第68話 部長たち
「ん、お前たちは一年生か?」
最初に声をかけたのは言い争いをしているうちの厚い筋肉を主張する男子生徒だった。
間近で見ると尚のこと大きな筋肉。これほどまでに育て上げるのにどれだけの時間を費やしたのか。
「俺は四年バルガ・オーバンだ。……ほう、お前は一年生ながらなかなか良い筋肉を持っているな。筋肉は良い。努力した分だけ自分の身体に結果として残るからな」
太い腕を振り上げ、そのまま強くレントンの肩を叩いた。
空間に重たい音が響くもレントンは平然とした顔だった。
常人相手だったら確実に吹っ飛んでいるな。俺の場合はスキルで威力を軽減しても肩に手跡がくっきり赤く残ってるかも。
「レントン・ベルヤードです。俺、剣とかは装備できなくて……。装備できる武器もガントレットだし、だったら殴り合いに特化した体に鍛えるしかないと」
「ハッハッハ、その熱意しっかりと筋肉に反映されているぞ。お前らもそう思うだろ!!」
「「「おうっ!!」」」
バルガ先輩が覇気のある声をあげると後ろにいる部員も揃えて声をあげた。統率の取れた部活である。
「うむ。それでお前の連れだが………お前と違って筋肉が足りないようだな」
次にバルガ先輩はじっくりと俺たちの身体を見て数秒した後に首を傾げ、眉を歪ませながら少し落胆気味で言い放った。
「だが安心しろ。我が部に入れば俺たちみたいに最高の肉体を得ることができる。さぁ、俺たちと共に楽しく肉体を鍛えようではないか!」
大胸筋を強調させ誇らしげに言うバルガ先輩。
レントンならまだしもアルクとロザリオは現時点でこの部活に入る気はないかな。
ロザリオなんて珍しく顔をひきつらせてバルガ先輩の暑苦しさに嫌気が差してきている様子だ。実は俺も少しだけ暑苦しいと思っている。
「ちょっと、男子生徒ならともかく女子生徒をあなたたちのむさ苦しい部活に入れさせるわけないでしょ! 第一、隣の子とはともかくロザリオちゃんを最初に誘ったのは私よ。彼女をあなたみたいな筋肉ダルマにしちゃったら将来お嫁にいけなくなるの確定じゃない!」
と、バルガ先輩の勧誘を阻止しようと女子生徒が立ち上がった。
遠くからでも見て取れたが、スタイルも良くて綺麗な人だな。
俺はどうでもいいと言われたような気がしたがそれは一先ず無視するとして、もう片方の部活に所属している先輩が威圧するような声をあげて近付きロザリオの右腕を軽く引っ張った。
「入部するにしてもそれは私たちの部よ。見た目もお人形みたいで可愛いし、腰の剣も物凄く綺麗。さっき部員から聞いたけどロザリオちゃんは今年の特別推薦枠なんでしょ? だったら実力は申し分ないわ。でもうちの部に来たらあなたは更に強くなれる」
「は、はぁ……」
ロザリオが誰かに圧されているなんて滅多に見れないな。
そして、俺のことは完全に無視である。俺も一応特別推薦枠の生徒なんだけど……。
いや気にしてないよ、本当に。逆に今更気にされてもこっちが困ると言うかね。だから本当に……。
「って、自己紹介がまだだったわね。私は四年のマーシャ・カーティス。そこのうるさい筋肉ダルマの言うことなんか聞かなくていいからね」
「ろ、ロザリオ・アルベルトだ。一応先日誘われたので部活を見学しにきただけなんだが……」
「そんなの、ここに決めちゃいなさいよ。うちは他と違って剣術だけでも四種類。他にも色々な武術を教えられる部員が多いからかなりお得よ。筋肉を見せびらかすだけの部活なんかよりうちの部活の方が断然良いわ!」
なんかもう、熱意を通り越して必死に見える。
別に部員数も少ないわけではないのだから人数に困っているとは思えないのに。
「いいや、女子だろうと関係ない。絶対に筋肉をつけた方が良いに決まっている!」
「うるさいわね、筋肉ダルマ! 女子に筋肉を強要するからモテないのよ! それがなければもう少しモテたかもしれないのにね!」
「お前こそ、そんな態度だからいつになっても男ができないんだろ! はぁ、昔はそうでもなかったのにな。怖いものがあれば泣きながら俺の後ろについて──」
