第45話 新技 その名も──
建物を起点として半径五十メートル以内には魔物の姿は一匹も確認しなかった。結界と呼ばれるものが張られているおかげって言ってたよな。
そして、歩き続けてたどり着いた有効範囲ギリギリの地点では先がうっすらと霞んでいた。
この境目を越えると魔物が出現する領域になる。
人間が触れても簡単に出入り出来るし特に問題はない。魔物だけに害があるものなのだろう。
実際に魔物が近付いたらどんな風になるのか見てみたい気もするが、周囲にいる魔物と言ったら今いる場所から二十メートルほど離れたところで様子を見ているのが数匹。
魔物を寄せ付けない効果範囲である半径五十メートル以外にも何かあるのかもしれない。
《周囲に生える〝除魔草〟と呼ばれるものが魔物が嫌う臭いを発しているため近寄らないのでしょう。ただし、嫌な臭いを発しているだけですので絶対に近寄らないわけではありません》
探してみると確かに見たことない草が生えている。これが視界に捉えられる魔物の場所まで続いているのだろう。
約二十メートル離れた場所へ攻撃する手段といえば現状魔術しかないのだが距離がある分回避される可能性が高い。
脅威であれば【ユグドラシルの枝】が前以て報告してくれるだろうし、どれぐらい時間がかかるかわからない以上は無駄に魔術を使う必要はないな。
俺はまるで街中を歩いているように魔物へ近付く。
魔物は狼のような姿。以前実技演習で出た『ファングウルフ』という魔物に近しいが体格が一回りは大きい。
しかも複数体で来た。比較的知能が高そうな魔物は連携して襲ってくることが多いため油断は出来ない。まあ、連携される前に倒してしまえば済む話でもある。
おそらくこれ以上進めば襲われる距離まで近付き【ユグドラシルの枝】に魔力を纏わせる。
前までは大気中に存在する魔素を纏わせて刃のない【ユグドラシルの枝】にも擬似的な刃を作り出していたが、魔素を魔力へと変えることで更に切れ味が上がる。
一応一工程増えて手間も増えているが、結局その辺は【ユグドラシルの枝】がやってくれていることだから俺が気にすることでもないのだ。
迷宮区画に来て最初の相手は『ファングウルフ・オルガ』というBランクの魔物らしい。勿論名前は知らなかったので【ユグドラシルの枝】から聞いた。
特徴はファングウルフと大して変わらない。
ただ、身体能力が上昇しており狂暴性も増している。それに先程も言ったが知能は高く基本的に三~四体で行動。連携して相手に襲いかかるのでBランクの冒険者でも一人なら確実に厄介な──逃げることも頭に入れながら戦うべき魔物だ。
しかし、自分で言うのもあれなんだが俺は普通のBランク冒険者ではない。
ちょっと……どころではないか、リオンまでとはいかないが俺だって周囲の人間からしたら頭一つ抜けていると自覚している。
まあ、こう言えるのも全部日に日に進化したりスキルを習得していく【ユグドラシルの枝】のおかげなんだけど……。
警戒し様子を窺うファングウルフ・オルガの群れは突如慌てるように周囲を見渡していた。
まずは試しにファングウルフ・オルガの後ろに回り込んでみたわけだが【ユグドラシルの枝】の恩恵によるスキルで上昇した移動速度についてこれなかったと。
向こうからしたら消えたように見えたかもしれないな。
というか後ろにいるのに【ユグドラシルの枝】が独断で〝気配遮断〟を使用して気付かれないようにしている。
結構近くにいるし人間より嗅覚も発達も思うのだが、それでも気付かれないとなるとエディの〝完全気配遮断〟に近いレベルになってきてるのか。【ユグドラシルの枝】の成長は俺の思っている以上だったようだ。
さて、ここからどうするかなのだが、依頼の対象でなければ討伐せずに退散していた。
ところが依頼書の中にファングウルフ・オルガの討伐も入っていたので討伐することになる。
討伐証拠品として要求しているのは牙と毛皮だった。量も今いる数で十分に足りる。
手早く終わらせるためにも無防備に背中を向けているファングウルフ・オルガに一閃。
そして、そのまま次に行こうとしたのだが──
《首を切り飛ばすよりも心臓を一突きで討伐した方が価値も下がらずに売却できると思います》
確かに傷だらけの毛皮より綺麗な毛皮の方が高く売れる。なら魔術で応戦するのは無しだな。
