第59話 『暴風の塔』
「とうちゃーくッ! ここが『暴風の塔』だよ」
目の前に聳え立つは天をも突き抜ける巨塔。
ブルムークから出発して約二時間、俺たちは『暴風の塔』へと到着した。
見るからに攻略に時間がかかりそうな高さである。
最上階なんて見上げても雲に隠れてここから見えない。最上階まで登るなんて移動時間の比じゃないぞ。
更に『雷鳴の塔』にも行かないといけないわけだろ。三日で終わらせるなんて無理がある。
しかし、文句を言ったところで現状は何も変わりやしない。地道に行くとしよう。それが一番効率がいい。
そんなわけで俺は『暴風の塔』内部に侵入しようとしたのだが──
「ちょっ、アルクお兄さんどこ行くの?」
「いや、中に入らないと上に行けないでしょ」
「もしかして、馬鹿正直に一階から最上階まで登ろうとしてるの? そんなことしてたら凄く時間がかかるよ」
なんだろう、ウィンディの言葉に少しだけ傷付いた。
俺だって一階から最上階まで登ろうなんてことは馬鹿だと思ってるよ。でもそれしか方法はないじゃないか。
「じゃあどうするの? 空を飛べるわけでもあるまいし」
塔の側面には所々穴が空いている。そこから入れることが出来たらかなりのショートカットになるだろう。
ただそれは空を飛ぶことを前提とした話である。
空を飛ぶことなど人間に出来るわけない。
いや、魔術を使えば人間でも空を飛べるかもしれないか。
だがしかし、質量ある物質を浮遊させるためには魔力を多く消費する。そこから更に上昇移動させるとなると精密な魔力コントロールと当然多くの魔力が必要だ。
仮に出来たとしても高さにして五十メートルぐらいが限界か。魔力を出しきれば更に高く行けるかもしれないがその後はしばらく役立たずになる。
弱ったところをカーティス姉妹や魔物に狙われても困るのであまり取りたくない策だ。
ここで【ユグドラシルの枝】が何か別の方法を出してくれれば最高なのだが、その気配は無さそうだ。
なので諦めて馬鹿正直に一階から行こうとしている。
それをウィンディは別の方法があると言わんばかりに止めたのだから期待していい案なのだろうな。
するとウィンディは装備した【魔風爪テンペスタ】で俺の服の襟を掴んだ。
えっ? まさかそんなことしないだろ。
「あの……ウィンディさん? なんとなく察してはいますが何をしようとしているのですか?」
恐る恐るウィンディに聞いてみた。しかも年下相手に敬語で。
「アルクお兄さんに快適な空の旅を提供しようと」
「つまりこのまま俺を塔に向かってぶん投げると」
「心配しなくても私コントロールはいい方だから多分大丈夫」
多分ってなに。そこは絶対と言ってほしいのだが。
「それじゃあ行くよぉ!」
「ちょっ、まだ心の準備が───!」
「アルクお兄さんの無事を祈ってるよ。グッドラック!」
そう言うとウィンディは躊躇なく俺を天高く投げ飛ばした。
とてつもないスピードである。
これは以前迷宮区画で落下した時と同等だ。もう二度と体験しないと思っていたのに……。
後で文句を言ってやろう。それぐらいはしてもいいはずだ。
ウィンディに投げ飛ばされて十秒もしないうちに結構な高さまで来た。
下はかろうじてまだ見えるな。
ウィンディたちは豆粒サイズだ。スキル〝五感強化〟にて見えたがこちらに向かって手を振っていた。
他人事のように振る舞って……いつか仕返ししてやる。
っと、悠長にしている場合ではないな。そろそろスピードも落ちて下降し始めてしまう。
最高到達点がちょうど塔の側面にある穴の真横だったので【ユグドラシルの枝】を引っ掻けて侵入する。
「はぁ……」
無事にたどり着けた安心からか溜め息が漏れた。
何処が快適な空の旅なのか。常人であれば失神しているぞ。これは〝快適〝ではなく〝地獄〟の間違いだ。
ところでカーティス姉妹たちはどうやってここまで来るのだろうか。
ウィンディがエクレールを投げ飛ばしたとしても地上に残っているウィンディはどうする。自分で自分を投げることは出来ないだろ。
まさか、人に任せて自分は地上で待っていると? だとしたらエクレールも来るかわからないじゃないか。
そういえば俺を誘ったのも楽したいからという理由だった。
戦わずして目的を達成する。俺はカーティス姉妹に嵌められたのかもしれない。
「………はぁ……」
再び溜め息が漏れる。
嵌められる方が悪いか。一応こういう場合も想定してたから問題視する必要もない。
となると俺は単独行動を視野に入れなければな。
このまま手ぶらで帰ればカーティス姉妹に何されるかわからない。それこそブルムークの人間を殺しかねない。やっぱりカーティス姉妹は頭のネジが何本か外れていると思う俺である。
まあ、手ぶらで帰ろうにも下に続く階段が見当たらないんだけどね。
