第42話 ギルドマスター登場

 改めてその男性を見て感じた第一印象は……

 クセが、強い!!

 この人はいったい何者なんだ? 

 人を見た目で判断してはいけないとよく言うが、これはそれ以前の問題。俺からしたら未知の存在だ。

 

《………………………》


 ほら、【ユグドラシルの枝】も理解出来ずに黙ってしまっている。気にしなくてもいいからな、俺もあれはわからない。

 見た目は完全に男性なのだが口調とか動きが女性っぽい。

 だがしかし、油断できない存在感を放っている。これが意味するのは他を圧倒するほどの強者だからか、それとも単純に個性的な人物だからか。


! どうしてこちらに?」


 ギルドマスター!? えっ、この人が? 俺は個人の自由だし気にしないけど未だにどっちの性別で認識したらいいかわからないこの人が?

 まあ本物であれば先程の動きもギルドを管理するトップの動きだと頷ける。

 冒険者って実力主義みたいなところが多分あるから冒険者同士のいざこざにはトップを出した方が早い。それでも毎度毎度止めに入れるわけではないと思うけど。

 俺がまじまじと観察しているとギルドマスターはそれに気付いた。そして目力の強い瞳でこちらを見たと思いきや力強いウインクをした。

 ごめんなさい、こう言ったら失礼ですが夢に出そうです。しかも悪夢よりで。

 そして随分と個性的なギルドマスターはここへ来た理由を答えた。


「だって部屋で仕事をしてたら何やら大きな音が聞こえるじゃない? ギルドの規則で決められているにしても子猫ちゃんたちがたまに暴れることもあるし、今日はも来るわけだから来る前に私が沈静化しなきゃいけないでしょ」


 なるほど、やはりギルド内での勝手な喧嘩は駄目──厳密に言えば武力を行使した喧嘩は駄目と言うことか。

 最初は仕返しをしようと思っていたがギルドマスターも来て平和的に解決するのであればそれに越したことはない。

 にしてもなんだけど、カナリアさんは人が悪い。あんな人であれば一言言ってくれれば驚きもしなかったのに。

 いや、依頼の量で再確認したがあの人の人の悪さは今に始まったことでもないか。

 

「ダグラスちゃんも、他の子猫ちゃんたちや従業員に迷惑をかけないことッ! これ以上素行が悪いといい加減ギルドマスター権限で王都での冒険者活動禁止とギルドカードの剥奪を考えるわよ」

「チッ! 化物野郎が……」

「あら何? 言うこと聞けないのならその唇に私の熱っついキッスをプレゼントすることになるけど」


 そう言ってギルドマスターは分厚い唇を尖らせてダグラスに近付いていく。

 もしそれが現実に起こるのであればダグラス本人は勿論のこと、目撃者である俺たちですらトラウマを植え付けられるかもしれない。

 頼むからダグラスは言うことを聞いてくれ。お前のためでもあるし俺のためでもある!


