第19話 アリス・オルガン

「アリス………様……」


 いや、落ち着けアルク・オルガン。

 未だに抜けていないアリスに対しての丁寧な口調は過去から染み付いた習慣。けどそれはオルガン家にいた時までの話だ。今の俺ならオルガン家相手でも臆することはない、と思いたい。

 この学院にアリスがいるとはリオンの報告でわかっていた。中等部にいるはずなのに何故高等部の食堂にいるのかは謎だけれども。

 

「ちょっと聞いてるの? っていうか、なんで落ちこぼれの分際で私を見下ろしてるのよ。いつもみたいに私の下にいなさいよ」


 そう言ってアリスは制服のネクタイを引っ張り床へひれ伏せさせようとさせた。しかし、アリスの手に別の右手が添えられる。


「まあまあ、少し落ち着け。お前たちがどんな関係があるのかは知らないがここは飯を食べるところであって喧嘩する場所じゃない」


 ロザリオは周りを見てみろと首を軽く動かした。アリスは鋭い目付きで見るが確かに周りの視線は集まっていた。だが自分には関係ないと言葉を続ける。


「何よあなた。部外者が余計な出ししないで」

「悪いけど私は彼と友達でな。友達が良いようにやられるのは見過ごせないのさ。それにアルクもアルクだ。こんなチビッ子に……お前らしくない」

「チビッ子って……あなた! 私が誰だか知ってるの!?」


 怒りが限界に達したのかアリスは吠える。


「いや、初対面なんだから知るわけないだろ」


 何というか……ロザリオだな。

 高等部の生徒もアリスの存在は認知しているはず。多分オルガン家の娘だからというのもあると思うがその実力は高等部にも匹敵する。

 それをどうだ、「知らない」で終わらせてしまうロザリオの言葉。驚きすぎて全員固まってるよ。


「お前が彼女とどんな関係なのか興味など微塵も無いが私の知っているお前は堂々としてたぞ。だからしっかりしろ」


 ニヤリと笑い背中を強く叩かれた。後で見たら赤く腫れてそうだがお陰で

心の曇りが消え去った気がする。


「ロザリオ、ありがとう」

「気にするな。この後たっぷり私に付き合ってくれるのであればな」


 どうやら高くついてしまったな。まあ、今回ばかりはロザリオに感謝すべきか。


「わかったよ。時間が許す限りいくらでも付き合う」


 さて、それじゃあこっちだ。俺はアリスの腕を掴み返す。


、俺がここにいるのは理事長に頼まれたからだよ。本当はお前が中等部に入学することは知ってたから断ろうとも思ったが理事長に頭を下げられて断るにも断れなかったんだ」

「嘘つかないで! あなたみたいな、しか使えないあなたがこの学院の試験に受かるはずない!」


 まあ、実際試験は受けていないし。けどここで特別推薦枠の話を出したら余計にややこしくなるから黙っていよう。

 それより言ってしまったな。

 アリスは【ユグドラシルの枝】を指差しながら怒りを露にした。

 頭に血が上っている状態で、もしこれが普通の【木の枝】じゃないと言っても信じてもらえないよな。

 ところで【ユグドラシルの枝】は今の発言に対してどう思っているんだろう。


《契約者の忠告により侮辱されましたが我慢しています。しかし、契約者の身内だろうといずれ制裁を──》


 これは駄目だ。いや、我慢することを覚えただけでも進歩しているか。

 願わくば耐えることを覚えてほしいのだがそれよりも今はアリスの対処に回らないと。

 

