第41話 恒例のイベント

 冒険者ギルドへの新規登録の窓口は他と比べて利用する人が少ない。まあ、割合で言えば圧倒的に古参が多いからか。

 今も三名の冒険者希望の人たちがいそいそと書類に何か書いている。俺は彼らが終わってから行くことにしよう。

 それから数分後、彼らは書類を書き終えて受付の指示で端に待たされていた。

 おそらく今はギルド側の方で試験の準備をしているのだろう。何度も準備させるのは申し訳ないので俺もさっさとやった方が良さそうだ。


「ん? 依頼書を持ってくるのはこことは別の窓口よ。ここは好んで地獄に足を突っ込みたい馬鹿が来る場所。それとも何、君も試験を受けに来たの? まだ若いんだから冒険者以外の仕事を見つけるのが賢明よ」


 何というか、先程の受付のお姉さんとは真逆のタイプだ。

 接客としては最悪。適当な感じで仕事をしていて受付嬢というにはかけ離れている。

 けどこれは決して悪気があって言っているわけではない。

 冒険者というのは自ら危険地帯に赴いて依頼をこなす命懸けな仕事。それは新人であろうと玄人であろうと関係ない。

 冒険者が依頼の最中に不慮の事故で死亡するなんてことはよくある話だと以前ロザリオから聞いたことがある。

 依頼を受けた冒険者を受付嬢が送り出し、しばらくして訃報を聞かされたとなると他人といえ心を痛めるだろう。ついこの間まだ会話していた人なのだから。

 それ故に実力のない人間が冒険者になることを受付嬢としてよく思わないのか。


「優しいんですね」

「ち、違うわよ。私はただ未来ある若者の訃報を聞きたくないだけよ!」


 素直な感想を述べただけなのに耳まで真っ赤にして顔を逸らされてしまった。態度がちょっと悪いだけでこの人は他人を思いやれるいい人だ。

 俺は微笑んでいるとそれに不満を持ったのかお姉さんは机から身を少し乗り出してきた。


「で? あなた、用件は?」

「もちろん冒険者になるための試験を受けに。ここで受付すればいいんですよね?」

「そうだけど。でも大丈夫なの? さっきの子達は新品同然ピカピカの武器だったけどあなたのは御世辞にも冒険者をやっていくには無謀な武器でしょ?」


 無謀な武器、ね。

 生憎だが俺は無謀な武器で何度も戦ってきた。

 実際は無謀なんかではなくそこら辺の武器なんか相手にもならないほどの能力を持った武器なんだけどね。まあ、知らないのだから無理もない。

 

「大丈夫ですよ。この武器は見た目と違ってとんでもない能力と可能性を秘めている武器ですから」

「そう……そんなに自信があるなら止めたりしないわ。どちらにせよ試験の時に真実がわかるから」


 この様子だと信じていないな。

 いいだろう、そんなに疑うのなら試験の時に思う存分披露してあげよう。けどこれ以上迷惑をかけたくないのでリオンのようにならないように要注意だ。


 それから受付嬢が登録手続きに必要な書類を渡してくれた。

 枚数は二枚だ。

 一枚目は登録する時に必要な個人情報──名前とか年齢とかだ──を記入する用紙。

 どうしても明かしたくない個人情報があればそこは自由なので記入しなくてもいいらしいが、特別隠すことも──あるにはあるな。けどそこは学生証に則って同じように書いておく。 

 記入漏れのないように書き進めてこれで一枚目は終わった。

 二枚目は要約すると試験の際に怪我をしてもギルド側は責任を取らない。つまり契約書だ。

 これも特に気にすることはないだろう。怪我をしてもスキルでいくらでも治る。


 あとは一枚目の用紙を受付のお姉さんに渡して先程の三人と一緒に準備が終わるまで待っていればいいのだが──


「おいおい、ガキんちょがこんなところに何のようだぁ?」


 用紙を渡す前に後ろから声をかけられた。

 振り向くとそこには一人の大柄の男が。ほんのすこしだけ酒の匂いがする。午前中から飲んでいたのか、はたまた酒が抜けきっていないのか。いや、今気にすることでもないか。


「ダグラス。また〝新人いびり〟か? ってそのガキ共はまだ冒険者にもなってねぇか!」

「お前のせいで新人ちゃんはビビってすぐ止めちゃうからなぁ。まあその程度で止めるなら最初から冒険者なんてやらなきゃいいのにな」


 これが噂に聞く〝新人いびり〟というものなのか。

 しかも後ろの冒険者が言うにはこれが初めてというわけではないらしい。

 こういうのに限って自分の立場──この場合はランクか。俺にはランクが高いとは思えないけど──を棚にあげて威張っているんだよなぁ。リオンならまずムカついてぶったぎり案件である。