仲間が倒れていることに気付いた残りのファングウルフ・オルガの群れは一斉に俺に飛びかかってきた。
それを回避する際に【ユグドラシルの枝】の指示により見つけた心臓部を一突きし二体討伐。
踵を返し、相手が追撃に移る前に残るファングウルフ・オルガを倒して一つ目の依頼はこれで完了した。
あとはこれを持って帰るのだが、まだまだ依頼があるのですぐに持ち帰ることはできない。そのために〝魔法鞄〟が必要となる。
しかし【ユグドラシルの枝】は〝魔法鞄〟は必要ないとか言ってた。確か〝空間魔術〟を応用した技を編み出したとか。
《はい。以前【神霊樹棍】に〝爆裂魔術〟を付与したように【ユグドラシルの枝】本体に〝空間魔術〟を付与させました。契約者は素振りをするようにその場で振ってください》
黒ローブの時は文字通り触れたら爆発する恐ろしい兵器になっていたわけだが今回はどうなるのだろうか。
言われた通り【ユグドラシルの枝】を勢いよく振ってみると、空間そのものを斬ったかのように亀裂が入った。
正直に言いますと、空間そのものが斬れたなんて現象が目の前で起こったことに驚いています。
中を覗いてみると大きく開けた空間が存在していた。確かにこれは十メートル級のドラゴンが二百体は余裕で入りそうだ。
一応亀裂の裏手に回ってもう一度中を覗いてみるがまったく同じ光景だった。
いったい【ユグドラシルの枝】は何をしたのか。
《〝空間魔術〟を応用した技──今後これを〝次元斬〟と呼称します。予め〝空間魔術〟にて本来であれば存在するはずのない空間を作成──今後これを〝亜空間領域〟と呼称します。〝次元斬〟によって生じる空間の歪みと亜空間領域を繋げることで物質の行き来が可能となり魔法鞄と同じ役割を果たします。また、魔法鞄と違って生命活動が停止していない生物も収納可能になっていますので魔物を生きたまま捕獲することも可能です》
これはまたとんでもない技を編み出したな。
魔物を生きたまま捕獲か。生きた魔物をギルドに持っていくのは鮮度が良いけど万が一のことを考えると止めておいた方がいいかも。暴れて被害を出されては困るし。
じゃあ何のために捕獲が出来るようにしたのだろうか。あの【ユグドラシルの枝】が全く意味のないことを率先してしないと思うんだけど。
《………秘密です。ですが必ず契約者の役に立つとだけ言っておきましょう》
何か企んでいることはわかった。まあ【ユグドラシルの枝】のことだ、壮大なことをやるに違いないからお楽しみ要素として気長に待つことにしよう。
とりあえず討伐したファングウルフ・オルガを亜空間領域とやらに向かって投げてみる。
おおっ、ファングウルフ・オルガは吸い込まれるように消えていった。貫通して向こう側にも落ちていない。
これが〝亜空間領域〟……!! 荷物が増えずに楽できるとはなんて便利な技なのだろう。俺は結構感動している。そして、これを知られたら荷物持ちに駆り出されると確信した。
次々に投げ込み一仕事を終えたと思ったところに新手のファングウルフ・オルガがやってきたので今度は捕獲を試してみる。
襲い掛かってくるファングウルフ・オルガを引き付け、【ユグドラシルの枝】を振り下ろして〝次元斬〟を使用する。すると気持ちいいぐらい綺麗に亜空間領域へと入ってしまった。
これで捕獲は完了したのだろう。意外に簡単なものだ。
ところで、この亜空間領域はどうやって閉じるのだろう。
このままだと捕獲したファングウルフ・オルガも出てきてしまうのではないか?
《〝次元斬〟は実戦に使える技であり亜空間領域を出現させるための鍵でもあります。振り下ろしが開錠となり振り上げが施錠になります。また一度侵入した魔物はこちらの許可なく出入りすることは出来ないのでご安心を》
言われた通り【ユグドラシルの枝】を振り上げてみると歪んでいた空間が元通りになった。これで捕獲した魔物は出てこないのか。
まだ依頼を始めて時間が経ってないが驚かされることばかりだ。まあ、いつも通りと言えばそうなんだけど……。
そして、俺は新しく習得した技の利便性を噛み締めながら順調に依頼をこなしていくのであった。
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