第53話 約束

『そうだ! これから我の住処に来ないか? 我、もっとたくさんお話がしたいのだ』

 

 満面の笑みで言い寄られると断りにくい。

 暇だったら行っても構わないのだが生憎俺たちは依頼が残っている。只でさえ予定が変わっているのにこれ以上寄り道は避けたい。避けたいのだが──


『もしかして来てくれないのか……?』


 アルトワールは再び瞳に涙を浮かべて訴えかけている。

 それは反則だろうよ。そんな顔されては断るにも断れない。ユリウスなら間違いなく断ると思うけど。

 仕方ない、ここはユリウスを説得してアルトワールのお願いを聞こう。

 ユリウスにこの事を話すと予想通り嫌な顔をされたが何とか了承してくれた。


「ユリウスも良いってさ」

『………我、アルクは好きだけどあの男は好きになれないのだ』


 アルトワールからしたらユリウスの第一印象は最悪だからな。何せ、恐ろしい顔でいきなり剣を向けられている。許したとは言ってもそれで好きになるわけがないか。

 まあ、そこは追々慣れてもらうしかない。ユリウスも悪い人間ではないのだから。

 

「そう言わずにさ。それよりアルトワールの住んでる場所って何処なの?」

『ここの一番下、我が招かない限り誰も入ることはできない安心安全の部屋なのだ』


 確かユリウスはカナリアさんに迷宮区画の最深部へ置き去りにされたんだよな。それより下にも空間が存在したのか。

 でもアルトワールであれば魔素や魔力を用いて部屋を一つや二つ増やすことは造作もないか。俺の魔力で出来た亜空間領域と同じ要領で作れるだろう。


 それで、どうやってアルトワールの住処に行くのかと疑問に思っていたらアルトワールはその場でパンッと手を叩いた。

 すると景色は一変し先程まで後ろにあった湖は消えて気がつけば真っ白な空間に家具がちらほらと置いてある空間に来ていた。

 広さはこれまでの階層よりも狭い。まあ、一人で暮らしているわけだからこのぐらいでも十分なのだろう。俺はそれでも広すぎると思ったが。

 ユリウスも何が起きたかわからずに驚いていた。勿論俺も驚いているけど。

 

『着いた。ここが我の住処だよ。お客さんなんて呼んだことないからごちゃごちゃしてるけど気にしないでほしいのだ』


 魔術によるものだろうか。しかし〝空間魔術〟でも似たようなことが出来るが場所と場所を〝空間魔術〟で繋げ間を省略して移動するのと違ってアルトワールの場合はそれがない。

 拍手一つで空間を移動した。その際に魔術を発動させた形跡はなかったはず。

 

《アルトワール・セセロン氏が使用したのは太古に存在していたスキル〝転移魔術〟だと思われます。〝転移魔術〟は発動に多大な魔力を消費するため使用者が減少していき失われた魔術として世間に知られています》


 そういえば学院の授業でそんなこと言っていたな。

 何千年も昔に存在していた〝転移魔術〟だったが現代で使える者はほんの一握り。

 理由は【ユグドラシルの枝】も言ってたように魔力の消費が大きいから。

 魔術というのは発動させた時に魔力が足りなかったら代用するのは使用者の生命力になるのだ。

 だから強力な魔術スキルを手にしたからといって自分が持っている魔力の量を考えずに使い続けると倒れる。もしくは最悪の場合は死に至る。 


 そして〝転移魔術〟のことを思い出したところでアルトワールがそれを使えるのも納得できた。

 どうやって〝転移魔術〟を獲得したのかの経緯は置いておくとして、アルトワールの魔力は何度も言うように迷宮区画全域に等しい。

 であれば、例え魔力の消費が大きい魔術を使っても魔力の枯渇による身体への影響はない。

 俺も〝転移魔術〟を使えることが出来るのだろうか。【ユグドラシルの枝】のことだから望めば習得してくれるのだろうけど──


《はい、可能です。しかし契約者の魔力が圧倒的に少ないので習得しても発動は出来ないでしょう。ちなみに発動には現在の契約者の魔力五倍分は欲しいところです。それでもせいぜい一度が限度で身体に大きな影響を与えますが》

 

 というわけで俺が〝転移魔術〟を使えるようになるのは遠い先のことになる。とりあえず習得のために解析はしといてもらうことにした。備えあれば患いなしというやつだ。


 

