第三部
第39話 理事長からの依頼
実技演習が終わってから三日が経った。
あれ以降セセロンの森では黒ローブは確認されず、参加した生徒も全員無事だった。
まあ、これに関しては良かったと思う。
問題は黒ローブの集団である。
今回は俺やロザリオが対処したが、もしその場に俺たちが駆け付けていなかったら……想像はしたくないな。
では今回の反省を踏まえてどうすればいいのか。
簡単な話だ。今よりももっと力をつければいい。
そんなわけで始まったのが全生徒強化週間である。
理事長であるカナリアさんの発案で対象は学院に所属している全生徒。これを機に他の学科との関わりを持つという意味合いも含まれている。
それで一学年の生徒はリオンを始めとした実力教師陣と上級生でも上位のクラスにいる生徒たちだった。
これにはロザリオも嬉々としていた。だってあの戦闘狂からすれば強い奴と戦えるなんて嬉しいことこの上ない。
毎日のようにリオンや上級生に挑んでいるロザリオは確実に強くなってきている。このままでは俺なんかあっという間に追い抜かれてしまいそうだ。
ただそれを許さないのがリオンだ。
俺も当然強化週間の対象だし何度か上級生とも勝負して勝っている。
しかしリオンが相手の時だけ何故か俺だけ特別メニューだ。
教育に熱が入っているのかは定かではないがいつになく本気のリオンには手も足もでない。
黒ローブの男の時に使った【神霊樹棍】でさえ通用しないのだ。もう別次元に住む生き物なんじゃないのか?
そして今日もまた地獄のしごきが始まる。
なんて思っていたが今日はカナリアさん直々の呼び出しがかかった。リオンからも聞いていなかったし何なんだろう。
カナリアさんは主に高等部の校舎にいる。たまに初等部や中等部にも顔を出すらしいが高等部に作った仕事部屋兼私室がお気に入りらしい。
高等部本校舎の階段を登り、最上階へとたどり着きそこから10分ほどで理事長室と上に書かれている扉の前まで来た。
軽く扉をノックしてカナリアさんがいるかを確認する。
「はいはい、開いてるからどうぞ~」
なんて軽い返答なんだ。もう少し理事長としての威厳を見せてほしいものだが口を挟んだらめんどくさくなりそうだから止めておこう。
「失礼します」
「アルク君よく来たね。ようこそ理事長室へ」
周りを見ると甲冑や武器などが飾られている。本棚には難しそうな本がズラリと並んでいる。大きな机には沢山の書類が置かれていた。やはり理事長は忙しいのだろう。
部屋
ただなぁ……。視線を部屋中央へ移す。
そこには中ぐらいの長テーブルを挟むように高そうなソファーが二つ置かれている。
そして、そのソファーにぐったりと寝転んでいるカナリアさんの姿が。体調が悪いわけではない。これは休憩と称して完全に仕事をサボっている。
ちなみにだがカナリアさんは俺が初めてきた風に歓迎しているが以前黒ローブの一件でここを訪れている。
その時は真面目に座っていたが今日は見るに耐えないほどのだらけっぷりである。
「カナリアさん、良いんですか? 理事長の仕事しなくて」
「今は休憩中だから。それよりお菓子食べる?」
横に寝転びながらカナリアさんはクッキーが乗った皿を差し出した。
この人はあれだ。公の場ではしっかりするけど人が見ていないところではとことんだらける人だ。寝ながら物を食べるなどリオンが見たら激怒しそう。
でもクッキーは美味しそうだったので一枚頂いた。まあ言うまでもなく滅茶苦茶美味しいクッキーだった。多分お高いクッキーなのだろう。
そんなことよりもカナリアさんとは反対にあるソファーに腰を掛けた。
「で、どうして俺は呼ばれたんですか? 黒ローブの情報はこの前話した以上のものはないですよ」
「ああ、その件じゃないよ。アルク君にちょっとお願いがあってね。なに、難しいことじゃない。むしろリオンさんのしごきに比べたら天国みたいなものだよ」
そう言ってカナリアさんは起き上がり身体を伸ばした。
「話は聞いてるよ。リオンさんに随分やられているようだね」
「はい。でも俺のために心を鬼にして指導してくれているので文句は言えません」
「私から見れば鬼そのものに見えるけどね。私を睨む目付きとか、とんでもない強さとか」
「カナリアさんでもリオンには勝てませんか?」
俺の質問に少し考えてカナリアさんは答えた。
「
はっきりと言っているようで実に曖昧だった。
しかしカナリアさんは「まず負けない」と断言している。これは
カナリアさんは虚勢を張っている様子でもない。今日の姿だけでは理事長としての矜持があるからと強がっているようにしか見えないんだけどね。
まあいいか。本人が言ってるのだから否定する権利もない。
あと気になることもカナリアさんのちらほらと会話に混ざっていたな。
「あの、〝武器の真髄〟とか〝あの境地〟とかって……?」
「教えな~い。教えて出来ちゃったら私の立場がないじゃん」
言い方に凄いイラッとした。
