第4話 王都主催・武闘大会

 王都ゼムルディアは五角形の外壁で囲われ、中心に聳え立つ王城を中心に五つの区画に分けられている。

 観光区画に商業区画、居住区画と工業区画、そして最後に学院区画。

 先の四つは他の国にも存在するが、最後の学院区画だけはあまり聞いたことがないだろう。そもそも取り入れてる方が少ない。

 街の二割を未来ある若者のために使うだけの余裕があるのだから当然領土もかなりある。その分、街を散策するにはそれなりの時間と体力を消耗するのだが……。

 まあ、少しの間王都に住むことになっても学院区画は関わることがないから気にしなくてもいいか。


 さて、俺たちが王都へ訪れてから一週間が経過した。

 お陰さまで身体の痛みは順調に回復し、今では万全の状態にまできている。

 だがしかしそんな俺たちに重大な問題が発生していたのだ。

 

「アルク様、緊急事態です。この調子でいくと二日も経たずに資金が底を尽いてしまいます」


 神妙な顔つきでリオンは言っているが当然そうなるのは最初からわかっていたよ。

 リオンはその強さを認められ、指南役としてオルガン家の従者でも結構上の立場だった。故に高い給料を貰っていた。そして、今いる宿は王都でも有名な宿だった。

 ベッドは羽のようにフカフカ、出される料理も一級品。その他諸々文句の付け所がない最高のもてなしをする宿。当然費用も大きくなってしまうのは明白だ。


「だから言ったよね。体調も万全とは言えなかったけど動けるぐらいまでには回復したんだから別の宿に移そうって」

「確かにアルク様はそう仰いました。しかし、私としましては王都に滞在中ぐらいアルク様には最高の宿に泊まって頂きたかったのです」


 容姿端麗、完璧に仕事をこなすリオンだが、俺の事になると少々ポンコツ部分が出てしまうのが玉に瑕だ。呆れではないが深い溜め息を溢れる。

 はぁ、考えても仕方ない。まずはすぐさま宿からチェックアウトすることにした。

 しかし、宿を出たところで資金の問題が解決するわけではない。ここから仕事を探して資金を稼ぐにしてもその仕事が都合よく見つかるかどうか。


 と、その時リオンが足を止めていたので振り返ってみると一つの張り紙をじっと見つめていた。


「アルク様、こちらをご覧ください」


 見せられたのは一枚のチラシ。そこには〝王都主催・武闘大会〟と大きく書かれたものだった。


「これがどうかしたのか?」

「ここです、ここ。この大会に優勝すると賞金が貰えるんです。その額なんと100万ギール。王都主催だからでしょう、大会を盛り上げるためにこんな大盤振る舞いをしているのは」


