第27話 作戦会議

 数時間後、午前の授業を終えた俺たちは実技演習の作戦会議と称して食堂へ訪れた。


「この前ご飯に行った時も思ったけど、私なら見るだけでうっとくる量だよ。ロザリンの胃袋は異空間にでも繋がってるの?」


 エディは率直な感想を述べて俺に問い掛ける。


「さあ? けど食事の量に関してはリオンに勝てるな」


 すっかり食堂のおばちゃんたちに気に入られたロザリオは毎日おばちゃんたちの挑戦を受けている。

 たまに俺も巻き込まれるが、それでもロザリオは全戦全勝だった。今日は八人ほど囲めるテーブルの半分は彼女への料理で満たされている。

 次々と送られ、その都度消えていく料理は本当に何処へ消えているのだろう。体型もまったく変わらないのだから謎だ。


「今日はこれで最後だよ。まったく、ロザリオちゃんには敵わないよ。私たちとしては美味しそうに食べてもらえる顔を見て幸せだけどね」

「フッ、実際にうまいのだから勝手に表情に出てしまう。おばちゃんたちが作る料理は王都一、いや、世界一だな」 

「ロザリオちゃん……」 

「ねえ、私たちは何を見せられてるの?」


 そんなの俺にもわからないよ。

 既に友情が芽生えている二人は互いの手を強く握りあっていた。エディの質問だが考えても時間の無駄であると判断したのでロザリオたちを放っておくことにする。


「好きにやらせておこう。それよりも実技演習の作戦会議だ」


 そう言ってセセロンの森の地図を取り出し広げた。そして各場所を指で指しながら説明をする。


「俺たちが出発するのはここ。目的地は中心部のセセロンの巨大樹だけどたどり着くまでの距離が比較的長い。縮尺されているがだいたい着くのに一日と半日、多く見積もって二日って言ったところかな」

「でも制限時間は三日だよね。アルアルの考えだと一日余分になってるけど」 

「俺が言ったのは何も障害がなく真っ直ぐ進んだ場合の話だよ。実際はそんな楽じゃない。魔物が徘徊してるなら戦闘は避けられないし、不慣れな環境は精神にも多大な疲労を与える。そうなれば制限時間が三日なのはクリアギリギリを見積もった妥当な時間かな」


 なるほど、と言葉を漏らし地図を見ながら説明をエディは理解している。そこへ付け足したのはおばあちゃんとの別れたロザリオだった。


「それに平面の地図ではわかりにくいが実物の樹木は登ることも困難なほど遥かに高いだろう。そうなると周りは木々に囲まれて方向感覚を失う。下手をすれば入り口に逆戻りの可能性もあるな」

「うわっ! それはマジでキツイ。道を間違えてスタート地点に戻ってるなんて最悪じゃん。つまり、現地に行って地形を把握しながら迷わず進めってわけかぁ」 

「魔物も出るからそれも考えないといけないぞ」


 いっそうエディの表情は強張る。学院が課した課題は思った以上に過酷なものであると悟ったのだろう。


「まあ、実技演習には上級生や教師が監視してるって言ってたし死ぬことはないだろ。緊張感は持ちつつも普段通りやればどうにかなる」


 それに道に関しては問題ない。【ユグドラシルの枝】は一度通った道は把握する。スタート地点に戻るなんてことは起こらない。


「そうだ。逆に焦っても不運を呼び寄せるだけ。それが連鎖して最悪の事態を引き起こす。そうならないためにも、どんな状況でも平常心を保つことが一番重要なんだ」

「二人は凄く落ち着いてるよね。私は二人みたいに遠征経験がないから不安だよ」


 良かれと思って送った言葉が逆にエディを不安にさせてしまうか。

 俺たちはエディの様子を見て顔を見合わせた。もし彼女と同じ立場であれば自分たちも同じ不安を抱くだろう。だからこそ、はっきりと物を言った。


「別に不安を抱くのは悪いことじゃない。人間誰だって不安や焦燥、恐怖を抱く。これらを感じないのは人間と呼べるか否か。俺は人間じゃない別の生き物だと思う」

「言っておくが私だって怖いものはあるぞ。魔物と戦って勝てないって思った時は尻尾を巻いて逃げ出したこともある。死んだら何もかも終わりだからな」

「まあ、結局何が言いたいかって言うと、俺もロザリオもエディも全員同じ。それでも不安と感じるなら俺たちを頼れ。その代わり俺たちもエディを頼る。それがパーティというものだろ?」


 そう口にした瞬間、エディは先程まで抱いていたことが馬鹿らしくなったのか安心そうな表情をしていた。

 エディは消極的に考えすぎなのだ。

 俺たちはエディの力を認めてパーティに誘った。つまり俺たちはエディの強さを認めている。もっと自信を持てば俺たちだって勝てるかわからない相手だ。


「ふんッ!」


 何を思ったのか突然自分の顔を両手で叩いたエディに驚いた。


「よし、これでもう不安はなくなった。アルアルとロザリンもさっきまで腑抜けたことを言ってた私を忘れて」

「わ、わかったけど、大丈夫か? 手形がくっきり残っているけど……」

「結構な勢いでいったからな。痛かっただろ」


 若干涙目になりながら言い張る彼女に心配の声をかけた。だがエディはなお胸を張り強く言い切る。


「い、痛くないもん。ほんとはジンジンするけど痛くないもん……」 


 わかりやすい痩せ我慢に俺たちは口から空気が漏れ、それは次第に笑いに変わった。エディは赤く腫れた頬を膨らまして少し怒った口調で言い訳を続けていた。


「もうっ、そんなに笑わなくてもいいじゃん」

「ごめんごめん。でもいつものエディに戻ったね」

「ああ、エディはそっちの方がしっくりくる」

「褒めても何も出ないよ、まったく……。それより続きしよっ。地図上でルートは一応決めるけど実際は見てから判断するとして、隊列は──」


 率先して話を進めるエディだが、考えずとも満場一致で決まっていた。


「身体能力を見ればアルアルとロザリンが前衛で私が後衛だね。その代わり私がサポートや索敵はしっかりやるから二人は戦闘に集中してね」

「ああ、頼りにしてる」

「うん。あとは連携の確認もしておきたいよね。私も前衛に出て戦いに参加することがあるかもしれないし」

「なら修練場に行こう。先生に頼めば魔物型のゴーレムも用意して貰えるみたいだからな」


 そうして俺たちは実技演習までの間に数々の連携や作戦などの試行錯誤を繰り返したのであった。

 そして時はあっという間に流れ、実技演習当日となる。

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