辺りを見渡してみても何もないのだ。
上に続く階段も下に続く階段もない。強いて言えば中央に石碑があるぐらいか。調べるだけ調べることにしよう。
俺が石碑に近付こうとしたその時、突如目の前で暴風が巻き起こった。
何事だと注意深く観察していると暴風は止み、代わりに現れたのは漆黒の体に赤い八つの目が煌びやかに輝かせる魔物。
蜘蛛のような姿で体長は五メートル以上はあるのではないだろうか。
はっきり言ってその容姿に背筋がゾッとしている。
特別虫が苦手というわけではないけどあのサイズは誰でも気味悪く思うだろう。
《あの魔物は『テンペスト・デススパイダー』という名前です。強さで言えばBランクに相当します。主な攻撃は粘糸による拘束と大鎌のように鋭い前足から繰り出される斬撃ですね》
毎度毎度解析と説明ご苦労様です。
それにしてもあれがBランクか。見た目だけでいったらAランクでも良いと思えるぐらいだ。
向こうは侵入者を排除しようと完全に敵視しているし、石碑を調べるにもあの魔物を倒さないと不可能なのでカーティス姉妹のことは一度放置して戦闘に専念しよう。
テンペスト・デススパイダーは後方へ高く飛翔し俺に向かって腹の先から糸の塊を発射する。
噂の粘着性がある糸だろう。【ユグドラシルの枝】からの説明によるとこれは受けるよりも避ける方がいい。
粘糸を回避するとそのまま反時計回りに走りテンペスト・デススパイダー接近する。
背後を取って一気に畳み掛けれたら良し。
無理でもダメージを与えることが出来れば良い。
──だが何事もうまく行かないようだ。
テンペスト・デススパイダーは常に俺を正面で捉えるように移動を繰り返している。
面倒だな。しかも向こうは視界が広いだけあって死角に入ることすら難しい。
作戦を変えようにも正面からの接近は大鎌のように発達した前足を対処しなければいけなくなる。
まあ、対処するだけなら容易だが攻めに転じるには少々骨が折れそうな気がする。
というのも【ユグドラシルの枝】からの追加説明でテンペスト・デススパイダーの前足には強力な毒があると言うのだ。
防御を怠って攻撃を受けてしまっては一大事になりかねない。こういう時誰かがいれば助かるのに。
期待しても仕方ない。まずはテンペスト・デススパイダーの視界をどうにかする。
俺は左手のひらを向けて魔術発動の準備をする。
最近【ユグドラシルの枝】が編み出した魔術だ。
魔術──というか魔術スキル以外の全てスキルに階級が存在するようで、下から〝下位〟〝上位〟〝最上位〟となる。当然上にいけばいくほど効果は高い。
下位スキルは基盤となるスキル。
上位スキルは基本的に下位スキルが進化したもの。
最上位スキルに至っては世界でも限られた者しか所持していないとか。その習得の方法もスキルによって異なるみたいだ。
ちなみに俺のスキルは七割下位スキルで残る三割は上位スキルとなっているが数が多くて全て把握しているわけではない。
しかし【ユグドラシルの枝】の力でも最上位スキルまでは習得できないようだ。いや、必要なスキルが足りないとか言ってたっけ。
習得したスキルを整理する時に統合するのだが、終わった後に受ける説明はいつも右から左に流れていってたから詳しく覚えていない。
こんなこと【ユグドラシルの枝】に知られたらなんて言われることやら。
《………全て聞こえていますよ》
あっ、ヤベッ……。
と、とにかくテンペスト・デススパイダーに向けて魔術を発動させるぞ。
術式は既に組み終わっているので後は放つだけだ。
一定の距離を保ちつつテンペスト・デススパイダーに上位炎魔術──〝天輪灼炎破〟を食らわせる。
魔術との同時使用は魔力の消費が激しいが、【ユグドラシルの枝】がリオンから見て盗んだ〝緋天龍〟と組み合わせるととてつもない火力が出せそうだな。
今度試してみようと思いながらも次の動きの準備をする。
渦巻く炎はテンペスト・デススパイダーを包み込んだ。
大きな火柱が轟々と音を立てながら燃えている。
初めて見たけどあんな風になるのか。
しかし、視界をどうにかしよう放った魔術にしては威力が強すぎるような……。視界どころか全身包んじゃってるし。
それでも油断は禁物だ。あの火柱が消えてから一気に畳み掛ける。
よし、火柱が消えたな。
テンペスト・デススパイダーもあまりの高火力に大ダメージを受けている様子。
動く気配もないのでこのまま近付こうとしたのだが、俺が一歩踏み出した瞬間にテンペスト・デススパイダーは崩れるように倒れた。よく見てみると体を支えていた足は炭のようにボロボロに砕け散っている。
これってさ、もしかしてだけど──
《契約者の考え通り既にテンペスト・デススパイダーは絶命しています。これにて戦闘終了です》
いやいや、えっ? やっぱり本当に倒したの?
