第21話 朝稽古

 学生寮男子棟103号室。新入生のために毎年新品同様に手入れされたベッドの上で俺はぱっちりと目を覚ます。いや、起こされたといっても過言ではない。

 不意に部屋のカーテンが開けられ、窓から差し込む淡い朝日に目を細めた。


「アルク様、おはようございます。本日も良いお天気ですね」


 そう言うとリオンは当然のように俺の部屋に入り込んでいた。

 いつも通りの光景と言えばそうなのだが今は立場が生徒と教師の関係、しかも男子棟に訪れるなど学院の噂になってはどうするのかと朝一番から不安にあった。


「いや、何やってるの。ここ男子棟だよ、女子棟ならまだしも見つかったら厄介事が増えるんだけど」

「それに関してはご安心を。まだ早い時間ですので生徒たちは目を覚ましていません。念のため最大限の注意を払ってこちらに来ましたが生徒に遭遇することはありませんでした」


 うーん。リオンなら生徒に気付かれずに男子寮に来ることも可能か。

 って、早い時間と言っていたがテーブルに置いてあった時計を見るとその針は五時二十九分を指していた。

 そりゃこの時間で生徒たちが起きるには早い。入学式の疲れと緊張で疲弊した生徒も多いため起きている者はごく少数だろう。

 だが、それとこれとは話が別だ。


「だからって俺も昨日の一件で疲れてるんだからもう少し……」

「これでも配慮はしましたよ。いつもは五時に起こすところを今日は特別に三十分近くも多く睡眠時間を取ってもらいました。ですがこれ以上は見過ごせません」


 何処が特別なのか微塵も理解できない。ここで二度寝しようものなら後が怖いな。眠気を押し殺し、大きな欠伸をして起きることに決めた。


「はいはい、これ以上時間を無駄にすると朝稽古の時間が減るからな」


 そう言いながらベッドを降り、身支度を始める。


「ところで授業の準備とかはしなくて大丈夫なの? 教師になったんだから仕事もあるだろ」

「昨晩のアルク様とアリス様の決闘の前には全て終わらせています。学院から与えられる仕事というのも案外大したことないですね」


 平然と言ってのけるリオンだった。学院の教師の仕事がどんなものかは知らないが楽なものではないことだけはわかる。それをこう言い切ってしまうのだから改めてリオンの有能さを実感する。

 準備を終え学生寮を出る。まだ少し冷たい空気が肌を伝うが今日も天気は快晴だ。


「朝稽古するにも何処でやるんだ? 流石にこんな朝から学院の外に行くわけにもいかないでしょ。最悪遅刻するかもしれないし」

「昨日のうちに理事長から修練場の使用許可を取っておきました。ですが教師が同行しているのであれば許可を取る必要がないみたいなので明日からは手間が省けますね」

「へ、へえ。ってそれは明日からも朝稽古が続くってこと?」

「日課なので当然です。明日から毎日起こしに行きますが起こす前にしっかりと準備を済ませておいてくださいね」


 自分を鍛えてくれる分にはありがたい。

 しかし学院生活を送るにあたってリオンの仕事も増えて朝稽古も徐々に減っていくのではないかと期待していたが俺が愚かだった。

 そうこうしているうちに昨日訪れた第一修練場に到着した。数時間前の出来事を思い出させるように少し煤けた地面が見える。


「それでは時間もあまりないので準備運動も兼ねてまずは軽く始めましょう」


 寝て固まった身体をのびのびとほぐして武器を抜く。リオンは朝稽古用にと自分も装備できる【木刀】を二本手にしていた。

 確かこの【木刀】は学院が用意した特別製で使用者本人の力量に合わせて強度が変化するんだったな。リオンの場合は金属並みに硬いだろう。刃のない金属剣と言っても過言ではない。


 悠然と構えるリオンに真正面から突っ込む。

 下手な小細工を施してもリオンの前では無意味だからだ。ならば二人の実力の差を確かめるためにも真正面の剣戟。

 身体を慣らしつつも繰り出す怒涛の剣戟だが、リオンは焦る表情一つせず的確に捌いていた。 

 スピードを上げ、常に最大速度で動いている俺は息をする暇もない。

 そして、剣戟の合間に現れた一呼吸を見逃さないリオンはそこを突く。


「──ッ!」


 剣から伝わる威力に声を漏らしつつも辛うじて防いだ。

 たった一突きでこの威力。やはりリオンに近付くには何枚も大きな壁が立ち塞がっている。

 再び地を蹴りリオンに迫るが── 


「おっ、アルクじゃないか。リオン教諭も」


 俺たちの勝負の間にふと女性の声が混じった。声主の方向を見るとそこにはロザリオが立っていた。


「ロザリ──おだっ!」

「相手から視線を外してはいけませんよ」


 容赦なくリオンの鉄槌が俺の脳天を打つ。

 防御動作もせずにまともに受けた俺は地面に叩きつけられた。スキルと制服でいくらかダメージを軽減しているはずなのにそれでも痛い。昨日のアリスの魔術が直撃しても全然だったのに。

 地面に叩き付けられた俺を見てロザリオは笑った。


「ははは、私なんかに気を取られてやられるなんて情けないな。今はリオン教諭だけに意識を集中させるべきだったな」 

「……俺もそう思ったよ。それよりどうしてロザリオがここにいるんだ?」

「たまたま朝早く目が覚めてな。せっかくだし朝の散策でもしようと思ってたところに激しい戦闘音が修練場から聞こえて、私以外にも早起きがいるのだなと思って訪れてみればアルクとリオン教諭が勝負している場面に遭遇したわけさ」


 そう言うロザリオの目はキラキラとしている。

 これはあれだ、言わずともわかる。

 しっかりと腰にロザリオの愛剣【閃光剣ルクスブレジオン】を携えているということはそういうことなのだろう。


「前々から言ってたしちょうど良いからリオンと勝負してみたらどう? リオンも別にいいでしょ?」

「ええ、構いませんよ。私も以前の戦いぶりを見てロザリオさんとは一戦交えたいと思っておりましたので」

「おおっ、おおっ! 良いのか、良いんだな。やっぱり無しって言うのはダメだからな」


 朝から興奮気味で問うロザリオ。別に駄目なんてことはないし俺も楽になるから了承した。


「しかし、アルスフィーナ教諭の武器はあれで良いのか?」

「あれで良いんだよ。【木刀】だからって舐めてかかるとこうなるよ」

「ああ……それは嫌だな」


 今も尚地に伏している俺を見てロザリオは苦笑いしながらはっきりと言った。そして視線は真っ直ぐとリオンを見据えている。


「ではリオン教諭、行くぞ!!」

「何処からでもかかってきなさい」


 ロザリオは剣を構えてリオンへ切り込む。

 時には俺も参加──というか休んでいたら強制的に入れられた──して二人でリオンに勝負を挑むも、汗一つ掻かないリオンに一太刀も浴びせることなく時間だけが刻一刻と過ぎていくのだった。

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