第52話 迷子の少女(?)

「おい、朝だぞ。いつまでも寝てないでとっとと起きやがれ」


 朧気な意識の中でも聞こえたのは男の声。

 次に来たのは体への衝撃だった。

 何事かと思い体を起こすとそこにはユリウスが腕を組んで立っていた。そういえばユリウスと迷宮区画に来ていたんだな。

 この環境は不思議と安眠できる。いや、魔物が徘徊する場所で安眠するのはどうかと思うが何故か出来てしまうのだ。

 本当に不思議だ。以前の実技演習では外で熟睡なんて出来るはずもなかったのに。

 

 それにしても、もう少し起こし方というのを考えてもらえないだろうか。

 多分蹴られて起こされたのだろうけど別に蹴らなくても良くない? 手で揺するとかさ。そういうところにも気を使った方がいいと俺は思う。


「これから朝飯を作るからテメェは湖でその腑抜けた顔でも洗ってこい」


 じゃあお言葉に甘えて。

 俺は湖に向かい顔を洗う。

 目が覚めるほど冷えた水が気持ちいい。これはどんなに眠くとも目が冴える。

 

「顔洗ったんならこっちに来て火をつけろ」


 ユリウスは人使いが荒いなぁ。でも自分のついでに俺の朝ご飯を作ってくれるんだろ? まったく、優しいのか優しくないのだがわからない奴だな。

 俺はすぐに戻り、予め用意されていた枝に魔術を用いて火をつけた。準備がいいな、俺が寝ている間にやったのだろうか。

 ユリウスは丈夫な枝を適当に選んで魚に刺していた。あの魚も寝ている間に獲ったのだろう。

 方法は〝空間魔術〟か。釣り道具もないし下手に魔物を釣っても困る──わけないか。ユリウスの実力なら簡単に倒せる。水中に特化している魔物を地上に引き摺り出せば尚更だ。  

 そして魚は俺が起きる前に〝空間魔術〟で湖の一部を切り抜き、魚だけを取り出したのだろう。器用なものだ、今度俺も機会があったらやってみよう。


 流石に見てるだけでは申し訳ないので手伝いをして魚が焼けるのを待つ。

 またこの気まずい時間だ。

 昨日は聞きたいことがあったから会話が成り立っていたが今は特に聞くこともない。

 話題を出しても興味無さそうにすると思うからなぁ。ここは火でも眺めて集中力を高めることにするか。


 それから十分も経たずに魚が焼けた。

 勿論この間に会話はない。ユリウスも話す気はない──というより向こうも話題がないのかな──ようでただただ時間が流れていた。

 けど、流石に俺もこれはキツくなってきた。振り絞って何か話題を見つけよう。

 とりあえず依頼の話をするか。


「これからのことなんだけど、まだ残ってるAランクエリアの魔物を飛ばして下のエリア──多分ここはSランクエリアだと思うけど、ここまで来ちゃったから予定変更でまずSランクの魔物を狩ることにするよ」

「別にテメェのやり方に俺が口出しするつもりはねぇ。好きにすればいい」


 どうやら文句はないようだ。まあ、遅かれ早かれSランクエリアにも寄ることになっていたのだから手強い依頼を早めに終わらせることができてラッキーと考えよう。


「Sランクエリアでの依頼は二つだけだ。と言っても探すのに時間がかかると思うし、その間に他の魔物とも交戦するはずだ。ユリウスは大丈夫か?」

「誰に言ってる。俺はいつでも万全だ。それより俺はテメェの方が足を引っ張らねぇか心配だね」


 心配されなくとも俺には【ユグドラシルの枝】がいる。例え窮地に陥っても解決策を出してくれるだろうから問題ない。結局のところ他人任せではあるが……。

 本音を言えば【ユグドラシルの枝】に依存せずに自分の力でどうにかしたいが頼れるべき相棒は頼らなければ損だろう。頼らず死んでしまっては元も子もないからな。

 

「まあ、俺も大丈夫だよ。でだ、Sランクエリアで討伐すべき魔物は『カイザードラゴニア』と『ディザイアデーモン』っていう魔物だ。名前からして強そうな気配が伝わるが何とかなるだろう」

「実際遭遇したら大したことないかもしれねぇからな。どのみち俺はあのクソババァカナリアに勝つまで負けるつもりはねぇ」


『えぇ、でもこの二体は結構強いぞ。何とかなるとかそんな気持ちで挑んだらお兄さんたち簡単に殺られちゃうよ』


「問題は何処にいるかだな。迷宮区画の階層は何処も王都と同等の広さ。しかも今回は上の階層と違って魔物も格段に強いはず。長時間の探索は避けたいな」


『確か『カイザードラゴニア』は南西の火山地帯にいたかなぁ。『ディザイアデーモン』は……ええとぉ……北東の冥界地帯にいたはず! 我、冥界地帯嫌いなんだよねぇ、ゴースト系とかの魔物がいっぱい出るから』


