第12話 カナリア・ロメロス

「アルク様、優勝おめでとうございます」

「ありがとう。でも結構ギリギリの戦いだったよ。それにあれを本当の勝利と言っていいのかわからない。リオンの技がなければ勝てなかったってところもあるし」


 心の底から出た本心だった。

 そういえばリオンには俺があの技を使えることを教えていなかった。それでも驚きもせず何も聞いてない。もしかして最初から知っていたとか? そんなわけないか。いや、リオンならあり得るかも……。

かった。


「ところで賞金の使い道はどうしましょうか。この賞金を使えばこの前の宿に数日は泊まれますし……」

「それは却下。俺はもう貴族じゃないんだからお金の管理はしっかりしないといけない。財布の紐が緩んで散財すればまた金欠になるよ」


 毎回毎回都合よくこんな大盤振る舞いな大会が行われるわけない。安定した収入を得るまでは無駄にお金を使わないようにしとかないと。


「それもそうですね。失礼しました。では賞金の使い道を考えるのは後にして、今後の身の振り方をどうするかですね」


 そこなんだよ。侯爵家を追放、しかも家族の縁も切られて行く当てがない。知り合いの貴族にも俺はあまりよく思われていなかったから受け入れてくれる可能性も低い。


「私としましては冒険者という仕事も視野にいれています。あの手の仕事は実力が全てです。アルク様と私がいれば依頼も難なくこなせるでしょう」


 リオンの意見も一理ある。

 依頼は冒険者をまとめる冒険者ギルドに行くと受けられる。

 依頼内容は様々で、採取や探索、討伐などがあり、中でもギルドが指定した高ランクの魔物を倒せば報酬金も多額になる。

 危険はあるが魔物を倒すだけで金になる。俺たちにはもってこいの仕事だ。

 それに俺は【ユグドラシルの枝】を使って日が浅い。魔物の討伐は良い経験値になるだろう。


「冒険者になるには簡単な試験があるようですが、実戦形式のようですので私たちなら問題なく合格するでしょう」

「よし、決まりだ。リオンは冒険者ギルドに行ったことがあるんだったよな。俺は知らないから案内してほしいんだけど」

「かしこまりました。それでは参りましょう」


 俺たちはコロッセオから立ち去ろうとした時──


「そこの二人! ちょっっっと待っったァァァッ!」


 大声の主の方へ視線を向けると物凄い勢いできっちりと整った黒いスーツを着る女性が向かってきた。

 追い付いた黒スーツの女性は俺たちの前で立ち止まり肩で息をしている。きっとコロッセオ中を走り回っていたのだろう。


「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……。まさかここまで体力が落ちていたとは……。デスクワークばかりしていたせいか……今度から少し運動量を増やそう……」

「あの……俺たちに何か?」

「ん? ああ、君たちに少し話があってね……。でも、その前に何か飲み物をくれないか……。君たちを探すのに走り回ってもうげんか──」 


 と、黒スーツの女性はバタンッと倒れてしまった。

 大会が終わったとは言え、まだコロッセオには人は大勢いる。騒ぎになる前になんとかしなければ。


「ちょっ、リオン、とりあえず飲み物買ってきてくれ!!」

「か、かしこまりました!!」


 俺は女性に肩を貸して落ち着ける場所まで運ぶ。



 ◆ ◆ ◆



「いやぁ、助かった助かった。あのままだと干からびて死んでしまうところだったよ。これ、飲み物代ね。ちょっと色を付けといたから」


 そう言って黒スーツの女性はジュースを飲み干した空のコップを置き、懐から元々の五倍の金額を取り出して渡した。

 色を付けとくどころの話ではないのでは? でも誠意として受け取らないわけにはいかないので少し驚きながら金を受け取ったは黒スーツの女性に問うことにした。


「それで俺たちに話とは?」

「そうそう。まずは話を始める前に自己紹介から。私はカナリア・ロメロス。こんなんだけど一応ゼムルディア王立学院の理事長を務めている」

「ご丁寧にどうも。俺は──」

「君は大会優勝者のアルク君。そちらのメイドさんはリオン・アルスフィーナさん。大会を見ていたものなら二人の名前は覚えているさ」

「あっ、思い出しました。何処かで感じたことのある気配だと思えば、私のことを一瞬だけ見ていた人です」


 あの時というのは俺がAブロック代表を決める戦いの時だったらしい。

 けどあの観客の中から──しかも予選に出ていない自分が視られていることに気付くか? でもリオンだからなぁ。


「あはは、その節はどうも……」

「アルク様の試合を一瞬でも見逃していたことには不服ですが……。それでその王立学院の理事長が何のご用で?」

「それは折り入って頼みがあって……」

「頼み、ですか」

「そう。その頼みっていうのがアルク君は高等部の生徒で、リオンさんは教員という立場で王立学院に来てほしいんだ。まあ、わかりやすく言えばスカウトだよ」


 なるほど、そうきたか。だとするとカナリアさんが俺たちに話し掛けてきた理由も理納得できる。しかし、それとは別で気になることもあった。

 

