第58話 カーティス姉妹の目的

 俺の口から了承したとはいえ、依頼を引き受けたのはほぼ強制的と言っていい。

 一度殺そうと牙を剥いてきた二人と共に行動するなど自分でもどうかしてると思うんだけど、言うこと聞かなければ街の人を無差別に殺すなんて言ってるのだからどう考えても引き受けるしかない。

 お世辞にも小さな女の子が言うセリフではないよな。しかし、それを実現できそうなほどの力を持っているのだから質が悪い。まあそれも俺が素直に従えば丸く収まるのだから必要な犠牲なのだろう。


 それで、今は冒険者ギルド内にある小さな休憩スペースにて話し合いが始まろうとしているのである。

 カーティス姉妹の妹の方──ウィンディ・カーティスは俺に依頼内容を何一つ教えずに依頼場所へと向かおうとしていたのだ。

 待て待て、と。

 依頼内容を知る権利はこちらにもあるだろうよ。

 冒険者のランクも高いことから依頼難易度も高いと予想できる。それを対策なしで特効するのは無謀だ。彼女たちならどうにかなるかもしれないが俺にも準備というものが必要なのだ。


「えぇ……じゃあ、お兄さんが説明しろとうるさいので作戦会議みたいなことを今からやりま~す」


 めんどくさそうに仕切るウィンディとそれ見て拍手する姉のエクレール・カーティス。

 というか、これは俺が悪いのか? 作戦会議とか情報の共有とかは大事だろ。 


「私たちが行くのはここからちょっと離れた場所にある『暴風の塔』っていうところと『雷鳴の塔』っていうところで~す。依頼内容はCランクぐらいの魔物をちょちょいと倒すだけだよ」

「それだけ?」

 

 だったら俺が手伝う必要などない。彼女たちなら簡単に達成できる依頼だ。俺も話を聞く限りでは一人でも問題なくできる内容だ。

 しかし、世の中そんなに甘くない。

 ウィンディは何かを企んでいるのかニヤリと笑ってこちらを見た。そんな笑顔を見せずとも裏があるのは察していたよ。


「というのは建前で、本当の目的は別にあるんだよ。まあ依頼はついでって感じ」

「時間も限られてるんだ、勿体振らないで教えてよ」

「えぇ~、どうしよっかなぁ。別にお兄さんに知られても困らないけどぉ、教えたら協力してもらえないかもしれないしぃ」


 体をくねくねと動かせ挑発しているような姿にちょっとイラっとした。

 けど、ここは年上の余裕を見せていく。冷静さを欠いて怒ってしまえば向こうの思うツボだからな。


「今更協力関係を解消するなんてしないよ。ここでそれをやってしまったら君たちが何するかわからないからね。それこそ最初に言ってたようにこの街の人を殺すことだってあり得る」

「それもそっか。お兄さんはこの街の人を人質に取られているから私たちの言うことは聞かなきゃいけない」

「流石に住人の殺戮に加担しろなんて命令は聞かないけど」

「まあそこまではしないよ。協力してくれるなら私たちもこの街の人を殺さないっていう約束は守るよ」


 相手の言葉を簡単に信じることはできないが、俺がカーティス姉妹と行動している時だけは彼女たちの脅威にさらされることもない。

 大人しく従って『暴風の塔』『雷鳴の塔』とやらに連れ出せば一先ず住人の安全は保障できるか。それでも俺自身が安心することは出来ないけど。


「わかった、そういうことにしておくよ。それで、結局本当の目的ってなんなんだ?」


 些細なことでも情報を引き出す。

 おそらくだが、俺の予想ではこれは重要な情報だ。

 わざわざ敵対している俺に手伝わせる。情報を知られることを差し引いても十分な利益があるのだろう。

 なら、それはいずれ俺にも役立つものになるはずだ。

 

「本当の目的っていうはね、二つの塔の最上階にいる魔物を倒すことだよ。お兄さんは『武器がとある条件下で進化する』ことを知ってる?」

「………いや、ないかな」


 武器が進化する……?

 そんなことが実際に起こり得るのだろうか。

 ウィンディは俺を騙しているわけではないようだが、生き物が環境に適応するよう進化を繰り返すのと同じく、武器もまた進化するというのは例え事実であろうと信じがたい。

 そのような事例をこの目で見たことあったら俺も頷けるだろうけど……。【ユグドラシルの枝】は知ってたか?