「そう言うが現にアルクは学院に合格してお前の前に立っている。この事実は変わらない。まあ、私も彼の武器には少々疑念を抱くが無理に聞く必要もないしな」


 横からロザリオが言う。アリスは苦虫を噛み潰したような表情で握っているネクタイに力が入った。


「…………なんで……屋敷から追い出したのにそんな顔ができるのよ……私がどれだけ自分の気持ちを押し殺して……」


 アリスが小さく呟いていたように感じたが上手く聞こえなかった。

 そしてすぐさまアリスは刃物のような鋭い目付きでアルクを見た。まるで胸中にある怒りだけをぶつけるように。


「勝負しなさい。あなたが負ければこの学院からあのメイドと出てって。あのメイドもいるだけで目障りなのよ」

「勝負する理由なんて俺にはないよ」

「私にはあるの! 断るんだったらパパとママに頼んで力ずくでここから出てって貰う」


 そんな無茶苦茶な……。いくらオルガン家が侯爵家で権力があろうとそこまで出来るのか。

 けど仮に出来たとしてそれはカナリアさんが止めるか。学院にも大きな影響を与えることにもなるだろうから。

 だが勝負しないって断っても面倒か。仕方ない、ここはアリスの提案に乗るしか道はない。


「………じゃあ俺が勝ったら…?」

「絶対にないと思うけど、好きにすればいいわ。私を学院から追い出してもいいし、今まであなたにやってきたことを私にすればいい」


 別に勝ってもどうするつもりもない。ただ平穏に学院生活を送れればそれで良いのだ。向こうはそうもいかないようだけど。


「わかった。時間は?」

「今日の夜9時。場所は第一修練場。立会人は私の方で用意してあげるわ。せいぜい逃げないようにね」


 握っていたネクタイごと俺を突き放し、後ろに仕えていた生徒二人を引き連れてアリスは食堂から去った。


「嵐のように過ぎ去ったチビッ子だな。で、あのチビッ子はなんなんだ?」

「ロザリオはオルガン家を知ってるか?」

「名前くらいなら。貴族の中でもあの《剣聖》や《大賢者》がいる名家中の名家だからな。機会があればあってみたいものだ」


 それは手合わせしたいという意味だろうが指摘したら話が脱線すると思いながら俺は続けた。


「オルガン家には優秀な長男と長女がいる。長男は父親に似て剣術に長け、長女は母親に似て魔術に長けている。あの子──アリス・オルガンはオルガン家の長女だ。そして、オルガン家は有能な武器と共に名を馳せてきた歴史がある」

「ほう。しかしお前は随分とオルガン家に詳しいんだな」

「オルガン家にはもう一人、歴史を辿っても存在しない、ろくな武器を扱えない落ちこぼれがいる。その男の名前はアルク・オルガン。君の隣にいる人間だよ」

「ん? だがお前はアルク・アルスフィーナではないか」


 ロザリオは俺の話を聞き、理解したと同時に首を傾げて当然の疑問を投げ掛けた。


「実家から追放されたんだよ。【木の枝】しか使えない奴は必要ないって。今はこいつが相棒として俺を支えてくれてるから助かってるけどね」


 本当に【ユグドラシルの枝】にどれだけ救われてきたことか。俺の人生を一変させた希望の武器だ。


「それでオルガン家を名乗るわけにもいかないから俺を追ってきたリオンの家名を使ってたわけ。そこからはロザリオとコロッセオで出会って、理事長に学院に誘われて、君と肩を並べて学院に入学した」

「そうか……お前にも色々あったんだな」


 ロザリオからはその一言だけだった。それ以外は何もない。


「他に何かないの? 同情を誘うわけじゃないけど、実は俺がオルガン家の人間で驚いたとか」

「別にないな。アルクはアルクだろ。それ以上でもそれ以下でもない。まあ、オルガン家には、武器の良し悪しでお前のような人材を手放した愚かさに呆れてるがな。《剣聖》も《大賢者》も実は大したことないんじゃないのか」


 真面目な表情で父と母の評価を一気に変えたロザリオに笑うしかなかった。


「かもね。力がなかった頃はただ怯えていただけだったけど、今の俺なら《剣聖》にも《大賢者》にも勝てるかもしれない」

「ああ、その意気だ。さて、約束の時間までまだ結構あるし一汗掻くとしよう」

「まさか見に来るつもり?」

「当然だろ。一応チビッ子──じゃなかったオルガン家のご息女の力も見ておきたい。リオン教諭と理事長も連れてお前の勇姿を見に行くぞ。なに、神聖な決闘の邪魔はしないさ」


 彼処まで話を聞かれていたのだから当然かと俺は諦めるのであった。

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