第63話 一時帰還

 あれから俺たちはブルムークの街へ戻ることとした。

 ウィンディはもう一回天帝鳳凰ゼストを出現させて核を入手するとか言い出したけど連続で戦う相手ではないだろう。

 なので半ば強制的に連れて帰ることになった。

 帰りは今までと同様、石碑に触れるだけ。

 屋上の石碑は『暴風の塔』入り口へと繋がっていた。

 その際、別の冒険者パーティーが『暴風の塔』へ挑戦するみたいだったようで突然現れた俺たちに目を大きくして大層驚いていた。彼らの立場だったら俺も驚くだろうな。


 そして、陽も暮れかかり深い紫色が空を染め上げ始めた頃に俺たちはブムークへ到着した。

 ちょうど依頼を受けていた冒険者も帰ってくる時間だったり、夕飯時ということもあってブルムークは街の人たちで活気に溢れている。

 俺たちも早めに宿を取り明日に備えて休むつもりだったがその前に行くところがある。


 冒険者ギルドだ。

 一応『暴風の塔』で倒したボスや魔物を持ち帰ってきた。まあ、全部俺の亜空間領域に収納しているけど。

 放置しても勿体ないからな。そのまま自然消滅か他の魔物に食われるぐらいなら持ち帰って資金にした方がいい。


 それにしても、何処であろうとこの時間帯の冒険者ギルドは人で溢れかえっているな。

 倒した魔物を買い取ってもらおうにも買取場所には長蛇の列ができている。

 相当時間が掛かると予想されるが並ばないといつまでも経っても俺たちの番はこないので黙って並ぶことにする。


 少しずつ列は進んでいき、あと十分もしないうちに俺たちの番が来るだろう。

 だがしかし、ここまで来るまで俺たちの間に会話はない。

 エクレールは元々寡黙な子なので楽しい会話を続けるのは難しい。ただ、もう一人は対照的でうるさ──じゃなかった、元気の塊とも言えるウィンディなら会話も続く。というか一方的に話が進んでいく。

 はずなんだけど、ブルムークに戻る道中でも全然口を開くことはなかった。話しかけても「うん」とか簡単な返事しかしない。それだけ武器が進化しなかったことが効いてるのだろう。

 しかし、このままの空気も俺としては気まずいので何とかして変えてみるか。


「まあ、そこまで落ち込む必要はないんじゃない?」

「……うん。でもなんで進化しなかったんだろう」

「進化に必要な魔物が違ったんじゃないの。天帝鳳凰ゼストの核が必要って言ってたけど実は別の魔物だったとか」

「そんなはずないよ。ちゃんと天帝鳳凰ゼストを倒して核を破壊すれば進化するって言ってたもん」


 では何故進化しなかったのか。

 実は天帝鳳凰ゼストの核の破壊が進化の条件ではなかったとか。だから進化することなく終わってしまった。

 一番可能性がある仮説だな。

 って、だからなんで俺は敵の心配とかしているのだ。

 確かに一緒に戦って何となくだがカーティス姉妹のことはわかった。ブルムークの人間を人質に取っていなければいい子達である。

 天帝鳳凰ゼストも強かったが無事に勝つことができた。でもそれはカーティス姉妹は居てこその結果だ。現にとどめを刺したのはウィンディだし。

 本当に複雑な気持ちだ。

 まあ、ウィンディの武器が進化しなかった。今はその朗報だけ考えることにしよう。

 

「次にお待ちの冒険者様、こちらへどうぞ」


 受付の人に呼ばれたので俺たちは窓口へ向かう。


「こちら魔物の買取窓口となっていますが──」

「ああ、今出しますよ。ちょっと待っててください」


 俺は〝次元斬〟で亜空間領域に繋ぎ、そこから魔物を取り出していく。

 一匹、また一匹とどんどん出していくうちに周囲からの視線も集まっていた。

 

「おい、あれって全部『暴風の塔』の魔物じゃないか?」

「ああ、しかも上層の魔物がほとんどだぞ」

「ってよく見たらあの坊主の隣にいるのカーティス姉妹じゃねぇか。あの坊主、もしかしてカーティス姉妹の荷物持ち係で同行させられたんじゃないか? あんま強そうに見えねぇしな」