「わ、わかった! わかったからその顔で近付いてくるんじゃねぇ!」

「なんだ、残念。言うことを聞くのなら仕方ないわね。あなたもそれで良いかしら?」


 よほど残念だったのか溜め息混じりで俺に聞いてきた。

 凄惨な光景を回避できたのは良かったが、レイナさんへの謝罪がまだというところは納得できない。

 しかし、ここで「いいや、良くないです」なんて言ったら今度は矛先が俺に向いてしまうかも。

 渋々だがここは大人しく引き下がるか。


「……はい、構いません」

「フフッ、物分かりの良い子猫ちゃんは好きよ。ところであなたは──」


 と、言葉途中でギルドマスターは窓口に置いてある俺の個人情報が書かれた用紙を見つけ手に取った。そして一通り読み終えたら軽く笑っていた。


「あなたがカナリアが寄越してくれた学生さんね。アルク・アルスフィーナ、可愛くて良い名前ね。私はギルドマスターのマルコス・マッソムよ。よろしく」

「こちらこそよろしくお願いします」 

「ええ。それとごめんなさい、大事なお客様にうちの子猫ちゃんが手を上げちゃって。これから依頼を沢山受けてくれるのに。怪我とかしていないかしら?」


 投げ飛ばされたことを知っているのか俺の体の心配をしてくれるなんて優しいギルドマスターだ。まだ未知の存在に変わりないけど。

 でも心配と称して体を触ってこようとするのに気付いた。このまま好きに触らせたら俺の何かが危ないと直感が告げているので触られる前に無事を伝える。


「だ、大丈夫です。この程度知り合いとの稽古に比べれば全然大したことありませんから」

「ならいいけど。そういえば、あなたの名前を見て確認したいんだけど、ひょっとしてあのアルスフィーナかしら?」


 どうやらリオンのことはギルドマスターの耳にも入っているらしい。

 って当然か。冒険者ギルドで試験するのだからギルドにいるギルドマスターが知らないわけない。

 最初の受付のお姉さんは特例でAランクからスタートとか言ってたしな。特例というのであればギルドマスターが認可したのだろう。


「そうですね。一応あのアルスフィーナの弟になります」


 そう言った途端、ギルドマスターが来たこともあり周囲の注目が集まっていたがほとんどの冒険者は絶句していた。

 特にダグラスなんかは青ざめた表情で額に汗を掻いていた。

 これはあれだな、ダグラスはリオンにも同じことをやってしまったのだろう。その光景と結果が容易に想像ができる。


「あ、あの方の弟ォォッ!? ももももも、申し訳ございません! の弟とは知らず失礼な態度を取ってしまいましたぁぁぁッ!!」


 えっ、何……。急にダグラスが大声を上げたと思ったら滑り込むように頭を床につけて謝ってきたんだが。

 俺としてはその謝罪はレイナさんにして欲しいのだが、それよりもこの態度の急変は何なのか。

 微妙に体が震えているダグラスに聞くにはなんだか申し訳ない気持ちになってしまったので一番事情を知ってそうなレイナさんに聞いてみた。


「えっと、確かに二週間ぐらい前に給仕服を着た人がここの窓口に来てたわ。冒険者ギルドにあんな動きづらそうな格好で来る人はいないから覚えてる。受付の私ですらあの人は強いってわかったから何も言わずに必要な書類を書いてもらって、そのあとよ」


 レイナさんは先程の件も含めてダグラスを女の敵と言わんばかりの軽蔑した目で見ていた。


「その人には試験開始まで待っててもらったんだけど、案の定あの飲んだくれが絡んできたのよ。あなたにやってきたようにね。それにあの時は女性だったからっていうのもあっていつもよりしつこく絡んでたわ」


 ダグラスは仕事中のレイナさんを誘っていたしあのリオン相手に退かずに絡む猛者だ。相当女性が好きなのだろう。

 まあ、男なら誰だって異性の方が好む。──と思ったがあのギルドマスターのお陰で俺の中の常識が崩れそうになっているのも事実だ。


「最初は相手されなくて惨めに見えたけど、ダグラスはどさくさに紛れてその人のお尻を触ったのよ。ホンット、最低最悪のクズ野郎よ。私は今すぐにでもダグラスをギルドから永久追放してほしいけどあんなんでもそこそこ実力のある冒険者なのよ。学習能力はないけど実力だけ見たら追放するには惜しい人材なの」


 そう言って溜め息を吐くレイナさん。

 俺は追放しても──というか追放した方がギルドのためになるのでは? と思ったが自分の居場所から追放された後の気持ちがわかるからなぁ。複雑な気持ちだ。

 まあ、俺はまだギルドに所属しているわけではないし、何よりギルドのトップが追放を言い渡していないのだから追放に関して俺が口を出せる立場でない。

 ただ、ケジメは必要だと思う。

 

「追放しないとしてもセクハラ行為については処罰を与えた方が良かったのでは? でなければまた同じようなことが起きる可能性もありますよ」

「ああ、それね。処罰は受けたわよ。だからダグラスはああいう風に怯えているの。この話には続きがあって、その人──ええっと名前は……リオン・アルスフィーナさんだっけ? 彼女はお尻を触られた途端に片手でダグラスを投げ飛ばしたわ。それから一方的にやられていた。それはもう、したくないけど同情するぐらいボッコボコよ」


