第55話 目的地到着

「そ、そんな……あのレッサードラゴンが簡単に……」

「……スゲェ…」

「ありえない……」

「意味が、わかりません……」


 後ろの四人は目の前で起きたことを理解するのに精一杯の様子だった。

 無理もない。力の差をはっきりと示され迫り来る死をただただ待っていたはずなのに、こうもあっさりレッサードラゴンが倒されてしまったのだから。

 とりあえず状況が整理できるまで四人は放置することにして、このレッサードラゴンはどう処理しようか。

 所有権は勿論トドメを刺した俺にある。もし仮に何も出来なかった四人が文句を言ってきたとしても聞く筋合いはない。

 それでも食い下がってくるのであれば流石の俺も黙っちゃいないぞ。まあその心配も必要ないと思うけど。


 でだ、丁度商人がいるのだから高値で買い取ってもらうのはどうだろう。

 ドラゴンはその強さ故に価値は他の魔物より断然ある。しかも首を斬り飛ばしただけで鱗や爪などの状態も良い。臨時収入にしては十分な金額になると思う。


《討伐してしまったので売却するのは良い判断だと思います。しかし可能であれば生きたまま捕獲してほしかったですね》


 えぇ……【ユグドラシルの枝】さん、そう言うことは早めに言ってくださいよ……。

 おそらく【ユグドラシルの枝】は裏でやっている研究の材料にするつもりだったのだろう。研究というのはあれだ、迷宮区画で多くの魔物を捕獲してたやつ。

 たまに亜空間領域を覗いてみると平然と魔物が生活しているのだからビックリする。

 狂暴性も失われて多種多様な魔物が共存しているんだ。でも魔物を飼うことが目的ではない。他に何かあるはず、【ユグドラシルの枝】は無意味なことは絶対にしないからな。

 気になったところで未だに教えてくれないのでサプライズされるまで俺は気長に待っているわけである。


 レッサードラゴンは結局クロムさんに買い取ってもらうことにした。ただ、買い取りには手続きなどがあるそうで街に着くまではお預けになった。それまでは俺が〝次元斬〟で開いた亜空間領域に保管しておく。

 よし、これで問題は一通り解決したな。あとはあの四人か。

 まったくいつまで地面に座っているのやら。自分たちの無力さに嘆いているのか?

 その気持ちは俺も身に染みてわかる。俺がどれだけ自分の弱さを恨んだことか。数え出したらキリがない。

 反省は必要だ。けど今は依頼の真っ最中。気が逸れてこれ以上の危機的状況に陥ってしまっては元も子もない。

 といっても既に周辺にはレッサードラゴン以外の強い気配は感じないので道中で弱い魔物は出るとしてもこの先は安心して進めるのだが。まあ、これは四人のためにも伏せておこう。


 馬車に乗り込み、移動が再開したわけだが馬車内は一段と気まずい空気になっている。

 だが、そんな空気の中でも四人はチラチラとこちらを見てくる。聞きたいことはあるけど表情を読み取るに散々俺を無能呼ばわりしたし自信満々に言ってあの結果だったから恥ずかしくて聞きにくいとかかな。

 今までの行いは怒ってないけど、頭を下げれば答えてあげても良い。もう一度言うが俺は怒っていない、ここ重要。


「あの……さっきはありが──」

「……僕たちの無様な姿を見て内心笑ってたんですか? 実力を隠して僕たちが殺られそうになったところに駆けつけて好感を得ようと? あなたがもっと早く来てれば僕たちはあんな思いしなくてよかったんだ!」


 知的な男が仲間のお礼を遮って俺に聞いてきた。

 まず、なんなんだこの人は、と思ってしまった。

 別に恩を売りたかったわけではないし笑ってもいない。俺は彼らの言葉を素直に聞いただけだぞ。

 自分たちの足を引っ張るな。連携を邪魔されたら困るから大人しくしてろ。

 その通りに従って挙げ句の果てには俺が悪い? 