「そりゃとんだ災難だな。あんなのと一緒に行動するなんて俺たちには無理だ。現実を突きつけられるだけだからな」


 などという会話が聞こえてくる。

 聞こえるように言ってるのか。それとも聞こえていないつもりでいるのか。

 どちらにせよ俺には関係ないか。

 周囲の評価なんて今更気にしても仕方がない。実際、俺は本気のカーティス姉妹より弱いからな。強そうに見えないというのもあながち間違いではない。


「ちょっと待て、カーティス姉妹がこっちを睨んでるぞ」


 と、俺が思っていても二人はよく思わないよな。

 会話を無視しつつもカーティス姉妹に視線を向けるとムスッとした顔で冒険者を見ていた。

 

「アルクお兄さんは弱くないもん」

「…うん………あの人たちより…全然……強い…」


 それはそうだけど。

 ここであの冒険者たちと勝負することになっても多分余裕で勝てると思う。

 でもそれは向こうが勝負を吹っ掛けてきたらの話であって俺からやることはない。時間の無駄という理由もあるけど。

 ただこのまま止めなければカーティス姉妹が揉め事を起こしそうなので俺が言い聞かせておく。


「言わせといたらいいさ。俺も別に慣れてるし」

「それなら私も口出ししないけどさぁ。慣れてるからってこういうのはガツンと言った方がいいと思うよ?」


 ウィンディにしては正論を言ったと思った。

 けど、あの冒険者たちも俺を馬鹿にするようなことは言ってない。俺は馬鹿にされたからってすぐに手を出す人間じゃないことは先に言っておく。

 強そうに見えないっていうのも人それぞれの意見だ。

 カーティス姉妹だって見る人によっては大したことないと言うかもしれないだろ。

 そんなのにいちいち反応してたらキリがない。それこそ時間の無駄なのだ。

 だから俺はもう『言いたいなら言わせておけ』という結論に至っている。


「我慢できなくなったら言うかもしれないけど本当に気にしてないしなぁ」


 そうしている間にも亜空間領域から魔物を取り出し終えた。

 数にして七十はあるだろうか。冒険者たちはその数と魔物の強さに驚いていたが、中でも最後に出した天帝鳳凰ゼストには周囲にざわめきが走った。

 Sランクと規定されている魔物が出てきたら当然の反応か。受付の人も驚きのあまり言葉を失っている。


「あの、これで全てなんですが……」

「──ッ! 失礼しました。あまりの量に驚いてしまって。すぐに査定の方に回しますので少々お待ちください」


 さすがに量が多すぎたのか結構な数の冒険者ギルド役員が出てきて魔物を奥へ持っていってしまった。


 さて、時間まで何して暇を潰そうか。

 俺の予想だと査定は早くても一時間はかかると思う。

 時間を効率よく使うとしたら、この間に晩御飯と宿を探しに行くべきだな。それでちょうどいい時間になるはず。


「ねぇ~、アルクお兄さん。私疲れたしお腹も空いたぁ~。アルクお兄さんの驕りでごはん食べに行こぉ~。は~や~く~」


 何やら聞き捨てならない言葉があったが、駄々っ子ウィンディが俺に催促してきた。まったく、先程まで落ち込みは何処へ行ったのやら……。

 ウィンディに腕を引っ張られて一度冒険者ギルドから去ろうとした時──


「おっ、あの時の兄ちゃんじゃないか」


 入り口で一人の男性に声をかけられた。 

 その人は以前に魔力温泉でカーティス姉妹のことを教えてくれた人だった。


「そういえば名前を名乗ってなかったな。俺は『剣士』ガルムだ。このひょろっちいのは『狩人』のコリファ。こっちのナイスバディな女が『黒魔道士』のシェリーで逆にぺったんこなのが『武闘家』のクロエだ」

「俺はアルクです」

「アルクか、いい名前だぬわぁぁ──」


 ガルムさんという人が仲間の紹介し、俺も名乗るとクロエさんという女性から顔面パンチを食らってた。まあ、何が彼女の機嫌を損ねたのかは言わずともわかるだろう。

 それより『剣士』だとか『狩人』とかっていうのはなんなのだろうか。

 聞いてみると冒険者には役職というものが存在するらしい。

 意味は特に無いみたいだが、役職があった方がパーティーを組む時に便利なんだとか。パーティーに必要なメンバーを手早く募集するためと考えれば確かに便利かも。

 役職は冒険者になるための試験を受け、合格した後に自分で決めれるらしい。それと変更することも可能のようだ。

 

 ところで、俺役職なんて決めていないけど。

 役職はギルドカードに記載されているとのことで見てみた。『役職』という項目は本当にあった。でも空白だ、何も書かれていない。

 俺の場合は役割を決める前にギルドカードが出来たから決める暇がなかった。でも一言説明はあっても良かったんじゃないかなと思う俺である。


「ま、結局役職なんて自分の役割を全うするための自己暗示みたいなもんだ。役職がないから冒険者できないなんてことはないし、パーティー組むつもりがないんだったら役職なんてどうでもいい。その分一人で行動するのは危険だけどな」