《はい、知ってました。世間一般にはあまり知られていない事実ですがこの世の全ての武器は進化することが可能です》


 いや、知ってたんかい。思わず突っ込んでしまった。

 そういえば、前にカナリアさんは武器にも魂が存在するって言ってたな。人間の魂と武器の魂が深く繋がった時に究極の奥義が完成するとか。

 未だにそれが何なのかわからないが、武器にも俺たちと同じように魂があるのであれば進化することも可能なのだろう。

 知っているのであれば教えてくれても良かったのに。

 いや、違うか。【ユグドラシルの枝】のことだから教える必要がないと感じたのだろう。

 常に学習し最適解を導き出して俺を助けてくれる。それはつまり【ユグドラシルの枝】は進化を繰り返しているのと同じ意味なのでは。

 だから教える必要がない。当たり前のようになってただけで普通ならあり得ない事だった。


 しかし、その進化をカーティス姉妹も求めているとなると厄介なことになるな。

 只でさえ強いというのにこれ以上強くなられてはいよいよ手をつけられない。

 しかも俺が協力して強くさせるようなものだろ。この事を知られたら皆に合わせる顔がない。

 俺が頭を悩ませていると隣に座ってるエクレールが俺の顔を覗き込むように見てきた。


「………あの…大丈夫……ですか……?」


 大丈夫ではないよ。誰だって進んで敵を強化させるなんてことはしないだろうから。

 けど、こうやって心配してくれる姿を見ると普通の女の子なんだよね。

 って騙されてはいけない。俺はあの時向けられたおぞましい殺気を忘れたのか?

 両者の殺気は俺が焦って距離を取るものだったが、どちらかと言えば姉であるエクレールの殺気の方が強かった。こういう寡黙な少女の方が何をやらかすかわからないかも。


「まあ……大丈夫じゃないけど大丈夫だよ……」 

「…………?」


 俺の返答に困った顔をしているエクレール。


「はいはい。お兄さんもうちのお姉ちゃん困らせちゃダメだよ。それとも武器の進化について興味無くなっちゃった?」

「そんなこと無いよ。二人の武器の進化には最上階の魔物を倒すことが必須なんだね」

「そうそう、話が早くて助かるよ」


 そう言うとウィンディの左手首に嵌めていた黒を基調とし緑色の宝石が埋め込まれた腕輪が黒い光を放つ。そして、エクレールも右手首に嵌めていた腕輪を輝かせた。エクレールの腕輪は緑色の宝石の代わりに黄色の宝石が埋め込まれていた。

 彼女たちの腕は以前見たことのある禍々しい爪が特徴の武器へと変わった。

 この武器を見たのはこれで二度目だがやはり存在感が大きい。二人の体格には合っていない巨大な武器にどうしても目が移ってしまう。


「私の武器──S級武器【魔風爪テンペスタ】には『暴風の塔』の最上階に住む『天帝鳳凰ゼスト』、お姉ちゃんの武器──」

「………S級武器【魔雷爪ライジンガ】」

「──には『雷鳴の塔』の最上階に住む『雷帝皇獣バルス』の核が必要みたいなんだよね。まあ私たちなら簡単に倒せると思うけど、楽できるなら楽したいじゃん」

「楽したいから俺を誘ったと」

「うん。後はお兄さんのことも知りたいかなって。その武器もね。お兄さんの武器普通じゃないでしょ。多分性能だけで言えば私たちの武器よりも上だよ。でも使い手が弱ければそれは埋められるけどね」