 ふざけるなよ。悪いのは俺でなく君たちだ。

 そもそもDランクの依頼でも油断しなきゃ全然問題ないっていうのは見当違いだ。

 Dランクの依頼だから強い魔物が出ないなんて思ってること自体甘すぎる。

 強い魔物なんて世の中に五万といる。難易度が低いからと絶対に遭遇しないとは限らない。外の世界なら魔物が移動する可能性もあるから尚更だ。だからそういう場面も想定して動かなければならないのだ。

 しかも、あれだけ俺が遠回りした方が良いと善意で忠告したいうのに戯れ言だと無視。  

 結果、彼らの意識の甘さがイレギュラーに対応できずに惨敗した。これの何処に俺が悪いという要素が入るというのだ。

 冒険者としての自覚が足りないとか言われたがそっくりそのまま返してやりたい。


 けど助けられておいてこの態度はムカつくので絶対にアドバイスとかは言いません。どうせしても好感度をあげようとしてるとか難癖つけられそうだし。


「まあまあ、落ち着いてください。皆さん生き残ったのですからそれでいいではないですか。それにアルクさんだって皆さんの成長のためにわざと送り出したんですよ」


 もうっ、クロムさんが俺の代わりに言っちゃったよ。

 まあクロムさんが言えば俺が言うよりも納得するか。クロムさんに対してはいいように振る舞っているようだし。


「ねぇ、あなた何者な……んですか?」

「アルクさんはBランク冒険者ですよ。しかもギルドマスターからのお墨付きでつい昨日まで迷宮区画のSランクエリアまで潜っていたようです」


 いや、クロムさんが答えちゃうんかい。

 ってよくそこまで詳しく知っているものだ。

 どうやらクロムさんは俺が昨日冒険者ギルドに売った素材を買い取ったらしい。今回はそれを更なる高値で売るために護衛を雇って街へ繰り出したしたようだ。

 素材を買い取った時に提供者は誰なのかと俺の事も少々聞いていたという。

 商人としては珍しい素材の採取を依頼できるのはこれ以上にない人材。クロムさんは俺に依頼を出すかもしれないと言っていた。俺は一応学生の身分なので無理ない程度だったらと引き受けることを約束した。

 ちなみに俺が迷宮区画で採ってきた様々な素材の大半は商人に変われたらしい。

 あの量を一日経たずして他の人の手に渡るとは……。商人業界は俺の思っている以上に儲け話を察知できる能力が高い。


「Sランクエリアって! 王都にいる冒険者でも行けるのはほんの一握りしかいないはずだろ。けどレッサードラゴンをあんなに簡単に倒せるなら……」

「そういえば昨日依頼から戻ってきたら他の冒険者が話してたのを聞いた。不思議な【木の枝】持った男がとんでもない量の魔物をギルドに渡してたって」

「………【木の枝】…」


 四人の視線が【ユグドラシルの枝】に集中する。

 彼らでもこれが【木の枝】では無いことは理解しているだろう。だって【木の枝】であればレッサードラゴンなんか斬れないし空間を切り裂くこともできるはずない。

 何故そんなことができるのか気になるだろう。しかし、簡単に手の内を晒すわけにはいかないので秘密である。リオンにも詳しいことは言っていないのだ、今日あった人──特に四人には教えるなんて事はない。


「別に疑ってくれて結構ですよ。最初から信じてもらえるとは思っていません」

「いや、でも……」


 あれを目にしては信じざるを得ないという顔だ。それでも知的な男だけは納得していないようだが信じる信じないは個人の自由さ。


「それより、ここから先も油断せずに行きましょう。レッサードラゴンクラスの魔物の気配はなくとも別の魔物は襲い掛かってくるかもしれません。まあ、これも聞く聞かないは皆さんに任せますけど」


 言われなくてもとそのつもりだと言わんばかりに四人は周囲を警戒していたのだが──

 なんだろう、極端なんだよなぁ。

 レッサードラゴンと遭遇してから彼らの表情は緊張感に満ちていた。それはもう顔付きが怖いほどに。

 いや、俺が言ったことだし警戒を強くするのは良いことだよ。でもそんなに気を張り続けて疲れないのだろうか。

 もっとこう、いいバランスで出来ないのか。

 例えば交代制でやるとかさ。何も四人全員が警戒をしなくてもいいのに。四人組なのだから二人ずつ交代でやれば休み休みできるだろ。いざって時に疲弊して戦えませんでしたなんて笑えないぞ。