「わからない以上は適当に探すしかねぇだろ。何処に何があるかわからねぇんだしな」

「うーん、それもそうか。仕方ない、ユリウスの言う通り出現しそうな場所を考えつつ適当に探すか」


 方針は決まったので俺たちは手早く朝食を済ませてからSランクエリアの探索をすることにした。

 Sランクエリアだから当然その分副産物もあるから小遣いどころの騒ぎじゃなくなるな。

 この事をユリウスに話したらやる気を出していた。ユリウスは〝空間魔術〟も使えるから色々な物を持ち帰れるな。売却すれば数ヵ月は遊んで暮らせるだけの金額が懐に入るだろう。

 俺も冗談抜きで大金持ちになれるかもしれない。でも危険を冒してまでここまで来ているのだから当然の権利と言えば納得できる。

 報酬金を貰ったら今度リオンに日頃の感謝を込めて何か買ってあげることにしよう。プレゼントなんてしたことなかったから喜ぶかもな。


 そうと決まれば気合いを入れて行くことにしよう。

 何となくユリウスが気がするが気のせいだろう。知らず知らずの内に食べていたに違いない。

 よし行くか、と腰を上げて探索を始めようとしたが、何かにズボンを捕まれた。石とかに引っ掛かったわけではない。確実に誰かに捕まれている感じだ。

 しかし、ここまで接近したことに気付かなかったぞ。【ユグドラシルの枝】も特に何も言っていなかった。

 恐る恐る視線を足元の方に向けてみると──


『な、なぁ、いくら存在感が薄いかもしれないからって最後まで我のこと無視しないでもよくないか?』


 瞳に涙を浮かべてうるうるとしている小さな女の子がいた。

 妹のアリスよりも小さい。五歳とか六歳の女の子に見える。

 何故こんな危険なところにいるのか。

 誰かと一緒に迷宮区画に来た──という線はまずないよな。子供を迷宮区画に連れてくる親がいるとは思えない。

 でも迷ってここまで来れるかと言われたら絶対に無理な話だ。だって武装もしていないのだ、魔物に見つかったら一発で食われるだろ。


 謎が謎を呼ぶな。それに何より──

 注目したのは女の子の容姿だ。

 頭には二本の角が生えて、腰には太い尻尾が生えている。

 確実に人間ではない。かといって魔物と決めつけるには情報が足りない。

 敵意をまったく見せていないのだ。魔物であれば敵意剥き出しで襲い掛かってくるがこの子にはそれがない。

 油断させたところでいきなり襲い掛かってくるとも考えられるがそれなら既にやっているのではないか? わざわざ声をかけてまでこちらに気付いてもらう必要はないだろ。

 そもそも言葉を話せる魔物は存在するのか? そういった事例は見たことも聞いたこともない。

 わからないことだらけだ。【ユグドラシルの枝】はこの子が何者かわかるか?


《契約者の推測通り人間ではありません。ですが魔物でもありません。彼女は〝龍人〟と呼ばれる種族です。何故このような場所にいるのかは定かではありませんが敵意は無いようです》


 良かった。【ユグドラシルの枝】がそう言うならひとまず安心しよう。

 というのも話し掛けられてやっとわかったのだが、この子の内に秘めている魔力が尋常なく多いのだ。ここまで接近されても気付かなかったことが不思議なぐらいに。


《解析が終わったので補足しますと、彼女の魔力とこの迷宮区画全域から読み取れる存在感が完全に一致しています。つまり彼女は迷宮区画と同じ存在と考えた方がいいでしょう》


 ん? いまいち言っていることがわからない。

 えっと〝この子が迷宮区画〟で〝迷宮区画がこの子〟? 

 やっぱりわからん。ここは本人に聞いてみるべきか。

 と思ったがユリウスが少女に向けて剣を向けてきた。


「おい、アルク。誰だソイツは? 敵か? けどそれにしては妙だな。まったく気配に気付かなかった」

『ひぇぇぇっ!!』


 威圧的な声で言ったせいで少女は怯えて俺の後ろに隠れてしまった。

 ここに来てやっと名前を呼んでくれたが今はそんなことどうでもいい。少女は完全に泣きそうになってる。 


「怖がらなくても大丈夫だよ。ユリウスもいきなりこんな小さな女の子に剣を向けるなよ」

「敵なら女だろうが子供だろうが関係ねぇ。それともあれか? テメェは女、子供が武器持って襲ってきても何もしねぇってか?」


 ユリウスの言い分も理解できる。でもそれは武器を襲い掛かってきたらの話だろ?