 ◆ ◆ ◆



 あれからアルトワールの住処に招待されて四時間が経った。

 四時間……自分でもよくここまで話していると思う。

 ちなみにユリウスはアルトワールの言語もわからないし元より乗り気ではなかったため暇を持て余していた。

 それを見たアルトワールは〝転移魔術〟にて様々な魔物をこの場所に呼び出した。

 安心安全とは何だったのか。でも俺の周囲には絶対に破れないとアルトワールが自負している結界があるのでこちらに被害が来ることはないとのこと。現に攻撃の余波はあったにしろ今まで一度も結界は破られていない。

 というか魔物を呼び出すなんてことが可能だったとは。まあ、人間を転移させることが出来るのだから魔物も可能なのだろう。


 ユリウスは数々の魔物を倒し、今は唯一逃げ出したドッペルスライム(ユリウスに変異済み)と戦っている。

 逃げ場がないから戦うしかないのだが、戦うしかないと腹を決めたユリウスは時間が経つごとに動きが良くなっていた。

 あの戦いぶりを見てるとユリウスに置いていかれそうで喋っている暇はないのだがアルトワールはなかなか解放してくれない。

 どうやら昔は上の階層にも行くことがあったが、冒険者が多かったりユリウスのように敵──この場合は魔物──に間違われることがあるので行くことは少なくなったらしい。本人は一人で寂しいからお喋り相手がほしいだけなのに。ただ、お喋りしようにも人間の言葉が理解できないことにショックを受けていたが。

 だから【ユグドラシルの枝】のお陰で理解できる俺と話せるのが嬉しくて仕方ないのだろう。


『なあなあ、他にもアルクのこと知りたいのだ!』

「うーん、あれだけ喋ったらもう話すこともないんだよなぁ」

『何でも良いよ! 学院っていうところの話とかここにはいない魔物の話とか』

「それさっきも話したと思うけど……こういう時にエディとかいれば色々な話をしてくれるんだけどな」

『エディというのは友達だったな。アルクは友達の話をしてる時が一番楽しいそうにしてた』

「自慢の友達のだからね。アルトワールも今度会ってみる? きっと友達になれるよ」


 ロザリオやエディを紹介すればアルトワールも友達が増えて喜ぶと思ったが逆に少し元気が無くなっていた。


「──どうかした?」

『いや……その……アルクの友達が我と友達になってもらえるかわからないから……。我はアルクたちとは違うし、他の人間と同じように襲ってこられるのは嫌なのだ』


 ああ、これは俺が悪い。

 今回は久し振りの人間に嬉しくて後先考えず接してきてくれたが、アルトワールは人間に対して多少不信感を抱いている。そこをしっかりと考えるべきだった。

 ただ、俺はロザリオたちがアルトワールを傷つけるような人間だなって思ったことがない。


「俺の友達はそんなことしないよ」

『──ほんと?』

「まあユリウスはちょっと別だけどそれ以外はみんな優しいよ。それに俺の友達は種族とか自分と違うからって差別したりするような人たちじゃない。きっと仲良くなれるよ」

『なら、アルクの友達に会ってみたい……』

「じゃあまずは人間の言語を覚えようか。本当はみんなも龍人の言語が話せればいいんだけど王都全員ってなるとね。アルトワールが人間の言語を覚えてくれた方が早いかなって」


 理由をつけて押し付けるような形になってしまって申し訳ないが、今後アルトワールが王都を自由に歩けるようになる日が来た時に龍人の言語で話されては人間が困ってしまう。

 それを避けるためにもアルトワールには人間の言語を覚えてくれた方がありがたい。しかし、やっぱり押し付けるようで気が進まないなぁ。

 だがアルトワールの目はやる気に満ち溢れていた。


『わかった。我、頑張る。人間の言語はアルクが教えてくれるんでしょ?』


 そうだよな、覚えてもらうには誰かが教えなければならない。そしてアルトワールと関わりがある人間は俺とユリウスだけ。でもユリウスは龍人の言語がわからないから教えることが出来ない。となると必然的に俺になるわけか。

 俺が提案したのだから責任はとらなければならない。けど学院や依頼も残っているから付きっきりで教えるわけにもいかない。ここは要相談だな。


「勿論俺が教えるよ。ただ俺も毎日ここに通えるわけじゃない。学院のこともあるしね。今日だってお仕事で来てて、そのお仕事はそこそこ急ぎであともう少し時間がかかるんだ」