 そしてこれに気付けないのもどうかと思う。ってそれもこれも俺が煽ったせいか。ここは反省しよう。

 それから順調に進んでいき、魔物も出現することなく目的地にたどり着こうとしていた。


「皆さん、見えてきましたよ。あれが旅で疲れた冒険者を癒す街──観光都市ブルムークです。ブルムークは温泉街とも呼ばれて様々な効能がある温泉があって有名なんですよ。特に魔力温泉がオススメでお湯に浸かれば旅の疲労なんて吹き飛びます。私もよく利用してるので間違いないですね」


 ほう、それは非常に楽しみだ。

 ここ最近は忙しかったからな。昨日迷宮区画から帰ってきて翌日すぐに次の依頼に向かうことになった。それにさっきまでの事で少々苛ついていた。表には出していないがこれでも俺は相当疲れているのだ。


《契約者の健康状態は特に問題ありません。いつでも戦闘を開始できるよう万全の状態にあります》


 そりゃ【ユグドラシルの枝】のスキルでいくらでも体力は回復できるよ。やろうと思えば二、三日通して魔物狩りにだっていける。

 でもそうじゃないんだ。俺が癒したいのは精神的疲労。スキルでは精神的疲労は回復できないだろ。だからゆっくり温泉に浸かってこれまでの疲れを癒すのだ。


《なるほど。では精神的疲労を回復できるように一部スキルを調整しておきます》

 

 いや、それはやめておいてください。

 そこまでして俺を戦わせるなんて【ユグドラシルの枝】は俺を戦闘だけを求める機械にするつもりなのだろうか。

 俺にだって癒しが欲しいんですよ。たまには気にせずゆっくりしたいんですよ。リオンの厳しい稽古から少しだけ解放されたいって思う時があるんですよ。

 ああ、だけど確かに何処でも精神的疲労を回復できるようになるのは長期的に見れば便利かもしれないな。


《………結局どうするのですか?》


 呆れているところ悪いけど調整する方向でお願いします。あと出来れば常時ではなく切り替えを出来るようにしていただけると尚のことありがたいでございます。


《………了解しました。それでは調整を始めます》


 何となく溜め息が混じったような感じがしたけど気のせいだろう。【ユグドラシルの枝】が俺の要求に面倒だなんて思うわけない。わけ、ないよな……。


 その後ブルムークへ入るための入門審査を終えて中に入る。

 街中には所々湯気が上がっていた。見えるだけでも結構な数の温泉があるようだ。流石は温泉街と言うだけあるな。

 俺はレッサードラゴンの件もあってクロムさんに付いていくことになったが他の四人とはここでお別れだ。

 まあ、特に話すこともない。強いて言えば頑張れとエールを送るぐらいか。


「なあ! その……頼みがあるんだが…」


 急に知的な男ではない方の男が声をかけてきた。

 多分ろくでもない頼みだろうが最初から聞かないのは可哀想なので聞くだけ聞いてみた。


「散々アンタのことを悪く言ってすまないと思っている。自分たちの力に自惚れていた結果があのざまだった。俺たちは強くなりたい。だからアンタの強さを見込んで頼みがある。どうか、俺たちを弟子にしてほしい」

「都合のいいことを言ってるのはわかってるわ。でもどうしても強くなりたいの。だからお願いします」

「ほら、アンタも頭を下げて!」

「…………………」


 やっぱりな、そんなことだろうと思ったよ。

 個人で強くなるのも一つの手だ。しかし、誰かの下で鍛えてもらうのも強くなるための道だろう。俺だってリオンに鍛えられて強くなっているのだから。

 それに馬鹿にしていた男に頭を下げた点は評価できる。知的な男だけは何も言ってないがプライドを捨ててまで──ほぼ強制的だけど──頭を下げただけいいだろう。

 だが──


「お断りします」

「な、なんで!?」


 なんでって……そんなの決まっているよ。


「いやだって、冒険者はついででやってるような感じですし、まず第一に学生なんで仮に弟子を取ったとしても何か教える時間など無いです。そもそも俺は人にものを教えられるほど武を極めていませんし。まあ、俺が教えなくても皆さん強くなれると思いますよ。それではまた縁があったら会いましょう」


 そう言って俺はクロムさんの馬車に乗ったままブルムークの街を進んでいくのであった。

 ちなみにあの後馬車の中からこっそり見ていたが四人はしばらくその場に立ち尽くしていた。

 うーん、頭を下げて頼んできたのに悪いことしたかな。

 でも仕方ないよね、俺一応冒険者じゃなくて学生だから。

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