第69話 ※タイトル未定
「見事と言って良いほど綺麗に割れた腹筋。それだけではない他の筋肉もバランス良く鍛え上げられている……」
「この筋肉ダルマみたいなのは嫌だけど、アルク君ぐらいなら良いかもって思うわ。男の子として頼りがいがあるし」
「アルクよ、参考までにどれほどのトレーニングをしているか聞いて良いか?」
代表してバルガ先輩が問う。後ろの部員も気になるのか固唾を呑んで見守っている。
で、聞いても良いかと言われましても……。
特別なことはしていないんだよ。普通に筋トレして体を作っただけ。筋トレの量ならバルガ先輩と部員の方が圧倒的に多いだろう。
だからそのまま言ったのだがどうにも信用されてない。絶対筋トレ以外にもやっているだろ、と言われてしまった。
なんかあったかなぁ……。ああ、強いて言えば──
「リオンに毎朝稽古をつけてもらってるからですかね。ロザリオもここ最近は参加しています。大体1、2時間ぐらい、休日はもう少し多いかな。あと学院に来る前はリオンに栄養バランスの良い食事を作ってもらってました。関係しているかわかりませんけど」
「いや、筋肉を作る過程で食事は重要だ。偏った食事では筋肉もつかない。俺たちも気をつかっているが……。なるほど、アルスフィーナ教諭はその辺もしっかりとわかっているようだな」
強く頷いて納得しているようだしリオンに関して好印象を得られたか。それだったら俺としても頑張った甲斐があったというものだ。
「そして、アルクは俺たちと違って量より質か」
「あなたたちはやりすぎなの。一日5時間以上の筋トレなんてざらにあるでしょ。筋肉だって休ませてあげないと。だからアルク君を見習ってもう少し筋トレの時間を減らしなさい。というか筋トレなんて自室でできるじゃない」
俺も気分転換に学院にあるトレーニング施設を利用するが、大体は自室で筋トレをするな。その方が一人で集中して鍛えられるからね。
納得できるマーシャ先輩の指摘だが、それをムッとした顔でバルガ先輩は反論した。
「別に毎日筋トレをやっているわけではないぞ。休息日も取ってある。それと、俺だって自室で筋トレをしていた時期もあったさ。だが学年が上がるにつれて下の階からの苦情がきて満足に筋トレができないんだ。お前も今は良いが今後ハードなトレーニングには注意することだな」
「は、はぁ……」
意外だった。
人を見た目で判断するのは良くないし失礼だと思っていたが、それでも目の前にいる筋トレにしか興味が無さそうな男子生徒が周囲に気を遣うことを考えていることに少しだけ驚いた。
そうか、今は下の階に誰もいないけど学年が上がると部屋も上の階になる。
そもそも苦情が来るほどの筋トレっていったい何なのか疑問に思うが、俺も気をつけないとな。
「その気遣いを私たちにも分けて貰いたいぐらいだわ」
「気遣いも何も今日は俺たちの部がここを使うことになっている。それに他の部とも共用すると決められているではないか」
「それはわかってるわよ。だからあなたたちの部活とは一緒にならないように割り当てを………ああ、そっか」
何かを悟ったマーシャ先輩は右手を顔にあてながら下を向いた。そして深くため息をついて呟く。
「きっと適当に聞き流していたに違いないわ。あの子、ちょっと抜けてるところがあるから……」
「あの子、とは?」
「生徒会に入ってる生徒のことよ。私とこいつの幼馴染み。ぼんやりしてるくせに私たちの中では一番強いんだから」
「ちなみにどれぐらいなんだ?」
でた。強いと言う言葉に反応するロザリオ。彼女は強いという言葉に敏感なのだろうか。
マーシャ先輩は一瞬考えてロザリオの問いに答えた。
「そうね、相手にもよるけど大体学院で5番か6番ぐらいかしら。滅多にしないけど本気を出せばもうちょっと上かもね」
「ほう、では私がその先輩と勝負したら?」
「ロザリオちゃんはかなり出来る子なのは雰囲気でわかるけど、まず勝てないわね。それでもあの子に勝ちたいと思うなら
はっきりと勝てない、そう断言されたロザリオ。
だがそれで折れる彼女ではない。むしろ、それを聞いてやる気が満ち溢れている表情をしている。
それにしても「その場で限界を超える」か。
深く考えずともわかるが困難なことだ。
これ以上先がないから限界なのだろ?