『………うん』

「だから……週に一回、多い時はもっと来るからその時に勉強しようか」


 露骨にガッカリしているアルトワールには悪いがここははっきりと言っておいた方がいいだろう。

 そしてアルトワールは深く考え込んでから頷いてくれた。俺のことも気にしてくれたのだろう。


「よし。それじゃあアルトワールに宿題を出そう。何か書くものとかある?」

『あると思う! ちょっと待ってて』


 そう言うとアルトワールは置いてあるそこそこ大きめな箱の方に走っていった。

 持ってきたのはメモ帳とペン。

 俺から聞いておいて疑問に思ったのだが何処から調達してきたのか確認してみると迷宮区画ではたまに人間が落とし物するらしい。

 それを見つけては拾ってを繰り返して集めているようで箱に入ってるのは全部落とし物だと言っていた。

 まあ、迷宮区画で落とし物をしたら見つける方が困難だし余程大事なものでない限り戻って探しに来ることはないだろう。

 実際にアルトワールが拾ってきてるのは落としてから何時間か経っている物と言っていたし。


 俺は早速メモ帳に文字を書こうと思った。

 しかし、ペンにはインクがない。さすがにインクは落ちていなかったようでこれは困った。 

 という時には大抵【ユグドラシルの枝】から助け船が出されるのだ。

 インクがないのであれば魔力で代用すればいいとのこと。

 今回は炎魔術を用いて最小限の火力で文字を書く。この時紙を燃やさないように注意しなければいけないのだが、その調整はスペシャリストがやってくれているから気にせず書ける。

 基本的な文字と簡単な単語を書いた後はアルトワールにもわかるよう隣に龍人の言語でなんて書いているかわかるようにしておきたい。

 という時には大抵【ユグドラシルの枝】から助け船が出されるのだ(二回目)。

 既に【ユグドラシルの枝】は龍人の言語を理解できているので俺の頭の中に直接その文字を浮かび上がらせる。それを俺はそのまま書くだけだ。


「えっと、これが人間の言語で「アルク」、こっちが龍人の言語で『アルク』って書いているんだけどわかる?」

『人間の言語だとこれでアルクって読むんだ。えっと「ア……ル…ク…」。どうかな、我ちゃんと読めてる?』

「凄い凄い、ちゃんと読めてるよ。他の言葉の正しい発音は俺がいないと難しいと思うから今度にしようか。まずは文字を見て意味を理解するところから始めよう」

『うん、我、頑張るのだ!』


 アルトワールは熱心にメモ帳を眺めていた。

 文字を見て『人間の言語は龍人の言語だとこう書かれているのか』とぶつぶつ独り言を喋りながら夢中になっている。

 まだ正しく人間の言語で読むことは出来ないけど意味は同じだから理解は出来る。覚えも早いからすぐに人間の言語を喋れるだろう。


 さて、そろそろ俺たちも依頼に戻らないといけない。

 ユリウスは……なんとドッペルスライムを倒していた。

 自分を越えたようなものだろ。置いていかれた気分、というか完全に置いていかれた。ユリウスと差が開いてしまったな。

 ところで、結界の外は魔物の残骸でいっぱいだった。これは回収しておくことにしよう。

 アルトワールに結界を解除してもらって魔物の回収をしようとした時に俺は気付いた。

 残る依頼がここで全て片付いてしまっていることに。

 アルトワールが呼び出した魔物は俺たちが討伐する予定だった魔物が大半を占めていた。

 偶然なんだろうが運が良い。ただ全部ユリウスに任せてしまったから報酬金の分け前は四割から五割になりそうだな。

 

 そして俺たちは迷宮区画から地上へ戻るためにアルトワールにここから出してもらおうと頼んだところ、アルトワールがBランクエリアの昇降機がある建物近くまで転移してくれた。


「ありがとう。おかげで楽に帰れるよ」

『このぐらいお安いごようなのだ。でも他の人間に見つかったら厄介だから我はすぐ戻るのだ』


 別れ際、アルトワールは寂しそうな顔をしていた。


『……ねぇ、本当にまた来てくれるよね?』

「約束したからね。近いうちに必ず来るよ」

 

 俺はアルトワールの頭に手を乗せて撫でる。

 安心したのかニッコリと笑うアルトワール。

 そういえば昔アリスもこんな風に笑っていたな。今は俺に笑顔を見せるなんてことは無くなってしまったが。

 って感傷に浸っているのも無視してユリウスは建物へと向かっていた。俺がいないと帰れないのにわかっていないのか?

 とりあえずアルトワールに別れを告げて俺はユリウスを追いかけたのであった。


 そして、迷宮区画の依頼が終わって次の依頼。

 これが最後の依頼なのだが、この時の俺は知らなかった。

 ──まさかあんな出会いをするなんて……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る