第56話 リフレッシュ

 あの後クロムさんと一緒に行動してレッサードラゴンの買い取りの手続きを終わらせた。

 金額的にはやはりBランク依頼を達成した時と似たような額だった。それ相応の価値というやつだ。

 もともと臨時収入として考えていたのだからお金が貰えるだけでも十分。

 ここで価格に不満を抱いて変に食い下がってしまっても相手に意地汚いと感じさせるだけ。今後の関係性を考えるとあまり良い判断ではない。

 それが詐欺であったら勿論食い下がる、というか売ることはない。【ユグドラシルの枝】も価値は理解しているから報告する。

 でもクロムさんは相場を知って適正価格で買い取ってくれたのだから良心的な商人なのだろう。

 というのも、商人っていうのはたまに狡猾な話術で巧みに騙す者もいる。職業柄そうやって利益を出すのも一つの手段だから仕方ないといえば仕方ない。結局騙されるのが悪い。

 まあ、要は騙されなきゃいいだけの話だけどね。

 俺一人なら騙されるかもしれないけど【ユグドラシルの枝】がいる限り詐欺に遭うことはほぼ無い。

 普通の武器はそんなこと出来ないのに……。本当に何でも出来る武器なのだ。いや、これは武器の範疇を越えているのでは?

 考えても無意味だな。別にそれで困るわけじゃないし、むしろメリットしかなくて助かっている。


 そんなこんなでクロムさんとも別れて俺に任された依頼は無事に全て終了した。

 思い返せば濃密な四日間だった。

 って、半分以上が迷宮区画での依頼だったから思い出といっても迷宮区画のものしかないな。

 アルトワールはちゃんと勉強しているのだろうか。次会うまでには人間の文字がわかるようになってればいいけど──あの時の熱心な姿を見れば心配する必要もなさそうだな。

 ロザリオやエディは今頃リオンや上級生と訓練している最中なのだろうか。

 二人とは学院に帰ってからまだ一度も会ってない。会う時間が無かったとも言えるけど。

 エディは上手いことサボって自分のペースでやってそう。ロザリオに関しては休まずに次から次へと勝負を挑んでそうだな。多分次会う時は今までより何倍も強くなってるだろう。

 あと知り合いは……ユリウスは絶対にカナリアさんに勝負を挑んでるな。今朝も修練場の方からドンドン音鳴ってたし。そしてカナリアさんの面倒くさそうな顔が鮮明に思い浮かぶ。


 他のみんなもきっと頑張っている。

 なのに俺はこんなところで油を売っていていいのか。

 いいんです。

 俺だってこの四日間は頑張った。多分学院で生徒強化週間とやらに参加するより厳しい環境で頑張ったのだ。だからご褒美があっても良い。

 でも本当は少し罪悪感がある。みんなが汗水流して訓練しているのに俺だけこんな観光地でゆっくりするのはなぁ。  

 けど気にしたらせっかくの残り三日の休みを満喫できない。


 というわけでやってきましたブルムークの魔力温泉!!

 クロムさんがオススメしてくれたのだから行かないわけにはいかないだろう。

 魔力温泉を経営している店は同時に宿も経営している。温泉から出た後は部屋でゆっくり休むことも出来る。

 最高かよ、と俺は思った。

 ここは宿にも泊まるの一択である。

 しかし有名なのか利用客も多く、泊まれる部屋は最上級のものしかなかった。

 最上級なだけあってサービスも充実。その分金額はそこそこするが、迷宮区画で稼いだお金があるし一泊程度であれば奮発しても問題ない。


 俺は迷わず最上級の部屋を指定した。

 部屋の内装は最上級に相応しいものだった。

 ベッドは雲の上にでもいるのかと思えるぐらいフカフカで肌触りも良し。下の階に共用の大きな風呂は勿論あるようだが、最上級にまでなると個人風呂が付いている。

 個人風呂なんて貴族の中でも権力のある人間しか使わない──というより魔術で体の汚れは落とせるから風呂そのものが最近まで世間に広まっていなかった。あとわざわざお湯を沸かして汚れを落とすのだから贅沢の一つでもあるな。

 ただ、温泉街として発展したブルムークの存在が世間に知られてからは試しに入ってみようと利用客が増えた。

 値段も温泉に入るだけなら安価の宿に泊まるのと大した変わらないし、良い意味で割には合わない心地よさと素晴らしさを実感できる代物。世の中に風呂というものを認知させていくのに時間はかからない。


