第46話 Aランクエリア

 あれから一日が経過。今は依頼を受けて二日目の朝である。

 何故時間がわかるのかというと、【ユグドラシルの枝】が正確に計っているのもあるが迷宮区画は地下にもかかわらず昼夜が存在するからである。

 原理としては迷宮区画に舞っている魔素は地上のものとは性質が異なっており時間の経過で発光を繰り返す。その魔素を長期間吸収した植物や鉱物が光源となって迷宮区画一帯を照らしているのだ。 

 特に天井に点々と散らばっている大きな鉱石が地上で言う太陽の役割を果たしている。

 

 ちなみに俺に任された依頼は順調に進んでいる。

 運良く討伐対象の魔物が出てきてくれるし今のところ苦戦するような魔物は出てきていない。

 リオンとの模擬戦に比べると少し歯応えがないと感じてしまうがそれはそれでいいのだ。

 元々この依頼を受けたのもリオンのいつも以上に気迫が増している指導から一時的に逃れるためにカナリアさんが気を回してくれたから。謂わばリフレッシュ休暇みたいなものだ。

 適度に体を動かして休暇を満喫する。まあ、依頼の量が量なため休暇と言えるのかはわからないけど。


 それで依頼のことなのだが、Bランクの魔物に関しては大方依頼を達成している。あとは【ユグドラシルの枝】が企む謎の計画に必要な魔物を捕獲している感じ。

 残りの依頼は少ないがその魔物たちはBランクエリアには生息していない。

 ここまで言えばわかるだろう。残る討伐対象はここよりも深い場所──つまりAランクエリアもしくはそれより深い場所になる。


 他のエリアの行き方は二通りある。

 一つ目は昇降機がある場所まで戻る。

 商人たちの押し売りから逃げようと建物を出ようとした時に下の階層に繋がっているであろう昇降機を見つけたのだ。

 そこにはおそらくこの国の衛兵二人組が厳重に警備していた。資格がない冒険者が力ずくで乗り込まないよう配備され、下の階層にいくにつれて手練れの兵士を用意しているのかも。

 まあ、俺なら特別通行証があるためBランク冒険者だとしても使用許可が降りるだろうから問題視する必要もない。


 強いて言うなら問題は戻ればまた商人たちに捕まることか。

 しかも今度は戦利品を狙ってくると思う。

 あそこに商人が溜まっている理由は冒険者に役に立つ道具を売るのは勿論のこと冒険者が持ち帰った戦利品を喉から手が出る勢いで買い取りに来る。

 冒険者ギルドなら安心だが個人経営になると金額を誤魔化される可能性もあるのであそこの商人に売るのは無し。

 というわけで必然的に昇降機を使ってAランクエリアに向かうのも無しとなる。


 話が商人のおかげでだいぶ逸れたが他のエリアに向かうもう一つの方法。

 それは直接自分の足で向かうことだ。

 どうやら各階層には下の階層へと続く直通ルートが存在するらしい。というか実際に目の前まで来ている。

 森林がメインのBランクエリアを探索し続けて、洞窟らしきものを見つけたから試しに入ってみたわけだが奈落の底と言えるぐらい深い穴がある。

 本当に闇そのものみたいだ。先が全然見えな──あっ、よく目を凝らせば微かに光が見える。でも大きさが豆粒程度だ。


 この場所は衛兵に管理されていないということはAランクエリアに行くことが出来るわけか。

 ここを通る……ねぇ……。

 運悪く足を滑らしてしまった日には冗談では済まないだろう。確実に死人が出るし一生自身を恨むと思う。

 かといって進んで通る──というか落ちる人間なんているのだろうか。俺は好き好んでここを通る馬鹿はいないと思う。


 だが他にAランクエリアに続くルートがあるとは思えないし、仮にあったとしてもこれから探すのは必要以上に手間がかかるのであまりしたくない。

 抵抗はある。覚悟を決めても本当にこの直通ルート改めてルートを通らなければAランクエリアにたどり着けないのか、と考えてしまうから。


 う~ん、やっぱり止めようかな。商人に捕まるのは仕方ないとして安全に行くには昇降機を使った方が──


《時間の無駄です。このまま直行します》


 えっ、ちょっと!?

 手に持っていた【ユグドラシルの枝】が俺を道連れに奈落の底へ落ちていく。

 風を切る音がどんどん大きくなっていく。高速で降りているにもかかわらず景色は真っ暗で何も変わらない。

 いや、そんな悠長に言っている場合ではない。

 それなりの付き合いがあるから【ユグドラシルの枝】にも策あって実行したんだろうけどこちらにも心の準備というものがあるのをわかってほしい。

 本当に大丈夫なんですよね!? もしかして知らずに【ユグドラシルの枝】さんの機嫌を損ねたからこういう仕打ちをしようと──


《違います。先程も言ったように単純に時間の無駄だと判断したためです。それよりもう少しで次の階層に出ます》


 なら良かった。【ユグドラシルの枝】に見捨てられた日には俺泣いちゃうかも。

 安堵しているのも束の間、【ユグドラシルの枝】は急に壁に付く長さまで伸びて壁を削りながら速度を落としていった。

 確かにAランクエリアに近付いているのか徐々に光は大きくなっているが、俺はそんなことより物凄い音を立てながら壁を削っている【ユグドラシルの枝】が傷付いていないか心配だ。