 その賞金は俺たちがいた宿に十日は泊まれるほどの金額。仮に優勝したらその金額は宿に使われそうな気もするがこの機を逃すのは非常に勿体ないな。


「賞金は魅力的だけど、リオンは俺たちのどちらかが優勝できると思う?」

「どうでしょう。この国にどれほどの使い手がいるかわからない以上、優勝できるという確信はありませんがご命令とあらば如何なる手を尽くしてでも優勝してみせましょう」


 無理とは絶対に言わない。つまり優勝できる可能性は大いにあると言っているようなもの。 

 だったら心配することはない。命令したらリオンが何を仕出かすかわからないが正当な手段で優勝しろと言えばそうするだろう。


「とりあえず会場に行ってみるか。このチラシによると受付は明日までやってるみたいだし」



  ◆ ◆ ◆



 会場は堂々と聳え立つコロッセオだった。

 チラシには大会本番は明後日と記載されているが、それでも会場は盛況だった。歓声が聞こえることからどうやら催し物として何かやっているらしい。


 覗きに行くのは後にするとして受付に行くとしよう。

 場所を探しつつ歩いていると受付場所は見つけたがそこには長蛇の列ができておりすぐには受付できそうにない。ざっと見たところ100人近くは居るのではないだろうか。


「これはまた結構な人数だな」

「金に目が眩んだ人たちでしょう。一攫千金のチャンスをみすみす逃したくないという意志が感じ取れますね」


 それは俺たちも同じだろうとは思っても言わなかった。

 しかし、なかなかの顔ぶれ。歴戦の戦士やら腕試しに参加する人など十人十色の面々だ。この参加者を倒して優勝しなければならないのか。


「次の方、どうぞ」


 やっと俺たちの番だ。

 受付に呼ばれて書かされたのは参加申請書と契約書だった。

 参加申請書は名前など簡単な個人情報を記入するもの。

 契約書は色々書かれているが要約すると死んでも責任は取らないということ。

 俺たちは記入漏れなく書いた参加申請書と契約書を渡す。


「はい、確かに受け取りました。それでは──ふふっ」


 ムッ。受付の女性は俺──というより携えている【ユグドラシルの枝】──を見て鼻で軽く笑った。けど仕方ないか。

 知らない人から見れば俺の武器は【木の枝】だから。そんな弱い武器で参加するなど身の程知らずも程があるとでも思っているのだろう。


「それでは優勝できるように頑張ってください。応援してますよ」


 その激励はリオンだけに向けられたものだった。

 ハイハイ、俺には最初から期待してないと。上等だよ、俺の【ユグドラシルの枝】さんを侮辱するなら今ここで猛威を振るっても知らないぞ。


《お望みとあらば今すぐにでも──》


 やっぱり無しで。暴れるのは大会当日でも遅くない。

 だが周りの参加者は俺の武器を見ては高笑いする者や馬鹿にする者など反応で言えば正しいものだった。

 リオンは………ああ、これは不味いな。

 にこやかな笑顔で我慢の限界に達していた。もし俺が頼めば大会に参加する前にここにいる参加者は病院送りになっている。 


「…………黙らせますか?」

「やらなくていいよ。見た目がこれな以上リオンが手を出したところで俺が嘲笑されるのは変わらない。でも笑われ続けるのも面白くないし俺はこの大会で必ず優勝することにするよ。だから大会当日までリオンの時間を俺にくれないか?」

「かしこまりました。持てる力全てをアルク様のために捧げましょう」


 俺は【ユグドラシルの枝】のお陰でそれなりに戦えるようになったがこの武器が持つ能力を全て把握しきれていない。だから実戦も兼ねて把握しなければいけない。

 鍛練のためにその場を去ろうとするが立ち塞がるように前に現れたのは金色に輝く鎧を纏った男とその後ろにがらの悪そうな男二人組。

 大会のために揃えたのか金色の鎧が鬱陶しく光っている。武器も上等な代物。考えずとも貴族だとわかる。


「ははは、君そんな武器で大会に参加するつもりかい。もしそうなら今からでも参加を取り消した方が良い。参加しても醜態を晒すだけだからね。ああ、僕はなんて気遣いができる男なのだろう」

「さすがです、ローラン様」


 ローランという貴族の取り巻きが褒め称えるがこれは関わるだけ時間の無駄だよな。だから無視しても構わない感じだよな。うん、きっとそうに違いない。


「おい貴様! ローラン様が折角忠告していただいているのだぞ。言う通りにしないなど良い度胸だ──」


 そのまま去ろうとした瞬間、肩を掴まれた。そして、取り巻きの言葉を遮るように見えない斬戟が顎へと直撃し宙を舞った。

 一瞬の事で何が起こったのか理解できない周囲の人間はそこだけ時間が止まっているようだ。

 そして宙を舞った取り巻きが地面に鈍い音を上げて落ちた時、彼らは今何が起きたのか理解をし始めた。

 忘れないで欲しい、その中に俺も入っていることを。

 えっ? 何が起きたの? 勝手に吹き飛んだ──というか知らないうちに【ユグドラシルの枝】を抜いてるし。俺がやったの?


《いえ、私が独断で行ったことです。一時的に契約者の身体を借りて不届き者に天誅を下しました》


 そっか、なら良か──ないよね。向こうからならまだしも此方から手を出すのは不味いでしょ。一応どうしてやったのか聞いても?


《………馬鹿にされて腹が立ったからです》


 意外に人間みたいなところがあるなぁ。って、感心している場合じゃない。今度からは腹が立っても手を出さないように。


《………契約者からの忠告、善処します》


 やれやれ、世話のかかる相棒だこと。

 

「ご忠告ありがとうございます。ではそのお返しに一つだけ。今のアルク様の攻撃を目で捉えられなかった方達はすぐに参加を辞退した方が賢明ですよ。大舞台で無様に醜態を晒すだけですので。それでは失礼します」


 リオンもそうやって周囲を煽らないで欲しい。

 笑顔だが瞳は笑っていないリオンの忠告に皆が冷や汗をかいていた。俺も別の意味で冷や汗をかいているよ。

 これはあれだ、ここにいれば次々と面倒な事が起こりそうだから早々に立ち去ろう。

 そして俺たちは武闘大会に向け準備を始めるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る