第62話 相棒、いよいよ空を飛ぶ
やっぱり納得がいかないな。
いやね、なにも〝雷魔術〟の情報を得るために自分が直接受けることはないだろうって思うんだよ。
鬼畜な【ユグドラシルの枝】さんが言うには見るよりも受ける方が断然解析が早く進むらしい。
けどそこまでして〝雷魔術〟を習得したいとは思っていないし、ゆっくり時間をかけてでも習得する方向で全然良かった。
まあ、エクレールから〝雷魔術〟だけでなく強力な技まで【ユグドラシルの枝】が見て盗む事が出来るから僥倖でもあったか。〝
黒く輝く雷がまるで龍の咆哮を思わせる轟音を上げて相手を仕留めにいく大技。準備に時間がかかるがそれ故に高火力を生み出す。
既に〝雷魔術〟と同時進行で【ユグドラシルの枝】は解析を進めているらしい。
人から見て盗む技は武器の能力でどうしても本人のものより劣ってしまう。リオンの技も【緋剣イグニータ】と【蒼剣コキューティア】の能力補正があるからあんな威力が出る。
しかし、俺の【ユグドラシルの枝】は二本の剣とは性質とは異なる。【ユグドラシルの枝】本体からは炎は出ないし周囲を凍らすことも出来ない。
逆に考えれば【ユグドラシルの枝】は他とは違った性質を持っているとも言えるけどね。
劣化版だけど試行錯誤を繰り返して本物と比べても遜色ないほどまでに威力を高める。それが【ユグドラシルの枝】の性質というべきか。
そんなことはさておき、今は天帝鳳凰ゼストに集中する。
空中から地上に引き摺り落とせたことで俺たちの攻撃命中率は格段に跳ね上がった。
だが、このままではいずれ空中へ羽ばたいて振り出しに戻ってしまう。この事にはカーティス姉妹も気付いているようだ。
「アルクお兄さん! 狙うのは翼だよね?」
「そう! 次空中に戻られたら必ず警戒される。引き摺り落とすのも困難になると思うからここで一気に畳み掛ける」
「了解!」
三方向からの攻撃。特に羽を重点的に狙う。
ここに来るまで何度も手を取り合ってきたのだから連携は嫌でもうまくいっている。
近接をメイン、そして魔術による遠距離攻撃を織り混ぜながら天帝鳳凰ゼストをにダメージを与えていく。
どうやら天帝鳳凰ゼストは炎と雷の魔術を苦手みたいだ。
炎はどのボス──というかここの魔物全てが苦手としてたな。雷の方は天帝鳳凰ゼストだけだった。まあ、効果があるのであればどんどん進んで使っていくべきだ。
そして、天帝鳳凰ゼストにある程度ダメージを与えていったところで異変が起きた。
突如咆哮をあげたのだ。
ウィンディが煽った時のものとは違って鋭い高温が耳に響く。思わず両手で耳を塞いでしまうほどだ。
俺たちの動きが止まったのを見た瞬間、美しい翼を勢いよく羽ばたかせ、天帝鳳凰ゼストを中心に強烈な風が巻き起こる。
今までとは別格だ。どんなに踏ん張ってもその暴風に俺たちは吹き飛ばされた。
俺とエクレール、そしてウィンディはそれぞれ吹き飛ばされるもウィンディはかろうじて落ちることなく体勢を整えたが──
「お姉ちゃん! アルクお兄さん!」
ここにきて雲の影響が出た。
雲のせいで足場が見えない状況。俺たちが足場と思っていた場所は虚空だった。
どうする……このままだと二人して落下だ。
この時自分でも何故こんな行動をしたかわからない。
今はこうやって共に行動しているが、カーティス姉妹はいつか敵として俺の前に現れる。
だったらエクレールを道連れにして落ちた方が王都にいるみんなのためになるのでは? 敵勢力を少しでも潰せば楽になるだろうし。
そう思って俺はエクレールの腕を掴んだ。このまま何もせずに落ちていけば……。
しかし、考えとは相反して俺はエクレールを屋上に向かって投げていた。
「………ッ!?」
なんで自分を犠牲にしてまで助けたのか。エクレールはそんな表情をしていた。
俺もわからない。ただ、自分がこうするべきだと体が勝手に動いてしまったのだろう。
ああ、なんか呆気ないな。
あの高さからの落下はさすがの【ユグドラシルの枝】もどうしようもないだろう。
迷宮区画の時と違って待っているのは地面。障壁を張っても潰れるのが目に見えている。
こうなるって最初からわかってたらカーティス姉妹に協力なんてしなかったかな。いや、結局ブルムークの人間を人質にされてるんだから協力してたか。
今更悔いても仕方ない。後悔はないと言ったら嘘になるけどこれもまた運命だ。リオンやロザリオたちとは会えなくなるのは残念だが受け入れるしかない。
俺は目蓋を閉じて人生最期の瞬間を待つのであった。
《勝手に人生の幕引きをされても困ります。希望はまだありますよ。しかし、契約者はこの運命を受け入れると言ってましたね……。覚悟を決めた者に口出しするのは無粋ですね……》
いや、あるの!? 何とかなる方法が?
