第47話 世界樹と空間魔術

 交差する【神霊樹剣】と【黒い大剣】。

 互角に見える状況もユリウスの腕力が若干俺よりも上回っているのか今もジリジリと詰められている。

 最初から戦う気など毛頭無く仕方ないから応戦することにしたが軽い気持ちで挑むには厳しい。少しずつ余裕も無くなってきていたかも。

 

 やっぱり、あの日からずっとここにいて生き残っただけある。迷宮区画での暮らしがユリウスを何倍にも強くさせた。

 これもカナリアさんの想定通りってわけか? 

 だとしてもやり方が鬼畜過ぎる。拉致した人間を危険な場所に放置して自分だけ帰るなんてどうかしてるよ。カナリアさんはどこかネジが外れていると思う。


 って、カナリアさんのことは今はどうでもいいか。

 やるべきことはあの日とは明らかに能力が違うユリウスをどう対処するかだ。

 俺だって何もしていないわけではなかったから前より強くなっている。

 だがユリウスは多分同じ特別推薦枠の俺やロザリオより上──いや、王立学院一年生の中で一番と考えた方がいい。

 現状で俺とユリウスの差はどれ程のものかを知れるいい機会と言えばそうなのだがはっきり言って別の日の方が良かった。

 この先、依頼も苦戦する可能性があるのにユリウスなんて魔物よりも手強い奴の相手など余計な体力を消費するに決まっている。


 ああ……なんでこんなことになっているんだろう。俺はさっさと依頼を終わらせたいだけなのに。

 もう全部カナリアさんのせいだ。だって俺とユリウスがこうして戦っているのもカナリアさんが関わっているのだから。決めた、帰ったら文句を言ってやろう。

 

 となればまず俺はユリウスを満足させる。

 その度合いはわからないけどとりあえず勝てばいい。

 ちなみに負けるのはなんか癪に障るので無し。【ユグドラシルの枝】もそれは望んでいないだろう。

 というかこうして考えている間もユリウスの動きを予知して指示をしてくれている。俺も【ユグドラシルの枝】も負けず嫌いのようだ。


 剣戟の応酬は加速していく。剣速は両者引けを取らない。

 あり得ないよなぁ。こっちは片手剣、ユリウスは身長と同じ長さの大剣。それで対等に渡り合っているのだから。  

 しかし、互角と言うなら分が悪いのは俺の方。

 やはり大剣故に重さもリーチもある。一撃一撃が強烈で伸びるから回避も予想より大きくしないと当たってしまう。

 暴れ馬のような激しい動きだが体の軸がしっかりとしてぶれないから即座に次の攻撃へ繋げることが出来る。


 俺の動きも半分見切られているようだ。

 攻撃もだんだん受け止めることなく回避している。おそらく目だけではなく体の感覚で対応しているのだろう。

 本来俺が【ユグドラシルの枝】の支援があって出来ていることをユリウスは自力でやっているのだからそのセンスを見習う反面嫉妬してしまう。

 でもそれは俺にも成長の余地があるというポジティブな方向で捉えることにした。今出来ずともいずれ【ユグドラシルの枝】の支援が無くても出来るようになればいい。そうやって人は成長していくのだ。


 そして大きく振られたユリウスの大剣は俺の前髪をほんの少し持っていった。

 確実に頭を狙ったよな。

 まあ斬られた前髪は一本とか二本とかその程度だから気にしてないとして、流石にユリウスも俺を殺す気無いよね? 殺意は今のところ窺えず戦いを楽しんでいるように見えるからそう信じたいのだが……。


 しかし、命の危険があるかもしれないとわかった以上出し惜しみするわけにはいかなくなった。

 俺は一瞬の隙を見計らって使ってこなかった魔術を撃ち込んでみる。

 属性は水と土。炎と風より比較的ダメージは少ない。どちらかと言えば打撃に近い魔術を使った。

 甘いと思うかもしれないが部屋の大きさが広くないため大掛かりな魔術を使うわけにはいかない。

 仮に上位の魔術を使ったとしたらユリウスを戦闘不能にさせることはできても下手すれば俺も巻き込まれるかもしれない。あとは無駄に魔術を使って魔力を消費したくないのもある。


 ユリウスは俺が放った魔術に対し動揺の色を見せずニヤリと笑みを浮かべながら左手をこちらに向けた。そこから黒い渦が現れて俺の魔術は吸い込まれていく。

 出たな〝空間魔術〟……。

 ユリウスが得意とする魔術──実際には他の魔術を使っているところを見たことがないため断定は出来ない──で俺の〝空間魔術〟も【ユグドラシルの枝】が彼から盗み学んだものだ。

 で、なんとなく魔術を吸収されるのも予測していた。

 武器の出し入れができるのだから他の物体でも可能だろう。俺の──というか【ユグドラシルの枝】が作った亜空間領域でも同じことができるのだからな。

 まあ、ユリウスは何年も〝空間魔術〟を使っているから俺の方が後ということになるか。

 

