第13話 傭兵 氷炎の死神
「〝氷炎の死神〟ですか。懐かしい響きですね。その異名を聞くとあの日々が今でも鮮明に思い出されます」
「その口ぶりからすると間違っていないのかな?」
「はい。私はかつて〝氷炎の死神〟と呼ばれていた傭兵。金のためなら何でもやった最低最悪の女です」
そう言うとリオンはアルクが座っていた椅子に腰を落とした。彼女からは先程とは異なる雰囲気が漂っている。
そして、リオンは深く一呼吸挟むとゆっくりと目を開け呪文を唱えるが如く言葉を発した。
「カナリア・ロメロス。王都ゼムルディア出身、ゼムルディア王立学院を首席で卒業。その後冒険者として名を馳せ、難易度の高い依頼を難なくこなす。また王都に存在する軍にも非常勤ながら配属しており、協定を結んだ国にも多大なる信頼を受けている。そして最も注意すべきはその実力。本来の身体能力、SS級武器をはじめ他四種の武器もSS級に匹敵する能力を秘めている。そうしてついた異名が〝五天神姫〟」
リオンが言い終わるとカナリアは口をポカンと開けていた。だが先程まで無関係だった人間にここまで詳しく言われてしまうとカナリアの反応も正しい。
「い、いやぁ、驚いた。そこまで知られているとは。ストーカーと疑われても仕方ないぐらいだよ」
「情報収集は何においても必須です。それに運命が違っていれば生死をかけた戦いをすることになっていたかもしれませんので前々から注意はしていました」
「そっか。じゃあ例えば私とリオンさんが戦ったらどっちが勝つかな? 勿論私は負けるつもりはないけど」
「どうでしょうね。実際やってみないとわかりません」
漂う不穏な空気。普通に話しているだけにも関わらず互いが互いの腹を探っているような感じだ。
だがしかし、ここで証明するのは無駄な時間。何よりリオンはアルクが帰ってくるまで勝手なことはしたくない。
「まあいいか。何事も今が大事。これから同じ職場になるかもしれないしここは一つ仲良くしましょう」
「そうですね。今の私たちは戦場で出会った敵ではなく学院の理事長と主君に仕える従者。戦う理由はどこにもありません」
微笑み合うリオンとカナリア。そして世間話を混ぜながらアルクを待つが戻ってくる様子はない。
「アルク君、遅いですね」
「思うところもあるのでしょう。学院には出来れば会いたくない人物もいるでしょうし」
「へぇ、まあ深い事象がありそうだから詮索はしないでおこうかな。それより──」
カナリアはじっとリオンを見つめ始めた。
「何か?」
「リオンさんって元傭兵の割には丁寧な口調で話すなぁと。偏見かもしれないけど傭兵って私のイメージだと結構野蛮な感じなので」
「ああ、それは間違っていませんよ。現に私も前の口調に戻る時がありますし。こういう風に喋るようになったのはアルク様と出会ってしばらくしてからですね」
「元傭兵と少年の出会いですか。少し興味があるかな」
「聞いてもあまり面白くありませんよ」
「まあまあ、アルク君が戻ってくるまでの時間潰しですよ。あっ、話したくないなら話さなくても構いませんが」
「特に隠しているわけでもないので構いませんよ。そうですね、あれは私が15の時でした」
かつてリオンは王都ゼムルディアより遥か遠方に存在する大国に雇われていた。
傭兵の仕事は雇い主の命令に従うこと。この時リオンが所属していた傭兵集団に下された命令は敵対国の戦力の削ぐことだった。
リオンは命令通り敵対国の戦力を限りなく零に近い状態まで削いだ。結果、その戦争に勝利するが今度は雇い主側が牙を剥くことになる。
最終的には双方に多大なる被害を与え、傭兵集団は過ぎ去った嵐のように姿を眩ませた。
そんなある日、リオンに悲劇が起こる。
傭兵集団はリオン含め六人で構成されており、その内の五人がリオンを襲ったのだ。
リオンは集団でも頭一つ抜けていた。それが気に食わない五人による計画的な犯行。リオンとて共に死線を乗り越えた仲間──しかも五人をまとめて相手するのは厳しい。
戦いは何ヵ月も続いた。
戦略的撤退をしたところでいつかは追い付かれる。だから戦いを出来るだけ長引かせ、疲労したところを狙って一人また一人と
