第16話 入学式 

 ゼムルディア王立学院の試験改めユリウス・グロムナーガと遭遇してから二週間後。あの後のことは聞かされていないが今日はいよいよ学院の入学式である。

 俺は支給された黒と白を基調とする制服に袖を通し、軽く動いてみる。

 窮屈な感じも一切しない。肌触りも一級品である。話によると制服には魔術が組み込まれており余程のものでない限り怪我はしないようだ。機能性の面でも優れている。


「アルク様、とってもお似合いですよ」


 リオンはいつものメイド服ではなく学院の方から支給された教員の制服を着用している。

 しかも赤縁メガネをくいっと上げて如何にも出来る女教師という佇まいだ。でもそれ伊達メガネだよね。


「教師として雇われるのであれば身なりもその方に合わせた方がいいと思い、まずは形からと。もしかして似合っていませんか?」

「いや、似合ってるよ。ただ普段はメイド服しか見てないから新鮮だなって思っただけ。ずっとオルガン家に仕えてたんだし、この機会にもっとお洒落をしてみたら? 俺は他の服を着てるリオンも見てみたい」

「そ、そういうことでしたら今度洋服でも見に行きましょう。アルク様の好きな服も気になりますし……」


 ん? なんでリオンは頬を赤らめたんだ。後半もボソボソ声で聞き取りにくくらしくない。

 けど、リオンは時計を見るといつも通りの様子に戻って入学式までの時間を確認した。


「もうそろそろ出た方がいいですね。私は他の教師の皆様に挨拶のため別行動になりますがぐれぐれも──」

「迷わないよ。というか学院区画は他の区画と同じように自由に出入り出来るんだから場所を覚えるために何日かかけて歩き回ったじゃん」


 その際、ロザリオと遭遇した時には勝負を挑まれてたけど。リオンにも自己紹介した次に勝負を挑んでたな。まあ、入学すればいつでも勝負できるからと断ったが。


「そうでしたね。あっ、それともう一つ。昨日は王立学院中等部の入学式だったのはご存知ですよね。教育者として中等部にも関わることがあると私も出席して挨拶をしてきましたが、そこで妹君であるアリス様もいらして──」


