第18話 昼食
「おばちゃん。注文いいか。メニューのここからここまでを頼みたい」
入学式とガイダンスが終わりロザリオの提案のもと俺たちは食堂を訪れた。ちょうど昼時で食堂もそれなりに利用している者がいる。
ゼムルディア王立学院の学食は全品無料で生徒たちの財布にも優しい。メニューも豊富で飽きがないだろう。
そしてあろうことかロザリオは何食わぬ顔でメニューの端から端までなぞり注文をした。その数凡そ20品。華奢な身体の何処にこれほどの量が入るのか。
「見ない顔だね。ひょっとして新入生かい? 注文は受けるけどうちの学食一つ一つの量が多いよ。そっちの彼氏と一緒に食べるとしても多すぎるんじゃ」
「大丈夫だ、問題ない。私は育ち盛りだから余裕で食べれるぞ」
「そうかい……。そう豪語するなら止めはしないけど、米一粒でも残したら罰として半年間毎日食堂の雑用をしてもらうからね」
「残念ながらそれは無理な話だな。私の胃袋を舐めるでない!」
何故胸を張って威張っているのかはわからないが、その姿を見た俺は「ロザリオはこれが普通なのだ。気にした方が疲れる」と思考を完全に停止することにした。
「それで、そっちの彼氏君は?」
いや、彼氏じゃないんだけど……。
突っ込むのも面倒なのでメニューを見ながら考える。
名前を聞くだけでも美味しそうなメニューばかり。空腹でなくとも食べれそうだ。
「じゃあこの〝天獄鳥のふわとろオムライス〟のセットで」
「男がそれっぽっちで足りないだろ。特別に大盛りにしてやるさね」
「いや、別に俺は普通で……って」
俺の言葉に聞く耳を持たないおばちゃんはすぐさま調理場に向かおうとしたが、ロザリオが声を上げた。
「おお、それもうまそうだな。おばちゃん、私もそれ追加で頼む!!」
おばちゃんは何も言わずただ親指一つを天に向けていた。その背中はさながら戦場に赴く戦士のようだった。
「カッコいいおばちゃんだったな」
うんうんと強く頷くロザリオは食堂のおばちゃんを気に入ったようだった。
俺には何処に気に入る要素がわからなかったがとりあえず列の邪魔にならないようロザリオの制服の襟を掴んで移動した。
「はいよ。彼氏君の方は超特盛〝天獄鳥のふわとろオムライスのセット〟。彼女ちゃんの方は同じ〝天獄鳥のふわとろオムライス〟に〝ワイルドブルの肉厚ステーキ〟〝フレアバードのグリルチキン〟〝スパーダタイガーの煮込みシチュー〟───」
呪文のように長々と料理名を言っていくおばちゃんを余所に、俺は自分の前に置かれたデミグラスソースがかかった高く聳える黄色い巨大な山を見つめていた。
パッと見で5人前はある。これを一人で食べきれるのか。残せば半年間食堂の雑用。これはある意味試練でもある。
ってなんで俺はロザリオに巻き込まれているんだ。俺は普通に昼食を取りたかっただけなのに。
だが、俺の前に並べていく料理は全てロザリオのもの。
その中で俺のはたった一つだけ。それで男の俺が弱音を吐いてしまえばなんか負けた気になる。
よし、ここは意を決して聳える黄色い山を攻略するとしよう。
「──デザートに〝各種フルーツの盛り合わせ〟と〝七色のオーロラシャーベット〟だよ。これで注文は全部さ。残さず食べるんだよ」
こうして一仕事終えた食堂のおばちゃんは元の場所へと戻っていった。
「壮観だな。早速いただくとしよう」
料理を見てはすぐに手を合わせ「いただきます」と口にして食事を始めるロザリオ。用意されたナイフやフォークを使い、料理を美味しそうに頬張る彼女を見て俺も自然と笑みが溢れた。
「美味しそうに食べるね」
「実際うまいんだから仕方ないだろ。それに私のために作ってくれたのだから責任もって食べなくては。そうでなきゃおばちゃんたちに頭が上がらない」
「そうだな。俺の場合は勝手にやられたけど、それでも作ってくれたことには感謝しなきゃな。いただきます」
手を合わせて頼んだオムライスを一口食べる。