「この子武器持ってないじゃん。それにこの子に敵対の意思はないから大丈夫だよ」

「………………」

「ほら、ちゃんとこの子に謝ってよ」

「………悪かったな…」

「君も許してくれるかい?」

『う、うむ。……あっ、我は怯えてないぞ! びっくりしただけだ! だから──』

 

 寸前まで泣きそうだったのに強がっている。【ユグドラシルの枝】が〝龍人〟とか言ってたしこの子にも譲れないプライドというのがあるのだろうな。


「わかったよ。俺はアルク。君の名前は?」

『──ッ! よくぞ聞いてくれた。我はアルトワール・セセロン! ここを守護する偉大な龍人なのだぁッ!』


 はい、上手に自己紹介出来ました。

 アルトワールという少女は無い胸を逸らせ笑顔で誇らしげに名乗った。何でも威張りたいお年頃なのだろう。

 しかし、セセロンというのには聞き覚えがあるな。


《実技演習行った場所がセセロンの森でした》


 そうだ。確かセセロンの森は一体の龍の名前からつけられた名称だ。ということはアルトワールはその子孫ということになるのか。

 

「じゃあアルトワールはどうしてこんなところにいるんだい」

『散歩してたらお兄さんたちがいたから。人なんてここには滅多に来ないんだよ。だから嬉しくて』

「でも一人で危なくなかった? 魔物に襲われたりしなかったの?」

『うん、私はここを作った張本人だから魔物は私に近付いて来ないの』


 アルトワールがここを作った。彼女が産みの親だから子──つまり魔物は襲ってこないってことになるのか?

 と考えられるが、ここで【ユグドラシルの枝】の推測が耳に入った。


 あくまでも推測なので断言出来ないが、アルトワールは魔力の性質上迷宮区画と同義になる。

 そして、魔力は魔素から成り立っている。ということはアルトワールの魔力の素となっている魔素が大気中に存在しているとも言える。

 生きとし生きる者無害の空気を敵と思う者はいない。そもそも空気と戦うなんて意味のわからないことをやる者はいない。

 つまり、迷宮区画と同じ魔素魔力を持っているアルトワールは魔物たちから見ても空気の存在。横を素通りしても気付かれることはないだろう。

 ちなみに俺たちの側にいたのも同じ原理だと思う。

 大気中の魔素とアルトワールから感じ取れる魔力が同じだからこそ気付くことはできなかった。エディの〝完全気配遮断〟とは似て非なるものだな。


『どお!? 驚いた?』

「ああ、アルトワールは凄いな……流石龍人様と言ったところか」 

『ムフフ、もっと誉めていいんだよ』


 鼻高々に誇っているアルトワール。

 この凄さはユリウスにも伝わっているのだろうかと振り返ってみてみるといまいちピンと来ていない様子だった。


「なあ、そのチンチクリン? 俺には全然言ってることが理解できねぇ」

『ムッ、なんかチビって馬鹿にされた気がする! 私にはねぇ、アルトワールって名前があるんだよ!』

 

 喧嘩が始まりそうだが何か変だ。まるでお互いが言葉を理解していないような感じ。

 ユリウスに詳しく聞いてみると、アルトワールの言っている意味がわからないのではなく、アルトワールが喋っている言語がわからないらしい。逆にアルトワールはユリウスの言語が理解できない。

 俺はユリウスともアルトワールとも会話できるのだが──


《人間と龍人では言語が異なりますので私が自動で翻訳と変換をしています。そしてアルトワール・セセロン氏の言動から人間との関わりが少ないため、その事実を知らず契約者との意志疎通が可能なのは当たり前と認識していると思います》


 なるほど、種族が違えば言語も異なるわけか。

 というか【ユグドラシルの枝】はいつもさらっと重要なことを言わずにやってるよね。

 まあ全部役立ってるからいいんだけどさ。今後とも俺に役立つことを何かやらかしてくれ。



 ちなみにユリウスにはアルトワールの言葉がどう聞こえていたのか気になったので翻訳無しで俺も聞いてみると──

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■」

 

 うん、確かにこれは何言ってるのかわからないわ。

 正解は──

「我はアルトワール・セセロンなのだ」と言っていた。

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