「ちょっ、昔の話は関係ないでしょっ! さっさと忘れなさいよ!」
売り言葉に買い言葉。
マーシャ先輩は顔を赤く染めながらもバルガ先輩に怒鳴り言葉を言い放つ。対してバルガ先輩は気にも留めず冷静に言い返していた。周りの部員も止めないことからこれがいつもの光景なのだろうと理解した。
「あの二人、いがみ合ってるようだが意外に仲が良いんじゃないのか?」
「喧嘩するほど仲が良いとも言うしね。バルガ先輩の言い方だとマーシャ先輩とは幼馴染みのような関係みたいだし」
目の前で繰り広げられる論争を黙って眺めていると決着がついたのか互いに欲しい部員の後ろに手を回した。バルガ先輩はレントンに。マーシャ先輩はロザリオへと。
「とにかく! ロザリオちゃんは私のところに入れるの。あなたの部活には入れさせないわ」
「……お前は一度言えば聞かないからな。仕方ない、だがレントンはこちらの部に入れるからな。この筋肉は我が部でこそ輝く。ただまあ、あいつと違って俺は強要をしない。レントンが決めろ」
「いえ、時期は少々遅くなりましたがそれは他の部活を見るためであって初めからここへ入部しようと考えていたので大丈夫です」
「そうか。ではようこそ、俺たちはお前の入部を歓迎する」
「わ、私だって強要はしないわよ! さっきはちょっと勢い余ってロザリオちゃんの意思を無視して入部させるって言っちゃったけどそこはちゃんと本人に決めてもらうわ」
「私はレントンと違って他の部活を見てないので見て回ろうと」
「そう……まあ学院の部活は掛け持ちも出来るから気長に待ってるわ」
レントンの即入部と違ってロザリオの返答にマーシャ先輩は露骨にガッカリしている。そして、新入部員を無事確保したバルガ先輩のことを睨み付けていた。
ん? 俺? 俺はもうただの傍観者に過ぎないよ。なんか興味ないようだし、帰ろうかなとも思ってしまってる。
なんて思っているとやっと俺に興味を示したのかバルガ先輩が話し掛けてきてくれた。
「ところで、お前だけ名前を聞いていなかったな」
「………っ! アルク・アルスフィーナです」
「………………」
あれ、普通に自己紹介しただけなのにバルガ先輩は難しい顔をしていた。マーシャ先輩も同様──いや、ロザリオとレントン以外の生徒も同じ表情をしている。
「そうか……お前がアルスフィーナ教諭の弟か……」
「は、はい……それがどうかしましたか?」
厳かな声色で問うバルガ先輩。
俺も何となく事情は察した。多分あれのことだろう。
そしてバルガ先輩の言葉を続けるようにマーシャ先輩が口を開く。
「あの先生には入学式の時に散々言われたからね。私たち──というか結構な生徒が良く思っていないのよ」
ですよね。新任教師が生徒への挨拶で言いたい放題言ってましたから。
「あなたの前で言うのはあれだけど、それが理由でアルスフィーナ先生を陥れようと企む生徒もいたのよ。まあ、大口叩くだけあって四年生を含めた十人以上で勝負を挑んだけど悉く打ち負かされたわ。強いのね、あなたのお姉さんは」
「あれはかなり人間離れしてるところがあるので……。その、不快にさせてしまって申し訳ないです」
実の姉ではないがリオンの代わりに謝罪した。
これも久し振りな気がするな。
それを見たマーシャ先輩は腕を組み色々と考えている。
「気にしてないわって言ったら嘘になるけど……実際のところ、堕落している生徒も多いからそう言われても仕方ないのよね。もちろんアルスフィーナ先生の言葉でやる気を出した生徒もいるのよ。この前の強化週間でも張り切って挑んでたから。結果はボコボコにやられてたけど。あの先生は良くも悪くも学院に大きな影響を与えていると思うわ」
「そうだな。アルスフィーナ教諭の喝で俺たちもいっそう筋肉に磨きをかけようと思えたし感謝せねばならないな」
首を縦に振り大きく頷くバルガ先輩。マーシャ先輩もリオンには感謝しているようだった。
「……だが、だからこそお前はどの程度の実力者なのか四年生として見極めなくてはならないな」
えっ……? それってどういうこと?