「すげえな、お前の連れ。勝負しても勝てないなんて言われてあんな表情してるんだぜ。俺ならはっきり言われてショック受けるところだ」
「勝てないなら勝てるまで、挫ける暇があるなら一回でも多く剣を振る。それがロザリオ・アルベルトという生き物なんだよ。俺も彼女に何回付き合わされたことか……。それよりも、もう服を着て良いですか?」
いい加減上半身裸でいるのも恥ずかしいのでバルガ先輩に聞いた。
「ああ、お前の筋肉を見て努力家、そしてアルスフィーナ教諭は筋肉を熟知している人物なのは十分に伝わった。あとはどれだけお前が実戦で出来るかだな。相手はそうだな………」
部員を一瞥してバルガ先輩は一人の男子生徒を呼んだ。その人物もまたバルガ先輩に負けない筋肉を持っている。
「三年、アラン・セルドだ。一年生とは言え、手加減はしないぞ」
「よろしくお願いします」
「確か彼は次期エースって期待されてる生徒だったわね。だったらこっちも──イリーナ、あなたに任せたいんだけど準備は出来てる?」
「はい、大丈夫です」
凛とした声で返事をするとマーシャ先輩が率いる部員の集団から一人の女子生徒が前に出る。
「アランと同じ三年のイリーナ・テルガムよ。ごめんなさいね、部長たちの急な提案に乗ってくれて。でも、大丈夫? あの二人、君と私たち、二対一で戦わせるつもりよ。いくらアルスフィーナ先生の弟君だからって三年生二人を相手にするのは厳しいでしょ?」
優しく心配してくれるイリーナ先輩だが実を言うと数に関してあまり気にしていない。勝てるという確信はないが俺は一人で戦うわけではないのだから。
それでいけますかね、【ユグドラシルの枝】さん。
《問題ありません。以前遭遇したカーティス姉妹から得た情報で二対一での戦闘シミュレーションを繰り返していました。そろそろ実戦を試しても良い頃合いだと思っていたのでちょうど良い機会です》
今朝は話し掛けても反応無しだったけど、どうやらいつもの【ユグドラシルの枝】に戻ったようだ。
反応が有ったのでついでに今朝見た夢について追及しようと思ったが多分反応無しへと元通りになるので止めておこうか。
「先輩の力を侮っているわけではないですが心配しなくても大丈夫です。俺には頼りになる相棒がついているので」
「………?」
首を傾げるイリーナ先輩だったので深い意味はないと言葉を付け足し、模擬戦を始めるためにお互い長い距離を空けて対峙する。
「それじゃあ、アルク君とアラン、イリーナの模擬戦を始めるわ。まず、アルク君にはなんにもメリットがないのに模擬戦の提案を受けてくれてありがとう。でも、勢いに任せて冷静に考えてみれば一年生相手に三年生二人をぶつけるのは大人げないわよね」
今更だと思いますよ。
申し訳なさそうにして今からでも一対一での模擬戦に変更しようか悩んでいるマーシャ先輩だったが、俺は自信満々に答えた。
というかここで一対一に変更したらせっかくカーティス姉妹を元に戦略を立ててくれた【ユグドラシルの枝】が可哀想だ。
「いえ、三年生二人が相手だったとしても簡単にやられるなんて柔な鍛え方はリオンにされていないので。それに自分が通用するのか再確認できる良い機会ですし……」
ふと一人の女子生徒に目を向けるとなんとも羨ましいそうにこちらを見ているのに気付いた。ロザリオも戦いたいなら後で頼めば良いだろうに。
マーシャ先輩もそれを見るなり苦笑いをした。
「今年の一年生はなんと言うか……好戦的って言うべきかしら。それともあなたたち二人だけ? 普通なら一方的にやられると思うんだけど」
俺が知る一年の中で好戦的なのはあと一人いますけどね。何処でなにやってるのか知らないけど。今日もカナリアさんに勝負を挑みに行ってるのかな。
「まあ、いいわ。今はアルク君の模擬戦よ。あの先生に鍛えられてるわけだし、アルク君本人も了承してるなら二対一で戦ってもらうわ。当然だけど私もそっちの方が興味ある」
「それで勝敗は……?」
「どちらかが降参するか、もしくは状況を見て俺たちが止めに入る。自信があるとはいえ流石に怪我をさせてしまっては遅いからな」
「わかりました」
そう返事をするとバルガ先輩の指示により双方位置を取って武器を構える。その姿を見たバルガ先輩が俺に聞いてきた。
「お前はそれでいいのか? 見た感じただの木刀にしか見えないが」
「恥ずかしながら俺はこれしか装備できない身体でして……。でもこいつと一緒にこの学院に来たということを察していただければ」
「見た目で判断しない方が良いと、なるほど。アラン、惑わされるなよ」
「はい」
「イリーナも頑張りなさいよ。模擬戦で相手が一年生だとしても情けないところを見せないように。特にこの筋肉ダルマの前ではね!」
「マーシャ先輩……ちょっと趣旨が変わっている気もするけど、代表として不甲斐ないところは見せられないわね。可愛い後輩相手に怪我はさせないようにするけど本気で行くからね」
「ではこれより模擬戦を開始する!」
バルガ先輩の合図で始まる模擬戦。
真っ先に動き出したのはイリーナ先輩だった。
イリーナ先輩の武器は白銀のレイピア。魔力に覆われた刀身が俺に向かって迫ってくる。
SS級武器【ユグドラシルの枝】の恩恵は規格外 ~侯爵家より追放されし落ちこぼれ、最強への道を歩む~ リスカム @tani0624
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