第38話 実技演習・終了

 俺たちの日常にも脅威はすぐ側に潜んでいる……?

 男の言葉は嘘か真か、それは定かではない。しかし、仮に真実であった場合、俺にわざわざそれを伝える意味はあるのかどうか。

 いや、俺一人で考えることではない。理事長や教諭たちに報告してからでも遅くはないだろう。

 そして俺と同じく男の言葉に疑問を抱くロザリオだが自分たちで解決できる話ではないとそう告げた。


「そうだな。それよりエディたちは大丈夫なのか?」

「彼女たちなら無事だ。教員も幸い致命傷を受けたわけじゃないから応急処置で済んだ」


 監察役であるギルファム先輩が答え、続けて言葉を発した。


「だが、実技演習の続行は厳しいな。盗賊が出ることは稀にあるから状況を見て監察役が対処するがさっきのは別物だ。生徒は勿論、監察役が優秀であろうと最悪死に至る」


 ギルファム先輩は冗談で言っているわけではない。それは直接戦った俺が身に染みて感じている。今回は何とかなったが、実力が少しでも不足していれば確実に自分はここにはいない。


「まあ、結果的に相手を撤退にまで追い込めたんだから上出来だろ。君たちもよく生き残ったな。先輩として誇りに思うよ」


 そう言って俺とロザリオの肩に手を乗せるギルファム先輩。それが原因か俺は緊張の糸が切れたのか後ろに倒れた。


「お、おい、そこまで強くしたつもりはないんだが……」

「いえ、ちょっと足に力が入らなかっただけなのでギルファム先輩のせいじゃないです。少し休めば動けるようになるので気にしないでください」

「そ、そうか。この状況でゆっくり休めとは言えないが、護衛もついていることだしその辺の魔物にやられることはなさそうだな」

「ああ、あの悪魔と比べればここの魔物など足元にも及ばない。安全は私が保証するからアルクは時間を気にせずゆっくり休め」


 スキルで体力は回復できても精神の疲労までは簡単に回復できない。ロザリオの言葉を聞いた俺は彼女を信じてそっと目を閉じた。



 ◆ ◆ ◆



「さてと、肝心の実技演習だが引き返すにもここは既に目的地まで半分を切っている。そうなると入り口まで戻るより目的地に向かった方が合理的だな」

「何故半分を切っていると?」

「上級生は何度もここに足を踏み入れてるから大体の場所は把握できてる。というかそれが出来なきゃ監察役には選ばれない。お前たちも次の新入生の実技演習で監察役になるかもしれないから覚えておいた方がいいぞ」

「私は地形把握の類いには慣れているがここ全域を覚えるのは苦労しそうだな」


 辺りをぐるッと見渡すロザリオ。自分たちを囲む鬱蒼とした森林には未だに方向感覚を狂わされそうで困ったものだ。森林の影響で迷っている生徒も多々いるだろう。


「慣れればすぐに覚えられる。それじゃあ俺は負傷した教員や生徒の方を見てくるからアルクを頼むぞ」


 そう言い残しギルファムは森の中を進んでいった。


 

 ◆ ◆ ◆


 

 目蓋を開くと映ったのは樹葉の隙間から覗く青空。すぐに身を起こし、周囲を確認してみると二人の女性と目があった。


「むっ、起きたか」

「アルアル、おはっよう」

「おはよう。ところで俺、どのくらい寝てた?」

「あれから大体二時間ぐらいだな。一応あの後ギルファム先輩からは実技演習は継続すると連絡は来たが二時間程度の遅れならいくらでも挽回がきく。それよりも身体の方は大丈夫なのか?」


 ロザリオの問いに俺は固まった身体をほぐしながら答えた。


「元々身体に蓄積してた疲労は少なかったし、精神的なものだけで怪我もしてないから動きに支障はないよ」 

「じゃあ日が沈まないうちにちょっとでも進んじゃおう」


 エディが立ち上がり制服のスカートについた土を払い、軽く拳を掲げて明るい声で言う。

 

 その後森の中を進み、一晩を越して実技演習最終日。

 参加している生徒の限界も近くなってきているだろう。俺たちと同じような危険な目に遭っていなければいいのだが。


「まだつかないのかなぁ」

「進み具合ではもうそろそろ見えてもおかしくないところだけどな」 


 特に変わらず俺たちは普段通りだった。疲労困憊しているわけでもなく学院にいる時と変わらない様子で進んでいる。


「二人とも、あれを見ろ」

 

 何かに気づいたロザリオは前方を指差す。

 樹木の間からではっきりとは見えないが他より一際太い幹がある。つまりそこは目的地であるセセロンの巨大樹であった。


「ゴールだっ! 早く行こ、私たちが一番かもしれない!」


 子供のように喜んで走るエディを二人は追いかける。

 そして森林を抜けて大樹が聳える広場へと出たわけだが、既にいくつかのパーティーが目的地に到着していた。

 Aクラスの他にもおそらくBクラスやCクラスもちらほら。その中にはクラスメイトの王女様のパーティーもいた。流石は王女様というべきか。その肩書きは伊達じゃない。


「ありゃりゃ、一番じゃなかったかぁ……。残念……」


 一番にこだわっていたエディは落胆していたが俺たちは思いがけないアクシデントに遭遇したのだから仕方ない。

 とそんなエディのことはおいておき、生徒たちを待っていた教師陣にあの時の出来事など報告しようと思っただがその中にリオンがいた。

 だがどうして? リオンは俺たちを最後に見送って他の仕事があるからと学院に戻ったはずだ。


「別に驚きはしないけど何でリオン……先生がここにいるんだ?」

「実技演習の方で緊急事態が起きたと学院に報告が入ったので急いで駆けました。到着したのはつい先程ですが」


 学院に報告が入ったから急いで、ね……。

 その言葉の意味を理解した俺は念のため確認しておくことにした。


「……じゃあ先生は学院から一日もかからずここに到着したと」

「他の教師や上級生も向かっていますが、速く到着できるのであればと単独行動が許されました。少々手荒な真似もしましたが最短で到着できて良かったです」


 多めに見積もって三日で到着する場所を半日もかからず到着した。

 さも当然のように言っているリオンだがこの場にいる全員がそれは普通ではないと思っただろう。俺もその中の一人だ。

 けど俺とリオンをよく知っているロザリオはリオンがそういう人間だと知っているからすぐに割り切れる。


「それで襲撃者はアルク君とロザリオさんが対処してくれたようですね。エディさんも的確な処置で負傷した教師を助けたと報告が入ってます。流石は学院が誇る優秀な生徒です」


 リオンの誉め言葉に露骨に照れるエディ。そんな彼女を見てリオンは微笑む。


「一先ずここにいる皆さんは制限時間以内に目的地にたどり着いたので実技演習はクリアです。教師の皆さんや上級生がいますので実技演習終了までゆっくりと休んでください。私は念のため残党がいないか隈無く調べてきます」


 そう言うとリオンは森の中を熟知しているが如く迷いなく進んでいった。


 こうして実技演習は終わった。

 目的地へ無事にたどり着けたことは喜ばしいことだ。

 しかし今回の一件は簡単に片付けられるものではない。

 別れ際に言った男の言葉と黒ローブの集団。彼らの目的は何なのか。

 俺はいずれ来るその日までわからなかったのだ。

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