リオンが人間離れしていることと俺に何が関係しているのかわからない。
「あら、珍しく意見が合うわね。アルク君はこの学院の中で一番アルスフィーナ先生の指導を受けているんでしょ。あの化物に鍛えられているのだから結構な手練れなのよね。まあ、あれと比較されても困るでしょうけど、身内であるアルク君の実力が大したことなかったらアルスフィーナ先生も実際はその程度の教育しか出来ないってことよ」
なるほどね。〝ただ強いだけ〟と〝強くて教育面にも優れている〟とじゃまったくの別物であると。
強いだけだとそれはただの暴力になってしまう。しかし、教育者として生徒にしっかりと反省点を教え、共に改善していけばそれは良い教師として尊敬されるだろう。
それでも限度はあるけど……。まあ、やりすぎは俺だけの話だし、リオンも他の生徒相手には俺レベルまで厳しくしてないだろうから別に気にすることもないか。
さてさて、マーシャ先輩の発言に共感する俺だが、同時に少しだけ不快に思っていた。
マーシャ先輩は『リオンは確かに強いけど教育に関しては如何なものか』と言いたいのだろう。
それはつまり、一番リオンに鍛えられている俺が不甲斐なかったら先輩たちからのリオンの評価に直接繋がるということだ。
自分を悪く言われても慣れてるから構わないが、俺が原因でリオンのことを悪く言われるのは嫌だな。
「リオンは教育者としても優秀ですよ。武術、座学、共に学院内の教師でもトップクラスの授業を行っていると思います。しかし、俺がいくら言葉で語ろうと真実かどうかわかりませんよね。どうしたらその証明ができますか?」
俺も少しムキになっている自覚がある。
しかし、ああ言われた以上は退くわけにもいかない。
でもなんだろう、この違和感。先輩たちにうまく乗せられている気もするな。
「そうねぇ……。手っ取り早いのはやっぱり実際に勝負して──」
「まずは服──いや、上に着ているものだけいい。脱げ、話はそこからだ」
マーシャ先輩の言葉を遮るようにバルガ先輩が口を出した。
それをマーシャ先輩は呆れるように言葉を漏らす。俺も思わず言葉が漏れそうになった。
「……いきなり何言ってるのよ」
俺もそう思う。初対面に対していきなり脱げとか危ない人だよな、普通に考えて。
だがバルガ先輩も歴とした理由があるようで──
「彼の筋肉は制服越しでしか見てないからな。ある程度はそれで判断できるのだが実際に筋肉を見ないとその人間の本質を見ることはできない」
「はぁ……こいつの話は聞かなくて良いわよ。実際あまり関係ないと思うし、ただ確認したいだけでしょ? この筋肉バカは」
「いえ、バルガ先輩がそう言うのであればこれも一つの証明になるのでしょう」
周りには女子生徒もいるがここは仕方ない。
逆に恥ずかしがる方が恥ずかしい。
そうだ、これはちょっとしたハプニングだ。
例えば俺が着替えているところに偶然にも誰かが入ってきた。そして見られる俺の上半身。
つまりこれは事故みたいなもの。
──って全然違うな。今回は偶然なんかではなくて俺が自主的に行っている。
ああもう! 考えるだけ無駄無駄!!
人前で衣服を脱いで裸体を晒す趣味など毛頭ないがこれも証明のためだ。俺は制服の上着とシャツを脱いだ。
「こ、これは───!!」
俺の体を見た瞬間、バルガ先輩は驚きの声をあげていた。
あと、証明とはいえやっぱり大勢を前にして一人だけ上半身裸でいるのは恥ずかしい。出来ることなら今すぐにでも上着とシャツを着たいです。
勢いと流れに任せるんじゃなかったと若干後悔している。
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