第44話 迷宮区画へ
「ええとこれは………〝特別通行証〟ですか……」
あれ、昇降機ガールさんの反応的に〝特別通行証〟ってあまり認知されていない?
いや、そんなこともないようだ。
前後にいる冒険者は〝特別通行証〟を聞いて驚いている。ということはこの昇降機ガールさんだけ知らないわけか?
「少々お待ちください。今上の者に確認して参りますので」
そう言い残すと昇降機ガールさんは持ち場を離れて何処かへ向かってしまった。
周囲の冒険者からは尊敬やら驚愕やら疑いの視線で見られている。この事を知らない後ろの冒険者は俺のせいで列を止めていることもあって苛立っているようにも思えた。
前後の冒険者なんて話し掛けるか掛けまいか悩んでいるところだ。俺としてはこのまま話し掛けられることなく静かに終わってほしいものだが。
そして、三分もしないうちに先程の昇降機ガールさんが戻ってきた。その隣にはもう一人同じ制服を着た女性が。制服は同じだがこの道でやってきた熟練者の風格がある。
「お待たせしました。〝特別通行証〟をお持ちの冒険者様はこちらとは別の昇降機へご案内しますのでこちらへどうぞ」
後から来た昇降機ガールさんはニコリと笑ってそう言うとついてくるようにと促された。
その瞬間、疑問は確信に変わったのか周囲の冒険者たちが一斉にざわめきだした。
「おいおい、じゃあ〝特別通行証〟は本物、だったのか?」
「でなきゃ案内されないでしょ! 偽物だったら一発でわかるって聞いたことがあるわ」
「あんな子が〝特別通行証〟を貰える実力があるなんてな……」
などといった声が聞こえた。
これ以上持ち上げられるのも恥ずかしいので早々とこの場から去りたいと思ったのだった。
昇降機ガールさんに案内されながら建物内の奥へと進むと別の昇降機の乗り場に着いた。
道中、今まで見てきた昇降機とは別の昇降機があったのだがこれはマルコスさんは言っていた第二の王都に繋がるものらしい。
避難所と想定して作られているため昇降機の数も多いが、第二の王都直通で魔物が出現する場所までは降りないため利用する人も少ないとか。強いて言えば街作りをする人間が使うぐらいだ。
「それではBランクエリアまでご案内致します」
二人並んで昇降機に乗り、昇降機ガールさんがボタンを押すと昇降機は下に向かって動き出した。
ここからどれほど時間がかかるのだろうか。
最初に見た昇降機と比べたら小さいし狭い。
こんな密室で二人だけというのは意識せずとも気を使ってしまうし初対面なら尚更だ。
こっちから話題を振るべきか?
でもどんな話題を? 天気が良いですね、とかか。いや、地下に潜っていくのにそれはないだろ。
どうすべきか悩んでいるところに救いの手が差し伸べられた。昇降機ガールさんが話し掛けてきたのである。
「先程は申し訳ございません。本日メインの昇降機を担当していた従業員は新人なものでして。研修の時も真剣に取り組んでいた真面目な子なのですが〝特別通行証〟の事は忘れていたようです」
「気にしなくて大丈夫ですよ。むしろ俺が仕事の妨げをしたみたいで申し訳ないです。ところで忘れていたと言っていましたし〝特別通行証〟ってそんなに珍しいものなんですか?」
「そうですね。〝特別通行証〟は基本ギルドマスターからしか発行できない代物ですので。そしてその希少性から〝特別通行証〟を持ってこちらを訪れるのは年に一、二回あるかないかなので新人は忘れがちです。今後は今以上にしっかりと教育しなければなりませんね」
微笑んでそう言っていたがその言葉にはどこか重みがある。まるで徹底的に教育をすると言っているような。誰とは言わないけど何処かの誰かさんを彷彿とさせる。
まあ、俺も本当に気にしていないのでほどほどにしてほしいと願った。
そこから少し経ったが一向に着く気配がない。今もただただ真っ直ぐに下降している。
そういえば、乗ってから今まで疑問に思わなかったがどういう原理で動いているのだろうか。
迷宮区画に存在する階層も少なくないはず。目的地に早く到着するためには相当な速度が必要だ。
というわけで純粋な疑問を昇降機ガールさんに投げ掛けた。
「昇降機や機材には様々な魔術を付与して強度や移動速度を上昇させています。特に只今お乗りいただいている昇降機には他の物より三倍の効力を持つ魔術を付与していますのでいち早く到着できる仕組みになっております」
おそらく詳しい説明を聞いたところで理解するには時間が必要だな。こういうのは大体【ユグドラシルの枝】が得意だ。もし何か取り入れられるものがあれば教えて貰おう。
ちなみに、世間話ついでに聞いた話なのだが迷宮区画には昇降機無しでも行けるらしい。
俺が入った建造物は新しく作られたものであり、少し離れた場所に迷宮区画へ繋がる階段がある。
間違って一般人が足を踏み入れないように従業員が管理しているようだが普通に利用できるそうだ。