 ちなみに俺は言う迄もなく風呂が好きだ。

 オルガン家は地位と権力はあるから個人風呂なんて当たり前のように設置されている。まあ、俺はオルガン家で落ちこぼれだったから使用許可が降りてなかったから体を拭いたりして清潔感を保っていたけど。

 だからどうしても風呂に入りたい時は家族がいない時や全員が寝静まった夜に入ったりしていた。それでも必ずリオンにだけは気付かれて見張りを任せていたのは今でも覚えている。

 生まれて初めて風呂に入った時の衝撃ときたら。あの一気に疲れが取れる気持ち良さは一度経験したら忘れられない。


 そんなことを思い出しつつ、今回は下の階にある共用の風呂を使おうと決めた。個人風呂は後で周りを気にせずのんびり入るとしよう。

 共用の風呂がある場所へ向かうと時間は昼過ぎだというのに多くの客がいた。

 俺のように仕事の疲れを癒しに来たのだろうか。それとも仕事の合間にさっぱりしようと来たのか。

 とりあえず衣服を脱いで貴重品は亜空間領域へ収納。

 これでもう風呂に向かう準備はできたのだが【ユグドラシルの枝】はどうしようか。

 肌身離さず持ち歩いていたから今回もその勢いで持ってきてしまった。 

 流石に武器を風呂に持っていくのはマズイだろう。

 他の人たちは手ぶらか脱衣所にそのまま置いているな。

 武器は人によって装備の能否が決まるから不用心に置いても持ち去られることは少ないか。無いとは言い切れないけど。

 しかし俺の場合は【ユグドラシルの枝】を装備できるのは俺だけなので持ち去られることは多分無い。見た目が【木の枝】を加工したものに見えるから尚更だな。

 武器を持って風呂に入るのは目立つので置いていこうと思ったのだが──


《でしたらスキル〝形状変化〟にてこの場に相応しい形に変えましょう》


 そう言うと【ユグドラシルの枝】は【神霊樹剣】の形態から何処にでもあるような桶へと形を変えた。

 確かに、これなら大丈夫か。風呂に桶を持って入るのは全然不自然じゃない。

 けどいつの間に桶に形を変えれるようになったんだ? 形を変えるにもお得意の情報収集や解析とかが必要のはずだろ?


《あちらに山積みになっていた物を参考にしました。構造も単純なものでしたので簡単に解析が終わりました。当然のことながら武器としても十分機能するので安心してください》


 視線を移すと「ご自由に使ってください」と書かれた看板の横に山積みになった桶があった。利用客はそれを持って風呂場へ向かっている。

 じゃあ俺もあれを使えば良かったのでは、と思ったが【ユグドラシルの枝】も風呂に浸かりたかったのだろう。だったら素直にそう言えばいいのに。 

 と、煽ってしまうと機嫌を損ねるので言わないでおく。

 あと武器としても十分機能するって……。

 風呂場で誰かに襲われるってことか。だとしても桶で戦うことなんてないだろ。即座にちゃんとした戦える武器に形を変えればいいだけの話だ。

 まあいいか。万が一誰かに襲われたら桶で戦おう。……桶で戦ってる自分を想像してみたら想像以上にカッコ悪いな。



「ああ……極楽だなぁ……」


 体の汚れを落とし一通り準備をし終えてから風呂に浸かった瞬間、全身の力が抜けながら漏れた本音である。

 噂に聞く魔力風呂というものだがクロムさんが言ってた通り、体に溜まっていた疲れが一気に吹き飛んでいく。

 どうやら【ユグドラシルの枝】の解析によると、この風呂には体内の魔力の流れを促進させる効果があるとのこと。

 魔力の流れを良くすると効率良く魔術を撃てたり威力向上も期待できるようになる。あとは自然治癒能力も高めることも可能だ。

 当然個人差はあるだろうしその効果も微力だろう。もし効果が絶大であれば客が殺到している。特に冒険者とかは絶対に入りに来るだろうよ。

 まあ、俺は効果が微力だろうと絶大だろうと温泉に入ってるだけで至福の一時を味わえるから別にどうでもいいのだ。


「兄ちゃん、若いのに随分と疲れきった声だしてんな」


 腑抜けた声を聞かれていたのか真正面にいた筋骨隆々の男性に声をかけられた。その横には仲間だろうか、筋骨隆々の男性とは正反対の痩せ細った男性がいた。

 

