第9話 本選・一回戦

 一時間後、控え室の空気は緊張感があるものだった。

 中でもローランは俺を親でも殺されたのかと言わんばかりの殺気を纏う視線だった。


「本選第一試合の準備が整いましたのでアルク選手とローラン・ゼルグレイ選手は移動の方をお願いします」


 運営に呼び出されると真っ先にローランは立ち上がり、俺を強く睨んで控え室から出てしまった。


「随分と目の敵にされていますね。何か勘に障ることをしたんですか?」

「わかんない。恨まれることなんて身に覚えがないし、そもそも彼の方が先に絡んできただろ。何がきっかけで苛ついてるのか俺にもさっぱり」

「そうですよね。貴族というのは昔からよくわからない生き物です。強いて言えば無能が多いというところでしょうか」


 おいおい、リオンさんはかなり辛辣な言葉を放つようだ。貴族にも有能な人はいるぞ。例えば………あぁ、俺他の貴族と関わりないから有能な貴族ってのがわからないや。

 とりあえず大きく深呼吸をして本会場へ向かった。



 ◆ ◆ ◆  



「逃げずに来たようだな」


 逃げるも何もローランからはおぞましい殺気が放たれているだけでそれ以外は別に大したことない。


「戦う前に一つ聞きたい。君は俺の何が気に食わないんだ?」


 これだけ憎まれてるのだから気になるので興味本意で聞いてみた。無言の圧力をかけられるよりちゃんと言葉で表してくれた方が理解しやすいからだ。


「全てだ! 私は名門貴族だぞ。が私の前に立ちはだかるな。それに貴様の武器、そんな貧相な武器で勝ち残っただと。笑わせるな、どんな卑怯を使った! あの中には私が送り込んだ兵もいるんだぞ」


 そっか、ローラン──というかリオン意外は知らないか。

 俺は名門中の名門、オルガン家の次男だ。知ってしまえば自分より地位の高い名門に罵詈雑言を並べてしまったと卒倒するだろう。

 けど俺はオルガン家を追放された存在。オルガン家の次男と名乗ることは許されない。


 そして、ついさっき小耳に挟んだことだ。

 実はローランは各ブロックに選び抜かれた兵を送っていたみたいだ。もしローランがその兵と試合をすることになったら多額の報酬と引き換えに手を抜けと命令されていたらしい。つまり八百長である。

 ちなみに情報をくれたのはリオンである。リオンはいつどこで何して情報を手に入れたのやら。有能すぎて逆に困っちゃう。


 まったく、卑怯という言葉はどの口から出ているのやら。それにローランのことだから他にも色々仕込んでると考えた方が良さそうだ。


《契約者に報告します。この場に契約者とローラン以外に二名紛れています。その二名は視覚妨害のスキルを使っているようです》


 思ったそばから……。まあ【ユグドラシルの枝】の報告に驚くことがなかった。

 というのも報告前に薄々気付いていたからである。姿形は隠せていようと気配までは隠しきれていない。しかも取り巻きの一人は俺にやられたこともあって敵意が剥き出しだ。


「なるほどなるほど。で、ローランさんはどんな卑怯な手を使ってでも俺に勝ちたいと。例え不正をしてでも」

「な、何をふざけたことを言っている!! わ、私が貴様のようなことをするわけがなかろう!」


 あらら、明らかに動揺しているな。その顔はまだ試合も始まっていないのに汗がだらだらと流れている。

 最低限の体力で勝負をつけるなら目視できないローランの取り巻きを倒し、それを証拠として運営に突き出せばローランの不正が認められ不戦勝で幕を閉じる。


「それでは本選一回戦を開始し──」

「ちょっといいかな」


 俺は司会の言葉を遮った。


「どうかしましたか」

「もしこの場に俺とそこの貴族以外の人間、はっきり言うとどちらかの関係者がいた場合どうなる?」

「その場合は不正行為と見なし、その人の参加資格を剥奪します。ただ証拠がなければ認められませんよ」

「一応証拠ならあるし、証人も沢山いるよ」


 そう言うと【ユグドラシルの枝】が獲得していたスキル〝気配遮断〟を用いてその場から消えたように見せた。

 観客がざわめく一方で俺はローランの取り巻きの背後に回り込み【ユグドラシルの枝】で首に一閃。残る一人も同様に一閃を放ち、地面を滑るように視覚妨害のスキルが切れた取り巻き二人が現れた。


「なっ──!!」

「これって証拠になるよね。彼らはそこの貴族の取り巻きだ。おおよそ死角からの攻撃で貴族を優位に立たせようとしたんだろうな」


 いっそう観客がざわめくなか、ローランは反論する。


「私はそんな奴らなど知らない!! 貴様、そこまでして私を陥れたいのか!」


 予想外の言葉に呆気に取られてしまった。可哀想に。その横にいる取り巻きたちの顔は裏切られた言葉で悲痛に歪んでいる。


「ローラン選手の言っていることは本当ですか?」


 必死に訴えているローランを他所に司会は俺に問う。


「そんなわけない。こいつらの顔を見てよ。俺とそこの貴族、どちらに敬意を示していたか一目瞭然だ」

「そいつの戯れ言に耳を貸すな。そいつは巧妙な話術でここにいる者全てを味方にしようとしているのだ。そこの二人もそいつに雇われて演技をしている!!」 


 とことんクズで自分の首を絞めているなぁ。これで本当のことがバレたら取り巻きたちの信頼は勿論のこと、自分だけでなく家族にも泥を塗ることになる。


「えっと、どうしたらいいのでしょうか……」

「迷う必要もない!! さっさとこいつが犯した行いを不正と認めこの場から放り出せ。私は貴族だぞ、大人しく言う通りに──」

「じゃあ、勝った方が正しいってことで良いじゃないんですか」


 俺は冷静に提案する。そもそもこれは武闘大会であり討論大会ではない。大会を見に来ている観客は討論ではなく激しく熱い戦いを見に来ているのだ。


「それとも貴族様の剣はただのお飾りですか。だからなるべく戦いは避けたいと。それに君は言ってたよね、各ブロックに兵を送り込んでるって。それって八百長して自分が優勝しやすくするためでしょ。まったく、そこまでして自分を世間に知らしめたいなんて尊敬するよ」

「貴様──ッ!」


 俺はローランが戦うように挑発した。これは怒りで我を忘れさせようとする意味もあるが、一番は逃げ場をなくさせること。ここまで言われて引き下がるなど貴族として恥と思うからだ。


「いいから早くそのお飾り抜けよ。一撃で叩きのめしてやるから」


 挑発と同時にローランが発狂するように剣を向け走ってきた。司会の開始宣言などお構いなしだ。

 そんなローランに対し俺は再びローランの前から姿を消す。まるで霧のように消えた俺にローランは困惑する。

 そしてローランの肩を掴んだ。

 ローランは反応し振り向くと同時に鬼の形相で剣を振り下ろすも斬ったものは虚空だった。


「じゃあな」


 俺はローランの背中に全体重を乗せた重い一撃を与える。

 地面に叩きつけられ一回跳ねるとローランの意識はそこで途絶えた。


「け、決着! 勝者はアルク選手! 宣言通り一撃でローラン選手を倒しました! それでえっと、不正疑惑の件ですが、ただいま入った情報によりますと姿を隠していた二人はローラン選手の関係者だそうです」


 司会の言葉に会場が怒りに染まっていた。特に貴族たちからは「貴族の面汚しが!」など酷い罵声を浴びせられている。

 言い過ぎではないかとも思ったが当然の報いだろう。まあ、悪いことをすれば自分に跳ね返ってくるわけさ。

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