ただ、昇降機という楽な移動手段があるのにわざわざ徒歩でとんでもない距離を歩く人間はいないだろう。
とまあこんな感じで昇降機ガールさんと打ち解けて話をしてきたが終わりが近づいてきた。
普通なら本来の三倍かかる移動を圧縮させた昇降機はいよいよ目的地に到着した。
扉が開くとそこはまた建物の中だった。一番上の階層と同じで冒険者や商人がちらほらと見える。
開いた瞬間にこちらを凝視されたのは〝特別通行証〟の冒険者が使う昇降機だからだろう。これに冒険者は驚き、商人は目をギラギラと輝かせている。
「こちらBランクエリアでございます。この建物から五十メートル先までは魔術による結界で魔物が寄り付きませんのでご安心ください。それとご帰還の際は共用ですがあちらに帰還用の昇降機がございますのでそちらをご利用ください。では、冒険者様の無事を御祈りしています」
そして昇降機ガールさんは戻ってしまった。
さて、ここからまた一人で行動することになるが話し相手は【ユグドラシルの枝】があるので寂しくはない。
ここからどのぐらい時間がかかるかなぁ。依頼もそこそこあるし知らない魔物も多いから手強いかもわからない。
考えても仕方ない。いつも通りやればいいか。対処法は【ユグドラシルの枝】が導きだしてくれるだろうし。
というわけで早速外へ出ようと思ったのだが一人の男性が近付いてきた。
「お兄さん、なかなかの冒険者だね。俺はここで一商売しているんだがあの昇降機から出てくる奴なんざ見たことねぇ」
「ど、どうも……」
なんか胡散臭い気がするなぁ。何か企んでいるのか不気味に笑う男性はいかにも怪しいと感じてしまう。
「ところで、お兄さんは〝魔法鞄〟は持っているのかい? 見たところ手ぶらに見えるが迷宮区画で倒した魔物はどうするつもりだったんだい? まさか依頼達成のために必要な部位だけとって残りはそのまま放置? それはとても勿体ない。魔法鞄があれば倒した魔物をそのまま持って帰ることが出来るんだ。効率よく金を稼ぐなら魔法鞄は必須だよ。今なら金貨八枚にまけておくから」
「おい! 抜け駆けはズルいぞ! なあ兄ちゃん、俺のところは金貨七枚で売ってるぞ」
「俺のとこは金貨六枚と銀貨五枚だ! 役立つアイテムも付けてやる!」
勝手に商人たちの押し売りが始まってしまった……。
だが確かにそれは盲点だった。
依頼のことだけを考えていて討伐証拠品やら残りの素材を持ち帰る事は考えていなかった。
何故気付かなかったのか……。リオンなら何も言わずとも気付いて用意してくれていたと思う。
もしかして俺って実はリオン無し──もっと言えば誰かいないと大事なことに気付かないポンコツだったのか?
《……私は最初から気付いていました》
なら教えてよ! いや、本当は俺が気付くべきなんだろうけどねッ! 【ユグドラシルの枝】は悪くないよッ!
しかしどうする。逆ギレしたところで現状が変わるわけではない。
商人が売っている魔法鞄とやらを購入するべきか。
そもそも本当に使えるものなのか保証がないよな。買ってから使ってみて値段に釣り合わない性能だったら? 戻って売った商人を探しても既にいなかったら?
詐欺に遭うのだけはごめんだ。けど獲られるであろうお金をみすみす取り逃すのもしたくない。
どうすればいいんだ、教えてください【ユグドラシルの枝】さん!
《以前ユリウス・グロムナーガ氏が使用していたスキル〝空間魔術〟の解析と習得を完了しております。更に応用を利かせ魔法鞄よりも性能が良いのは勿論のこと、実戦にも使える技を習得しましたので魔法鞄の購入はしなくても問題ないです》
そういうのは早く教えてよ、もう。やっぱり持つべきは【ユグドラシルの枝】だな。
「すみません。魔法鞄が無くても大丈夫みたいなので」
「いやいや、なんかあった時のために買っておいた方がいいんじゃないか? 魔法鞄にも収納できる容量があるから。この魔法鞄なんて十メートル級のドラゴンを十五体は収納できる容量だぞ?」
「そう言われても……」
習得した技で収納できる容量はどのくらいなんだろう?
《この商人の言葉で例えるなら十メートル級のドラゴン二百体は余裕です。空間を拡張すればもう少し収納できます》
よし、決まりだ。ただの魔法鞄が【ユグドラシルの枝】に勝つなど百年早い。俺はこの武器を誇らしく思う。
「本当に大丈夫なので。それでは!」
このまま居続けると面倒なことになりそうなので全速力で外へ向かった。
そういえばユリウスはどうしているのだろう。
ユリウスは入学試験以降、一度も学院には来ていない。
クラスメイトも今となっては自分たちのクラスにもう一人仲間がいる忘れているかもしれないな。
今度カナリアさんにでも聞いてみるか。あの日もカナリアさんに任せてからどうなったのか知らないし。
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