第66話 お悩み相談

「なんか、元気ないねアルアル」

「そうだな。今朝もリオン教諭との模擬戦をしたが、いつものような軽快な動きではなく迷いのある動きだった」

 

 アルクとロザリオは日課であるリオンとの模擬戦を終えると食堂に向かった。

 そして偶然にもエディと会い、朝食を共にすることになったのだが、彼女たちはアルクの様子がおかしいことに気付いた。

 いや、ロザリオは少し前から気付いていたのだろう。


 模擬戦の内容は酷いものだった。

 普段のアルクであればギリギリ回避できるリオンの攻撃も何かに気を取られてほとんど命中。アルクの攻撃に関しても普段よりも容易く往なされていた。

 その後、リオンから不調の原因を聞かれるも頑なに答えることなかったアルク。一人で考えたいこともある年頃だ、とリオンも追求することはなかった。


「ホント、どうしちゃったんだろうねぇ」

「さあな。だが、いい加減止めてほしいものだ。あんな風にされてるとこっちまで気が滅入って食欲も失せる」

「食欲が失せる、ねぇ……」


 呆れながらもエディはテーブルへ視線を移す。

 そこには食欲旺盛な男児も卒倒するほどの料理の数々。相変わらずの量である。

 どういう体の構造をしていれば朝からこれだけの量が胃袋に入るのか。エディがロザリオと出会ってから共に過ごしていくなかで抱いた唯一の疑問だ。


「まあ、ロザリンの異次元胃袋に対しての疑問は今に始まったことじゃないから置いておいて。確かにアルアルがあんなんだとこっちまで元気がなくなるかな」


 放っておくのも解決するわけではないのでロザリオは痺れを切らしてアルクに問う。


「おいアルク」

「………………」

「アルク、聞いてるのか?」

「……んあ? ああ、何?」

「リオン教諭はお前のためを思って何も聞かなかったみたいだが悩みがあるなら私たちに相談してもいいんだぞ。というか、相談しろ。正直言ってイライラするんだ、朝から気分が沈むような空気を出されて。こちらの身にもなれ」


 訳もわからず説教を食らっているようでアルクは困惑した。

 しかし、よくよく考えれば自分のせいで友人に心配させてしまっているのだと察した。

 今朝の夢のこと。あのことを思い出すだけでも気分が悪くなるが、今ここで話さなければ後が怖そうだ。

 そう思ったアルクは謝罪から始めた。


「ゴメン。俺が悪かったよ。そうだよね、いつまでもうじうじ考えたって仕方がない」

「それで? お前がそこまでして悩んでいたこととはなんだ」

「いや、それは……」


 ここまで来て渋るアルク。しかし、話の内容が内容だから話を切り出すことに渋るのも無理ない。

 だが、その様子を見てロザリオの額に若干血管が浮き出てるように見えた。

 満面の笑顔だが苛立ちは限界に近いかもしれない。

 

「アルク?」


 いつもより優しい口調で呼ばれたアルクは体をビクッとさせロザリオの方を見た。

 ああ、そろそろ本当に限界が近そうだ。

 ロザリオのことを知っているからこそ、優しく声をかけられる方が逆に恐怖心を覚えたアルクは話すことに決めた。


「わかった! わかったからその右手に持ってるフォークを置いて! あ~あ、強く握ったせいでちょっとだけ歪んでるよ」

「お前がすぐに言わないからだぞ。次言うのを渋ったらこのフォークでお前の額を刺すからな」


 冗談……だと思うがロザリオならやりかねない。

 ちなみに隣にいるエディは大人しい。というよりもアルクと同じくロザリオの笑顔に少しだけ恐怖していた。

 これは余計なことはしない方がいい、とエディの直感は告げている。

 アルクは生唾を飲んで満面の笑顔を維持するロザリオを見て話を続けた。


「こんなこと食事中に話す内容じゃないんだけど、実は今朝悪い夢を見てね。その……王都が襲撃されて崩壊する夢。妙にリアルな夢で王都に住む人が黒ローブの集団や魔物に殺されていって、最後は──」


 自分の口では言うことが出来なかったがアルクに見つめられたロザリオは最後の結末がどういったものだったのか何となく理解できた。


「私も殺された、と。だが所詮は夢の話だろ? 別にそこまで深く考えるものでもないだろ」

「そうだよ。それともアルアル、怖くなっちゃった? 可愛いところあるなぁ、もぉ。しょうがないからエディお姉さんが慰めて──」

「違うんだ! いや、夢であることには変わりないよ。でも実際に起こる可能性があるんだ。こんなこと言って信じてもらえるかはわからないけど……」


 話終えて俯くアルク。それを見てロザリオとエディは顔を見合わせた。

 アルクも冗談は言う人間だが、今の様子を見る限りでは今のが冗談であると決めつけるのは早い。

 ただ、話の規模が大きすぎる且つ起こりうる可能性があるという話を完全に信じるのは難しい。

 ロザリオとエディも最初はそう思っていたが──

 

