第37話 戦いの結末
さて、黒ローブにあんなことを言ったわけだが俺はちょっと不安な部分がある。
というのも俺は柄の長い武器をあまり扱ったことがないのだ。あったとしても他より長い【木の枝】を数回使った程度。でも結局使い勝手が悪いという理由で片手剣ぐらいの長さしか使ってこなかった。
本当に大丈夫なんでしょうねぇ。正直俺はいつもの形状の方が戦いやすいと思いますが。
《問題ありません。形態:【神霊樹剣ユグドラシル】より形態:【神霊樹棍ユグドラシル】の方があの者に勝てる確率が格段に上がります》
自信があるみたいだし【ユグドラシルの枝】は一度だって間違いを言ったことないからこそ信頼できる。
ところで、ちゃんとした名称があったんだ。知らなかったが俺にとっては【ユグドラシルの枝】だからあまり関係ないかな。けど【ユグドラシルの枝】よりも名前の響きが良い。
そしてやはり【ユグドラシルの枝】の言うことは正しいと実感した。
明らかに先程とは違う雰囲気を放つ黒ローブは真っ向から迫り来る。
速度も跳ね上がっているな。けど対応出来ないわけではない。むしろ速度が上がっていない時よりも対応出来る。
木々が多い森の中では柄の長い武器は良い選択ではないと思ったが自分でも驚くほどに扱えている。まるで身体の一部になっているみたいだ。
流れるような動きで黒ローブの剣を回避し、そのまま【神霊樹棍】を回して顔面に叩き込む。
前に参加した王都主催の武闘大会で長物の武器を使っていた選手がいた。その選手は本選に駒を進めることは出来なかったが俺から見れば達人と呼べるほど腕の良い選手だった。ちなみに勝ち上がれなかったのは相手にロザリオがいたからだ。
今回はその選手の動きを見よう見まねでやってみた。その結果思いの外上手く動けている。もしかして俺って結構天才かもしれない。
《慢心せず戦いに集中してください》
はい、スミマセン……。
それで黒ローブの顔面に【神霊樹棍】が当たった直後、接触した部分から爆発が生じた。
俺もこれには驚いた。だって急に爆発するんだもん。黒ローブ側がやったことなのか? それとも──
《以前アリス・オルガン氏との戦闘より〝火炎魔術〟から〝爆裂魔術〟を派生させスキルを獲得しました。更に術式を再構築。【神霊樹棍】に『契約者以外の魔力が触れたら術式を発動する』という条件を組み込みました。尚、この条件は魔力を登録した者のみ有効で先程あの者から受けた打撃より魔力を登録しました》
なんか色々と凄くなっているような……。やってることもえげつなくなってきているし。顔面で爆発とか大惨事どころじゃ済まないだろ。
まあ、ここまで来たら気にするのは止めよう。それにこの程度でやられる黒ローブでもないはずだ。
俺の予想も正しく黒ローブはダメージを負っているが戦闘不能には至っていない。爆発に巻き込まれてもローブは破けていないことから学院の制服と同じように魔術による強化が施されているかも。
「──くっ……やるじゃ……」
「喋ってる暇、ないと思うよ」
攻撃をさせる暇など与えない。
振り回す【神霊樹棍】は何度も何度も黒ローブに〝爆裂魔術〟を食らわせる。
爆炎と衝撃が黒ローブの体力を大きく削っているのか向こうの動きはだんだんと鈍ってきている。
だからと言って手を緩めることはない。鬼畜だろうと何だろうと言われてもな。
黒ローブもまだ奥の手を残しているかもしれない。ここで下手に情けをかけて攻撃を止めて、それが原因で立場が逆転してしまっては話にならない。しかし、例えそうなっても【ユグドラシルの枝】が新たな作戦を思い付くだろうけど。
怒涛の爆発により疲弊している黒ローブの間合いに入り込み、黒ローブの胴を狙って【神霊樹棍】を薙ぎ払う。
爆発の威力は衰えないどころか【ユグドラシルの枝】はここぞとばかりに最大火力で魔術を発動した。ここまで来るとどちらが悪役かわからなくなりそうだ。
「ハァ……ハァ………」
爆発で吹き飛ばされ大木に身体を打ち付けられた黒ローブは肩で息をしながら呼吸を整えている。正直戦闘を続行出来る身体でもないだろう。
「もうお前の負けだよ。これ以上は命の危険に関わる。俺だって人を殺したくはない」
「よく言うぜ……ここまでしておいて……」
それはそう。俺だってここまでのことになるとは思っていなかった。
武器に〝爆裂魔術〟を付与させて更には条件付きだが自動で発動させるなんて俺の頭では考えつかないことだ。実行に移すだけの技量もないだろうし。
「けど俺を殺すつもりだったんだろ? だったらそれ相応も覚悟──つまり殺られる覚悟もしておかないと。まあ、相棒も俺を尊重して殺す気はなかったようだけど。もし殺す気があったら初撃の爆発で顔が吹っ飛んでたぞ」
「はは、そりゃ勘弁だ。なるほど、これが敗北って奴か。そうだな、初めてだ。こんなにぶっ殺したいって思うのは」
乾いた笑いをした後の言葉には強い意志が込められていた。だが残念ながらそれは叶わない。
「勝負は終わった。これからお前を拘束する」
そう言って黒ローブの方に一歩踏み出した時、背中に猛烈な悪寒が走った。
周囲に誰かがいる気配はない。
エディと似たスキルを持った仲間がいる?