俺の考えていたプランでは魔術で隙を作ってから一気に勝負を決めるはずだったんだけど、それがあろうことか一撃で終わってしまった。
喜ぶべきなんだろうけどなんか複雑な気持ちだ。
こんなことなら初めから魔術を使っていれば良かった。
というかなんだけど、上位魔術スキルたった一撃でBランクの魔物を倒せるものなのだろうか。
CランクやDランクならまだしもBランクであれば普通二、三回は当てないと倒せないと思うんだけど。
《先程放った〝天輪灼炎破〟は私が独自に編み出したものであり、他の術士には知られていない魔術です。威力は最上位スキルほどの魔術ではないので上位スキルに位置付けました。それと、契約者の疑問にお答えしますとBランクの魔物でも属性の相性によって一撃で仕留めることも可能です》
そうですか。ならテンペスト・デススパイダーには〝天輪灼炎破〟が有効だったということか。
しかし、最上位スキルとはどれほどの威力を持っているのだか……。
魔術の威力を高める形態──【神霊樹杖】ではなかったのだ。仮にその形態で放ったらテンペスト・デススパイダーなんか形すら残らないんじゃないか?
恐るべし【ユグドラシルの枝】が作りし上位魔術スキル。
あと、本当に今更だけどいよいよスキルを作ってしまったかぁ。【ユグドラシルの枝】ならいつかはやると思っていたけど、とうとうその日が来てしまったな。
いや、良いんだよ。既存の魔術スキルも結局誰かが生み出して世に広まったわけだし、何だったら新しい魔術スキルを生み出そうと日々奮闘している者だっているはずだ。
ちなみにおさらいだが、魔術スキルは所持していたらその系統の魔術を使える資格がある。
例えば炎魔術スキルを持っていたら下位炎魔術スキルだと術式を理解した上で「〝
しかし、新しい魔術スキルには危険が付き物だ。
何故なら誰も使ったことがないから。
新規の魔術スキルは既存の魔術スキルと違って術式が正しく組まれているか発動するまでわからない。
組んだところで術式に不備があれば発動しない。もしくは術式は組まれていても暴発し、最悪巻き込まれて命を落とすことがある。
だから新規の魔術スキルを生み出そうとする者は余程の物好きしかいない。
なのに【ユグドラシルの枝】は俺の知らぬ間に作ってたんだよなぁ。万が一にも失敗するとか考えていなかったの?
《私の組んだ術式は疑うまでもなく完璧です。故に暴発等の心配は一切必要ありません》
でしょうね。聞いといてあれだけどその回答が来ると予想してたよ。そうじゃなければ新規の魔術スキルを勧めたりしないし俺も使おうなんて思わない。【ユグドラシルの枝】を信じているからこそ使ったのだ。
ついでだから他にも上位魔術スキルを作ったりしてないか聞いてみたが──まあ、作ってるよね。
自重を知らない【ユグドラシルの枝】が新規の魔術スキルを一つだけしか作ってないなんてあり得ない話だ。
使うのはまた別の機会にするとしてやっと石碑を調べることが出来る。そう思った時──
「アルクお兄さん、フロアボス倒してるじゃん! ちょっとは苦戦してると思ったからピンチのところに颯爽と現れて助けようと思ったのに」
小さな竜巻に乗ってここまで上がってきたウィンディが声をかけてきた。エクレールは落ちないようにウィンディの腕に掴まっていた。
言いたいことはたくさんあるけど、まず初めに言いたかったのは──
「そうやってここに来れるなら俺を投げ飛ばす必要なかったんじゃない?」
「いやぁ、これ重量制限があるんだよ。私とお姉ちゃんでギリギリ。頑張ればお兄さんを乗せれるかもしれないけど、そうしたらお姉ちゃん乗せること出来ないし何回も行き来するのは面倒だから。あと魔力が勿体ない」
だったら投げ飛ばす前に言ってくれれば良いだろ。
そう言ったら「伝えるの忘れてた、ハハハ」とウィンディは言い出したのでわざと遅れてきたことも含めて頭に軽めの拳骨一発で許してやった。
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