 遠回し──いや、はっきり弱いと言われたな。

 カーティス姉妹と比べると確かに事実ではある。だが気を使わず真正面から言われてしまうと思うところがあるな。


《そうですね。私も今の発言には納得いかない部分がありました。ですが、敵ながら見る目はあると感じました》


 心なしか【ユグドラシルの枝】が喜んでいるように感じた。

 初見には毎回馬鹿にされている【ユグドラシルの枝】がこうして褒められるのは稀だ。

 だからといって敵の言葉に喜ぶんじゃありません。


《………申し訳ございません》


 うむ、わかればよろしい。

 久し振りに【ユグドラシルの枝】より優位に立てて気分がいい。っと、そんなことよりも話を進めなければ。


「じゃあその二体の核を手に入れたら俺たちの関係も終わりってことでいいの?」

「うん。進化が出来ればお兄さんは自由。この街の人にも危害は加えないよ」


 そうと決まれば早速向かうことにしよう。こんな心休まらない状況一秒でも早く終わらせたい。

 俺は立ち上がりカーティス姉妹に二つの塔の場所を案内してもらおうとしたのだが──


「あっ、待ってよお兄さん。一方的に私たちの情報を流すのも不公平でしょ? だから私たちからも聞きたいことがあるんだけど。ちなみにこれも拒否権はありません」


 じゃあ確認を取るまでもないよね。

 聞きたいことというのは何だろう。話の流れで考えれば【ユグドラシルの枝】のことだろうか。さっきも武器のこと知りたいって言ってたし。


「知らないことだったら知らないって答えるけどそれで良いなら一個だけ答えるよ」

「ええ、ケチッ! こっちは武器の名前とか進化のこととか教えたんだよ。だから最低でも二つは聞いてもくれないと!」

「残念、俺が聞いたのは本当の目的──武器の進化のことだけだよ。武器の名前は君が勝手に言ったからカウントされない」


 と言っても武器の進化については【ユグドラシルの枝】が知っていること以上の情報を得られなかったから実質何も得てないと言えるけど。


「質問は情報一つにつき一回だよ。流石に俺も仲間のこととかペラペラ喋るわけにはいかないからね。ああでも、特に意味のない質問だったら普通に答えるよ」


 子供相手に卑怯な手だとは言わせない。これも一つの作戦である。

 

「ぶぅ~。じゃあいいもん、どうしても聞きたいことがあったら私たちのこと教えればいいだけだから」

「……か、勝手に決めたら……ダメだよ、ウィンディ……。喋り過ぎると……ボスに……怒られちゃう…よ」


 はい、彼女たちにボスがいることがわかりました。

 もう一人──実技演習で直接戦った黒ローブではないな。やはり他にも何人か仲間がいるということだろう。

 二人は気づいていないようだけど、俺もエクレールみたいにボロを出さないように気を付けよう。


「う~ん、それは嫌だなぁ」

「それで質問っていうのは?」

「えっとねぇ、初めてお兄さんと会った場所って龍族がいたっていう森じゃん。その龍族がまだ居ないか調査するのがあの時の私の仕事だったんだけど見つからなくてさぁ。うちのボスが龍族かそれに近しい存在がほしいって言ってるんだよ。お兄さんは王都周辺とかにそういったのがいるの知ってる? 見たことあるとかでもいいや」


 セセロンの森を守護する龍族なんて会ったことあるわけない。実際にそんなのいるかもわからないわけだし。

 だが、近しい存在なら知っている。

 迷宮区画最深部にいるアルトワールだ。

 アルトワールのフルネームはアルトワール・セセロン。彼女は龍族の子孫であり、龍人族で計り知れない力を持っている。

 彼女たちのボスは何のために欲しているのだろうか。聞くにもウィンディの様子からして何も知らされていない感じだよな。

 唯一わかるのは絶対に悪用されるということ。アルトワールの存在を彼女たちに知られてはいけない。


「………いや、知らないな。王都でそういった話も聞いたこともないからもういないんじゃないかな」


 そう言って俺は冒険者ギルドの出入り口に向かって歩きだした。


「お姉ちゃん、どう思う?」

「………怪しい、かな…」

「だよね、答えるのに一瞬間があったからお兄さんは嘘をついてる。人質が沢山いるのに嘘なんていい度胸だよね。まあ今回は大目に見てあげようか」


 二人が何を話しているのか離れすぎていて聞こえないな。とりあえず時間が勿体ないので声をかけておくか。


「ほら、早く行かないと日が暮れちゃうぞ」

「はーい!! ところで、聞いてなかったんだけどお兄さんの名前は? 私たちも名乗ったんだしこれぐらいは答えてくれてもいいよね」

「アルク。アルク・オルガン──って違ったな。訳あって今はアルク・アルスフィーナだよ」

「………アルク・オルガン。……オルガン…」

「いや、まさか……ね」

「どうかしたのか?」

「う、ううん、何でもないよ。さ、張り切って魔物を倒しに行こう!! アルクお兄さんにはバリバリ働いてもらうからね」


 急にやる気を出したな。でも何故か俺の名前を聞いて戸惑っているようにも見えた。

 気にしても仕方ないか。俺には関係ないことだし。

 そして、俺たちはまず『暴風の塔』へと向かうのであった。

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