《問題ありません。過去の戦いの記録を見ても私が傷付いたことなどありませんので》


 そういえばそうだな。リオンとの模擬戦も黒ローブとの戦いも、どんなに酷使しても【ユグドラシルの枝】は一切傷付くことはなかった。

 むしろ傷付いていたのは俺の方だ。今回は精神的にダメージを受けている最中である。


 そして、いよいよAランクエリアが見えてきた。

 奈落の底だと思っていた穴の先は落ちる前と同じく似たような洞窟の中だった。

 まず抱いた感想は安心だった。

 心臓が飛び出そうな経験──もう二度としたくない──をしたわけだが、これの出口がAランクエリアの天井からだったら【ユグドラシルの枝】の助けなくそのまま落ちていたからな。


 でもまあ結果良ければ全て良しだ。

 このまま着地してAランクエリアの探索を開始しようと思ったのだが、最後の最後で落下の勢いを殺しきれず、油断していたこともあり着地に失敗した。

 頭から落ちて天地が逆さまになっている。体は無事で良かったけど【ユグドラシルの枝】もやるなら最後まで安全にやってほしいものだ。


《……………契約者の注意不足です。私は悪くありません》


 俺はわかるぞ。思ったよりも加速していて勢いを殺し切れなかったが俺が着地に失敗したのを良いことに無かったことにしようとしている喋りだ。

 誰だって失敗はあるんだから気にしなくていいんだぞ。完璧だと思っていた【ユグドラシルの枝】にもそういう一面があるのが知れて得した気分だ。


《………………》


 あっ、これは機嫌を損ねている。煽ったつもりはないんだが、これは仕返しが怖い。

 ──と思ったがどうやら違ったようだ。奥の方から地面を揺らす重い足音が近付いてくる。


《前方より魔物が接近。Aランク『ギガントオーク』の変異種である『ベルセルク』です。今まで討伐してきた魔物とは格が違います。直ちに体勢を整えて迎撃にあたってください》


 現れたのは俺の二倍は優に越える巨体にそれと同等の大きさを持つ大剣を引き摺るオークだった。しかも変異種となると話が変わってくる。

 変異種とは本来とは異なる進化をした魔物である。他の魔物を捕食したり長い間行き続けた魔物に見られる進化だがこうして会うのは初めてだ。

 流石Aランク──いや、変異種だからもう少し上位の魔物になるか。気迫やら存在感が違う。


 討伐対象では無いが落ちた場所は残念なことに通路はベルセルクが通ってきた道だけだった。

 つまりここで倒さなければいけない魔物。

 久々に手応えのある相手かもしれない。リフレッシュ休暇だとしても歯応えのない魔物と戦うのにも飽きてきた。

 ここは一つ本気で戦おう──


 と意気込んでいた瞬間、ベルセルクの首が飛んだ。後ろから誰かに斬られた感じだ。

 膝から崩れ地面に倒れるベルセルクの奥にいたのは今まで姿を見せなかったあの人物だった。


「ああ? なんでテメェがこんなところにいる?」

「………ユリウス……」


 ユリウスは黒い大剣を片手に不思議そうに話し掛けてきた。

 それはこちらのセリフでもある。何故彼がこんなところに。まさか入学試験から今までずっとここにいたとか?

 

「君こそどうしてこんなところにいるんだ?」

「あの後クソババァに無理矢理連れてこられたんだよ。そして俺を最深部に置いて一人で帰っていきやがった。ここは全然マシだが最深部に出てくる魔物は流石に俺にも手に負えねぇ。あのクソババァ、戻ったら絶対にぶっ飛ばしてやる」


 ユリウスの言葉にはかなり怨みが籠っている。俺も同じ目にあったらカナリアさんを絶対に怨むだろうな。

 でも注目すべきはそこじゃなかった。

 ユリウスは最深部に置いていかれた。おそらくAランクエリアよりも下の話だ。

 そこからここまで無事だというのだから恐ろしいものだ。

 しかも相当魔物と戦ってきたと思う。きっとカナリアさんはユリウスなら大丈夫と判断してやったことだろうけど鬼だな。


 さて、予想外の再会をしたけどどうしよう。

 特に仲がいいわけでもないし。でも途中まで一本道だろうから別々に行動するのもなぁ。

 依頼を手伝ってもらうとか? いやいや、ユリウスの性格を考えたら連携なんて到底出来ると思えない。

 ………

 ……

 …

 よし、ここは別行動でいこう。俺がいなくてもユリウスは地上に出られるはずさ。なんだったら依頼が終わった後に見つけたら一緒に地上に戻ればいい。


「じゃあ俺は用事があるからここで」


 そう言い残してこの場から去ろうと思ったがユリウスは大剣をこちらに向けて構えている。


「待てよ。せっかく再会したならあの日の続きをしようぜ。あの時はカナリアのクソババァに止められたからなぁ。ここなら邪魔も入らねぇ」

「今君と戦う理由なんて俺には無いんだけど」

「つれねぇこと言うな。テメェが勝てばテメェの用事に付き合ってやるよ。ただし、俺が勝てばすぐに地上に戻せ。地上への戻り方は知ってるんだろ?」


 厄介なことになったな。そもそも戻り方を知っていてもAランクエリアの昇降機がある場所は把握していないから結局しばらくは探索しないと無理なんだけど。

 って言ったところでユリウスはやる気だし戦闘を回避することはできないようだ。

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