もうこのまま帰ってやろうかと思い、ソファーから立ち上がろうとしたらカナリアさんは慌てて止めに入った。
「ごめんごめん。私が悪かったから帰らないで」
「冗談ですよ」
「なら良かった。でもね、これだけは言っておくけど本当に教えることができない──もっと言えば人に教えてもらってできる芸当じゃないの。人と武器が深く繋がって初めてできる究極の奥義なんだから」
それから話だけでもと詳しく問い詰めるとカナリアさんは観念して話してくれた。
目には見えずとも生物には魂が存在する。
魂があるからこそ生物は生物として存在することができ、魂が破壊されると生物としてこの世に存在できない──つまり〝死〟を意味する。
だがしかし、魂が存在するのは生物だけではない。
この世のありとあらゆるものに魂が存在するのだ。
それは武器であろうと同じ。
武器の所有権を得ようとする人間の魂を認めず、武器を装備できなかったという現象はこれが理由もあるとか。
実際〝神による天恵〟などと誰が決めたのかわからない曖昧な呼称があるだけでどうして武器の装備の能否があるのか明らかになっていない。
そして人と武器、二つの魂が共鳴して絶大な力を生み出す奥義があるらしい。
一方が認めるだけでは成し得ない奥義は習得までに何年もの月日をかけるとか。それでも習得できるのは一部の者だけ。
では、カナリアさんはどうやってその奥義を習得したのか。
カナリアさんは普通に若い。年齢も二十代だって言っていた。正確に聞くのは止めたけど。
そんな人が本来何年も月日をかけて習得できる奥義をあの若さで習得できたのだから何かあるはずだ。
「私はたまたまだったよ。ある日愛用している武器の一つを使っていたら突然声が聞こえて「この武器の本当の力を見せてあげるよ」なんて言ってさ。そしたら遠くに聳え立つ山を一刀両断。あれは本気で焦った」
──とのことだ。
山を一刀両断出来る力を突然手にしたら俺でも焦る。
しかし今はそこに注目するところではない。
着眼すべき所は〝声が聞こえた〟ということだ。
魂があるから会話も出来ると考えるべきなのか。となると全ての武器はしないだけで意志疎通が出来る?
なんとも奇妙なことだ。武器が直接話しかけてくるなんて。そんな夢みたいな話あるわけ──
って、おいおい。武器と会話するなんて俺にとっては日常茶飯事のことじゃないかと。
つまり俺は条件は満たしていると? そこのところどうなんですか、【ユグドラシルの枝】さん。
《無理です。今は契約という形で私が一方的に力を貸しているのであって奥義は使えません。ただし、この契約を書き換えれば身体に不可がかかりますが使用は可能です》
じゃあその契約を書き換えに……
《書き換えは私本体でしか出来ません。本体の場所も契約者といえど教えることは出来ませんので》
それは絶対に使えないと言っているようなものだよね。
はぁ、落ち込んでいても仕方ない。こういうのは気持ちをすぐに切り替えて別の手段でどうにかするしかない。
「ん? どうかした?」
「いえ、こちらの話です。ところで話がだいぶ逸れましたけど今日はいったい何の用で呼び出したんですか?」
「ああ、そうだった。実は折り入って頼みがあるんだけど、冒険者ギルド方に行って依頼のお手伝いをしてきてほしいなと」
これはまた予想外の頼みごとだった。
「冒険者ギルドにですか」
「そう。社会経験やボランティアも兼ねて毎月学院から生徒を数名派遣しているんだ。特に上級生とかにね。でも今は強化週間で上級生たちも下級生のために出ていって手が離せない」
「俺も下級生なんですが……」
「アルク君はほら、毎日リオンさんにボコボコにされてるからさ。たまには休暇が必要かなって。リオンさんも当分はこっちでいっぱいいっぱいだし、私が頭を下げればどうにかなる」
「こう言ってはあれですが理事長が簡単に頭を下げていいんですか?」
「リオンさんもこの事を知れば当然アルク君についていく。だが私が頭を下げて阻止できるのであれば安いものさッ、ハッハッハ!」
頼もしいのか頼りにならないのか……。
本当にそれで良いのか、理事長……。
「それでどうする? 仕事は一週間ぐらいだけどアルク君なら苦労しないだろうし、まあちょっと遠出もするけどプチ旅行と考えれば良い。これは理事長からの粋な計らいだぞぉ~」
うまく乗せられている気がするが、確かにここ最近は大変なことが多かった。依頼も大したことでないと言っているようだしカナリアさんの頼みを聞くのも悪くないか。
「わかりました。その頼みを受けましょう」
「助かるよ。冒険者ギルドには話を通しておくから学生証を忘れずに。なんだったらギルドカードでも作ってギルドに登録しても良い。あると便利だから」
こうして俺はカナリアさんからの頼みを聞き、翌日冒険者ギルドへと足を運ぶのであった。
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