すると口のなかでコクのある味わい深いソースが広がり、とろとろな卵の甘味を引き立てている。
卵の下のチキンライスもまた絶品。それぞれの具材が丁寧に下処理されていれ雑味がなく見事に調和されている。
「リオンの料理と張り合えるぐらい美味しいな」
黙々と食べ進め、最初は食べきれるか不安だったオムライスもあっという間に平らげた。自分でも信じられないぐらいだ。
「ごちそうさまでした」
食べ終えるとロザリオの方を見た。すると20人前ほどあった料理も全て9割以上は食べ終え、残りはデザートだけとなっていた。
「本当に食べきるとはな……」
「だから言っただろ。私なら大丈夫だと。それよりお前も食べるか?」
差し出された〝各種フルーツの盛り合わせ〟に手を伸ばし、偶然手に取ったブドウを口に運ぶ。
噛むと果汁が弾け、くどくない甘味とさっぱりとした酸味が口直しにはちょうど良い。
「そうだ。アルクに話があったんだ」
「何話って。これから勝負に付き合えっていうのは無しだぞ」
「そうじゃない。どうやら近いうちに課外授業とやらがあると耳に挟んでな。四人一組で受ける授業らしい。そういうわけでアルク、私と組もう」
突然の申し出だが断る理由はない。
課外授業の内容は知らないけど、カナリアさんもあらゆる面を見直したとか言ってたし難易度の高いものになっているだろう。
そう考えれば野外活動の経験が豊富そうなロザリオと組むのも一つの手だ。あくまでも俺が勝手に決めつけているだけだが。
しかし、俺とロザリオが組むとして問題もある。
「俺が言うのも変だけど特別推薦枠同士が組むのは実力を考えれば無しじゃないか?」
「変じゃないだろ、自信を持て。お前は強い。まあ、もし駄目ならそれはそれでお前と競い合えるから私としては好都合だ」
「そうですか……。じゃあ仮に俺たちが組むとしてだ。残りの二人はどうする?」
個人競技ではなく団体競技なのだから力の優劣が出来ないようになるべく差がない方が良い。
Aクラスの中で俺たちと力の差が無いと言えば──
「まさかユリウスを誘うつもりなのか?」
「無いな。あれは他人との連携が取れるタイプじゃない。居てもパーティーに迷惑しかかけない。それにあんなのがパーティーに居たら課外授業どころではないぞ」
ロザリオが言いたいことはわかる。
俺とロザリオのパーティーにユリウスが居た場合、試験の時に一度勝負を中断させられたから再戦を申し込まれる──というか強制的になるだろう。
それにロザリオもだ。ロザリオの事だから一度負けている──って言ったら確実に説教されると思うけど──から対抗心を燃やして争いが生まれる。
そうなれば場は滅茶苦茶になる。それだけは避けたいな。
「そこは俺も同意見だけど……。となると話が振り出しに戻っちゃうな。誰をパーティーに誘うか」
「まあ、その辺は時間もあるし何とか出来るだろう」
つまりノープランと。
「わかったよ。多分明日以降の授業でクラスの実力が見れると思うからそこで見て決めよう」
「うむ。では、昼食も終えたことだし腹ごなしに軽く運動するか。リオン教諭も施設は終日使えると言っていたことだしな」
「じゃあここでお別れだな。また明日」
「何を言ってる。運動するには相手が必要だろ。お前も来い」
やっぱりかぁ。薄々感じてはいたがやはり俺の予感は的中した。こうなっては何を言っても連れていかれる。仕方ない、ここは潔くロザリオ言うことを聞こう。
ここから何時間付き合わされることになるやらと思いながら席を立とうとしたその時──
「待ちなさい。どうしてあなたみたいな落ちこぼれがここにいるのか説明しなさいよ!」
突然後ろから声をかけられた。
その声は聞き覚えのある声。その声を聞くだけで過去の自分が蘇ってくる感覚に陥る。
振り返るとそこには高等部にいるはずのないオルガン家長女──アリス・オルガンの姿があった。
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