 やっぱり……か。

 各部相当の人数が出席する中でアリス一人を見つけることが出来たことは置いておき、俺もアリスの存在には気付いてはいた。

 というのも俺がまだオルガン家にいた時に何度か王立学院の話が家族間で話題に上がっていたのだ。

 兄──マクギリス・オルガンも王立学院に通っていたこともあり、アリスもそれに倣うように学院への入学が決まっていたのだろう。

 あとは度々オルガン家の長女が試験を受けに来ていると耳に挟んでいた。

 オルガン家の長女はアリスしかいない。由緒あるオルガン家が試験を受けるとなれば噂になるだろう。それだけで信憑性は十分にある。


 アリスの顔を見ればあの頃の思い出が鮮明に蘇るなぁ。最後は顔面を蹴り飛ばされたっけ。


「向こうは……当然気付くか。父上や母上も保護者として出席しているだろうし」

「ええ。挨拶後は面会を求められましたが話すこともないので断っておきました」

「今度アリス──いや、もっと広く考えるべきか。オルガン家の関係で色々と問題が起きると思うけど何とかするさ。だからリオンは心配しなくて良いよ」

「……アルク様、一人で抱え込まずいつでも頼ってくださいね。私はアルク様のためであれば助力を惜しみません」


 頼ったら頼ったでオルガン家に酷いことが起こりそうだけど。家を追い出されたとはいえ家族に酷いことをするのはちょっと……。でもリオンも俺のために言っているんだよな。


「ありがとう。それよりほら、リオンは早めに学院に行かなきゃ」

「はい。では後程」


 先に行くリオンを見送り、俺も荷物の確認をして宿を出た。



 ◆ ◆ ◆



 ゼムルディア王立学院。改めて敷地内を見渡すと広大だ。生徒たちが伸び伸びと研鑽を積むには最適な環境である。

 学院に到着すると教員の指示で大講堂へと案内される。大講堂には前列にこの度入学が認められた新入生200名。

 この200名は成績順にクラスを分けられ、A~Eクラス各40名となる。

 Aクラスは当然だが一番下のEクラスとて甘く見てはいけない。

 元々王立学院に入学志願していたのは3000を超えるほどの大人数だったらしい。その中から受かったのだからそこそこ実力はある。

 ちなみに特別推薦枠は必然的にAクラスになる。理由は言わなくてもわかるだろう。


 後方の座席にはゼムルディア王立学院の在校生。きっと彼らは新入生の力量を見極めようと目を光らせながら物色しているな。

 更にその後方の座席には新入生の保護者が我が子の栄えある姿を見届けようと参加している。


 と、大講堂の中を見ながら席を探していると不意に肩を叩かれて声をかけられた。


「お前とは結ばれているのではないかと思うぐらい巡り合うな。この際交際してみるのはどうだ。私たちなら相性ピッタリだぞ。後好きな時に剣を交えることが出来る」

「嘘だとしても冗談は止めるんだ、ロザリオ。それと後半が本音でしょ。君は俺と戦える機会と口実が欲しいだけだろ?」


 右隣を見るとロザリオがいた。しかし、制服をかなり改造しているな。彼女の制服は辛うじて原型をとどめている。


「制服、それ大丈夫なの?」

「これか? 別に指摘されていないし問題ないだろ。先輩もやっていたぞ。アルクもどうだ?」


 いや、俺は遠慮しておくかな。一年が調子に乗っていると変に目をつけられたくないしね。


「まあ、勝負の件は学院にいればいくらでもあるからいいか。それにこの間のユリウスとの勝負も納得いってない。いずれ決着はつける。だが、お前と交際して学院生活を謳歌するのも悪くないと思ったのは本当だぞ」

「はいはい、そういうことにしといてあげるよ」


 ロザリオは美人だが戦闘狂の部分がなぁ。そこを除けば結構アリなんだが淡い期待をするのも無駄だ。

 適当にあしらうとロザリオは頬を膨らませながら不満の顔を浮かべていた。これにちょっと可愛いと思ってしまった俺がいる。


「それよりロザリオは学院の生徒についてどう思う? 理事長は生徒の質が落ちているとか言ってたけど」

「そうだな。最上級生辺りは強者つわもの揃いだがそれ以下はその通りかもな。新入生でもあの人数の中で席を勝ち取ったにしろ本当に実力があるのは少数。あとは平凡って感じだな」


 厳しい評価ですねぇ。けどロザリオも見る目はある。あながちこの意見も間違っていないのだろう。


「じゃあロザリオから見て心踊るような勝負が出来る新入生は?」


 ロザリオに聞いてみるが実は【ユグドラシルの枝】でなんとなく把握していた。けどこういう話題を振れば話も続くだろうと考えたからである。


「そうだな……あの少女はかなり出来るな。どうにもこの国の王女様らしい」


 王女様をあの少女呼ばわりとは……。確かに年齢に比べて少し幼く見えるけど。王女相手にそんな態度ではいずれ何か仕出かしてしまうのではないか? ロザリオならあり得そう。


「王女様なら優遇されて特別推薦枠とか貰えそうだけどね」

「それがどうやら彼女自身が断ったらしい。きっと〝王女だから〟っていう理由だろうな。私もこの国の王女だったらそうしている」

「王女だから?」

「『王女だから特別扱い』そんなのはここでは言い訳に過ぎない。仮に特別推薦枠を貰ったところで弱さが露呈すれば王族としての立場がない。まあ、それも杞憂に終わると思うがな」


 国や民のためにも強く在らねばならない。

 王女様も苦労しているのだろうな。

 それから少し雑談をしながらも入学式が始まるのを待つ。

 そして、大講堂の光が徐々に暗くなり、代わりに壇上に煌々と光るライトが天井から降り注いだ。


「新入生諸君、静粛に。ただいまよりゼムルディア王立学院入学式を始める」

「始まったな」


 教員の一言で大講堂に静寂が訪れる。それと同時に理事長カナリアさんが登壇した。


「新入生の皆様、はじめまして。私はこのゼムルディア王立学院の理事長を務めさせております、カナリア・ロメロスと申します。まずは御入学おめでとうございます。教員、在校生共々皆様を心より歓迎します」


 始めに新入生へ歓迎の言葉を送り、綺麗な姿勢でお辞儀をするカナリアさん。新入生も目を輝かせながらのカナリアさんを讃えているように見えた。


「さて、私の自己紹介はこれまでにしておきましょう。皆様が入学した学舎──ゼムルディア王立学院の育成方針は完全実力主義。ここでは平民、貴族、王族など関係ありません。ゼムルディア王立学院は『強い者が上に立つ』それだけです」


 覇気のある言葉に新入生たちは息を呑む。

 この場には権力者である貴族も来賓で参加しているだろう。その気になればカナリアさんの地位など簡単に剥奪できるはずだ。

 だが、カナリアさんは臆することなく威風堂々とした姿で説明を続ける。


「我が校は生徒の潜在能力を向上させるため様々なカリキュラムを組み、全面的にサポートをしております。ですがここ数年、他校との交流試合では連戦連敗。今では他国の学院から見下され、我が校の立場が危ういのです」


