第7話 予選終了

(ほう、なかなかに面白い武器、それにあの剣技は見事に洗練されている……)


 観客席に一般人に扮した女性──カナリア・ロメロスはアルクの戦いぶりを評価していた。

 実はというと彼女は王都にあるゼムルディア王立学院の理事長を務めている。今日は気分転換に武闘大会を見に来ていた。


 そんなカナリアにはある悩みを抱えていた。


(ここ最近は才能ある生徒以外の質が下がっているから困ってたけど、こんなところに逸材が転がっているなんて。顔を見るにうちの生徒ではないようだしスカウトもありかもしれない。それに──)


 視線はアルクではなくその後ろ、入場口にいるメイドに移っていた。

 その人物はリオンだ。特に出番以外は自由にしてても良いことからアルクの戦いをしかとその目で見届けようと控え室から出てきたのだろう。


(あのメイドさんが少年の師匠ね。いったいどれだけ戦ってきたのやら。私でも彼女の底がわからない。でも確信できる。あれほどの少年に鍛え上げたのだから、彼女が学院の教師になってくれば生徒の質もあがるかも……)


 カナリアはその力量を軽く確かめようとリオンにだけ視線を送った。

 するとリオンはギロリとカナリアの方を見た。カナリアは即座に視線を戻し観戦に戻る1。

 気のせいかとリオンはアルクの戦いに視線を戻すがカナリアは少し冷や汗をかいていた。


(何あれ……。私が言うのも変だけど、普通あの距離で気付く? それになんかちょっと怖かったし)


 もう一度リオンを見ようと勇気を振り絞り、自分の居場所を悟られないように観察する。


 容姿もその辺の女貴族に劣らない。ただ立っているだけでも人々を魅了する気品ある佇まい。それでいてアルクほどの実力者を鍛え上げた実績。リオン自身も相応の実力を持っている。


 文句の付け所がない存在だった。これはもう他の学院や貴族に目をつけられる前に確保すべきだと直感する。


(主従の関係なら一緒にいるはずよね。大会が終わったらすぐに彼らのところに向かおう。うん、そうすべきだ)


 一人でコクコクと頷いている間にアルクの試合が終わった。



 ◆ ◆ ◆

 


 俺の試合から大体40分ぐらい。

 試合は着々と終わり、Dブロックも終盤。次はEブロック。そう、リオンの出番だ。

 リオンは俺以外の試合には微塵も興味がないのか控え室で精神を研ぎ澄ませながら二本の剣を丁寧に磨いていた。


「もうすぐリオンの試合が始まるけど悠長に剣を磨いてて大丈夫なの?」

「問題ありません。Eブロックにも脅威になる参加者はいませんので。参加者たちは【緋剣イグニータ】と【蒼剣コキューティア】をお目にかかれることを感謝して欲しいくらいです」


 黙々と剣を磨き続けるリオンに一人の男性が近付いた。

 金髪で顔の形が整っている青年のようだが、どう見ても胡散臭い貴族の感じだ。どうせその顔で何人もの女性を誑かしているのだろう。


「やあ、麗しの美女。名前をお聞きしても?」

「……………」

 

