第22話 初授業

 リオンとの朝訓練を終えた俺とロザリオは寮に戻って朝食を取った。

 ロザリオは相変わらず大食いで朝から驚愕する程の量を食べていた。あの身体の何処に入るところがあるのやら。

 その後は各教室に戻るのだが新入生の初授業は例年決まっており、自己の力を披露するために修練場で行われる。


「俺、新入生で一番修練場を活用している気がする」


 などとぼやく。そして、集合時間になると同時にリオンが修練場へと姿を現した。


「皆さんおはようございます。昨日はよく眠れましたか。睡眠不足は授業に支障を来しますよ」


 生徒の顔を窺うリオンと目が合う。

 ニッコリと微笑み返されたがリオンの言葉に異議申し立てたいと思った。俺はちょっと睡眠不足だからね。しかし俺のためなんだからこの言葉は胸のうちにしまっておこう。


「さて、今日は皆さんの実力を見せてもらいます。それを見た上で今後のクラス別対抗戦や学年別対抗戦などの参考にさせてもらいます」


 その言葉に息を呑む生徒たち。学院で行われるイベントには選りすぐりの生徒が参加することになる。選定が既に始まっていると理解すれば緊張するのも無理ない。

 

「ですがあくまでも参考です。決して今回で決めるわけではありません。今日は親睦を深めることも兼ねていますので気負わずに実力を見せてください。では各自相手を見つけて──」

「あのちょっといいっすか」


 言葉を遮ったのはクラスの中でも素行が悪そうな男子生徒を筆頭に、それに従う二人の生徒だった。ちなみにその三人は最初のリオンの威圧で気絶しかけた三人である。


「ピート君にガルム君、フランさんですか。どうかしましたか? 何か気になることでも?」

「俺たちの実力を見せる前に先生の実力を見たいかなって。実際だけじゃわかんないっしょ。実は俺たちの精神に直接作用させてビビらせる道具を使ってたかもしんないし。お前らもそう思うよなあ?」


 いったい何を言ってるんだか。普通あの時のリオンのやらかしで大体どのくらい強いかわかってるだろ。

 ピートに賛同するものは後ろのガルムとフランだけだった。

 しかし生徒も一部はピートの言葉を聞いてリオンを訝しんで見ていた。口には出さずとも態度には出ている。入学式の挨拶もあるからだろう。


「なあアルク。クラスメイトにこんなこと言うのは失礼だが、あいつら馬鹿なのか? リオン教諭の底知れない力を感じ取れないなど程度が知れてるぞ」

「まあ、直接勝負して間近にあの気迫を受けたことがない奴らにはわからないだろうよ。それにプライドが高そうな奴らだしあの時何も出来ずにやられたことを認めたくないんだよ」


 真面目な顔で問うロザリオに俺は冷静に答えた。

 彼らは皆貴族出身で昔から親や周りから期待されていたようで特にリーダー格のピートは人一倍期待されていたらしい。ゼムルディア王立学院に入っても自分たちは優秀でそれは変わらないだろうと思っていたのだろう。


 だがしかし、必ず上には上がいる。

 学院にリオンが現れ、一方的に屈辱を味わわされた。

 初めての経験に思考が追い付かない中、彼らはリオン以外にも気に食わない人間を見つける。

 そう。俺とロザリオだ。

 俺たちは自分たちが屈しているのに平然と立っていた。後特別推薦枠というのも理由だろう。そういえばユリウスは今日も来てないようだが彼はいつ教室に顔を出すのか。

 とりあえず、ピートたちはそれが気に食わない。中でも俺のことは心の底から気に食わないだろうな。

 理由は単純だ。俺が憎きリオンと姉弟だから。まあ、オルガン家の家名を使うのが嫌だから作った設定なんだけど。


 だからこの場を利用してリオンを陥れようと考えた。そのあとはアルクもやられるかもしれない。


「確かにピート君の言葉も一理ありますね。論より証拠。私が口先だけではないことを証明するためにも何かした方がいい。わかりました、お相手は三人で宜しいですね?」

「いいんすか、俺たちこれでも結構やりますよ」

「奇遇ですね。私もあなたたち程度なら苦戦を強いられることなく返り討ちにできますよ」


 それはこの場にいる全員に向けられた言葉だった。

 リオンに悪気があったわけではない。何故なら本当に出来てしまう事だから。

 つまり事実を述べたまで。リオンの言葉は挑発の意が込められていることを全員が理解した。


「───このクソ教師がッ」


 顔を真っ赤に染めたピートが武器を抜いてリオンに迫る。それを追うようにガルムが続き、フランが魔術を行使する。


「時間も勿体無いので効率よく進めるために皆さんに授業をしましょう」


 そう言うリオンは用意していた木刀を抜いてピートに向かって構える。


「まず真正面から迫る相手の動きは非常に読みやすいです。剣や斧など斬撃を主とする攻撃は振り上げ、振り下ろし、薙ぎ払い。槍など刺突を主とする攻撃もまた薙ぎ払いと突きを警戒するのが一番でしょう。今回の場合ピート君は剣を使用しているので前者に気を付ければ回避することは容易いです」


 リオンの言葉を体現するようにピートは剣を振る。しかしそれらは全て剣先のギリギリを見極めて躱わされている。


「そして、考え無しに攻撃をし続けるといずれ体力の限界が来ます。そこが好機です」


 予言者の如く淡々と告げるリオン。その言葉通りピートはだんだんと疲弊していき最初にあった勢いも落ちてきている。

 剣の振り下ろしが速度が遅くなったところを見て、タイミングよく木刀を当てるとピートの剣は宙を舞う。


「戦闘において武器を失い足を止めることは死を意味します。皆さんは武器を手放さないようにしましょう。さて、ピート君が窮地に追いやられました。フランさんはスキル発動に時間がかかっています。助けに行けるのはガルム君だけですが──」


 ガルムはリオンの後ろに回り込んで斧を振り下ろそうとしていた。しかし、見向きもせずリオンは身体を半分だけ回して回避する。


「背後に回り込むのは良い判断です。ですが相手が戦闘に長けているなら警戒は当然します。ここですぐさま二撃目に移れるなら良いのですが、これだけ大雑把且つ勢いに任せた攻撃では二撃目に移れませんね」


 そう言ってガルムを軽く突き飛ばす。勢い余ったガルムはピートと鈍い音を立てて激突した。


「生死をかけた戦闘であればこの時点で二人はこの世にいません。模擬戦で良かったですね。最後に魔術師ですが、前衛がいなくなったらうまく機能しません。彼女も戦場に立てば彼らの後を追うことになるでしょう」


 戦意がなくなったフランを一瞥してリオンは武器を収める。本気ではないが彼女の実力の一端を目にした生徒たちは言葉が出なかった。


「これで授業は終わりです。さて、まだ異議を唱える者がいれば相手しますが?」


 生徒たちは手を挙げることはなかった。

 ただ一人──ロザリオだけが手を挙げようとしていたが、これは異議でもなくただ勝負したいだけ。今朝あれだけやったのにと呆れる俺は真っ直ぐに伸ばそうとする彼女の手を止めた。


「明日も同じ時間に来ればリオンと勝負できるから」

「むぅ、仕方ないな」

「では、時間も有限ですので相手を見つけて模擬戦を行ってください。私は頃合いを見てアドバイスなどをしていきますので」


 生徒たちはリオンの講義に感銘を受けたのか、はたまた恐怖を植え付けられたのかはわからないが先程まで抱いていた疑いなど捨てて指示通り相手を見つけ出し模擬戦を行うのであった。

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