 そんなことより吸収された俺の魔術はどうなったか。

 答えは簡単だ。ユリウスが使わないわけない。

 黒い渦から勢いよく魔術が発射された。

 威力も変わらない様子だし術式を再構築したわけではなさそう。そのまま俺の魔術を俺に向けて返してきたのだろう。

 だがどうってことない。だってあれは俺の魔術なのだから。

 向かってくる魔術を【ユグドラシルの枝】で両断。それと同時進行で術式を分解し俺の魔力へと変換する。

 自分の魔術故にできることらしい。結局のところ難しいところは【ユグドラシルの枝】に丸投げしているから時間がある時に説明を受けることにしよう。


 魔術を斬ったと思いきや今度は死角から黒い槍が別の渦から飛び出てきた。

 まったく次から次へと……。【ユグドラシルの枝】のお陰で感知もできるからいいものの常人なら何もできずに刺さって終わりだぞ。

 俺は振り返って放たれた黒い槍を即座に打ち落とす。そして、ユリウスに視線を戻すがその場所にいなかった。

 今の瞬間に上へ飛び大剣を振り下ろしに来ていたのだ。

 流石にあれを受け止めるのは怪我しそうなので回避に専念する。

 後ろへステップを踏み、被害を受けない最小限の動きで回避する。

 部屋に響く爆音。衝撃で土煙が舞い視界も悪い。だがここでユリウスが攻撃に転じても体内の魔力を感知できるから対処は問題なくできる。

 そして、ユリウスは土煙を黒い大剣で切り裂くと俺に向かって突っ込んできた。


 ……… 

 ……

 …



 さて、戦闘もそれなりに長引いてきた。

 あれから一時間近くは戦っているだろうか。

 ユリウスはまだまだやれる様子だし俺もまだ全然戦うことはできる。

 だがしかし、いい加減満足してほしいものだ。いくらまだ戦いを続けられるとはいえ流石にこれ以上は後の依頼にも影響が出るのでここらでお開きにしたいのだが……。

 

「ねぇ、仕切り直しってことでこの続きは別の日にしない? このままやっても終わらない気がするし、ここも結構ボロボロになっているから崩れるかもしれない」


 もうこの部屋は戦闘の余波で滅茶苦茶になっている。

 実際に崩れるかは知らないけど理由をつけた方がユリウスを納得させることができると思って言ったのだがどうなるか。

 予想だと俺の言葉を無視して戦闘を続行する。ユリウスが大人しく引き下がる性格でもないからな。

 一応警戒を怠らずに返事を待ったが──


「………そうだな。天井が崩れて生き埋めになるのはごめんだ。俺の目的はあのクソババァをぶっ飛ばすことだし」 


 あれ、意外だ。大人しく引き下がった。

 いや、これでいいんだよ? 俺の望んだ結果なのだから。

 ただこうもあっさり引き下がったことに驚きというか何と言うか。まさか油断させて攻撃を仕掛けようと……!?

 って思ったが完全に俺に向ける戦意は無くなっているように見えるから大丈夫なのだろう。


「それで、テメェの用事はなんだよ」

「えっ?」

「だからテメェの用事だよ。俺は地上への戻り方なんて知らねぇ。知ってるのはテメェだけだろ。俺が勝ったらすぐに地上に戻してもらうと約束したが結果は仕切り直しで引き分けだ。となると俺は自力で地上への戻り方を探す。テメェは戻り方を知っているのに俺を差し置いて用事を終わらせる。だったらテメェに付いていって用事を早く終わらせれば俺も早く地上に戻れるわけだ」


 つまり、手伝ってくれるわけか?

 言い方は素直じゃないがそう言っていると考えていい。

 最初から手伝ってやると言えばいいのに。でもこれを言ったら面倒なことになりそうなので胸の内に留めておこう。

 そうと決まればユリウスに冒険者ギルドから受け取った依頼書を見せて討伐対象を教えた。

 

「何体かはテメェと会う前に見たことあるな」

「そうか、なら案内してほしい」

「…………」


 急にユリウスは黙り込んで何かを考えていた。


「ユリウス?」

「ところで、依頼書って奴の下に金額が書いてあるが、ここに書いてある魔物を倒せば金が貰えるのか?」

「そうだけど。まあ厳密に言えば討伐対象の証拠品を持っていけばだけど」


 するとユリウス自分指四本をこちらに向けてきた。俺は薄々感づいている。


「四割だ。残りの依頼の報酬金の四割で手伝ってやる」

「何言ってるんだよ。四割でもそれなりの金額だぞ」

「五割と言わないだけマシだろ。それともテメェは俺にタダ働きしろって言うのか? 場所も教えて魔物とも戦わせて?」


 いや、手伝うって言ったのはそっちじゃん。

 確かに無償でとは言ってないけどそれでも四割は多すぎる。せめて二割、良くても三割だ。

 でもここで了承しないと効率が落ちることは間違いなし。断ってもユリウスは付いてくるだろうが手伝うことはない。

 まあ手伝ってくれるのだから条件を飲んでもいいか、渋々だけど。

 ユリウスに持っていかれる四割の報酬金は他の依頼を達成すればどうにかなる。

 それにお金に困っているわけでもない。強力な助っ人を雇ったと思えば安いものか。


「わかったよ。四割でいい」

「交渉成立だな。あとで無しって言うなよ。もし約束を破ったりしたら──」

「心配しなくても一度した約束は守るよ」

「ならいい」


 こうして俺とユリウスの急造チームが生まれた。

 多分連携などまったくできない。逆に連携したら互いの足を引っ張るだけだと思う。まあ、チームといっても好き勝手やるような形だ。

 それでも個々の力はあるので大丈夫だろう。いざとなれば助けに入ってくれると信じている。


 そして俺たちは依頼をこなすために今いる洞窟から出ようと通路に向かおうとした時、通路の天井から黒くドロドロとした粘り気のある液体がポタポタと垂れているのに気づいた。

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