 完全に無視だ。

 こんな男は眼中にないと言わんばかりの態度。男の方も額に少し汗をかいて苦笑いを浮かべてる。


「すみません。うちのメイドは精神統一してるので邪魔しないでくれるとありがたいんですが……」

「貴様は──」


 金髪の男舐め回すように俺を見た。

 はっ、とした表情を見るに俺がAブロック代表の選手だと気付いたのだろう。だが案の定俺をよく思っていないらしい。


「ふん。まぐれで勝ち残ったぐらいで思い上がるなよ。どうせ大会運営や参加者などに根回しをしていたんだろ。でなきゃ【木の枝】ごときで予選を通過できるとは思えん」


 もう【木の枝】じゃないと言うのも疲れる。

 どうせならこのまま貫き通して相手の油断を突いていこう。その方が楽だ。それにこういう人はどんなに説明しても納得せず自分に良いように解釈するだけだろうし。

 だがリオンだけはその言葉を聞き逃さなかったようだ。

 剣を磨く手をピタリと止め、前髪から見据える瞳はなんとも恐ろしいものだ。


「用件はなんでしょうか?」


 リオンは金髪の男の前に立つ。

 まったく、殺気だって……。これはもう手をつけられないかも。あーあ、俺は知らないから。


「い、いや、なんとも綺麗な女性だったもので声をかけてみただけなんだが……」

「そうですか。大会前にそんなくだらないことをする余裕があるなんて随分と自信があるようですね」

「あ、ああ。私はこれでも家系のなかで一番の実力者だからね。今回も私の強さを平民に示すために参加したんだ」

「では平民に力を誇示できるよう頑張ってください」


 適当にあしらいこの場から離れようとするリオンに金髪の男は止めた。


「待ちたまえ。私は君を一目見て我が家に欲しいと思った。どうだろう、私が優勝した暁には、そこの卑怯な男は捨てて我が家の従者として仕えてくれないだろうか」


 自分の提案は必ず通る、そんな顔をしている金髪の男。

 ふざけた提案だとリオンは剣の柄に手をかけた。俺を侮辱したのが許せなかったのか。ただリオンにはそれだけで十分な斬り伏せる理由になるなのだ。

 だがここで問題を起こせば遠回しに俺へ迷惑がかかると思ったのか。漏れ出る怒りが抑えられいつも通りのリオンに戻った。


「いいでしょう。あなたが万が一優勝した場合、提案を受け入れて私はあなたのもとに仕えましょう」

「ふっ、言質は取ったぞ。私が優勝しても逃げるなよ。君を我が家に招き入れるまで何処までも追うからな」

「はい、約束を破るようなことはしません。ところであなたが参加するブロックは何処ですか?」

「私か? 私はEブロックだ」


 その言葉を聞いてリオンは悪い笑みを溢した。


「奇遇ですね。私もEブロックです」

「おおっ、これは神が導いてくれた運命かもしれない。まずは君に私の力を見せてあげよう」

「はい、楽しみにしております」


 気分よく立ち去る金髪の男をリオンは笑顔で送った。

 終始笑顔だったリオン。でも俺にはわかる。リオンが奥には腸が煮えくり返るほど激しい怒りを抱えていることを。


「Dブロックが終了しました。次のEブロックの参加者は速やかに本会場へ移動してください」


 運営に呼ばれてリオンは磨き上げた二本の剣を持つ。


「それでは行って参りますね」

「……ほどほどにね」



 ◆ ◆ ◆



 予選が折り返しになっても観客の熱は冷めない。

 リオンのブロックは巨漢の男が多い。リオンがいなければ力自慢同士の戦いが見れただろう。


「それでは予選Eブロックを始めますッ!」

「〝緋蒼龍剣舞〟────ッ!」


 司会の合図と同時に本会場にいた参加者全員を紅き龍と蒼き龍が食い尽くした。

 立っているのはリオン一人。

 剣を振り下ろして放ったのは【緋剣イグニータ】と【蒼剣コキュートス】を使用したリオンが出せる最大級の技。これを耐えられるものはここには誰もいないだろう。俺も耐えられるかわからない。


 リオンは手加減を加えたとは言え、まともに受けた参加者は全員戦闘不能になった。司会も観客も置いてきぼりである。


「審判さん、終わりましたよ」

「えっと、勝者リオン・アルスフィーナ選手! これは何と言いますか……試合開始一秒で決着がつくとは予想外でした」


 リオンは観客にお辞儀してその場を去った。


「いや、やり過ぎでしょ」

「いえ、これぐらいの制裁があの方たちにはちょうどいいかと。特にあの男はアルク様を愚弄したので念入りに苛めて参りました」


 チラッと本会場を見ると確かに金髪の男は周りに倒れている参加者より酷い目に遭っている。

 嫌な男だったが可哀想にと同情するよ。

 そして残るブロックの代表者も決まりいよいよ本選に移るのであった。

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