第10話 本選・決勝前

「決着! 一回戦第二試合勝者はリオン・アルスフィーナ選手。予選に引き続き見事な速業。鮮やかな二色の龍に観客も惚れ惚れしたこと間違いないでしょう!」


 一回戦第二試合。舞台の中央でリオンは歓声を浴びていた。先程のローランの罵声とは打って変わって大盛り上がりだ。

 試合は流石と言っていいものだった。時間にして一分にも満たないものだったが十分満足のある試合。熱の入った実況でもそれはよくわかる。


「まあ、疑っていなかったが圧勝だったね」

「この程度私の手にかかれば容易いことです。それで次の試合ですが──」


 一回戦の第三試合が始まるなか、俺とリオンは話し合った。

 トーナメント方式を採用されているこの大会。第一試合の勝者が俺で第二試合の勝者がリオン。ということは次の試合は必然的に俺たちの対決となる。

 本来の目的で言えば俺かリオンのどちらかが優勝すればいいのだ。

 それにリオンと渡り合えるのはギリギリ俺だけとも言える。リオンだったら俺のためにわざと負ける可能性はあるけど。

 つまり何が言いたいのかというとこれが事実上の決勝と言っても過言ではない。

 だがしかし、リオンは──


「私は棄権します」


 俺はその言葉に驚かなかった。何故ならリオンはそう言うだろうと薄々感じていたからだ。


「観客からは苦情が出ると思うがそこは考えないとして、本当にいいの? リオンが勝ち進んだ方が優勝する可能性があるでしょ」

「そうかもしれませんが、アルク様はロザリオ・アルベルトという方と試合をしたいのですよね。彼女は必ず勝ち上がってきます。アルク様が勝つと信じておりますが、万が一に備えて体力は万全の状態で挑んでほしいのです」


 多分これはリオンなりの配慮だ。まあ、決勝が俺とリオンになった場合も潔く棄権するつもりだったと思うけど。主人を立てるのも従者の務めとか言いそうだし。

 けどリオンの言う通りロザリオとは一度戦ってみたい。もっともこれはロザリオが勝ち上がることを前提とした話だが、彼女なら大丈夫だろう。


「わかったよ。そういうことなら俺も頑張らなきゃな」



 ◆ ◆ ◆



 順調に一回戦が終わり、続く二回戦第一試合。リオンの棄権は観客全員に伝えられた。

 結果、アルクの予想通り熱狂から一変、ブーイングの嵐が巻き起こるが本人が棄権すると言った以上、無理矢理出場させる訳にはいかない。


「皆様、どうか静粛に! 二回戦の第一試合をアルク選手の不戦勝として第二試合に移ります」


 試合を楽しみにしていた観客には不満が募る。しかし、いちいち構っていると進行に差し支えると司会は気にせず進めた。


「それでは選手の紹介をさせていただきます。まずはこちら、華麗なる剣技で相手を沈める麗しの剣士ロザリオ・アルベルト選手。対するはその剛腕にて二挺の斧を従える大男ギーグ・アルムガ選手。これは注目の一戦。果たして決勝に駒を進めるのはどちらでしょうか!」


 せめて盛り上げようと咄嗟に思い付いた二人の宣伝文を述べる。単純な人間しかいないのか観客はさっきまでの不満は忘れて『ウオォォォォッッ!』などと歓声を上げていた。


「フンッ! 相手が女だろうと手加減はしねぇからな。怪我したくなければあの女みたいに棄権した方がいいぜぇ」

「戯れ言を。それに彼女は私と彼のために機会を作ってくれたのだ。ここで勝たなくては彼女に申し訳ない」


 鋭く見つめる瞳は勝利だけを狙う飢えた獣。引き抜いた武器──S級武器【閃光剣ルクスブレジオン】が煌めきを放つ。


「それでは第二試合、ロザリオ・アルベルト選手対ギーグ・アルムガ選手の試合を開始します!」


 合図と同時に両者距離を詰める。

 ロザリオの動きは予想通りだがギーグの動きもあの身体と斧を持っているにしてはなかなかのものだ。

 互いの間合いに入った瞬間、両者自慢の武器が交差する。

 甲高い金属音。しかし、両者に伝わる衝撃は骨を震わすほど重く強烈だった。

 ギーグは空いている斧でロザリオに斬りかかる。

 それを見たロザリオは表情一つ変えずに受け止めていた斧を剣で捌き、流れるような動きで回避する。


「ケッ、女のくせにやるじゃねぇか……」

「そちらもなかなかの剛腕。気を抜けば押し潰されるところだった。しかし、女だからと下に見られるのは面白くない」


 本選だけあって猛者同士の戦いはレベルが高い。見事な駆け引きに観客たちも大いに盛り上がっている。


「次はこちらから行くぞッ!」


 地を蹴り瞬く間にギーグの間合いに入るロザリオ。【閃光剣ルクスブレジオン】と呼ばれる武器を扱っている彼女の速さは正しく〝閃光〟だ。

 そこから息つく暇もなく繰り出される怒涛の連撃にギーグは苦悶の表情を浮かべる。


「──ッ……。このッ! 調子に乗るなよッ!」


 僅かな隙を見つけたギーグは二挺の斧を振り下ろす。

 轟音と共に土煙で視界が塞がる。押されていたとは言え、これはあまりにも愚策だった。

 二挺の斧ですぐさま土煙を払うも視界の先にロザリオの姿は何処にもなかった。


「何処行きやがっ──」

「残念だ。君ならもう少しやれると思ったが期待外れだったみたいだ。敗因は隙だらけの大振りと物事を冷静に判断する能力が乏しかったことだ。もう少し相手を見る目と冷静さはあればいい勝負が出来たと思うぞ」


 ロザリオが後ろにいることに気づいた時にはもう遅い。

 ギーグは知らぬ間に宙へ舞っていた。

 自身の身体が宙を舞うなど想像していなかっただろう。地に落ちたギーグは今でも呆けている。

 そんなギーグの首に【閃光剣ルクスブレジオン】を向ける。


「勝負アリだな。降参しろ」

「……わかった。俺の敗けだ…」


 二人の見事な戦いぶりに観客から拍手喝采が飛び交う。


「勝者ロザリオ・アルベルト選手! いやぁ、凄まじい戦いでした。それでは暫しの休憩を挟んで決勝戦を──」

「その必要はない」


 ロザリオは司会の言葉を遮り、選手入場口を見据える。


「アルク、私は早く君と戦いたい。早く剣を交えよう。君は私を失望させてくれるなよ」


 戦いの一部始終を見ていたアルクはロザリオのもとへ向かう。表情は自然と笑みが溢れている。


「休まなくてもいいの? 負けても言い訳は聞かないよ」

「問題ないさ。むしろいい準備運動になった。身体の熱が冷める前に君と戦いたい。司会さん、合図を頼む」


 二人はもう互いのことしか見えていない。

 アルクは【ユグドラシルの枝】を正面に、ロザリオは【閃光剣ルクスブレジオン】をゆるりと下段に構える。真っ先に先手を打てる二人の得意とする型だ。  


「わかりました。もう前置きはいりませんね。では、泣いても笑ってもこれで決着がつきます! 王都主催・武闘大会決勝戦、アルク選手対ロザリオ選手、試合開始ッ!」


 合図と同時に聞こえたのは大会で一番大きく、鮮明に響いた剣同士が交錯する音戦いのゴングだった。

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