《はい。ですが運命を受け入れると──》
運命なんてね、覆すものだよ。
決められた運命なんて実にくだらないものさ。死という運命ですら足掻いて覆すのが人の本来あるべき姿なのだよ。
《しかし、人の死で考えるならば寿命という運命は足掻いたところで変えられないものですよ》
それはそれ! これはこれ!
というか、俺と【ユグドラシルの枝】さんの仲じゃないですかぁ。揚げ足を取らないで教えてくださいよぉ。
《……仕方ありませんね。では【ユグドラシルの枝】の形状を変化させます。契約者は戦闘再開のための準備をしてください》
呆れて溜め息を吐かれた気もするが多分気のせいだろう。
ところで何に形状を変化させるのだろう。
長物にして屋上に引っ掻けるとか? いや、そんなことしても滑って終わりだな。
じゃあ地面まで【ユグドラシルの枝】を伸ばすとか? 途中で折れそうだな。まあ、折れることはないと思うけど。
結局は俺の予想を遥かに超えるのだろう。【ユグドラシルの枝】に驚かされたことなんて数え切れないほどある。
だがしかし、予想を超えてくるとわかっていれば驚くことはない。さぁ、どんなものでも掛かってこい!
そう身構えていると【ユグドラシルの枝】は
◆ ◆ ◆
屋上に戻るとウィンディは鬼気迫る表情で天帝鳳凰ゼストに怒涛の攻撃を加えていた。
対してエクレールは相変わらず冷静──に見えたが一撃一撃に勢いが乗っている。カーティス姉妹がここまで本気になっているのは初めて見た。
「よくもアルクお兄さんをッ!」
「………許さない………ッ!」
カーティス姉妹はどうやら俺のために彼処まで気合いを入れて戦っているようだ。
嬉しいと言えばそうなんだけど……俺死んでないよ。今もこうしてピンピンしてる。
だがここで俺が乱入しては却ってカーティス姉妹の邪魔になってしまう。なので俺は上空で観戦していることにしよう。
えっ、何故上空で観戦しているかって?
実は【ユグドラシルの枝】がこれまたとんでもないものに形状を変化させたのだ。
驚くことはないと自信満々に言っていたのに思わず驚いてしまった。
あの時【ユグドラシルの枝】は形状を武器に変化させなかった。
では何に? 気になるだろう。
なんと【ユグドラシルの枝】は武器ではなく〝鳥〟に変化させていたのだ!
いや、それは予想外にも程があると。誰だって生物に変化するとは思わないじゃないか。ここまで来ると本当に何でもアリだな。
名付けるなら【神霊樹鳥ユグドラシル】と言ったところか。
いつの間にこんなことが出来るのか聞いてみたところ、迷宮区画等で魔物を捕獲していたのは覚えているだろうか。
どうやらその魔物たちの構造やら組織を解析していたようで、俺を驚かせるためのサプライズに用意していたみたいだ。
普段から十分驚かされてるけど【ユグドラシルの枝】は今回のお披露目に不満も抱いている様子。
カーティス姉妹に手の内を晒したくないってところだろう。まあ、俺なんか無視して天帝鳳凰ゼストと戦ってるけど。
ちなみに姿は天帝鳳凰ゼストに類似している。見た目だけであれば完全再現できる域にまで達しているらしい。非常に素晴らしい造形である。
ただ、これを本来の生物と同じように動かすとなるとやはり魔物の構造を理解しなければいけないようだ。これも側だけ天帝鳳凰ゼストで中身は別の魔物を解析したものを使っている。
さて、また一つ【ユグドラシルの枝】に驚かされたところで戦況に動きがあったようだ。
天帝鳳凰ゼストは身の危険を感じたのか今度は周囲に暴風を巻き起こした。
そこから現れたのは──小型の鳥? 天帝鳳凰ゼストに似ているようだが大きさが全然違う。
《解析したところ、あれは上位スキル〝眷属召喚〟です。おそらく天帝鳳凰ゼストはカーティス姉妹に勝てないと判断して起こした行動でしょう。ですが気休め程度にしかなりませんね》
まさにその通りだった。
カーティス姉妹は天帝鳳凰ゼストが召喚した眷属を簡単に倒していく。召喚するだけ無駄のようだったな。
「アルクお兄さん仇は私が取るッ!!」
いや、だから死んでないって。
勝手に死んだことにするんじゃない。