 周りに訴えかけるように感情を込めながらカナリアさんは続ける。うっすらと瞳に涙を浮かべているように見えるがあれは感情に訴えるための演技、つまり嘘だ。


「私は自分が侮辱されるよりも学院、況してや生徒が侮辱されるのがこの上なく悔しい。だからこのイメージを払拭しようと教育面含めあらゆる面を見直し、更に今年は有望な教員まで迎え入れました。彼女にかかれば我が校の栄光も取り戻せましょう。紹介します。彼女が新しく我が校に転任してくれた───」


 カナリアさんが壇上の左側に手を向ける。

 上手から現れたのは、目を奪われるほど品のある凛とした風格で壇上を歩くリオンだった。大講堂にいるもの──主に男共が釘付けだ。


「リオン・アルスフィーナ教諭です。彼女は私の目で判断し、我が校の生徒へご教授頂けないかと交渉のしたところ、快くこの話を受け入れてくれました。彼女の力量は私が保証します」


 快くという点は語弊があるかも。

 嘘の言葉にリオンの瞳が動きカナリアさんを見つめるが、多分カナリアさんは「今回だけは私の話に乗ってください、お願いします」と言っているような感じでリオンも思わず溜め息を吐いていた。


「ではここでリオン教諭にも一言挨拶をもらいましょう」


 カナリアさんはリオンへ場所を譲る。

 

「ご紹介に預かりました。リオン・アルスフィーナです。これからは皆さんと共に学院生活を送ることになりますので以後お見知りおきを」

「そ、それだけ? リオン教諭、もう少しだけ……新入生に向けての激励の言葉とか……」

「そうですか。では一つ。カナリア理事長から声をかけられた時にこの学院の現状も聞かされました。それを聞いて抱いた感想は「この学院の生徒は向上心に欠けていて何でも他人のせいにする無能ばかりだ」これに限ります」


 あっちゃあ、いきなり切り込んじゃった。普通そういうことは思っても言わないんじゃない? 

 リオンの一言で大講堂にざわめきが起こる。

 それもそうだろう。リオンの言葉はたった今この場にいる在校生を敵に回したようなもの。彼らからの第一印象は最悪だ。 


「結構辛辣な言葉を言うんだな」

「まあ、リオンならもしかしてって思ったけど……。本当に言っちゃうとはなぁ」


 思わず頭を抱えそうになる。もっと言葉を選べば良いのに直球なんだもん。


「リオンさん、生徒たちから嫌がらせされるんじゃないか?」


 仮にそんな人がいるならリオンに嫌がらせをする度胸だけで賞賛する。その後どうなるかは知~らない。

 ロザリオは俺の言葉の意味を理解できなかったようだが、リオンの話はそのまま続いた。


「私は物事を教えることに関しては多少経験がありますので他の教師たちの気持ちもわかります。そこであなた方に問います。あなた方は一度でも教える立場の人間を敬ったことがありますか。彼らはあなた方のために毎日時間と力を費やしています。それを「出来ない、やりたくない、意味がない」と、あなた方は恥を知りなさい!!」


 リオンの一喝でざわめきは消え去り静寂が戻った。


「あなた方はまだまだ未熟です。なのにあなた方よりも数倍知識と技量を持つ教師たちの教えを無下にして、それで他校の生徒に勝てないなど当然の話です。教師たちはあなた方を勝利に導きたいがために力の使い方を教えているのですよ」


 一呼吸してリオンは学院の生徒に告げる。


「いいですか。はっきり言いますが私はこの学院に思い入れなど微塵もありません。ですが教師として雇われた以上、あなた方の腐った性根も一から叩き直してあげましょう。もし私が気に食わないのであればいつでも挑戦を受けます。私を倒して学院から追い出しなさい。以上で私の挨拶を終了させていただきます」


 言いたいことを全て言っちゃったな。

 そしてリオンは壇上から去った。微妙な空気の中で気まずそうにするカナリアさんは紹介の締めに入った。


「えっとぉ……非常に熱が入った挨拶でしたね。皆様、リオン・アルスフィーナ教諭に拍手を」

「ふざけるな。適当言いやがって!」

「そうよ。私たちだってちゃんと努力してるのよ!」


 怒りを露にする生徒たちに対し──


「いやぁ、アルスフィーナ教諭の演説は素晴らしい。我々の言いたいことを全て代弁してくれた」

「彼女を見つけた理事長には感謝せねばな」


 怒号と喝采。相反する二つの声が新入生の新たな可能性を見つける第一歩の入学式を混沌に染め上げるのであった。

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