第61話 天帝鳳凰ゼスト
最悪だ。俺の不安は的中してしまった。
石碑から転移し終えると視界に映ったのは障害物など一切ない暴風が吹き荒れる広場だった。
やはり最上階ではなく屋上が正しいかったか。
足場は変わらず石造りのものだが厄介な事が起こっている。
どうやら屋上は雲の内部に存在しているようで足場が雲で隠されて下手に歩くことが出来ない。
もし考えずに行動して足を踏み外したりしたら屋上から地上まで落下。それこそ人生の終わりである。
「うわぁ、雲の上に立ってるみたい! ねえ、お姉ちゃんこれ凄いよ!」
無邪気な笑顔ではしゃぎその場で跳ねるウィンディ。これには呆れて何も言えない。
よくもまあこの状況で楽しそうに出来るものだ。
確かに俺も雲の上に立っているような状況にちょっとだけ興奮しているがここではしゃげばウィンディと同類だ。
ここは堪えることにしよう。
まあ、冷静に考えてもはしゃぐとか堪えるとかそんな状況でもないんだがな。
「来るぞ。最後のボスが」
俺たちがここへ到着したことでボスが出現する。
暴風は更に強さを増して立っているだけでも精一杯。気を抜けば一瞬で吹き飛ばされそうだ。
そうならないように足に力を込めながらも上空を見つめる。
暴風の塊のようなものが一際目立っている。おそらく彼処にボスがいるのだろう。
そして、暴風の塊が音を立てて爆発するとそこから現れたのは惚れ惚れするほどの美しい緑色の毛並み、淡い赤色と青色がいい感じのコントラストを生んでいる綺麗な翼を羽ばたかせる一匹の魔物。
翼を含めると大体二十メートルってところか。かなり大きいな。過去にこれほど大きな鳥類は見たことがない。
《高濃度の魔力を確認。対象──『天帝鳳凰ゼスト』を捕捉しました。魔物の階級はSランクであることが判明。ただし、状況はこちらが圧倒的に不利なため難易度で言えばSSランク相当の魔物と考えた方がよろしいかと》
その魔物──『天帝鳳凰ゼスト』は静かに、だが確実に敵意を向けてこちらを見つめる。
「そんじゃあ、行くよぉ!」
ウィンディの掛け声で戦端が開かれる。
先制攻撃にウィンディは【魔風爪テンペスタ】を振り上げ、天帝鳳凰ゼストに向けてかまいたちを放った。
武器の能力と魔術を組み合わせたシンプルな技。
それ故にいくらでも技の発展が出来そうだが、まずは様子見といったところか。
大半の魔物はこれを食らって致命傷、もしくは回避してもウィンディの軽快な動きで次の攻撃にやられる。
これでもウィンディは考えているようで回避されても誘い込む形になるように鎌鼬を放っているようだ。
しかし、今回相手は上空にいる。今まで通り上手くいくとは限らないだろう。
ウィンディが放つかまいたちだが、天帝鳳凰ゼストは大きな翼を羽ばたかせ同じくかまいたちを生み出して相殺した。
いや、向こうの方が数が多いな。
天帝鳳凰ゼストは相殺のみならず、俺たちに無数の風刃を送り込んできた。
回避しようにも足場がはっきりしていない以上、大きく動けば運が悪いと転落する。
さすがにそれは【ユグドラシルの枝】が位置と場所を把握していると思うから大丈夫だと信じたいが、何が起こるかわからない状況ではどうしても慎重な行動を取ることを優先してしまう。
俺はかまいたちを回避しつつ受けれるものは【ユグドラシルの枝】で弾き飛ばしていった。
元々の強度に加えて魔力を纏わせているから破壊させることはないだろうがそれでも手が痺れそうな威力だ。普通の【木の枝】なんて何本あっても足りないな。
カーティス姉妹も同じくかまいたちを弾き飛ばしている。
俺と比べたら余裕な感じだ。
まったく、彼女たちはどんな環境で育ったんだか……。こんな攻撃は日常茶飯事ってか?