「どうして俺たちを勧誘するんですか? 何か特別な理由があったり?」

「実はここ最近生徒の質が下がってきているんだ。それに年に数回行われる他国との交流戦も勝ち星を上げていない。理事長同士の会談もあるんだが、交流戦に負けすぎて理事長としてのメンツは丸潰れさ」


 両手を上げ乾いた笑いをするカナリアさんを見て、これは思った以上に重症なのだと理解した。


「それで私たちを勧誘して勝ち星を上げたいと。ですがそれはカナリアさんの保身のためということになりますよね。要は私たちを利用するという解釈で宜しいでしょうか」

「そうだね、否定はしない。人間、誰だって私利私欲に生きるものなのさ」


 先程とは打って変わって真面目な顔でカナリアさんは答える。 


「やけに素直ですね」

「裏表のない誠意だと捉えてほしいよ。ここで変に誤魔化せばそれこそ信頼を失う。それで考えてくれるかな?」

「……学院に入学するとして、俺たちにメリットは? さすがにただ入学しろと言われるだけじゃ引き受けるわけにもいかないです。仮に学院に通うことになれば費用もかかるわけですし。仕事と学院生活を両立させるのは少し難しいです」


 と、質問したわけだがカナリアさんは即座に答えた。


「そこは心配しないで欲しい。まず学院は毎年新入生を対象に〝特別推薦枠〟というのを三枠設けている。これは理事長である私だけが使用する事が可能で特別推薦枠の生徒は学院にかかる費用は全額こちらが負担することになる。言うなれば実質無料タダで学院生活を送られる素晴らしい制度なんだよ」


 確かにそれなら費用を気にすることはない。


「ちなみに今年の特別推薦枠は既に一枠使っていて残りは二枠。その内の一枠はアルク君に、もう一枠の目処は立っているよ。まあ、それを受けるかは本人次第だけどね。それとリオンさんは私が見つけた優秀な人材って形の紹介になるかな。給料も当然出します。君たちの人生の一部を私のわがままに付き合ってくれと言ってるんだからね」

「他の職員の給料より上乗せしてくれるのなら」

「ああ、約束しよう」


 なんか俺を無視して勝手に解決しているような……。

 でも冒険者よりかは教員の方が収入は安定する。それに実は学院生活というのに憧れていた。

 なにぶん昔はああだったから世間に出してもオルガン家の汚点にしかならない。それでもリオンのお陰で人並みに勉学は出来るけど。


「それじゃあ試験とかはどうなるんですか?」

「高等部への進学志望の生徒は中等部が半分ぐらい。そこに外部からの入学志望の子も含めて試験を行う。結構競争率が激しいけど特別推薦枠の子──つまりアルク君は簡単な試験をして実力を再確認するだけ。それで終了だよ」

「それってちょっとズルじゃないんですか? 競争率が激しい中で俺だけが楽して入学できるなんて……」

「ズルじゃないよ。これでも私は人を見る目がある。特別推薦枠を貰える人間は私の目を惹かせるほど努力している者。己の欲のために努力をしていない人間と同じ土俵に立たせるのは失礼だ。というか私の決定に反抗する者は私に反抗するのと同じだよ」


 トップの決定には逆らうな。この人はそう言っている。まあ立場的に考えればその考えになるのもわからなくもない。それにカナリアさんは自分でも言ってたが私利私欲に生きているみたいだし。


「それで学院の件、君たちの答えを聞かせて欲しい」

「えっ、選択権があるんですか? ついさっきまであんなこと言っていたのに」

「あれは学院の者に対してだよ。でも今回は私が頭を下げて頼む立場だ。勿論この先も君たちに何かを強要することはない」

「………少し考えさせてください」

  

 一度きりの人生。学院には興味がある。

 だが、学院には一つだけ厄介な事があるのだ。それをどうするか考える時間が欲しい。

 リオンには一人で考えたいと伝え、俺はその場から去ることにした。



 ◆ ◆ ◆



 アルクがいなくなりリオンとカナリア、二人だけの空間は気まずい空気が漂っていた。 


「アルク君が帰ってくるまで少しお話でもしましょうか。リオンさんも立ちっぱなしは疲れるだろうし座って」

「いえ、私はアルク様の従者ですので主君が帰ってくるまではこのままで……」

「従者ね……。私は従者のあなたではなくとお話がしたいんですけどね」


 カナリアの言葉を聞いた途端にリオンの雰囲気は変わった。にっこりと笑うカナリアとは裏腹にリオンの表情は冷たい。


「リオンさんの戦いを見て思い出したんですよ。昔、とある国が雇った傭兵集団が敵国を攻めたって話をね。その集団はとんでもなく強くて負け知らず。中でも緋色と蒼色の剣を使う女の傭兵がいると」

「……………何が言いたいんですか?」

「単刀直入に聞きます。リオンさんは戦場を駆け巡る死神──〝氷炎の死神〟っていう傭兵をご存知ですか?」

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