第17話 己の力量と現実

 波乱の入学式が終わると新入生は各クラスごとに教室へ案内された。

 俺とロザリオはAクラス。言わば新入生の中で一番優秀な部類に入る。まともに試験を受けていないけど。

 ちなみに同じ特別推薦枠であるユリウスの姿はどこにもなかった。だが一つだけ席が空いているのも確認した。おそらくあれがユリウスの席なのだろう。


「にしてもリオンさん──いや今はリオン教諭か。改めて彼女の挨拶には新入生にも思うところがあるだろうね。あんな風に言われたら色々と考えさせられる」

「ロザリオもリオンの挨拶に不満があった?」


 隣の席に座っているロザリオは考えることもなく俺の質問に即答した。


「いや。むしろ彼女の言う通りだと思いながら聞いてたぞ。人間誰だって大きな壁にぶつかる時がある。そこで頑張るか頑張らないかで今後の命運が決まるんだ。頑張ればその努力が報われて、頑張らなければ何かと文句をつけて諦める。後者の道を選べば、力は衰退して無能と呼ばれてもおかしくない結果になる。私もそんな人間にならないよう頑張らなければな」


 そう思えている時点で心配する必要はなさそうだと思う。きっと彼女はリオンの指南を受けてもやっていけるだろう。


 初日ということもありクラス内は知り合い同士で集まっている状態だ。俺も知り合いはロザリオしかいないので必然的に会話している。

 そして、始業を告げる鐘の音が鳴ると教室に二人の教師が入ってきた。この場にいる生徒はその姿を見て緊張が走っただろう。


「あの、どうして理事長がこちらに?」


 クラスを代表して一人の女子生徒が手を上げて質問した。言葉にせずとも全員が同じ疑問を抱いている。当然俺も。理事長って仕事が大変そうなイメージだしこんなところで油を売っている余裕はあるのか。


「ああ、気にしなくていい。私はただ新入生の面構えと彼女の初授業を見に来ただけだから」


 そう言って新入生の横を通り過ぎ、教室の後ろ壁に寄りかかり腕を組みながら教室の様子を眺め始めた。


「やあ、アルク君。あの日以来だね、元気してた? ユリウス君は私がきつく説教しておいたから」

「その割には顔を出していませんけど」

「えっ?」


 カナリアさんは辺りを見回すがユリウスの存在がないことに気付き溜め息を溢した。


「どうりで教室に入って早々に襲われないわけだ。まったく、あのわがまま坊やめ」

「それよりも理事長の策略ですか?」


 教室内はの登場でざわついている。

 俺は教壇の前にいる人物に視線を移した。


「先程挨拶はしましたが改めまして、リオン・アルスフィーナです。この度はこの一学年Aクラスの担任を務めさせていただきます」


 リオンの挨拶を終えても何もない。本来であれば、拍手などが送られるだろうが、尚も新入生たちは落ち着きがなくざわめきが終息しない。


「残念ながらこれは彼女が決めたことだ。というか「担任はアルク様のクラスにしなさい」ってメッチャ怖い顔で脅してきてさ。こちとら学院の理事長だぞ、って。まあ、無理言ってるのは私なんだから仕方ないけどね……それにアルク君無しでも彼女はAクラスに配属させるつもりだったけど……ははは」


 乾いた笑いに死んだ魚の目で何処か遠くを見つめるカナリアさん。

 覚えておくと良い。これがリオンに威圧された者の末路だ。カナリアさんも知らない間に色々あったのだろう。

 

「まずはお互いを知るために自己紹介でもしましょう。それではアルクさ──コホンッ、君からお願いします」


 名前順であればアルクが一番最初だった。立ち上がるとクラス全員から注目されるが、これは別の意味の注目だろうな。


「アルク・アルスフィーナです。察しの通り、俺とアルスフィーナ教諭はです。といっても異母姉弟なんですけどね。姉には色々と思うところがあると思いますが俺共々仲良くしてほしいです」


 挨拶を終えるとリオンだけが盛大な拍手をしていた。それに釣られるようにたどたどしく拍手が起こる。

 それで俺の家名が変わっている件について。

 俺は入学手続きの際、一番最初に書く名前の記入に行き詰まっていた。

 実家を追放されたとはいえオルガン家を語るには目立ちすぎる。だから予め口裏を合わせ、身近にいるリオンの家名を使うことにしたのだ。結果的には目立ったことに変わりないのだけれど。