「お前が言うのだから実際にそうなるかもしれないな」

「預言者アルアル現れる! みたいな感じ? 本当に予言通りになったら大変どころの騒ぎじゃないけどね」

「………二人は俺の話を信じるの?」

「嘘や冗談を言っている様子でも無さそうだしな。まあ、可能性があるだけの話だからお前自身も不安なんだろ? だったら信じる者が多い方が心強いだろ」

「私はまだちょっとだけ信じきれてないけど、不安でいっぱいなら寄り添ってあげるのが友達だからね」

「ロザリオ、エディ……」


 持つべきものは友人だとアルクは実感した。


「ありがとう、もう大丈夫だ」

「そのようだな。お前の顔を見ればわかる。それではいずれ来るかもしれない未来に向けて力を付けなければな。そういえば、どうやらお前は私たちが汗水流して訓練に勤しんでいるなかリゾート地に行ってゆっくりしてたようだな」

「ええ!! そうなの!? ズルい!」

「いや、リゾート地というか普通の温泉街だよ? 任された依頼も大量だったし、その後もゆっくり休めるような状況じゃなかった」


 アルクがそう言うとロザリオはいつになく真剣な表情へと変わった。

 

「あの黒ローブの少女たちと遭遇したんだったな。脅迫されたとはいえ共に行動したとか言ってたか。いつ襲われるかわからない状況で気が気でなかっただろ」

「まあね。でも結果的には二人は約束を破らなかったし穏便に済んだから良かったよ」

「そうか。ところで、お前から見て私とあの黒ローブの少女が戦ったらどちらが勝つ?」


 ロザリオは実技演習にてアルクを守るためにカーティス姉妹の一撃を防いだことがある。

 その時は平然と振る舞っていたが、実を言うと完全に防いだにもかかわらずしばらく右腕にダメージが残っていた。

 それ以降、まだまだ未熟者な自分を追い込むためにリオンや上級生の手を借りて多くの実戦経験を積んだ。

 アルクはロザリオがこの数日でどこまで強くなったのかはリオンとの早朝模擬戦で知っていた。

 だからこそ、これだけははっきりと断言できる。


「ロザリオはまだ勝てないよ。あんな小さな子でも中身は化け物だ。彼女たちの本気の一撃を見たからそう言える」

「……なるほどな」


 アルクは今の言葉を聞いてロザリオは落胆すると思ったが当の本人はまったく気にしておらず、むしろ笑っていた。


「私とあの黒ローブ──二人の力を見てるからこそお前の言葉には説得力がある」

「素直に聞くなんて意外だな」

「私は事実を受け止めただけだ。まあ私もこうもはっきりと言われるとは思わなかったが、力の差があるなら埋めるだけの努力をひたむきにすればいい」

「その通りです」


 ふと後ろから声が聞こえたので振り返るとそこにはリオンの姿があった。

 やはり今朝の出来事を心配してリオンはアルクのもとへ訪れたが、その表情を見るに解決したのだと安心する。

 そして、生徒三人に向けて言葉を送った。


「力の差は一朝一夕で埋まるものではありません。そして近道も存在しません。強いて言うのであれば地道に鍛練を積むこと、それが一番の近道です。苦しい、辛い、止めたい、諦めるのは誰だってできます。一度そこへ堕ちてしまえば戻ってくるのは難しいでしょう。だからこそ、強い信念を持ち日々精進することが大切なのです。まあ、クラスの中でも優秀なお三方には不要な言葉だと思いますけどね」


 リオンが微笑んで言葉を締めると「私は授業の準備があるので失礼します。朝のホームルームには遅れないように」と告げてこの場から去るがその別れ際、アルクにだけ耳元で──


「普段通りのアルク様に戻られたようで安心しました。ですが今朝の稽古とは話が別です。調子が悪かった、なんて言い訳にはなりませんからね。今日の実戦授業は私が担当ですので覚悟しておいてください」

「………はい…」


 囁かれた言葉に青ざめるアルク。額からも冷や汗が垂れている。夢の話とは違ってこれは避けられない運命なのだろう。


「アルアルどうしたの? 顔色が悪いよ」

「大丈夫………二人は気にしなくていいよ。鬼教官の地獄稽古コースに招待されただけだから……」

「? よくわからないけどアルアルがそう言うなら」


 そして食堂に午前八時を知らせる鐘の音が響いた。


「もうそんな時間か。そろそろ校舎の方に向かうとしよう。そうだ、アルクは放課後空いてるか?」

「今のところは、何かあるの?」

「以前強化週間の時に部活動に誘われてな。時期は少し遅いが入部はいつでもできるようで見学だけでもどうだと言われたのだ。同級生ヨコの繋がりは大事だが上級生タテの繋がりも大事だろ? いい機会だし見学に行こうかと思ったんだ」

「俺は別にいいけどエディは?」

「私はもう入る部活決まってるんだ。今日もお手伝いに呼ばれたから一緒には行けないかな、ごめんね」

「いや、謝ることないよ。エディはエディで自分の部活を頑張ればいい。でも部活動かぁ、興味あるし俺も行っていいならついていこうかな」

「決まりだな。なら放課後一緒に部活動区画に行くとしよう」


 そして、アルクたちは校舎へと向かうのであった。

 ──その後、とは明確に言わないがアルクがどれだけ酷い目に遭ったのかは言うまでもないだろう。

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