もう。もしかしたら何かしらのヒントを得て【ユグドラシルの枝】がやらかすかもしれないからな。
あと、ヴェルストラ帝国学院の理事長に対するカナリアさんの対抗意識はよくわかった。
カナリアさんが他人にからかわれているのは珍しいと思うし見てみたいとも思ったが相手国に弱いと言われたままでは面白くない。近々あると思われる交流戦とやらでは目に物見せてやろう。
さて、ユリウスの話を聞き終えたわけだが何故かユリウスは不満そうな顔をしている。
「どうかしたのか?」
「俺だけ自分の過去を話すのも
そう言われても……興味がないなら別に……。
けど確かに一方的に情報を引き出すのは公平じゃないか。ただ、ユリウスの過去を聞いてから俺の話をしても面白さなんて欠片もないな。
まあ家のことなんて決して面白い話ではないし、どちらかと言えば武器の強さと権力しかないくだらない家庭の話である。
今となってはそう言えてしまうのが怖いな。リオンも色々オルガン家の愚痴を言ってたからそれが移ったのかも。
話さないと後が面倒になると思ったから仕方なく俺の過去をユリウスに話すことにした。
本当につまらなくてくだらない話。
名家に生まれても武器が最弱の【木の枝】しか装備出来ない落ちこぼれ。
それが原因で家を追い出されて【ユグドラシルの枝】と出会い、武闘大会に出場してロザリオと出会った。
そこでカナリアさんから事情を聞いて学院に通うことになった。
実技演習では思いがけない敵襲にも遭遇したし、今はカナリアさんに頼まれて大量の依頼をやることになった。
思い返してみればまだ学院に通ってから二ヶ月も経っていないのに随分と充実した日々だった。昔の俺ではありえなかっただろう。
一通り話したところでユリウスの感想はどんなものかと思ったが──
「テメェ、貴族だったのか……」
いや、注目するところはそこなの?
個人的にはもっと他にあったと思うけど。実技演習とかさ、ユリウスは参加してないし黒ローブとか正体不明の集団が現れたところとか気になると思ったんだけど。
そうか、貴族に見えないか。
でもそれでいいや。貴族のような振る舞いをしているわけでもないし、どうせ追放されて元貴族の扱いなんだ。それに貴族とか今更どうでもよくなっている。
もし俺の実績が両親の耳に入り、戻ってこいと頭を下げられても戻るつもりはない。ってあの両親が俺みたいな落ちこぼれに頭を下げることは天地がひっくり返ってもないな。
貴族じゃなくなったからこそ今の俺がある。戻って家に縛られるぐらいなら自由に生きた方が何千倍もマシだ。
「貴族と言っても元だよ。それに俺は落ちこぼれだったから貴族らしい生活なんてあまりしてこなかった」
「俺は貴族が嫌いだ。金や権力があるからって俺たちを見下しやがって、何度ぶっ殺してやりたいと思ったか。テメェもそう思うだろ?」
「いやぁ……貴族にもいい人はいるからなぁ。クラスにも貴族の子がいるからさ。それに王族の子だっているし」
ここでそうだな、なんて肯定してユリウスからこの話が漏れたら俺の学院の立場がない。学院には学年問わず貴族も多く通っているのだから今後のことを考えるとその全員を敵にしたくない。
というかそれ以前に俺は親族以外の貴族に対して偏見は無い。だから貴族が憎いとか嫌いだとかいう感情は無いのだ。
確かに陰で悪事を働く貴族はいるかもしれないけど、俺に直接関係していなかったらお好きにどうぞって感じ。俺が個人がどうこう出来る問題とも思えないからな。
「よくもまあ貴族の両親に酷い扱い受けて綺麗事言えるもんだな。やっぱり俺とテメェは合わなそうだ」
そう言うとユリウスは湖の方を向いて横になった。
「俺は寝る。だがこれ以上テメェに借りを作りたくないから適当な時間になったら起こせ。火の番ぐらいは代わってやる」
ユリウスって意外に優しい一面があるよな。
ついでかもしれないが俺の分の食事も用意してくれた。それに焚き火に必要な枝も余分に用意して置いてくれている。
彼は不器用なだけなのだろう。人とあまり接してこなかったから接し方がわからないのだ。
カナリアさんはユリウスに友人を作って貰うためにも学院に誘ったのかもな。本人はカナリアさんにしか興味無さそうだけど。勿論敵対という意味で。
ユリウスの気遣いに、優しいんだな、と素直に謝礼しようとしたが絶対に嫌がられると思った。
「わかった。じゃあ三時間後に起こすから」
とだけ言っておいた。これが一番面倒事を生まない返答である。
ユリウスは万が一を考えて警戒を解いていないと思うが普通に寝てしまったようだ。あのユリウスがこちらに背を向けて寝るなんてな。それだけ信頼されているということなのだろう。
しかし突然だったとはいえ、せっかくの男二人の冒険も話し相手が寝てしまっては暇になってしまうな。暇潰しをするにもやることは特にないからなぁ。
《では、時間まで私が話相手になりましょう》
おおっ! やっぱり【ユグドラシルの枝】さんは空気が読めるなぁ。俺が困ってる時はいつでも助け船を出してくれる。
それで、何の話をしようか。たまには【ユグドラシルの枝】とも友人同士がするような普通の話をしてみたいんだけど。
《いえ、それよりも今まで獲得したスキルについてはどうでしょう。加えてスキル整理のためにいくつか統合させ、その都度能力と使い方の説明もしていきます。それではまず──》
あぁ……これは話ではなく一方的な講義になる予感がする。
そして予想は的中し、俺の許可を取るまでもなく怒涛の勢いで講義を始めていった【ユグドラシルの枝】はユリウスとの交代時間ギリギリまで続いたのであった。
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