ウィンディは軽快な足取りで天帝鳳凰ゼストに近付く。
それを阻止しようと応戦するが本気となったウィンディには通用しない。
「──
ウィンディは指を閉じて【魔風爪テンペスタ】を一本の剣のように見立てた。
その後、黒と緑色の魔力を帯びた【魔風爪テンペスタ】を天帝鳳凰ゼストの首目掛けて振り上げた。
疲弊しきった天帝鳳凰ゼストに回避する余裕はない。
ウィンディの技をまともに受けると首が両断され、その奥の雲までもが両断される。
エクレールといい、出鱈目な技をお持ちのようで……。
あんなの受け止めきれるかわからない。とりあえず今は敵対していなくて良かったと思う。
「はぁ……はぁ……終わったね。久し振りに大技だして疲れた」
「………うん…お兄さんが……」
「そうだね。アルクお兄さんとは敵対関係だったけど優しくていい人だったな……」
「……………」
「降りたら近くにお墓を立ててあげよう。それがせめてもの恩返しだもんね」
「だから勝手に俺を殺すんじゃない」
俺はカーティス姉妹の頭上に軽くチョップをお見舞いする。
振り向いたカーティス姉妹は俺を見て呆けていた。
なんだ、そんなに俺が生きていたことが不思議なのか?
「どうしてアルクお兄さんは生きてるの? お姉ちゃん助けて、地面に落ちて死んじゃったんじゃ……」
「どうしてもなにも、助かったから生きてここにいるんだろ」
詳しいことは説明しない。【ユグドラシルの枝】も普段の【神霊樹剣】へと戻している。手の内を晒すのはオススメしないと【ユグドラシルの枝】が忠告するのでね。
そして、エクレールに引き続きウィンディの技も見てしまったのだからこちらに利益しかない。悪い奴だなぁ【ユグドラシルの枝】も。
ひとまず終わったのだからさっさと終わらせてブルムークに戻ることにしよう。連続で『雷鳴の塔』に行くのは時間的にも厳しい。
天帝鳳凰ゼストが再度出現するのは面倒なので復活する前にウィンディに武器を進化させるように催促しようとしたが──
カーティス姉妹が俺に抱き付いてきたのだ。もしや魔力も消費して油断もしているところを仕留めようと?
「ど、どうしたんだ?」
恐る恐る聞いてみた。
聞く前に離れるべきだったのだろうけど下手に動くのも得策ではないと思った。いや、それ以前に殺る気なら抱き付かれた時点で殺られているか。
「わかんない。でも何となくこうしたかった」
「………私も…です……」
訳もわからず抱き付いてきたのか?
カーティス姉妹の思考は読めないな。
まあ、可愛いところがあって良いんじゃないのかな。これも油断を誘う一つの作戦なら恐ろしい子達だけど。
「はいはい。それより、ウィンディは武器の進化させるんじゃないの? お目当ての魔物を倒したんだから進化できるんでしょ?」
「そうだった!」
ウィンディは天帝鳳凰ゼストに近付き胸の辺りに【魔風爪テンペスタ】を突っ込む。
先程の愛くるしい姿から一変、少女が死体から何か探っているという絵面的にはかなりヤバめの光景である。
「──ん、あった!」
ブチュっと生々しい音を立てて引き抜いたのは大体十五センチほどの大きさの宝石みたいに輝く球体だった。あれが天帝鳳凰ゼストの核なのだろう。
「これをこうして──」
ウィンディは核をそのまま握り潰した。
必要な魔物の核を破壊し、そこに蓄積された魔力を吸収することで武器は進化するのだと【ユグドラシルの枝】からたった今説明を受けた。
これでウィンディの武器は進化するのか。敵を強化させるのはやはり気が乗らないな。
そろそろ終わっただろうか。
握り潰して以降、ウィンディは黙って手を握ったり開いたりを繰り返している。武器が進化してたら真っ先に喜ぶ性格だよな。
「何かあったのか?」
「………………」
「ウィンディ?」
「んー。なんかね、進化してないんだよ。やり方はこれで合ってるはずなのになぁ」
「──えっ?」
その報告を受けて、ウィンディがこれ以上強くならずに済んだという喜びと天帝鳳凰ゼストとの戦闘は無駄足だったという落胆が混じった複雑な心境になった。
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