 リオンなら……うん、絶対にやるな。特にダグラスのような下心しかない下衆な男には容赦なくやる。


「止めに入らなかったんですか?」

「止めに入れば巻き込まれそうだったから誰も止めに入らなかったわ。自業自得っていうのもあるし日頃の行いが悪いから当然のことよ。神様もちゃあんと見てるのね」


 どの程度までボコボコにさせられたのかは敢えて聞かないでおくが、リオンの名前を聞いただけであの怯えようだと大体は予想がつく。ギルドマスターを差し置いてリオンを様付けで読んでいたし。

 ギルド側もこれに懲りたら心を入れ換えると思ってただろうな。けど二度あることは三度あるとも言うしリオンがいなければ結局元通りか。

 

「ダグラスちゃんの女癖と酒癖の悪さは今に始まったことじゃないから良いんだけど、ギルドマスターの私から見てもあれは相当な手練れだったわ。いったいどんな生活をしていたらあんな超人が出来上がるのかしら」


 それは俺にもわかりません。リオンは最初からギルドマスターが言う超人だったので。 


「まあいいわ。そんなことより話を戻しましょ。アルクちゃんはカナリアに頼まれてここのお手伝いをしに来てくれたのよね。で、せっかくだからギルドに登録してギルドカードを作っておこうと思った。そしたらダグラスちゃんが絡んできて一悶着あった」

「大体そんな感じです」

「わかったわ。アルクちゃんのギルドカードは私の権限でBランク冒険者として発行するわ。発行までにほんの少しだけ時間がかかるけど待ってくれる?」


 なんと! 試験せずにギルドカードが貰えるとは。

 試験官を甘く見ているわけではないのだがリオンやロザリオ以外の対人戦は手加減が難しくてどうにも苦手だったのだ。

 ただ、この提案には非常に助かるが周囲の目──特に俺以外の冒険者になろうとしている三人には悪いと思ってしまう。


「ギルドカードを発行して貰えるのは助かりますが……その、試験とかは? それに合格してもCランクからスタートって話を聞きましたけど」

「本当はそうだけど、普段のカナリアなら上級生を寄越してくれるのに今回は一年生じゃない? しかも一人だけ。一人でこなすには量が多いと思うけどそれだけカナリアの信頼を得ているわけだから実力も折り紙付きだと判断したわ。けどまあぶっちゃけた話、リオンちゃんがアルクちゃんを鍛えていないわけないと思うから結果がわかってて試験官をまた再起不能にさせられるのもねぇ。試験官が可愛そうだわ」


 リオンじゃないんだから心配せずともそこまではしない……と思うんだが。


「ただし! あなたたちはちゃんと試験を受けるのよ! 冒険者なんていつ死ぬかわからない。特に新人なんて危なっかしいんだからしっかり実力を見極めて貰うこと」

「「「は、はい!!」」」


 今まで蚊帳の外だった冒険者希望の三人組に覇気のある声でマルコスさんは告げた。


「それじゃあアルクちゃんのギルドカードを発行してくるから十分ぐらい待っててちょうだい」


 そう言ってマルコスさんは奥の部屋に戻ってしまった。

 さて、じゃあもう一つの問題も解決しよう。


「いつまでそこで頭下げているんですか? いい加減頭を上げてくださいよ」


 俺は今も地面に頭をつけているダグラスに話し掛けた。


「いえ、俺が悪かったんです。リオン様の弟さんとは知らずにあんなことを……」 


 さっきまで威勢がよかったのに調子が狂うなぁ。しかも歳上だから尚更だ。


「ええと、俺に謝るのはもういいです。それよりもレイナさんに謝ってください。あとこれからは新人に絡んだり揉め事は起こさないように」

「はい! わかりました!」


 本当に調子が狂う。あれは本当にダグラスなのか?

 ダグラスは大きな返事をしてレイナさんのところに向かって謝罪をした。年下に説教を食らうのはどうかと思うが結果オーライといったところか。

 そして俺はギルドカードが発行されるのを待つのであった。

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