 さて、それじゃあどうするか。

 面倒だからとダグラスと呼ばれた男を無視したらいっそう絡まれるだろうし。かといって喧嘩を買ってもこの場が解決するわけでもない。

 困ったものだ。

 まあ、冒険者として舐められたままでは今後に支障が出そうだし相手をしてもいいんだけど……。


 なんてことを考えている間にもダグラスは近づいてきた。そして俺の服を掴んだと思いきや受付窓口から最初に座っていた椅子に向かって投げ飛ばした。

 体格から察していたがなかなかのパワーだ。

 というか向こうから手を出してきた。これはそういうことでいいのだな。

 いや、やっぱりあえてここでやられたふりをしてこの場をやり過ごすのが一番良いか。

 これから先も俺は武器の見た目だけで舐められるだろうからその度に喧嘩を買っては埒が明かない。


「よぉ、レイナ。あんなガキんちょ共の相手より俺たちと一杯付き合えよ。そっちの方が断然楽しいぜぇ」


 ダグラスからの誘いだったが受付嬢のレイナさんは鼻で笑って言い返した。


「ふんッ。こっちだって仕事があるの。あんたみたいな午前中から酒ばかり飲んでいる男に付き合う時間はないのよ。わかったらさっさと依頼受けにいきなさい」

「つれねぇなぁ。その態度はお前の大事な恋人がいた時から変わらねぇ。いい加減死んだ男のことなんて忘れて他の男を見つけろよ。なんだったら俺はいつでも空いてるぜ」

「………ッ!」

「それに、お前が新規登録の窓口にいるのも、キツイ口調で追い返そうとするのも自分と同じ経験をする奴を増やさないためだろ? その自分勝手な行動がギルドに迷惑を欠けてるってわからないのか?」


 レイナさんは何も言い返さなかった。

 確かにレイナさんの行いは決して良い行いではないと言えるだろう。彼女の独断で新規の冒険者を減らしている可能性があるのだから。

 しかし、ダグラスの言い分から推測するにレイナさんは冒険者活動をしていた最愛の人を亡くした。

 俺はそんな経験をしたことないが、経験しなくてもそれがどんなに辛いことか理解できる。

 レイナさんは「冒険者は死ぬ危険性がある」事を知っているからこそ、楽観的に見ず新規登録をしようとする人間の覚悟を見極めてきた。


 良いことも悪いことも何だって考え方は人それぞれだ。必ず全員が同じ意見になることは絶対にない。

 俺はレイナさんを悪く思えなかった。それよりも今はダグラスのことが心底気に食わないと思っている。

 やられたふりをしてやり過ごすのは無しだ。

 俺は立ち上がりダグラスの方に向かい目の前に立った。


「なんだ、ガキんちょ。ガキんちょは大人しくお家に帰ってママの──」

「レイナさんに謝ってください」

「ああ?」

「聞こえませんでしたか? あなたの心無い言葉でレイナさんがどれほど傷付いたと思います? レイナさんに謝れって言ったんだよ」

「──ッ! 手加減してやったからって調子に乗るなよ、このクソガキがッ! 今度は本気で殴り飛ばしてやる!」


 激昂したダグラスは拳を強く握りしめ、俺の腹に向けて振ってきた。

 回避しても良い。けどそれじゃあ意味がない。

 俺はその拳を右手で受け止める。

 拳を受け止めた右手は右肩にかけて【ユグドラシルの枝】に覆われていた。


《契約者へのダメージを最小限に抑えるため形態:【神霊樹剣ユグドラシル】から形態:【神霊樹甲ユグドラシル】へと変化させました。しかしながら実際は必要ありませんでしたね》


 いやいや、流石は【ユグドラシルの枝】さんだ。俺の事を第一に考えて行動に移してくれるのは助かる。


「クソッ! 抜けねぇ……」 


 必死にダグラスは自分の拳を抜こうとしているが【ユグドラシルの枝】を舐めてはいけない。やろうと思えばその拳なんて握り潰せる。まあ、そこまで冷静を欠いていないからやらないけど。

 ただ、反省の色が見えないのであれば一発食らったお返しをしなければ悪いので殴ることにする。

 案の定ダグラスは謝る気がないようなので俺も腹に軽く一発入れてやろうともう片方の拳を引いたのだが──


「んもうっ! 私の可愛い子猫ちゃんたち、喧嘩はそこまでよぉっ!」


 何処からともなく女性のような口調の声が聞こえたが、気付けば俺とダグラスは一人の人間に引き剥がされていた。

 いったい誰なのかとその人物を見たが俺は困惑した。

 何故ならそこにいたのは大体二メートルほどある身長に鍛え抜かれた筋肉を胸の部分が大きく開いた服から見せている紛れもないだったからだ。

 そう、男だったのだ……。

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