仲間だとしても殺しに感情はいらない。命を狙うのだから当然狙われても文句は言えない。そうやって今まで生きてきた。
そして、長きに渡って続いた戦いは決着した。
最後の一人。
彼女はリオンとの激闘の果てに右目と左腕を奪われると言葉を残して撤退する。
『フフフ、今は退いてあげる。でもぜぇ~たい貴女を殺すわ。せいぜい死なないように、って心配する必要もないわね。じゃあね、死神さん』
リオンは彼女との戦いでかなり体力を消耗していた。
繰り返す高熱。悲鳴を上げ続ける身体。見知らぬ土地をひたすらに歩くこと五日。リオンは森で一人の少年と出会う。
少年はリオンの様子にいち早く気付くと警戒の欠片も真っ先に向かっていった。
子供だろうと近寄る者は全て敵。万全の身体ならば躊躇い無く首を切り飛ばしていた。
『……私に触るな。さっさとここから消えろ』
『でもお姉さん、怪我してる。それにおでこもすごく熱いよ』
『こんなの大したことない。それより私の前から消えろ。次はないぞ』
リオンの忠告だったが少年は聞く耳をもたず、小さな身体でリオンを支えながら歩き始めた。
『おい……何を……』
『この先に僕の家があるんだ。そこで休めば元気になるよ』
屈託のない笑顔で言う少年にリオンは驚きを隠せなかった。
『……お前は私が怖くないのか……? もしかしたらお前を殺し、その後家族も殺すかもしれないんだぞ』
『大丈夫だよ、お姉さんは悪い人じゃない。それに僕は弱いし落ちこぼれって言われてるけど父上や母上は凄く強いから』
先程の様子とは違って少年の顔は少しだけ悲しそうな顔をしていた。自分の弱さを悔いているようなそんな顔を。
そしてリオンは少年の家に案内され、手当てを受けることになる。その際少年の父親に会ったが第一印象は強いが少年にだけ冷たい人間だと感じた。
『私は家族というものを知らない。そもそも興味すらないんだが、お前は家族に嫌われているのか?』
『……うん』
『……そうか』
暫しの沈黙が二人に訪れる。
元々他人との会話は避けてきた。況してや子供との会話を持続させることなどリオンには縁のないこと。
だがこれまで死闘を経て緊張感が解かれた今、リオンは色々と思い返してふと言葉が漏れた。
『なあ、一人ぼっちは……寂しくないか?』
『えっ…?』
『こんな気持ちになるんだと失って初めて実感した。でも後悔はしていない』
『お姉さん?』
『だがお前は子供だ。しかも家族から見放されているなんて寂しくないか?』
『……うん。でも家族はどんなに頑張っても僕を見てくれない。多分これからもずっと』
俯く少年に頭を手を乗せるとリオンは微笑んだ。
『
『本当に? お姉さんはずっと側にいてくれるの?』
『ああ、リオン・アルスフィーナの名に懸けて。ところでお前、名前は』
『──僕はアルク・オルガンだよ』
こうしてリオンはアルクの父親ルイスに頼み、実力を認めさせると〝傭兵〟ではなくオルガン家の〝従者〟として雇われたのだった。
「という感じで私はアルク様と出会いました。当初は色々と苦労しましたが今ではこちらの方がしっくりします」
「いやぁ、聞いて良かった。私は好きですよ、こういう話」
「そうですか。では素性を明らかにしたところで貴女に確認します」
真面目な表情をするリオンはカナリアに質問した。
「死人の血で汚れた私を教育者として雇いますか?」
「ええ、雇いますよ」
即答するカナリア。そこに迷いなどは微塵もない。
「死人の血で汚れたということはそれだけ死線を乗り越えてきたということです。言い換えればかなりの実力者。それにアルク君の師匠はリオンさんですよね。だったら教育者としても申し分無い。あと、かくいう私も人間を殺したことがあります。戦場に出る者の
「はぁ、学院の理事長がそう言うのであれば気にしなくてもよさそうですね」
「まあ、殺人は殺人ですのでこうしてのうのうと生きているのはどうかと思いますが。けど私たちは人を殺した罪を背負って生きていかないといけない、ですよね」
「はい」
そう返事をして彼女たちは会話を続ける。
そして、リオンは傭兵仲間の
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