だったら何故黒ローブの加勢をしなかった? そうすればあの黒ローブはあそこまで重症にはならなかったはず。
いや、今ここで考えても仕方がない。俺は自分の直感を信じて一度距離を置いた。
これがただの杞憂に終わればそれはそれでいい。黒ローブも自由に動けるわけではないから拘束はこの後でも十分間に合う。
だがしかし、黒ローブが手元から離れた剣を拾ろうとした瞬間、落雷と旋風が俺たちの間に割って入った。
偶然起こった自然現象ではないことは確か。当然今の現象に疑問を抱くが、それ以上に困惑したのはそこから人の影が見えるということ。
「あーあ、【強奪剣】まで壊されちゃって。ちょっと遊び過ぎなんじゃないの? ねえ、お姉ちゃん」
「……帰ったら怒られちゃうよ? 私も一緒にごめんなさいするから謝りに行こうね……」
容姿も声色も幼い少女と何の変わりもない。しかし、あいつと同様に黒いローブを纏っており目深くフードを被っているため仲間であることは間違いないか。
そして自ずと視線は彼女たちの腕に移った。
姉と呼ばれた大人しい少女の右手には黄色と黒、妹であろう少女の左手には緑と黒の巨爪が禍々しく光る。地面にまで届き得る爪は少女たちの身体には似合わない。
「やあやあ、お兄さん。うちの後輩がお世話になったね」
巨爪を振りながら気さくに声をかけられた。
だが少女の言葉に反応せず半身の構えを取り、警戒を怠らない。しかし三対一の状況──黒ローブの男は戦力にならないから実質二対一か──になったのは厳しいな。
《多少は勝てる確率は低くなりましたがそれでも──》
大丈夫、負けるとは思っていない。俺が懸念しているのはこの後も続く実技演習分の体力を残せるかどうかって話。
そんなことを考えているのも知らず少女たちは気を落としたように口を開いた。
「あらら、無視ですかい。悲しいなぁ。まあいいや、どうせお兄さんには死んでもらうから」
「………ごめんなさい……邪魔者は排除する決まりなので……」
少女たちは殺気を放ちながら俺に迫る。
身軽さを生かした動き。そしてあの黒ローブより間違いなく強い。それが二人となると【神霊樹棍】でも勝てるかどうか。
しかし、少女たちの攻撃が届く前に二人の影が現れ、巨大な爪による攻撃を剣で受け止めた。その二人には俺も見覚えがある。
「ロザリオ! ギルファム先輩!」
「どうやらギリギリ間に合ったようだな」
「今度は私が助ける側になったな。これで借りは返したぞ」
少女たちは二人の剣に吹き飛ばされてるが地を滑りながら体勢を整える。
「……どうしよう……向こうの数が増えちゃったよ……」
「あー、めんどくさくなってきたなぁ。仕方ない、今回は見逃してあげる。でも次会った時は覚悟しておいてね」
そう言い残すと少女たちの後方が歪み、そこから何処へ繋がっているのか見通せない真っ暗な空間が出現した。
そのまま少女たちは闇の中へ入り、黒ローブもそれに続くと思ったが突然振り返り口を開いた。
「俺を負かしたのと純粋に勝負を楽しませてくれた礼に忠告しといてやる。お前たちの日常にも脅威はすぐ側に潜んでいる。せいぜい寝首をかかれないように気を付けるんだな」
それだけ言うと黒ローブの男は闇の中へと消えていく。そして歪んだ空間は何事もなかったように元に戻ってしまった。
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