《それを言うのであれば契約者もリオン・アルスフィーナ氏から同等──いえ、これ以上の攻撃を受けていると思いますが》
……………。
言われてみればそうかも。
場の状況と不安要素に頭を悩ませていたから気付かなかったが、リオンと勝負してた時を思い出してみると天帝鳳凰ゼストの攻撃など足元にも及ばない。
冷静になると天帝鳳凰ゼストのかまいたちも容易く弾けるようになった感じがする。
「アルクお兄さん、なんか余裕が出てきたね。さっきまでは何とか弾いてる感じだったのに」
「他人の心配してる場合じゃないよ。〝とにかくガンガン攻めて行こうぜ〟なんて言ってたけどこっちは防戦一方、向こうにガンガン攻められて攻撃に転じることは難しい。どうするの? このままだとこっちの体力が削られていくよ」
俺には天帝鳳凰ゼストに通用する攻撃手段がない。厳密に言えばあの高さまで届く攻撃がない。
魔術スキルの使用も考えてみたが半端な魔術では大したダメージにはならないだろう。やるなら強力な魔術を使わなければ駄目だ。
そうなると準備が必要になる。いや、準備ならこの間にも【ユグドラシルの枝】が終わらせているはずか。問題はどうやって当てるかだな。
天帝鳳凰ゼストの移動範囲はこの場全域である。
俺たちと違って四方八方何処にでも自由に移動できる相手に遠距離から攻撃してもまず当たらないだろう。
発動する魔術そのものに風魔術を重ね掛けして速度を上げるのもアリだが魔力を多く消費することになる。
討伐できると仮定して考えたら魔力の総消費量は変わらないかもしれない。しかし、確実性を求めるのであれば一か八かの勝負ではなく必中させるのがベスト。
「じゃあ、何かいい作戦思い付いた? 私とお姉ちゃんは作戦を立てるのが苦手だからアルクお兄さんに任せる!」
「………私はそんなこと……ないけど……」
結局他人任せになるのかよ……。まあ、ボス相手に〝とにかくガンガン攻めて行こうぜ〟なんて作戦を言い出す人間に立派な作戦を立てられる頭は持ってないか。
といっても、俺も防戦一方の状況を打開できる素晴らしい作戦を立てるなんてことできないけど。俺の作戦は全て【ユグドラシルの枝】の受け売りなのである。
「俺たちの攻撃は天帝鳳凰ゼストには当たらない。ウィンディみたいに遠距離攻撃を繰り返しても相殺される。けど、そこでデカイの一発放っても当たらなければ意味がない」
「う~ん。だよねぇ。やられっぱなしは気に食わないから一発ドカンとやってやろうかなって思ったけど回避しちゃうよね」
「空中から引き摺り落とすことができればいくらでもやりようがあるんだけど……」
天帝鳳凰ゼストの反応能力を上回る速さ且つ高火力の一撃。
速くて高火力、かぁ…。
ウィンディの攻撃も遅くない。むしろ俺には速く思える。
しかし、それでも地上からの攻撃は天帝鳳凰ゼストの視界に入ってしまうから反応できてしまう。
だとすると天帝鳳凰ゼストがこちらに目を光らせている今、死角となっているのは後ろか
………頭上?
待てよ。この場には俺とカーティス姉妹──この三人なら可能性がある。ただそれは彼女が出来るかで全てが決まるのだが……。
「……ある。天帝鳳凰ゼストを空中から引き摺り落とすことができる作戦が」
「ホント!? どんな作戦?」
「その前にエクレールに聞きたいことがあるんだけど、天帝鳳凰ゼストの頭上に雷を降らせることは出来る? それも撃ち落とすぐらいの特大火力で」
ウィンディの【魔風爪テンペスタ】が風を生み出す能力があるのであれば、姿形が瓜二つのエクレールが持つ【魔雷爪ライジンガ】も雷を生み出す能力があるはずだ。
俺も雷魔術を使える事が出来たら加勢できるのだが残念なことにその魔術スキルは持っていない。知り合いに使える者がいないから【ユグドラシルの枝】も習得しようがないのだ。
なのでこれはエクレールが要となる作戦になる。
もし出来ないのであれば新たな作戦を練るしかないがこれ以上に有効な作戦はないと思う。
だがその心配もする必要はないようだ。
なんたって俺が確認を取ったのはブルムークでは右に出るものはいない冒険者なのだからな。
「………問題ないです……。でも……撃ち落とすまでの威力になると……ちょっとだけ準備に時間がかかり…ます……」
「その辺は俺とウィンディで何とかするから大丈夫だよ」
「うん、任せてよ!」
これで第一段階はクリアだな。
一安心したところにウィンディは俺に問い掛けてきた。
「で、私は何すればいいの?」
「ウィンディはエクレールに天帝鳳凰ゼストの攻撃が当たらないように注意を引き付ける。隙あらば攻撃もしていいよ。その方がいっそう注意が向くから」
「そんなんで良いなら御安い御用だけど」
自信満々に答えるウィンディだけど、これが一番大変な役割なことをきちんと理解しているのだろうか。
「ウィンディが思ってるほど楽なことじゃないよ。俺とエクレール無しで天帝鳳凰ゼストの攻撃を全部対処しないといけないんだから」
「えっ、私一人なの? てっきりアルクお兄さんと一緒にやるのかと思ってた」
「俺は俺でやることがあるんだ。万が一に備えての保険だね」
──本当は【ユグドラシルの枝】から指示を受けただけなんだよ。保険をかけた方が良いって。
でも何故か俺は保険よりも別の何かのために準備しておけと言われたような気がした。まあ、気のせいに違いない。
「わかった。私一人でも何とかする──っていうか注意を引き付けるなら一人の方が断然楽なんだけどね」
ウィンディ、エクレール両者共に異論はないようだな。それなら早速作戦を実行に移す。
俺は時計回り、エクレールは反時計回りで天帝鳳凰ゼストを囲むように走る。ウィンディはその場で待機だ。
天帝鳳凰ゼストは俺たちが急に散開したことに動揺して誰に攻撃を定めるべきか一瞬戸惑っていた。
全員定位置についたところでエクレールは雷を落とす準備を開始した。
俺は【ユグドラシルの枝】を【神霊樹剣】から【神霊樹甲】へと形状を変化させて時が来るまで待つ。
さて、ウィンディだが天帝鳳凰ゼスト相手にどう注意を引き付けるのだろうか。やっぱり攻撃を仕掛けるのが定石か。それとも意外な方法でウィンディ自身にだけ注目させるのか。
「ほらほら、鳥さぁん! お前の攻撃なんて全然当たらないぞぉ! 強そうな見た目して見掛け倒しだったかなぁ? デカイだけが取り柄の鳥さんだったわけだぁ! あっ、今のは鳥だけに取り柄ってね。アッハッハ!」
寒いこと言ってるような気がするがまあいいか。
それにしてもあんなわかりやすい挑発に乗るわけないだろ。人間でも乗らないぞ。人の言葉を理解しているかわからない魔物なら尚更だろ。
「キュエェェェエエェッッ!!」
天帝鳳凰ゼストが吠えた。
嘘だろ、あんな挑発が通用するのか……?
