第8話 本選・準備

「最終ブロックもこれにて決着。これで各ブロックの代表者が決まりました。一時間の休憩の後に本選一回戦を開始します」


 あれだけ多かった参加者も今やたったの8人だけ。控え室も何処と無く寂しさを感じるな。


「休憩の間はどうしますか」

「とりあえず本選トーナメントが貼り出されているらしいからそれを見て、あとは適当に腹ごしらえして時間があれば調整とかかな」

「かしこまりました」  


 コロッセオには売店があり、軽食や飲み物、応急処置ではあるが武具なんかも売られている。

 他にも武具の手入れを商売とする鍛冶屋も稼ぎ時だと臨時で店を出している。利用する大半は予選落ちした参加者──というか利用させられていると言った方が正しいかも。


「昼時だからってのもあって繁盛しているな」


 俺は予め確保していた席で目の前に広がる光景を眺めていた。リオンは俺のために買い出しに行っていた。

 俺も行くって言ったのに本選に向けて体力の温存をしておくようにと言われてしまったのだ。

 それよりも、さっきから見られているな。その割には話し掛けてこない。

 別に近寄りがたい雰囲気も出していないし、警戒されているのかな?

 まあ、だからと言ってこちらから声をかけるのも違うか。


 こういう時はなるべく視線を合わせずリオンの帰りを待とう。

 とその時、一人の女性が俺の目の前に立った。この人──最近見たことがあるような。


「控え室では何度か見かけていたが直接話すのは初めてだな。私はロザリオ・アルベルト、Gブロックの代表選手だ」 


 自己紹介すると手を差し伸べてきた。

 握手一つで相手の力量は図れるなんてリオンが言ってたことがある。俺はそんなことで力量がわかれば苦労しないと思ったけど。

 向こうも俺のことを探っているかもしれない。

 なんて思ったけどこれは特に意図もない普通の握手だろう。それに俺は女性が差し出された手を振り払う男でもない

 一先ず握手を返そうと彼女の手を取った瞬間理解した。


 この人は多分参加者の中でリオンに次いで強い。


 これが相手の力量がわかるってことか。

 間近で見るとますます女の子らしい華奢な身体つき。しかしそこからは到底想像できないほどの強さ。彼女がここまで勝ち上がるのも納得だ。


「俺はアルク。訳あって家名は言えないかな。Gブロックの代表なら知ってると思うけど俺はAブロックの代表だ。もし試合で相見えることがあればその時は宜しく頼むよ」

「なるほど。お忍びというやつか、奇遇だな」


 奇遇? ロザリオさんは貴族か何かなのかな? 例えば内緒で大会に参加してたとか。


「こちらの話だ、気にしなくていい。家庭の事情を詮索するのは野暮だからな」

「そういうわけでもないんだが…………まあ、それでいいや」

「うむ。それに今回の私の目的は強者と戦うことだ。変な疑問で思考を鈍らせては動きに支障をきたすからな。ちなみにアルクはどんな理由で参加したのだ?」

「えっと……賞金目的です……」


 ロザリオさんの立派な理由に目を逸らしながら答えた。彼女みたいなのは少数派だろう。それでも彼女の理由を聞くと俺たちの参加理由が恥ずかしく思える。


「ハッハッハ。確かに優勝したら多額の賞金が出るからな。大会に参加した者の大半も君と同じ理由だろう。だから別に恥じることでもない」


 笑いながらそう言うと凛とした表情で俺を見つめる。


「君とは面白い戦いができそうだ。戦えるとしたら決勝になってしまうが、その時は宜しく頼む」

「こちらこそ宜しく頼むよ、ロザリオさん」

「ロザリオで良い。〝さん〟不要だ。それでは私も準備があるのでここらで失礼するよ」


 そう言ってロザリオは俺のもとから去った。

 そういえば彼女は自分の武器を見ても憐れむようなことは何も言わなかった。むしろその武器でどこまで戦えるのか興味がある様子だった。


「ただいま戻りました。……何かあったのですか」


 ロザリオが去ってから間もなくして買い出しからリオンが戻ってきた。その手にはたくさんの飲食を持っている。最大の力を発揮するにはまず食からということだろう。


「さっきまで面白い人と話しててね。その人と戦ってみたいと思っただけだよ」

「左様ですか。その方のお名前は?」

「ロザリオ・アルベルト。Gブロックの代表だよ」

「ロザリオ・アルベルト……ああ、予選の時に控え室で唯一手応えがある参加者ですね。彼女の試合はなかなかに鮮やかなものでした」


 あのリオンが他人を褒めるなど珍しいな。これは滅多にないことだ。しかも試合まで見ていたとは。でもいつ試合を見てたんだろう。ほとんど俺と一緒にいたよね?

 まあいい。リオンも認める実力。その事実が俺の胸を期待で膨らませる。彼女とはいい好敵手になれればいい。


「アルク様、彼女と戦う前に一回戦ですよ」

 

 そうだな。先を見すぎて足元をすくわれては意味がない。


「あの日絡んできた貴族。名前はローラン……」

「ローラン・ゼルグレイだ!」


 指を指しながら怒鳴り付けるのは参加申し込みの時に絡んできたローランだった。

 その取り巻き一号は顎に包帯が巻かれ、取り巻き二号は髪の毛がチリチリになっている。おそらくEブロックの参加者でリオンの〝緋蒼龍剣舞〟にやられたな。


「正直予想外だった。実は結構強かったり?」

「違いますよ。あの方は他の参加者と何も変わりません。代表になれたのも偶然、もしくは買収などをしたのでしょう」


 そうなの? 本人は違うみたいだけど。

 ありもしない疑いにローランは噴火したように怒りを表している。怒りのあまり何を言っているのかよく聞き取れない。


「あんな方たちは放っておきましょう」

「そう、だね。面倒事は関わるのも嫌だ」


 俺たちは落ち着いた場所で軽食を取れる場所を探しに椅子から立った。


「貴様! アルクと言ったな。覚えておけ。貴様には公衆の面前で恥をかかせてやるッ!」


 ローランの宣言は周りの声があるにもかかわらず一際大きかった。

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