 それから残りの生徒も自己紹介をしていき、最後の生徒の自己紹介が終わる。


「さて、自己紹介も終わりましたので、ここで一つ簡単なテストをします。私の独断ですが理事長、構いませんよね?」

「常識の範囲内であれば好きにして構いません。ここはリオン教諭の受け持つクラスですのでやり方に口を出すつもりはありません」


 などと気前よく言っているカナリアさんだが、すぐさま俺の耳元に近づいて不安そうに聞いてきた。


「ちょっと、大丈夫なの? 私、不安なんだけど。リオンさんって常識って言葉知ってる?」

「心配ならやめさせればいいじゃないですか」

「無理無理。あの目で見られたら許諾するしかないじゃん。でなきゃ私の命が危ないよ」


 それはわからなくもないが理事長ともあろう人間が新任の教師に相当恐怖を植え付けられているのだろうと呆れてしまう。


「まあ、テストって言っても最悪ぐらいだと思うので、医務室を用意しておけば問題ありませんよ」

「えっ、それってどういう……まさかいきなり実戦形式とか?」

「見てればわかります」

「それでは全員起立してください」


 言われるがまま生徒たちは起立した。そしてリオンも教壇から一歩前に出て生徒たちを一瞥する。その一瞬で生徒の表情や余裕を見極めてから説明を続けた。


「まず皆さんがどれほどの腕前か見させてもらいます。ですが皆さんは動かなくて結構。5秒間ほどその場に立っているだけ、あとは気を強く持つことをお勧めします。それでは始めます」

「ちょっ、いきなりだし説明がいまいち理解で──」


 男子生徒が口を挟む前に教室一帯はおぞましい圧で満たされた。

 経験したことのない者は知らぬだろう。目の前にいる到底敵わない強大な存在が立ちはだかる恐怖を。

 恐怖に身体を震わす者。瞳を涙で濡らす者。なかには気絶する者まで現れた。僅か5秒で教室内は一変した。


「凄まじいな。しかもあれは本気でないと見た。ほんの僅かな時間でも今の自分では彼女の足元にも及ばないことを理解させられたよ……」

「アルク君の言う通りこれは医務室が必須のようだね……。どうやら私はとんでもない人間を学院に招き入れてしまったらしい……」


 冷や汗をかきながら感想を述べるロザリオとカナリアさん。Aクラスとて今この場で立っているのはアルクを含め十人にも満たない。


「これでテストを終わります。このテストの意味ですが、単にあなた達の力量を測っただけです。まず最後まで立っていられた方、あなた方は優秀です。これからも慢心せず努力と研鑽を積んでください」


 ニッコリと笑って見つめてくるリオンに俺は苦笑いで返す。

 日頃から慣れている俺からすれば問題ない──というかここで倒れたら後が怖い。絶対に毎日の訓練が厳しくなる。


「そして膝をついている方、あなた方には素質があります。しっかりとここで学べば二年後には平然と立っていられるでしょう」


 意識があるものはクラスの三分の一程度だった。そして、リオンは少し声色を低くして残りの生徒に告げる。


「最後に気絶している者や心が折れかけている者。あなた方は今まで何をやってきたのですか。明確な強い意思がない人間が何をやったところで成長には繋がりません。自分の有り様を見れば身に染みてわかるでしょう。ですが私もあなた方が積み重ねた時間と経験を蔑ろにするつもりは毛頭ありません。これからは明確な意思と目標を決め、精進してください。そのためならば私も惜しみ無く協力しましょう」

 

 いやいや、あんな威圧生きているうちに一度あるかないかだよ。他のクラスなんて最悪怖すぎて死んじゃうのではないかと思うくらい。これはあれだ、反省会行きだ。

 

「それでは今日はここで解散です。授業は明日から。各施設は終日使用可能ですので自由に使ってください」


 何事もなかったかのように淡々と進めるリオン。

 こうしてリオンが盛大にやらかした入学式初日は終わったのだった。


「よし、終わったな。なあアルク、食堂に行こう。実はリオン教諭の圧に堪えるのにエネルギーを使って腹ペコなんだ。ああ、その後は入学記念に一勝負しよう。学院区画は広いから場所は探せばいくらでもあるぞ」 


 うん。目をキラキラと輝かせて期待した眼差しで俺を見ているロザリオに思うところがある。

 君はもう少し場の空気を読むことを覚えよう。

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