 顔面に拳の跡をつけてガルムさんは言う。


「ところでアルクの隣にいるのってまさか──」

「そう、私はウィンディ・カーティス!」

「…………エクレール・カーティス……」

「二人揃って最強カーティス姉妹!!」

「その挨拶俺の時にもやってたよね。二人の挨拶って絶対に今のって決めてるの?」

「いや別に。何となくやってるだけ」


 あっ、そうですか。

 カーティス姉妹にガルムさんたちは驚いている。──というよりかはガルムさんは俺にカーティス姉妹の繋がりがあることに驚いているようだ。


「本物とは恐れ入ったな。おいアルク、随分親しそうにしているがいったいどんなコネを使ってカーティス姉妹と仲良くなったんだ?」

「どういうコネって……」


 俺はただカーティス姉妹に利用されてるだけなんだよな。

 でもここで本当のことを言うほど馬鹿ではない。


「ちょっとしたキッカケで意気投合しただけですよ。彼女たちに頼まれて一緒に行動してるんです。俺たちさっきまで『暴風の塔』に行ったんです」

「ほう。俺たちは『雷鳴の塔』に行っててな。そこで最上階にいる『雷帝皇獣バルス』っていう魔物に力試しで挑んだがギリギリ勝てて良かったぜ」


 雷帝皇獣バルスってエクレールの武器の進化に必要な魔物の名前だよな。

 いや、ウィンディの武器が進化しなかった以上、エクレールの武器が進化するのかは既に不明のところか。


「おじさん、それホント!?」

「お、おじさん……。まあ、カーティス姉妹から見れば俺もおじさんに見えるか……」


 肩を落として落胆するガルムさん。俺はおじさんなんて思っていませんよ。


「ああ、これでも俺たちは結構強いからな」

「じゃあ雷帝皇獣バルスの核は持ってる?」

「魔物の核は強い魔物であればあるほど高く売れるからな。『暴風の塔』にいる天帝鳳凰ゼストの核の方が戦いにくいだけあって価値は高くなるが、それでも金貨百五十枚はいくんじゃないか」


 じゃあウィンディは金貨百五十枚以上の価値がある核を躊躇無しに握り砕いたと。

 なかなかにウィンディはヤバいことをしたよな。

 大金を得るチャンスを失い、仕舞いには武器の進化もできなかった。常人であれば一週間は立ち直れないと思う。

 しかし、当の本人は全然気にしていない様子だった。


「へぇ。じゃあさ、金貨二百枚で私たちに売ってくれない? 足りないならもうちょっと出すけど」

「はっ? ちょっと待てよ。確かに買取以上の額を出すなら条件を飲んでもいいが、そんな大金出せるのか?」

「金貨二百枚ぐらいなら全然余裕。依頼を受けてたら勝手に増えていったお金で使い道もなかったし。それに今査定に出してるのも含めれば半分ぐらいは返ってきそうだから」

「カーティス姉妹ならあり得る話か。だが俺の独断で決めるわけにもいかない。仲間と相談するから少し待っててくれ」


 ガルムさんは俺たちから離れて仲間と話し合いを始めた。

 そして、即決だったのかすぐにガルムさんは戻ってきた。


「わかった、金貨二百枚で売るぜ」

「あれ、いいの? 私から言っておいてあれだけど買取窓口で査定してもらってからでもいいのに。査定額の方が高かったりするかもよ」

「それも考えたんだが、ありすぎる金も管理するのが大変だからな。金貨二百枚もあればしばらくは何もせずに暮らせるし別に構わないって話よ」


 交渉成立ということでウィンディはガルムさんに金貨二百枚も渡し、雷帝皇獣バルスの核を受け取った。

 

「それじゃあ俺たちは他の魔物を査定に出さないといけないからここでお別れだな。また何処かで会おうぜ」

「おじさん、ありがとね!」


 こうして俺たちは思いがけないところで雷帝皇獣バルスの核を手に入れたのであった。



 ◆ ◆ ◆



 そして、夜も更け。

 雷帝皇獣バルスの核欲しさに金貨二百枚を余裕で出すウィンディに何故驕らないといけないのかわからないままカーティス姉妹と食事を終え、魔物の売却額を受け取って宿を訪れた。