俺は今過去最大級に呆れている。俺たちはあんな魔物に苦戦を強いられていたのか……。なんか頭が痛くなってくるな。
天帝鳳凰ゼストは既にウィンディしか見ていない。
ここで後ろから攻撃を仕掛けても良いのだが、そうしたら今度は俺が標的になる。ウィンディの挑発を無駄にしないためにも大人しくしていよう。
そこからウィンディと天帝鳳凰ゼストの攻防が暫く続いた。
天帝鳳凰ゼストがかまいたちを放ち、ウィンディがそれを相殺するためにかまいたちを放つ。
小柄なだけあって動きも機動力がある。うまく翻弄させることができて無駄に体力を消耗させているな。
エクレールの方は──見てみると俺の方を向いて頷いたので準備が整ったようだ。
エクレールはすぐにでも雷を落とせるだろうが、せっかく準備したのに回避されては無意味なので確実に当てるためにも俺が天帝鳳凰ゼストを拘束する。
方法は簡単だ。俺は【神霊樹甲】の指先を伸ばして天帝鳳凰ゼストに巻き付かせた。
隙を突いたわけだし、このまま一気に叩き落とすことが出来ると思ってたのに重すぎる。
スキルで身体能力を強化してもビクともしない。それどころかこちらが持ち上げられて飛ばされそうだ。
最初からこの手段を取らなくて良かった。やったら俺は即退場だったと思う。
さてさて、踏ん張りたいところだがこれも長くは続かない。
「──エクレール!」
「………〝
真っ黒な雲が天帝鳳凰ゼストの頭上に広がり、瞬く間に黒い雷が激しい音を立てて落ちた。
だが黒い雷が天帝鳳凰ゼストに当たる瞬間、俺は思った。
──あれ、これって俺も直撃じゃない?──
天帝鳳凰ゼストに巻き付いている【ユグドラシルの枝】を通してエクレールの放った黒い雷は俺に来るよね。
エクレールはわかった上で躊躇せずに技を放ったと。物静かに見えて鬼のような子である。
いや、それ以上に鬼のような奴がいるよね。そうだよね、【ユグドラシルの枝】さん。
《…………衝撃に備えてください……》
あっ、無視したな。
というか、こんなの直撃したらさすがに死──
《死なないので安心して直撃してください》
安心して直撃してくださいって何!? 聞いたことないんですけどその台詞。
文句を言ってやろうにもエクレールの黒い雷は俺にも流れてきた。
全身がビリビリ痺れている。でもこの程度で済んでいるのだから【ユグドラシルの枝】が全力で防御しているのだろう。
これにより一瞬だが天帝鳳凰ゼストは怯み、その隙に空中から一気に地面へ叩きつけた。
天帝鳳凰ゼストもこれは効いただろう。なんだったら俺もかなり効いた。今でも若干体が痺れてる。
《只今の一撃によるスキル〝雷魔術〟の解析を開始出来るようになりました。解析が完了次第〝雷魔術〟が使用可能になり、魔術の幅も大きく広がります。良かったですね》
そういうことか……。
実はエクレールが技を放った時、力を緩めて離れようとしたのに全然緩まなかったのだ。むしろガッツリ掴んで離さないようにしてたまである。
この作戦は〝雷魔術〟を習得するための布石だったわけだ。
確かにエクレール意外に〝雷魔術〟を使えるものは今のところ会ったことないからちょうどいい機会なんだろうけど事前に教えてほしかった。
《前以て伝えていたら契約者は拒否すると思い最後まで隠し通してました》
必要とあらば俺を犠牲にするのも厭わない。
なんとも鬼畜な【ユグドラシルの枝】さんである……。
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