第11話 白熱する決勝戦

 ズシリと重くのし掛かる圧力に身体が震える。

 スキルで身体能力を向上させてもそう感じ取れるのだからロザリオの圧力はどれ程のものか。 

 いや、それだけじゃないな。彼女が積んできた経験と研鑽が俺をここまで追い詰める。

 決して彼女を舐めていた訳じゃない。強敵相手に礼儀を持って最初から全力で行くと決めていた。

 だが一度剣を交えただけで確信に至った。全力以上の力を発揮しなければ自分がやられる。

 そう思っていた時には既に身体が動いていた。


 交わる剣の重心をずらし、ロザリオの持つ剣の先を地に落としたところで身を捩りロザリオへ蹴りを入れる。


「───くッ!」


 咄嗟に左腕で防いだロザリオだが衝撃のあまり数メートル吹き飛んだ。しかし、表情に余裕がある。大したダメージでもなさそうだ。


「………そう来なくてはな」


 次に仕掛けたのはロザリオ。

 目にも止まらぬ速さで俺を翻弄し始めた。

 この速さ──視界で捉えきるのは難しい。ずっと見続けていたら目が回りそうだ。

 ならばと。卑怯ではないが俺には自慢の相棒がいる。そいつに任せよう。


《動きのパターンから分析。次の攻撃は右斜め後方から来ます。ですがあくまでも予測ですので別の攻撃の警戒も怠らないように》


 確か〝未来予測〟っていうスキルだっけ。

 こうやって教えてくれるのは便利だが〝未来〟は実際に起こるまでわからない。ちょっとした事が切っ掛けで全く別の結果に導かれることもあるだろう。

 だから右斜め後方を警戒しつつ忠告も無駄にはしない。

 ギリギリまで見極め、後方から地面が削れる音を最後に動きが止まった。同時にこちらへ迫ってくる気配。俺は真後ろへ身を返しロザリオの剣を受け止めようとする。


 ───しかし、その場にロザリオはいなかった。


 いや、確かにそこにいた。

 実際に剣が重なりあう衝撃と重みはその身で感じていた。なんらな今でもその感覚が残っている。それでも目視できなかったのは──

 思わず苦しむような声を溢し俺は後方へ飛び退く。直後、俺の服の一端が切り裂かれていた。

 視線を下へ向けると姿勢を低くして突き進むロザリオと目があった。ロザリオの刺突は剣を振るうよりも速い。まるで光の矢のようだ。

 振り向いた瞬間、咄嗟の切り返しで死角に入り込んだ。速さに誰よりも自信があるロザリオにできる芸当だろう。


「今のは当てるつもりはなかったが、やはり躱されてしまうか。流石の一言。そして私の中で君の強さは本物だと証明された」

「それはどうも。でも俺もかなり焦ったよ。正直ついていくだけで精一杯だ」

「ふっ、よく言う。君もまだ本気は出してないんだろ? 君の実力はこの程度ではないはずだ」

「それはお互い様だよ。ロザリオだって今のが最速って訳じゃないんだろ」

「ははは、見透かされていたか。では私も少し本気を出そう。置いていかれるなよ」


 一段と速さが増したロザリオ。俺だけじゃない、観客及び司会も目で追うだけで精一杯だと思う。

 歓声は聞こえない。ただただ見守り、静寂なコロッセオには俺たちの息づかいと武器が交わる音しか聞こえない。

 激しい攻防。その一手一手には計り知れないほどの熱と喜びが込められている。

 地を滑り、互いに距離を取っては透かさず攻撃を仕掛ける。

 続く連撃。そして俺は全力でロザリオの剣を弾いた。それで生まれた隙を生かそうと一気に前へ踏み込む。


 だがロザリオのずば抜けた戦闘センスが牙を剥いた。

 一瞬の怯みもなくニヤリと表情を浮かべると俺が攻撃を仕掛ける猶予もなく即座に弾かれた剣を振り下ろす。

 俺は苦笑いをしながら後退する。

 そして俺たちは地面を一気に踏み込み、その勢いを利用して互いの脇を駆け抜ける。

 両者にダメージはない。踵を返して再び武器が交わり鍔迫り合いの状況になった。


「ハハハ、楽しいな。やはりこうして強者と戦えるのは楽しい」

「強者、か。君にそう認められるのは嬉しいな」

「私だけではない。ここにいる者全てが君のことを認めている。もう君の武器を見て蔑む者はこの場にいないだろう」


 耳を済ませば俺とロザリオの戦いの熱が伝染したのか興奮が混じった声援が聞こえてきた。そして、ロザリオの言う通り俺の武器を見て蔑む者はいない。


「まあ、私は最初から認めていたがなッ!」


 そう言って俺を武器ごと突き飛ばす。ここまで戦ってまだそんな力が残っているとは。


「──ふぅッ……」


 深く呼吸をして体勢を整える。ロザリオの気迫から次の一撃が勝負を決める一手になると直感したからだ。


「もっと戦っていたいが楽しい時間もいずれ終わりが来る。悪いが次で決めさせてもらうぞ」

「ああ、かかってこいッ!」


 気合いを入れて吼える。

 俺は上段に【ユグドラシルの枝】を構える。対するロザリオは体勢を低くして刺突の構えだ。

 互いに持てる全ての力をその一撃に込める。それが決着に繋がる最後の攻撃故に。


「「行くぞッ!」」


 同じタイミングで俺とロザリオは地を蹴った。


「───〝〟!!」

「───〝ジャッジメント・レイ〟!!」


 俺が放ったのは試合が始める前、【ユグドラシルの枝】によって解析が完了したリオンの技だ。

 けど威力はリオンのものよりだいぶ落ちている。【ユグドラシルの枝】も完全再現するには時間がかかると言っていた。

 本音を言えば自分の力で勝利を掴みたかった。しかし、今の俺にはリオンのような決め手がない。

 それに比べ、ロザリオには決め手があると予想していた。その差を埋めるにはリオンの力を借りるしかなかった。


 紅い龍と蒼い龍に光の一線が激突する。

 凄まじい威力と爆風が会場を包み込む。

 そこに生まれた爆煙が全員の視界を奪った。


「しまっ──」 


 ここで決定的な差がついた。

 動きを止めてしまったのはロザリオだった。

 普通なら視界がよくない状態で動くのは得策ではない。下手に動いて自分の位置を知らせてしまう可能性があるから。

 だが俺は動く。大体の位置は【ユグドラシルの枝】が把握している。

 そして回避する暇も与えず俺は【ユグドラシルの枝】をロザリオの喉元へ突きつけた。


「お見事。君の勝ちだ」


 負けたことなど気にもせず満足したのか笑顔でロザリオは俺の勝利を褒め称えた。


「決着!! 優勝はアルク選手!! 決勝戦と呼ぶに相応しい最高の戦いでした。皆様、二人の健闘を称えて盛大な拍手を送りましょう!!」


 リオン以外──といっても今までリオンとしか勝負していなかったが今日改めて世界は広いことを実感した。

 こうして武闘大会を優勝した俺は賞金100万ギールの大金を手にしたのだった。



 そして──



「私はカナリア・ロメロス。ちょっとだけお話を聞いてくれないかな」


 新たな出会いが俺とリオンに待ち受けるのであった。

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