「ええ、実はここ最近依頼で忙しくて。でも今日でその依頼も終わってここに来てのんびりしてるところです」

「っつうと、兄ちゃんも冒険者か。そうかそうか、それはご苦労なこった」

「お二人も冒険者なんですか?」

「おうよ。こいつとあと二人仲間がいるぜ。その二人に混浴もあるから一緒にどうだって冗談で言ったら顔面にマジビンタ食らってよ。何年も一緒に冒険者やってんのに冗談の一つも通じねぇんだよな。まあ、あいつらも今頃はゆっくり風呂に入ってるだろうさ」


 よく見てみるとその男性の頬にはくっきりと手の跡が赤く残っていた。かなりの威力で叩かれたな、あれ。

 ちなみに混浴という言葉に一瞬心が揺らいだが俺は決していかないぞ。行ったら多分【ユグドラシルの枝】が頭部に巻き付いて潰しにかかってくる。

 筋骨隆々の男性はこれも何かの縁だからと「夢の楽園」を見に行かないかと誘ってきたがろくなことではないと思うので断った。

 これも冗談だと笑って言ってたが本当かどうかわからない。けど仲間の男性が一度も実行したこと無いと言ってるので真実なのだろう。ちなみに何処かと一応尋ねたけど概ね予想通り場所だった。

 それからは二人の冒険談を聞いたり、俺の話をしたりと会話が弾んだ。

 他の冒険者の話は面白い。俺の知らない場所や知らない魔物の話を聞けるからな。【ユグドラシルの枝】も情報を集められて満足だろう。

 そして話が盛り上がっているところに一つ興味深い話題が上がった。それは、この街で一番強い冒険者のことである。


「勿論俺だ! って言いたいところだが残念なことに俺でじゃない。このブルムークにも冒険者ギルドがあるんだが、そこに登録してる『カーティス姉妹』っていうのが他の奴らより頭一つ抜けてる。その強さ故に決闘を申し込む奴もいるが全員瞬殺だ。しかも歳は十歳とかそこらだぞ。俺たち大人の面目が立たねぇ話だ」


 それは凄そうだ。俺も勝負したら負けるかもしれないな。それは【ユグドラシルの枝】が許さないと思うけど。

 でも十歳で既に冒険者かぁ。もしかすると冒険者として活動したのはもっと前になるのか。ユリウスとは違った家庭の事情がありそうだ。

 まあ、頭の片隅に置いておく程度に記憶しておこう。

 俺がここに来たのはリフレッシュするためであって決闘を申し込むためではないからな。


「さてと、俺たちはそろそろ上がるとするかな。兄ちゃんもほどほどにしとけよ、のぼせたら大変だからな」


 そう言って二人は風呂から出ていった。

 俺もあと二十分だけ風呂に浸かり、サウナと呼ばれる高温の蒸気で体を温める部屋が気になったので入ってみた。

 サウナというのは初めて入ったがこれもまた良いものだ。風呂とは別の気持ち良さがある。

 さっぱりして夜まで時間もまだまだあるのでブルムーク街でも観光しようと思ったのだが、何やら一人用ソファのようなものが横に並んでいるのを見つけた。

 従業員に話を聞くとこれは『マッサージチェア』という魔道具というらしい。

 魔道具とは物に術式を組み込み、後は魔力を流すだけで組み込んだ術式が発動する便利なアイテムだ。

 実に【ユグドラシルの枝】が好きそうな話である。その気になれば俺の想像を遥かに越える何かを作るかもしれないな。

 それで、このマッサージチェアというものを使用してみたのだが、温泉に浸かった時とは違う腑抜けた声が出そうになった。この適度な力加減で背中を押してくれたり足を揉んでくれたりしてくれるのは癖になりそうだ。


 ああ、ブルムークという街は天国なのかもしれない。

 結局俺はこの気持ち良さの余韻に浸るために部屋に戻り、ブルムークの観光を明日に延期するのであった。



 ◆ ◆ ◆



 その二人は全く予想だにしていなかった事態に驚くが静かにその人物を見守っていた。

 

「あれ? ねえ、お姉ちゃん。あの人って……」

「…………うん、あの時の……」

「なんでこんなところにいるんだろう? っていうか、あの人前に会った時よりめっちゃ強くなってるよ」

「………面倒だからって……見逃しちゃったけど……やっぱり…あの時殺すべき……だったかな…」

「ん~にゃ、それでも私たちの方がまだ強いから問題ないよ。それより、せっかくだし私たちの目的のためにもあのお兄さんを利用しよっか」


 アルクは知らない。

 不適に笑う彼女たちに出会うまでもう時間がないことを。

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