 宿は三人部屋を取った。

 理由は二部屋だと部屋の行き来が面倒だからだそうだ。

 そう、三人部屋にしようと言ったのは他でもないカーティス姉妹である。だから決して俺に夜まで彼女たちと一緒にいたいという気持ちはない。


「そうだ、アルクお兄さん。アルクお兄さんはもう自由だよ」

「どういうこと?」


 就寝前にいきなり言われてつい聞き返してしまった。

 

「そのままの意味だよ。アルクお兄さんはもう私たちと一緒に行動する必要がなくなりましたぁ」 

「『雷鳴の塔』には行かなくていいの?」

「いいも何も、雷帝皇獣バルスの核は手に入れたじゃん。そして、さっきお姉ちゃんが武器の進化に挑戦したところ、残念ながら進化せず。だから一回戻ってもう一回話を聞いてくる」


 いつの間にやったのかは知らないが、やはり駄目だったのか。これで総額金貨二百枚以上を捨てたことになる。

 それでも俺にはプラスでしかないから問題ないか。分け前も貰ったし進化せず終わったし。


「なら俺たちの関係もこれで終わりだな」

「うん。次会う時は敵かもしれないし今日みたいに一緒に冒険してるかもしれない。……どうする? ああ言ったけど多分次は敵として会うと思う。だからここで勝負して勝てば私たちの情報を吐かせることはできる最初で最後のチャンスだよ」


 カーティス姉妹はブルムークで初めてあった時と同じように俺に殺気を向けてきた。

 でも何故だろう。不思議と身の毛がよだつような恐怖はない。カーティス姉妹も本気だし手加減している感じもしない。俺が慣れたのか?

 とにかく、これはカーティス姉妹の言う通りチャンスだ。

 多少手こずるかもしれないが今ならどうにか渡り合えるかもしれない。

 だがしかし──


「遠慮するよ。今は君たちと戦う気分じゃない」


 俺の口から出た言葉はカーティス姉妹の申し出を断る言葉だった。


「そっか。まあ私たちは負けるつもりないし、私たちが勝てばアルクお兄さんを強制的に連れて帰って仲間にさせるつもりだったから結果的にはこれで良かったかもね」

「ああ。それじゃあ俺はもう寝るけど、寝てるからって襲ってくるなよ」

「それはこっちの台詞だよ。私たちが寝てるからっていやらしいことしないでよね」

「残念だけど君たちをそういう目で見てないよ。俺は年下に興味ないから」

「わかってたけどなんかムカつく。もういい! おやすみッ!」

「……おやすみ…なさい…」


 カーティス姉妹がすぐそばにいるのに安心して眠れるわけないと内心思いつつも俺はその日ぐっすりと眠った。




 そして翌日。

 今日限りでこの不思議な関係も終わりである。


「じゃあね、アルクお兄さん。敵になる人にこんなこと言いたくないけど元気でね」

「俺も敵になる人に元気でねって言われるとは思ってなかったし言うとは思わなかったけど、二人も元気で」 


 俺たちは別々の道を進もうとしたのだがウィンディが何かを思い出したのか俺の方に走ってきた。


「私たちのお手伝いをしてくれた御礼にいいこと教えてあげる。一番最初に私たちと会った時覚えてる?」 

「………覚えてるけど」

「その人、別れ際に何か言ってたようだけど、アルクお兄さんにそんなこと言った人の正体、知りたくない?」


 ──お前たちの日常にも脅威はすぐ側に潜んでいる。せいぜい寝首をかかれないように気を付けるんだな──


 黒ローブが別れ際に言った言葉。

 気になる言葉だった。

 意味を考えると真っ先に思い浮かんだのは王都にあの時の黒ローブがいるということ。

 カーティス姉妹もこうやって街に紛れ込んでいたのだから十分あり得る。


「アルクお兄さんも最近会ったことある人だよ。その人の名前はね──」


 耳元で囁かれたその人物の名前。

 聞いた瞬間速くなる心臓の鼓動。

 確かにその人物とは片手で数えられるぐらいだが会ったことがある。

 もし本当ならどうやって? その方法がわからない。


「困惑してるみたいだね。信じるか信じないかはアルクお兄さんに任せるよ。それじゃあ今度こそバイバイ」


 何事もなかったかのようにウィンディはエクレールの元へ走っていった。

 最後の最後でとんでもない爆弾発言をしていった。

 嘘──と思いたいがその人物の名前をウィンディが知っているということは嘘である可能性は低い。

 これはすぐにでも王都に戻って調査するべきだ。


 そして数週間後、学院行事の一つである〝学年別対抗戦争〟にて俺はその人物と再び敵対することになる。

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